シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第36話 プリティーに『魂』を賭けるぜ!

 ブシン祭終了から間もないある日、ミツゴシ本店の会議室で幹部会議が行われている。

 会議といっても普段はもっと気安く居心地の良いものなのだが、今回に限って息の詰まりそうな重苦しい雰囲気に包まれている。

 

「8番、もう一度言ってくれる?」

 

 どこぞの司令官のように机に肘をついて両手で口元を隠しているガンマが命じた。

 

「はい。まぐろなるど露店の売上は好調でした。それに加えてシャドウ様とクレア様のおかげで私の個人資産を投じたブシン祭賭博の配当金が私では持て余す金額になりましたので、その利益もまぐろなるどの売り上げと共にお納めいたします。金額の内訳は資料にある通りです」

 

 闘技場と賭博は切っても切り離せない関係だ。ブシン祭でも試合ごとの勝敗を予測する賭けが公式、非公式ともに行われていた。

 8番は自分の資産を二等分して、半分を変装したシャドウに、もう半分をクレアに投じた。それは配当金を目的とした行動ではなかった。地味で弱そうな青年に変装したシャドウも、まだ学生であるクレアも、賭けにおける人気は低かった。女神の試練で観客が敵に回る辛さを知った8番は公開されるオッズという目に見える形で応援していることを伝えたくて、莫大な金額を突っ込んだ。

 その結果、大損の危険があったシャドウが途中で正体を明かして失格となった試合の賭けだけは幸運にもベアトリクスに絡まれた影響で参加できず、他の試合はシャドウもクレアも無敗で最終的にクレアが優勝したため、8番は参加した全ての賭けに勝利した。

 そして8番が得た配当金は……まぐろなるどの年間利益を遥かに超えた。

 ちなみにガンマはそれなりの金額をシャドウだけに賭け続けて、最終的にシャドウの失格で全額失った。

 さらに会議に参加している他の面々……ニューと、カイと、オメガも、シャドウの優勝を確信していたために同様の末路を辿った。

 合わせると8番のまぐろなるど露店での稼ぎがちょうど消えるくらいの損失であった。

 所詮は1週間ほどの売り上げなので金額だけ見れば軽傷なのだが、8番の頑張りを無駄にしたという事実が重かった。

 

「……賭け事って、怖いわね」

 

 ガンマが遠い目で虚空を見つめた。

 他のナンバーズ三人も自分の失敗を思い出して頷いた。

 事情を知らない8番だけが首を傾げた。

 ガンマは咳払いして気分を切り替えた。そして今回の失敗を糧として前に進むことにした。

 

「8番、あなたがプライベートで得たものを組織に納める義務は全くないけれど、本当にいいのね?」

 

「はい。私ではこんな大金うまく扱えません。シャドウガーデン(とアルファ様)のためにガンマ様の手で運用してください」

 

 実を言うと8番は最初アルファに全額貢ごうとしたのだが、アルファの性格を考えると絶対に受け取ってもらえないのでやめた。

 その点ガンマはシャドウガーデンの財政を一手に担う者として手に入る金には躊躇なく手を伸ばす。

 イータという手と金のかかる子がいるため、どれだけ稼いでも稼ぎ足りないということはないのだ。

 

「わかりました。あなたの献金、ありがたく受け取らせてもらいます」

 

 このような経緯で巨額の臨時収入を得たミツゴシ商会は、ガンマの主導で新たな事業への挑戦を始めた。

 ガンマと商会幹部のナンバーズたちはブシン祭で学んだ。

 中途半端に賭博をやるくらいなら胴元になった方が安定して儲かると。

 そんなこんなで後日、今度は賭博関連の新事業を議題とした会議が行われている。

 

「とりあえず会場に関してはブシン祭の本戦会場を借りる方針としましょう」

 

 イータに頼めば闘技場ぐらい数日で建造できる。

 しかしシャドウガーデンだけが利用する施設ならそれで良くても、一般人を入れる施設を超速完成させると怪しまれてしまう。

 そこでガンマはブシン祭でも使われたミドガル王都の立派な闘技場に目を付けた。多少の使用料を払うことになっても最終的にプラスなら十分だ。少なくとも賭けで有り金全部溶かして無様な顔になるよりはずっといい。これからはベータのように堅実に稼ぐのだ。

 

「問題は何を賭けの対象とするかよ」

 

「普通に魔剣士同士の決闘では駄目なのでしょうか?」

 

 ニューの意見を聞いてガンマは首を横に振った。

 

「ミツゴシのイメージが崩れるから、流血系は避けましょう。賭けの対象にできる平和な競技を考えるのよ。もちろん、見ていてつまらないようでは駄目よ」

 

「……難しいですね」

 

 ニュー、カイ、オメガは意見を出せないまま黙り込んでしまった。

 そんな中、活路を開いたのは8番が時々受信している謎の電波であった。

 8番の脳内には現在、ずっと前に学園でシャドウの誘導により『アイドル』となったアレクシアとローズの姿が浮かんでいる。

 夜、寮の部屋、アイドル衣装のアレクシアとローズが窓際に並ぶ、窓から吹雪、世界が切り替わる、凍った地面、舞うように滑るアレクシアとローズ……閃いた!

 

「あの、ガンマ様。昔シャドウ様がおっしゃっていた、刃のついた靴を履いて凍った大地を滑る遊びって覚えていますか?」

 

「陰の叡智『スケート』のことね」

 

「あれ、当時は冬にしかできないからってあまり触れないままでしたけど、今の財政事情ならイータ様に頼めば季節関係なく地面を凍らせるアーティファクトが作れるのではないでしょうか」

 

「それは……氷菓子を作る装置を大型化すれば可能だと思うわ」

 

「では、このような演目はいかがでしょう?」

 

 8番が考えた演目は、今のところこの世界においては類例のないものだ。

 まず、賭博の対象にできる競技パートでは普通に『スピードスケート』で順位を競わせる。

 それに続く舞踏パートでは競技の順位に応じてより目立つポジションを振り分けた『フィギュアスケート』でファンサービスを行う。

 選手自体にアイドルとしての人気が出れば賭博だけでなく物販による利益も見込めるので、まさに陰の叡智『一石二鳥』だ。

 ダービーだったりリズムだったりするこの演目を合わせて『プリティースケート』と名付け、選手は人気の出そうな見目麗しい少女に限定して『ユキ娘』と呼ぶ。

 説明を聞き終えたガンマは感嘆してほうと息を吐いた。

 

「十人ほどで競えるなら一対一の決闘よりも賭けの選択肢が増えて盛り上げやすくなる。アイドルのノウハウは主様が学園で示してくださった。物販はナツメイトの製造ラインを流用できる。8番! あなたのアイデア素晴らしいわ!」

 

「お褒めに預かり恐悦至極です」

 

 言葉には出さないがカイとオメガも8番に畏敬の眼差しを向けた。

 肩書こそ自分たちより格下の一般構成員のままであっても、8番を軽んじているナンバーズはひとりもいない。

 8番本人は無自覚だが、彼女にはそれに足る確かな実績の積み重ねがあるのだ。

 そんな同僚の姿を見て、シータの正体を知るニューは腕を組んで頷いていた。

 

「問題は選手をどうするかね」

 

「ガーデンのみんなでやるのでは駄目ですか?」

 

「さすがにアイドルは目立ちすぎよ。陰に潜む私たちがやるべきことではないわ。新たに選手を育成するべきね」

 

「では募集をかけますか?」

 

「いいえ。ガーデンとミツゴシの繋がりが漏れるリスクを負わないためにも、これまで通り一般人の雇用はしないわ。その代わりとして無法都市の浮浪児を集めましょう」

 

 無法都市はミドガル王都からそれほど遠くない場所にある巨大な貧民窟だ。

 そこの住人は基本的に大人から子供まで身寄りがない。例外は3人いる無法都市の支配者に連なる者くらいだ。

 

「もちろん、強引に連れ去るような真似はしないわ。一生を捧げてもらうことになると説明した上で、それでもいいと言ってくれる子だけよ」

 

 無法都市の女児で見た目が良い場合、運が良ければ娼婦となり、悪ければ性犯罪者に命を含む全てを奪われる。

 たとえ一生飼い殺しとなっても、無法都市で生き抜くよりはいいと思える子がいるはずだ。

 シャドウガーデンは慈善団体ではないので、見知らぬ子供が苦しんでいると知っていても助けることはない。

 それでも同じ若い女性として、無法都市の女児たちの現状に思うところがないとは言えない。

 だから、これが妥協点だ。

 

「まずはシャドウガーデンの方で一般構成員にプリティースケートをやらせてみましょう。そこで適性のある子を見つけて教師役に任命するの。いえ、いっそこの計画の責任者に抜擢してもいいくらいね」

 

 七陰やナンバーズならともかく、一般構成員のひとりくらいならミツゴシの事業に専念させても問題ないと考えての方針であった。

 そして後日、一般構成員プリティースケート大会決勝レースで559番と激戦を繰り広げた末に勝利した8番は新たな仕事を抱えて無法都市へと旅立った。

 ガンマは頭を抱えた。

 

          ◯

 

 レース開催日になると、アイシクルアインと名付けられたユキ娘はいつも『彼』との思い出を夢に見る。

 

「ミドガル王国の大商人だって」

 

「なんでこんなとこに?」

 

 集められた浮浪児の少女たちの前で、変な仮面の黒ずくめの男は堂々と演説を始めた。

 

「国家に見放されし無法の地。私はここに、ミツゴシの新事業に携わるに相応しい少女たちを見つけに来ました」

 

 その男はミツゴシ商会プリティースケート部門責任者『ボンオドリ』と名乗った。

 そしてプリティースケートについて説明を終えたボンオドリは少女たちに告げた。

 

「これまでの名と人生を捨てて、プリティースケートに全てを賭けることを厭わない少女たち、どうぞ一歩前へ」

 

 見るからに怪しい男の誘いに躊躇する子供がほとんどだったが、後にアインとなる少女を含む七人はボンオドリの誘いに乗った。

 どうせ無法都市に残っても生ゴミを食べて命を繋ぐような毎日だ。少しでも良くなる可能性があるのならばと考えてボンオドリの手を取った少女たちの選択は……輝かしい未来に繋がる最適解だった。

 ボンオドリは全てを与えてくれた。

 

「覚悟してくださいね。私はあなたたちユキ娘を人間として運用しませんので」

 

 そんなふうに露悪的なことばかり言うのに、ボンオドリはアインたちに対して無法都市では考えられないような極めて人道的な扱いをした。

 

「まずは水責めから始めましょう。そのような不潔な姿でお客様の前に出すわけにはいきません。これからは毎日この拷問を受けてもらいます」

 

 貴重な清潔な水を使って身体を清めてもらった。

 

「しばらく食事はぬるいスープと少量のパンだけです。いきなり満腹になるまで食べられるなどと思い上がってはいけませんよ。吐かれては不愉快ですからね。胃を慣らしてからです」

 

 まともな人間の食事を与えてもらった。

 

「これがあなたたちのユキ娘の仕事です。お客様に不様な姿を見られることのないよう、真剣に練習するのですよ」

 

 生涯を費やすことになる仕事は、凍った地面の上で滑ったり踊ったりするだけで、苦痛も屈辱もない最高に楽しいものだった。

 

「おやおや。悪魔憑きですか。人間で発症するのは珍しいですね」

 

 アインが呪われし不治の病を発症した時もボンオドリは見捨てなかった。

 

「このアーティファクト、呪いを他人に押し付けることができるんですよ。もちろん私が押し付けられる側です」

 

 泣いて嫌がるアインから強引に悪魔の呪いを奪い取ったボンオドリは、他のユキ娘にアインから悪魔憑きを移された事実を隠して、間もなく永遠の眠りについた。

 アインを含むユキ娘最初の七人……七陽はボンオドリの遺体に泣き縋った。

 するとボンオドリの仮面に再び青紫の輝きが戻り、ボンオドリはゆっくりと起き上がった。

 

「ボンオドリ様……!」

 

「良かった……!」

 

「もう、どこにも行かないでください!」

 

 七陽に抱きつかれたボンオドリは、少女たちを抱きしめ返して優しく言い聞かせた。

 

「どこにも行ったりなんかしません。愛があれば、私は不滅です」

 

 ボンオドリが奇跡を起こしたその日、アインはボンオドリへの恋心を自覚した。

 そしてアインは目を覚ます。

 

「ボンオドリ様……好きぃ」

 

 惜しみつつも布団から出た後は夢の興奮冷めやらぬ身体を速やかに落ち着ける。

 それからユキ娘用の清潔な制服に着替える。ミツゴシの大人気ブランド『コム・サ・デ・ミツゴシ』製で、今ミドガル王国で流行しているセーラーカラーのかわいい服だ。

 

「生徒会長! おはようございます!」

 

「ああ、おはよう」

 

「アイン様! 今日のレース応援してます!」

 

「ありがとう」

 

 後輩たちの黄色い声を浴びながら廊下を歩く。

 アインが寮の食堂に行く頃には、既に他の七陽は全員揃っていた。

 

「みんな、おはよう」

 

「おはようアイン」

 

「アインちゃんおそーい。もうお腹ペコペコ」

 

「いつもは一番早起きなのにね」

 

「やっぱりアインも本番の日は緊張で寝付けなかったり?」

 

「まあ、そんなとこ。待たせてごめんね。それじゃ……ボンオドリ様と全ての食材に感謝を込めて」

 

 家族は共に食卓を囲むべきというボンオドリの教えを守り、七陽全員で「いただきます」と言ってから食事を始める。無法都市では考えられないような立派で美味しい朝食だ。

 食べながら、みんなでとりとめのない世間話をする。

 

「ボンオドリ様も一緒に朝ごはん食べればいいのに」

 

「私もそう思うけど、ボンオドリ様はミツゴシ商会の偉い人でお忙しいから」

 

「私たちが一人前のユキ娘になれてからは、練習にも来てくれなくなっちゃったもんね」

 

「後輩の指導を任せられるって認めていただいたのは嬉しいけど……やっぱりもっと会いたいよね」

 

「でも今日は開催日だから観戦に来てくださるわ。絶対に1位になって、一番目立つポジションでボンオドリ様にライブをお見せするんだから!」

 

「それ私の言葉! 絶対負けないもん!」

 

 七陽は全員がボンオドリのことを異性として慕っている。

 だからみんなレースでは全力で勝利を求める。良い順位を勝ち取れば、それだけライブでボンオドリにアピールするチャンスが増える。

 その思いはアインも同じだ。

 今日のレースでも絶対にセンターを勝ち取って、自分の姿をボンオドリの目に焼き付けてみせる。

 

「みんな、いいレースにしよう!」

 

 ユキ娘たちはボンオドリへの愛と感謝を胸に抱き、今日も、これからも、大勢の観客に夢と希望を与えながら、輝く未来へと滑走する。

 

          ◯

 

 プリティースケート。

 それはミツゴシ商会において『伝説のナツメイト初代店長シターラ』と双璧をなすエリート『新たなるボンオドリ』が世界に広めた新競技。

 選手である氷上の妖精たちはユキ娘と呼ばれ、今となっては幼い少女であれば誰もが憧れる職業だ。

 最初はミドガル王都だけで行われていたプリティースケートはやがて地方でも行われるようになり、ついには選手を育成する専門学校まで設立されるようになった。

 日を追うごとに規模を拡大していくプリティースケート業界の中心で、人前で一度も仮面を外したことのないボンオドリの隠された正体……8番は、人知れず頭を抱えていた。

 誰がそこまでやれと言った!

 当初の8番の想定としてはミドガル王都で細々と行われるローカルイベントで十分だったのだ。

 それが気付いたら複数の国家を巻き込む一大事業と化していた。なんかもう、ミツゴシ関係ないところで勝手に非公式の大会が開かれる程度には広く浸透した。

 そうなると創始者ボンオドリとしての仕事量も身ひとつではやりきれないほどに膨れ上がった。

 8番は分裂できるため対応は可能だが、ナツメイトと違ってアルファ関連で得られるものがないプリティースケート業界に対してのモチベーションはそれ程高くない。

 だから業界が軌道に乗った辺りから、ガンマの許可を得た上で、8番は密かにボンオドリという存在の抹消を画策していた。

 最初は初代ユキ娘のアイシクルアインが悪魔憑きを発症した際、その場の思いつきで嘘のアーティファクトを使った設定でボンオドリが代わりに悪魔憑きで死ぬ計画を実行した。ちなみにアイシクルアインの悪魔憑きは普通に治して、教団の被害者ではないのでシャドウガーデンの戦いには巻き込まないことにした。

 計画は成功する寸前だった。

 しかし死んだふりをする自分に泣き縋るユキ娘たちに同情した8番は衝動的に起き上がってしまった。

 それからも偽装死亡で退場しようとしては泣くユキ娘を気遣って失敗し、そのたびにユキ娘から向けられる愛を膨らませてしまうボンオドリこと8番。

 結局……プリティースケートの歴史に創始者ボンオドリが不慮の死を遂げたという記録が刻まれることは、未来永劫なかったようだ。




こちらは支店長ではなく創始者なので残念ながら8番はクビになりません。
8番のほぼ常に出してる分裂体としてボンオドリ卿が増えました。
これで8番が死んでもボンオドリ卿に魂飛ばして復活できるようになりましたので、今後は容赦なく艱難辛苦を与えることができますね。
アルファの愛があれば、8番は不滅です。
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