シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第37話 描き換えておいたのさ!

「……い……おーい……」

 

 誰かに呼ばれて私は重い瞼を開き、緩慢な動作で身体を起こして周囲を見回した。

 そこは知らないようで知っている空間だった。

 どこまでも白が続く何も無い空間は私の聖域に酷似しているが、一番大切な沢山のアルファ様がひとりもいないのだ。

 

「繋がった! ようやくか……長かった」

 

 代わりに存在するのはアルファ様に似た顔のエルフの女性。もはや見慣れてしまった千年前の英雄、オリヴィエだ。

 オリヴィエと遭遇する時はいつだって敵対関係だったので、今回もそうだろうと思った私は即座に飛び起きて臨戦態勢となる。

 

「あれ!? スライムがない!」

 

 なぜか常備しているはずのスライムが近くにないようで、私は武装を整えることができなかった。しかも現在の私は昨晩布団に入った時と同様の全裸にマフラーのみの状態だ。完全に無防備と言える。

 この状態でオリヴィエを相手にするのはかなり厳しいだろう。

 だが、私は絶対に打ち勝ってみせる。

 生きてアルファ様と再会するためにも!

 

「これで勝ったと思うなよ! デルタ様ほどじゃないけど、私も肉弾戦はそれなりなんだからな!」

 

 私は強気な言葉で自分を奮い立たせて、こちらからオリヴィエに仕掛ける。

 

「待て待て! 自分に交戦の意思はない!」

 

 私の拳を回避したオリヴィエは、隙だらけの私に反撃することなく距離を取った。

 不審に思いながらもオリヴィエをよく観察してみると、確かに戦意を感じない。

 

「……話を聞きましょう」

 

 警戒こそ怠らないが私も戦意を抑え込んだ。不利なのは依然として私の方だから、戦闘そのものを回避できるならそれが一番だ。

 それからオリヴィエは彼女の置かれた状況の説明を始める。

 

「まず、自分は死人だ」

 

「でしょうね」

 

 いくらエルフが長寿でも千年前の人が生き延びてたらびっくりだよ。

 

「肉体を失ってからもこの世に残っていたようだが、先日ついに消滅するはずだった」

 

「でも今消滅してないですよね」

 

「そうだ。できなかった」

 

 オリヴィエは私をじとーっと見つめる。

 

「自分は今、お前の所持する人物画の描かれた小さな板に閉じ込められている」

 

「……もしかしてアルファ様アクリルスタンドのことですか?」

 

「名称を言われても分からないが、おそらくそうだ」

 

 知らないうちに私の大切なアルファ様にお化けが取り憑いてた!?

 

「困ります! どっか行ってください!」

 

「できるならやってる。だが以前と同じで、自分を閉じ込めているものが完全に破壊されないと無理だ。そこで頼みがあるんだが」

 

 聞くまでもなくオリヴィエの頼みを察した私は先んじて釘を刺す。

 

「アルファ様グッズは絶対に傷つけさせませんからね!」

 

「だが、それでは自分はずっとこのままだ」

 

「別にいいですよ。アルファ様は困りませんし」

 

「これからは毎日夢に出てやると言ってもか?」

 

「構いません。アルファ様グッズは私が守ります。毎晩悪霊と語らうくらいなんてことはありません」

 

 ここで私は思い出した。そういえば私、女神の試練でオリヴィエから千年前の情報を引き出すために捕獲しようとしてたんだった。

 なんだよ成功してんじゃん!

 

「そうだ、どうせお話するならあなたから聞きたいことが沢山あるんですよ」

 

「生憎だが自分は何も話せない」

 

「……なぜでしょう?」

 

 リンドブルムの聖域でラウンズのハゲに従順だったことから、約千年前にディアボロス教団の実験体のひとりだったオリヴィエが教団に所属していたのではという不愉快極まる仮説が立てられている。

 もしそれが真実だった場合、情報を抜き出すために教団の仕打ちを超える恐怖心を植え付けてやる必要があるのだが、非武装状態の私にそれができるかと聞かれると自信がない。

 

「自分は……さっき話した内容以外のことを何ひとつ覚えていないんだ」

 

 オリヴィエの返答次第で面倒なことになるなあと思っていたのだが、彼女の答えは予想外のものだった。

 記憶喪失のふりして情報を隠す作戦だろうか?

 

「えーっと、ちょっと診察するので素直に答えてくださいね」

 

 私はアルファ様のお役に立てるよう日頃から様々な勉強をしているのだ。

 捕獲した教団員に使うべく脳に針を刺してくちゅくちゅして素直にさせる技術を習得する過程で、少しばかり脳機能や記憶について学んだこともある。

 だから簡単な問診の真似事ぐらいはできるのだ。

 

「御自分のお名前は分かりますか?」

 

「分からない」

 

「お仕事は何をしていますか?」

 

「分からない」

 

「魔人ディアボロスをご存知ですか?」

 

「分からない……だが、その名を聞くと頭が痛くなる……きっと良くないものだ」

 

「人前で裸になってる私をどう思いますか?」

 

「多分変態だと思う」

 

 その後もいくつかの質問をして理解した。

 現在のオリヴィエは社会常識こそ覚えているのに自分自身の人生に関することだけが抜け落ちている。

 つまりどういうことかというと、私の知りたい情報をこのオリヴィエから聴取することは不可能だと分かった。

 はあ〜つっかえ。せっかくアルファ様がお望みの情報をお届けできると思ったのに、がっかりだよ。

 

「起きたらお塩撒いときますね。どうぞ成仏してください」

 

「待て! 待ってくれ頼む! 塩なんかじゃ成仏できない!」

 

 背を向けた私にオリヴィエが縋り付いてきた。

 

「えー、でもアルファ様のアクスタ破壊するなんて絶対ヤですし」

 

「それならそれで構わないから、せめて繋がりは残してくれ! この空間はお前と繋がっていないと何も無い! さっきまで光すらなかったんだ! 意識ははっきりしているのに闇の中で何も感じられないまま存在し続けるのはもう嫌だ!」

 

 うっ、なんでだろう……なぜかオリヴィエの置かれた状況が想像できてしまう。そんな目に遭ったことなんてないはずなのに、どうして?

 

「わかりましたよ……ただ、繋がりを残せと言われてもやり方分からないんですけど」

 

「自分を拒絶しないでいてくれれば大丈夫だ。繋げるのはこちらで勝手にやる」

 

「わかりました。じゃ、そういうことで」

 

 私はご先祖の亡霊と別れて目を覚ました。

 そしてすぐに、気付かないうちに亡霊が取り憑いていたらしいアルファ様アクスタを検品することにした。

 アクスタは工業製品なので、たとえ破損しても安価に同じものを作れる。

 しかし人が死んだら蘇らないのと同じで、今私の手元にあるグッズと新たに作り直したグッズは決して同じものではないのだ。

 そんな貴重なアルファ様アクスタのイラストが。

 昨晩まではしっかりアルファ様の御姿だったはずなのに。

 いつの間にかオリヴィエの立ち絵に描き換わってるんですけど!?

 

「ふっ、ふざけるな! オリヴィエ! この悪霊め!」

 

 私はアクスタに向かって怒鳴る。反応はない。

 オリヴィエめ、アルファ様のイラストだと壊されないからってこんなことをしたのか!?

 

「残念だったな! 私にとってアルファ様はどんな姿になってもアルファ様なんだ! この程度で壊してもらえると思ったら大間違いだ!」

 

 それはそうとしてイラストは戻してほしいから、アクスタを壊す以外の方法でオリヴィエを成仏させられないか試すことにした。

 確かシグマ様に聞いた話だと……。

 

          ◯

 

 新学期初日、友達の少ないシタラに恩でも売ってやろうと考えたアレクシアは、特待生寮の彼女の部屋を訪ねた。

 

「喜びなさい、この私が一緒に登校してあげ……は?」

 

 合鍵で侵入したシタラの部屋には、本人曰くシャドウガーデンで再会した生き別れの姉妹だという、以前も見たシタラそっくりの4人が揃っていた。

 不法侵入も問題だが、アレクシアが言葉を失うほどの衝撃を受けたのはそこではない。

 なぜか彼女たちは5人全員が髪を全て失った姿で、アクリョータイサンだのオンミョージだの変な呪文を口ずさみながらノリノリで踊り狂っているのだ。

 アレクシアはそっと扉を閉めて、ひとりで学園に向かった。

 

          ◯

 

 色々な除霊方法を試したが特に効果がないまま数日が経った。

 

「……い……おーい……」

 

「本当に毎晩夢に出てくる奴があるか!?」

 

 これまではアルファニウムをキメて寝るとほぼ確実にアルファ様が夢に登場してくださった。それがオリヴィエと繋がるようになって以来、一度もアルファ様の夢を見られていない。そして代わりに毎回オリヴィエが登場する。ただ毎晩会話するだけなら平気だと思っていたが、実際に体験するとかなり辛い。

 

「もっと自分に沢山お供えしろ。そしたら考えてやる。自分は学食のデラックスランチ10万ゼニー超金持ち貴族コースとやらを食べてみたい」

 

 こいつのアクスタ前にお供え物を置くと、しっかりこの空間に反映されるのだ。

 最初はアルファ様を含む私たちエルフの悪魔憑きのご先祖だから簡単なお供えくらいしてやろうと思って軽い気持ちでやってしまったが、あの時の私は本当に余計なことをしてくれたものだ。

 お供え機能に気付いてからというもの、オリヴィエの要求はどんどん激化した。

 しかもこいつ、ある日を境に私の視界を覗き見できるようになりやがった。

 いずれ私の身体を乗っ取るつもりなんじゃないだろうな?

 

「できたらとっくにやってる」

 

 思考盗聴された!?

 

「安心しろ。この空間にいる間だけだ。普段は視界を盗み見ることしかできない……今はまだ」

 

「ひぃっ!?」

 

 そういう展開ナツメ先生のホラー特集で読んだことある!

 呪われた人形に成り代わられちゃうやつ!

 

「ふっ、冗談だ。さすがに許可なく成り代わることはできなかった」

 

「もう試したの!?」

 

「いや、その……見てるだけじゃなくて、自分で体験してみたいことが沢山あったから」

 

 オリヴィエが悲しそうな顔で微笑む。

 

「亡霊が何を言っているんだろうな。忘れてくれ」

 

「……アルファ様に似た顔でそんな表情見せられたら、ちょっと同情しちゃうじゃないか」

 

 考えてみると、私が起きている間のオリヴィエはこの何も無い空間で独りぼっちになるのだ。

 誰とも話さずに、ただ時間が過ぎるのを待つばかりの毎日。

 私もアレクシアが話しかけてくれるようになるまで学園で似た状況に陥ったから、それがどれだけ辛いか想像できてしまう。

 

「私が許可したら、オリヴィエは私の身体を借りられるの?」

 

「できそうな気がしてる。実際のところはやってみないと分からない」

 

「貸した後は私が好きな時に身体を取り戻せる?」

 

「それも分からない」

 

 うーん、不明点が多過ぎてやっぱり心配だ。

 

「そうだろうな。だから自分もこれ以上食い下がるつもりはない。考えてくれただけでも嬉しかったよ」

 

 オリヴィエがにっこり笑う。アルファ様の笑顔が重なって見えた。

 

「うっ……だからその顔でそういう表情見せられると、なんとかしてあげたいって思っちゃうじゃん」

 

 私は全力で頭を働かせた。

 考えろー、考えろー。

 オリヴィエに身体を貸す場合、特に大きな問題となるのはふたつ。

 ひとつはさっき言ったように身体を奪われたまま取り戻せなくなること。

 もうひとつは、現実で動ける身体を手にしたオリヴィエがアクスタを破壊すること。

 

「ああ、確かに身体があればそれも可能か」

 

「本当に勘弁してよね!? アルファ様グッズ壊されるのもやだし、入れ替わった私がアクスタに入ってる場合は私が死んじゃうかもしれないんだぞ!」

 

「やらない。約束する。以前の私は早く消滅したいと思っていたが、今は違うからな。とりあえずワンパースの正体を知るまでは絶対に消えたくない」

 

 お供えは食糧以外も反映されるのだ。時間は沢山あったので、オリヴィエは私が寮に持ち込んだナツメ作品を全て読了している。

 気になるよね……ワンパースの正体。

 ワンパースが完結するまで死ねないというのなら、それは信用せざるを得ない。だって私も全面的に同意できるから。

 

「わかったよ……じゃあ、こうしよう」

 

          ◯

 

「おお……おお! こいつ、動くぞ!」

 

 今日は学園もシャドウガーデンの任務もない完全な休日。

 そして私は既に目覚めている。

 つまり私の目の前で飛んだり跳ねたりしているオリヴィエは、私の想定通り現実世界で動かせる身体を手に入れたのだ。

 その方法とは、別にそれほど難しくはない。

 私の分裂体をひとり、犠牲にする覚悟でオリヴィエに貸し出したのだ。

 

「外見はオリヴィエが変えたの?」

 

「分からない。自分は特に何もしていないはずだ」

 

 さっきまで私の姿をしていたのに、オリヴィエが肉体の支配権を借り受けた瞬間に外見が彼女そのものに変化した。

 

「だが好都合だ。本来の姿の方が何事もより楽しめる気がする」

 

「それはいいんだけど、外出の前に色々と検証するからね」

 

 さて、1時間ほどかけてオリヴィエとの肉体共有の仕様を確認したのだが、やはり私の懸念は正しかった。身体を貸している私が内側から強引に取り戻すことはどうやってもできなかったのだ。身体を貸したもうひとりの私によると、オリヴィエが表に出ている間は視界を覗き見ること以外何もできず言葉も届かない状態だったらしい。つまり普段のオリヴィエと完全に立場が入れ替わるのだ。

 ただし本来の身体の持ち主である私に有利な仕様も発見した。

 オリヴィエの憑いたアクスタが身体から100メートルほど離れると、オリヴィエは強制的にアクスタに戻され、入れ替わりで私は身体に戻る。

 この仕様から考察すると、おそらくオリヴィエが表に出ている時であっても、アクスタが破壊されて消えるのは私ではなくオリヴィエだ。

 これらのことから導き出される結論は……分裂して身体を貸せば私のリスクはそれほど大きくない。

 

「もういいな? もう出かけていいよな?」

 

 見るからにそわそわしてるオリヴィエに財布を手渡す。

 

「お小遣いは10万ゼニーだからね。無駄遣いしないでよ」

 

 平民からしたら大金だが、貴族の子女のお小遣いとしては妥当か、やや少ないくらいだ。例えばニーナ先輩なんてシド様に学食の10万ゼニーのコースを頻繁に奢っている。

 

「任せろ! ではな!」

 

 オリヴィエは窓から飛び出して街へと向かった。

 挙動が完全に小さな子供だったけど、本来は最低でも子供がいた年齢まで生きてたはずだし、付きっ切りで見守る必要はないよね。

 じゃあ……私はナツメイトに行こうかな。

 ほんとは駄目だけど……。

 酷いことだけど……。

 オリヴィエに描き換えられたアルファ様アクリルスタンド、再生産してきます。




頑張れシータ!
ご先祖様を大切にする優しいエルフになるんだ!

ちなみに髪は本当に丸刈りしましたが、イータ特製育毛剤で元通りです。
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