ブシン祭を目前に控えたある日のこと。
ローズ先輩が婚約者の男を刺して逃亡した。
私がそのことを知ったのは、ブシン祭会場近くでまぐろなるどの露店をワンオペで回していた私のところにアレクシアが怒鳴り込んできたからだ。
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ!」
「サンドひとつ……じゃなくて! シタラあんたローズ先輩が大変な時に何やってんのよ!? お金には困ってないって前に言ってたじゃない!」
「ブシン祭の観戦に来るシド様に毎日私の手料理を食べていただきたくて……」
ここはミドガル王都なのでシタラの顔を知る者がそれなりにいる。だから露店の業務中に遭遇した時のために言い訳を用意しておいたのだ。
「ああ、そう……そうよね。あんたはそういう奴だったわ」
「もう少しで閉店時間になるから、話があるなら待ってて。サンドひとつ、お待たせしました!」
日が暮れて閉店した後、私は学園の特待生寮にあるアレクシアの部屋に招かれた。
そこで私はローズ先輩が起こした傷害事件を知った。
「婚約者を刺しちゃったのかぁ……すごい変態だったのかな」
「ローズ先輩の婚約者はドエム・ケツハットとかいうオリアナ王国の貴族よ」
名前で人格を測るのは良くないことだけど、多分変態だと思うんですけど。
「あんたは……というかシャドウガーデンはケツハットについて何か掴んでたりしないの? 実はディアボロス教団だとか」
「その人の名前を聞くのは初めてだけど、オリアナ王国にも相当な数が入り込んでるから、そうだとしてもおかしくないよ」
「次会う時までに調べときなさい」
「私諜報部じゃないんだけど」
私はあまり潜入任務を任されないのだ。適性検査で見つかっても全員殺せば目撃者ゼロですよねと言ってゼータ様に諜報部不適格の判定をいただいてしまったせいだろう。
「ケツハットはそれでいいとして、問題はローズ先輩よ。今オリアナ王国側がミドガル王国に介入不要と言い張って向こうの人員だけで捜索しているわ。同盟国だから連れて来た護衛はそれほど多くなかったし、すぐには見つからないはず。今のうちに私たちでローズ先輩を見つけて匿うわよ」
「アレクシアは一応この国の王女でしょ? 下手に介入したら大問題にならない?」
「一応って何よ! ばれたら問題になるでしょうけど、ばれなきゃいいのよ」
「ねえねえねえねえねえ。ばれなきゃいいって……普通こういうことって最悪を想定して動くものだよ? もしかしたらアレクシアの行動が原因で同盟解消になることだってあるかもしれない! それでもやる気?」
「やるに決まってんでしょ! 私たちは仲間なんだから、見捨てるなんてありえないわ!」
だから気に入った!
「私アレクシアの意外と仲間思いなとこ好きだよ」
「意外って何よ! さっきからひと言多いのよ!」
「あはは、ごめんって。ローズ先輩のことは人探しが得意な仲間に探してもらうよ。悪いようにはならないはずだから心配しないで」
その後、アレクシアから同様の話を聞いていたナツメ先生ことベータ様とも話を擦り合わせて、ローズ先輩への対応を決めた。
既にガーデンの方はローズ先輩を発見済みで、現在は遠巻きに監視を続けている。
その過程で悪魔憑き発症の兆候らしき行動が確認されたようだ。
もしかしたらローズ先輩もシャドウガーデンに来るかもしれない。そうでなくてもガーデンは同胞である悪魔憑きを決して見捨てない。
翌朝、露店の開店準備中に再びアレクシアが来たので少しだけ話をした。
「ガーデンの動きは漏らせないから詳細は話せないけど、何があってもローズ先輩は絶対大丈夫。そう信じて」
「詳細話せない奴の大丈夫を信じられるかっての」
残念ながらアルファ様と違って私の大丈夫は信じてもらえず、アレクシアはナツメ先生を巻き込んで自力でローズ先輩を捜索するらしい。
まあ……ベータ様が見守ってるなら私の付き添いは不要か。
「私、ブシン祭の間は基本的にここで店番してるから、何かあったらいつでも来てね」
「あんたは一緒に来ないわけ? 少しはローズ先輩を心配しなさいよ」
「契約に基づいた仕事を途中で投げ出せないよ。だいたい私はローズ先輩が大丈夫ってこと知ってるから心配してないんだってば」
「ふん! 絶対あんたたちより先に見つけて吠え面かかせてやるんだから、覚悟しときなさい!」
「頑張ってー」
私は意気揚々と駆け出したアレクシアに手を振って見送った。
◯
ブシン祭予選が始まった。
予選は闘技場を使わず王都の郊外など適当な広場で行われる。
そのため闘技場周辺の人通りはまだ少なく、露店の客入りはあまり多くない。本店の方が店内で食べられるしメニューも豊富なので、闘技場が使われるブシン祭本戦の開始前にわざわざ露店の方を利用するのは偶然空腹時に通りすがった人か変わり者くらいだ。
「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ!」
「私はエルフを探している」
そして私が今対応しているお客様は変わり者だ。
貧民と見紛うボロ布を纏った装いの女性である。
私は営業用の笑顔を絶やさずに変な注文に対処する。
「申し訳ありません。この店ではそのような商品は取り扱っておりません」
「君はエルフだ」
「私は商品ではありませんのでご了承ください」
「私もエルフだ」
「そうでしたか」
この人フード被ってるから耳が隠れていて判別できなかった。だからなんだという話だが。
「ところでご注文を教えていただけないでしょうか?」
「……まぐろなるどバーガー? ひとつ」
私は手早くバーガーを作ってエルフのお客様に渡した。
お客様はその場で包み紙を開いてまぐろサンドを食べ始めた。
えぇ……この露店イートインはやってないんだけど。買い終わったらどこか行ってよ。
そんな思いを抱えつつ、他に並んでいるお客様がいない状況で口に出して揉めるのもどうかと思ったので、我慢して会話を続ける。
「おいしい」
「ありがとうございます」
「この国では最近エルフをよく見かけると聞いた」
「そうかもしれませんね」
「私は姪を探している」
「その方のお名前はなんと言うのでしょうか?」
私はお客様の探しているエルフの名前を聞いたが、まったく聞いたことがない名前だった。
「私は存じ上げていません」
「そうか。まぐろなるどバーガー追加で5個」
「かしこまりました!」
ちょっと変な人だったけど、最終的に割と良客だったので、まあいいや。
名前も容姿も分からないエルフのお客様はまぐろサンドが沢山入った紙袋を抱えて去っていった。
◯
ブシン祭本戦第一回戦の開催日、いよいよ客入りが増えて私が忙しく働いている頃、変なエルフのお客様は再び来店した。
「バーガー全種類」
「かしこまりました!」
「私は姪を探している」
私は手元のバーガー作りに集中したまま返事する。
「はい」
「シドが教えてくれた。私によく似た姪だから、私の顔を見せて聞くべきだと」
うん? シド様?
「この顔に見覚えないか?」
「あっ」
シド様の名前に反応して顔を上げていた私は、お客様の顔を直視して思わず声を漏らしてしまった。
だってアルファ様に似てるんだもん!
「知ってる?」
「あっ、あ〜、えっと、いや、見覚えがあるような、ないような」
「そうか! 思い出してほしい!」
どっ、どど、どっち!? どっちが正解!?
素直に答えるべき!?
それとも知らないふりをするべき!?
この人の言う『シド』がシド様なら、今も聞き込みを続けているのだからアルファ様のことは伝えなかったはず。
それなら私もシド様の意思に従うのが正解!
「ご、ごめんなさい、やっぱり勘違いだったみたいです」
「そうか……」
アルファ様の親戚かもしれないお客様は、バーガーが詰まった紙袋を受け取って立ち去った。
その日の夜、私は早急に学園男子寮へ向かった。
「夜分遅くに申し訳ございません。シド様に確認したいことがありまして」
やはり話に出た『シド』とはシド様のことで、シド様はあのアルファ様の親戚かもしれない方、ベアトリクスさんとブシン祭の会場でお話したそうだ。
「やっぱり探してるエルフってアルファのことだよね?」
「私もそう思いました。その場は知らないと誤魔化しましたが、伝えた方が良かったでしょうか?」
「アルファに確認してからでいいと思うよ。似てるだけなら人違いかもしれないし」
ベアトリクスさんについてアルファ様と話すのはシド様がしてくださるそうなので、この件は私の手から離れた。
そして翌日、朝の開店準備中にベアトリクスさんが三度現れた。
「すみません、まだ開店前なのでもうしばらくお待ちを」
「私と戦って」
「……なんで?」
私はしがないまぐろなるど店員だぞ。なぜ戦おうという発想が出てくるんだ。
「今日は何かが起きそうな気がする」
「はい」
「備えるために軽く身体を動かしておく」
「はい」
「君の名は?」
「シタラ・アラヴァです」
「私はベアトリクス」
「はい」
「だから、私と戦って」
????????
今の会話、『だから』前後の繋がりが理解できなかったんだけど?
「嫌?」
「お店の仕事があるので」
「じゃあいい。シドとやる」
なんでそこでシド様が巻き込まれちゃうの!?
シド様は変装してブシン祭に出場している。意図は分からないがシド様のやることに間違いはないので、それは今後のディアボロス教団との戦いのために必要な行動なのだろう。
シド様に万全の状態で試合に臨んでいただくためにも、今この時に余計な戦闘を押し付けるわけにはいかない。
「気が変わりました! 私とやりましょうベアトリクスさん!」
◯
その日、ミドガル騎士団は思い出した。
異常者に蹂躙された恐怖を……。
アイリス王女を絨毯にされた屈辱を……。
路上で剣を抜いた馬鹿二人が殺し合っていると聞いて現場に駆けつけた騎士たちが発見したのは、見知らぬエルフの女と、見知ったエルフのやべー奴。
「思った通り、シタラは強い」
「ベアトリクス様こそ」
軽い準備運動のつもりで戦い始めたベアトリクスは、普段は穏やかなのに勝負となると熱くなるようで、今では全力で剣を振るっている。
一方のシタラは適当にベアトリクスを満足させて切り上げるつもりなのに、相手がいつまでも剣を収める素振りを見せず、しかも真面目にやらないと大怪我しそうなので、こちらもやはり全力で剣を振るっている。
結果として勝負は拮抗、戦っている当事者たちは無傷のままなのだが、代わりに衝突する剣圧と魔力が周囲に甚大な被害を撒き散らしている。その中でも最も痛い目を見ているのが、己の身を楯に市民を守る立派な騎士たちだ。
「おい……何で……マルコが……斬られてる……」
ブシン祭の試合を控えるアイリス王女を呼べず、『獅子鬚』グレンも殉職してしまったために主力と呼べる騎士がいない紅の騎士団。
それでもアイリスの望むミドガル王国の平和を守るべく無謀にも暴風に割って入ろうとした紅の騎士たちは、当然のごとく切り刻まれて弾き飛ばされた。シドが見たらそのモブっぷりに目を輝かせたことだろう。
「よくもマルコを!」
爽やかでナイスガイなガタイのいい騎士が仲間の敵討ちをするべく勇敢にも体当たりを敢行したがシタラによる特に理由のない暴力を受けて返り討ちに遭った。
「もう駄目だ……おしまいだぁ」
無事だったのは突撃する勇気のなかった騎士たちだ。心の折れた彼らは倒れた仲間を抱えて尻尾を巻いて逃げ出した。
騎士団は破れたが、彼らの犠牲は無駄ではなかった。
シタラは乱入してきた騎士にあえて過剰な暴力を振るってみせることで、わざとベアトリクスに隙を晒した。
世界有数の実力者である『武神』ベアトリクスにとってこの勝負は久方ぶりに楽しめる接戦であり、部外者の横槍で生じた隙をついての勝利という結末は望んでいなかった。そのため、隙を見せたシタラに対して、あえて距離を取って仕切り直すという行動を選択した。
それにより言葉を交わす猶予ができた。剣を交えてベアトリクスの人となりを把握したが故の目論見だった。シタラはそこですかさずベアトリクスに呼びかけた。
「ベアトリクスさん、次の一撃で最後にさせてください」
「どうして?」
「もうすぐお店の開店時間だからです! 早く戻って準備しないと間に合いません!」
「わかった。これで最後でいい」
邪魔者が去った路上に残されたエルフ二人は、数秒間睨み合った後、同時に全力の一撃を放った。
……その結果。
「引き分け、ですね」
「いい勝負だった。ありがとう」
正面から示し合わせてぶつけ合った一閃は互いに押し切れないまま動きを止めた。
剣を鞘に戻した二人はどちらからともなく握手をした。
◯
ブシン祭は無事に終了した。
正確には色々と事件は起きていたが、その辺は私の担当じゃないので問題ない。
ブシン祭開催期間中、私にとっての最優先は任されたまぐろなるどの露店を恙無く経営することだった。
最終的に用意していた食材が尽きるほど繁盛したので無事に終了したと言えるだろう。
唯一の厄介事だったベアトリクスさんについてもまぐろなるどのお得意様になってくれたので、我ながら上手に対処できたものだ。
シド様は結局ベアトリクスさんにアルファ様のことを伝えなかった。
だからついにアルファ様と会えなかったベアトリクスさんはブシン祭終了を機にミドガル王都を去ることにしたようだ。
「ベアトリクスさん、これお土産です」
「ありがとう」
私は旅立つベアトリクスさんに紙袋いっぱいのまぐろなるどバーガーを贈った。
「お元気で」
「うん」
ベアトリクスさんは手を振って見送る私に背を向けて数歩進み、そこで止まって振り向かずに問いかけてきた。
「ひとつだけ教えて。あの子は今、幸せ?」
不意の言葉に私は思わず息を呑んだ。
「シタラの剣にはあの子と同じ癖があった」
私は全てにおいてアルファ様を見本にしているから、知らないうちに同じ癖が付いていても不思議はない。
……ちょっと、いや、かなり、いや、凄く嬉しい。
頰が緩むのを止められない私にベアトリクスさんが同じ質問をしてきた。
「あの子は今、幸せ?」
シド様の意思を汲むのであれば黙秘すべきだが、私はアルファ様の親戚であることがほぼ確定したベアトリクスさんに対してこれ以上隠し事をする気になれなかった。
「今は……幸せになるために戦っています」
「そう」
ベアトリクスさんは一瞬だけ振り向き、私に微笑んだ。
「あの子を支えてあげて」
それだけ言い残すと、私の返事を待たずにベアトリクスさんは歩き出した。
私は何も言わずに、ただなんとなくそうしたくなって、深く頭を下げた。
ベアトリクスさんが私の魔力探知範囲外に出るまで、私はずっとそうしていた。
シータのスマイル3000ゼニー。
嘘です。ちゃんと無価値です。