唐突だが自慢話をさせてほしい。実はシャドウガーデンで魔力強化抜きの腕力を比べた場合、私は七陰や獣人の同僚を差し置いて第2位の栄光を掴んでいる。ちなみに1位はデルタ様だ。
魔力を除いた素の身体能力勝負は獣人の独断場だ。だから私がいつ役に立つか分からない無駄に強力な肉体を誇っていることには当然のように手品の種が存在する。
私の体型は今でこそ標準的な少女そのものだが、恥ずかしながら一時期いつぞやのクソ筋肉を超える巨大ゴリラ女になってしまったことがある。というのもイータ様が陰の叡智『プロテイン』を再現して作った筋肉増強薬の被験者に(強制的に)選ばれて、それがイータ様の想定を超えた即効性と効力を発揮したのだ。
膝を抱えて座っても部屋の天井に頭がぶつかるような巨体となってしまった私は途方に暮れた。私も若い女性なので美的感覚にそぐわなかったし、何より陰に潜むシャドウガーデンの構成員としてあんな悪目立ちする体格は許されない。
イータ様は解毒薬(アルファ様がその名称で製作を命じられた)の開発を試みたが、それを(いきなり私に投与される寸前でアルファ様が止めてくださったため)魔獣で試したところ筋肉がなくなり過ぎて衰弱死したため、私は自力で時間をかけて減量する羽目になりそうだった。
そこに現れた救世主こそがシャドウ様だ。
シャドウ様は私に筋肉をしまう方法を授けてくださった。しかも本来は長い修行の先でようやく実現できる魔力を使わない秘技だと言うそれを、魔力で肉体を操る裏技により私でも1日で実現できるように気を回していただけたのだ。
シャドウ様のおかげで私は少女の体格を取り戻すことができた。しかし筋肉はしまっているだけで消失したわけではない。圧縮された筋肉はさらに馬力を強めて、確かに私の肉体に宿っている。これが獣人すら超える身体能力の由来である。
魔力で肉体を強化すればひょろひょろの乞食でも岩を砕く世界だ。素の肉体の強さは自慢話くらいにはなるが実用性に乏しい。
それを分かっていながら唐突にこんな話をしたのは、驚いたことに今日この肉体が仲間の命を救ったからだ。
今回の私の任務は未知の遺跡の調査だった。参加者は私を含む3名、最小限の人員だ。つまり七陰はこの遺跡をそれほど危険視も重要視もしていないが、未知には常に危険が付き纏うし、ちょうど私の手も空いていたので抜擢されたのだ。そしてその判断が功を奏した。
遺跡に巣食っていたのはディアボロス教団に連なる者ではあったが、はっきり言って末端で、しかも魔力を扱えないことをなぜか本人が明かしてきた。魔力を扱えない人間種なんて食物連鎖の最底辺、雑魚の中の雑魚だ。本来なら脅威の欠片もない。
しかし厄介だったのは、その雑魚男が魔力を封じる道具を所持していたことだ。雑魚男が開発したというそれは、効果対象が所持者からだいぶ近くにいないと駄目という微妙性能だった。それでも武器防具をスライムに依存しているシャドウガーデンの兵には致命的な効果だ。なにしろ魔力でスライムの形を固定しているので、魔力を封じられたら素っ裸になってしまう。
実際、私の部下たちは完全に無防備になってしまった。私は日頃の圧縮のおかげかスライムボディスーツが瞬時に溶けてなくなることはなかったが、半裸にはなったしシータになることもできなかった。
さらに腹立たしいことに雑魚男は魔力を封じた相手に飼いならした猟犬を仕向けるという戦法を確立していた。なるほど、人間種に服従する程度の魔獣は弱いが、魔力なしの人間やエルフが勝てるかというとかなり難しいだろう。ちなみに獣人なら勝ち目の方が大きいため、雑魚男の戦法はやはり詰めが甘い。
いずれにせよ私も私の部下も全員がエルフで、しかもまだ幼さから脱却したばかりの少女だ。普通であれば魔力もなく猟犬の群れと相対すれば餌になる以外の末路はなかった。
雑魚男は魔力を封じた瞬間に天秤が勝利に傾いたと思ったことだろう。
しかし、私は違う。
私は、百キロ超えの筋肉ゴリラだ。
この隠された筋肉の重みで勝利の天秤は私の方に傾いた。
同僚の背後から迫る犬っころを千切っては投げ、呆気にとられる雑魚男を押し倒して馬乗りになった。
「なんだお前ぇ!?」
「お前らぁ、抑えろ!」
私の命令で部下たちも雑魚男を抑えにかかった。魔力を封じられた現状は窮地に違いないので、彼女たちには全裸であっても男との接触を躊躇する余裕がなく、激しい揉み合いとなった。
それから身動きがとれなくなった雑魚男の身ぐるみを剥がすことにした。魔力封じの道具は危険なので、持ち帰ってイータ様に対抗手段を研究してもらうのだ。
「何すんだおまっ、はやらせこら」
揉み合ってるからか雑魚男の滑舌は悪かった。
「(お前はもうまな板に乗せられた)しめ鯖ぁ!」
「んなんだこいつら、泥(坊)ヘドロ(野郎どもが!)やーめろおま、ちっ!」
抑え込まれてところどころ雑魚男の言葉が途切れていた。
この辺りで雑魚男の素肌が見え始め、雑魚男が赤面した。私たちを差し置いて男のお前が何してんだ。
「あーもう!」
「抵抗しても無駄だ!」
「うざってぇ!」
雑魚男の懐から金貨が出てきた。魔力封じの道具なんてものを開発できた辺り、意外と金持ちなのかもしれない。シャドウガーデンへの土産が増えるのはいいことだ。正直私だけでも貧弱な雑魚男を抑えるのに十分だったので、部下の1人に周辺に金品やら研究資料やらが残ってないか探しに行かせた。
「素晴らしい、菓子(でもお土産に買って帰ろうか。臨時収入あるし)」
雑魚男が暴れるので私も言いたいことを言い切れなかった。
「うざ、こん(ガキ)、お前らに、お前ら小娘なんかに負けるわけないだろお前おぅ!」
魔力を使う年下の女性に負けてカツアゲされたコンプレックスでもあったのだろうか、急に興奮した雑魚男が叫びだした。
「はやらせこら、はやらせこら! ゆーびんやごぉ! お前はなせこら!」
ガチャガチャと金貨が擦れる音を立てながら部下が戻ってきた。自分の金を巻き上げられた雑魚男が目を見開いた。
「なんだお前ぇ! ちっ!」
雑魚男の表情にしばらくしてから安堵が混ざったことに私は気付いた。
「しばらく(してから)ほっとしたろぅ!」
どうやらまだ隠し財産があるようだ。この後探そうと決めた。雑魚男も私が気付いたことに気付いたようで激憤した。
「こらどけこら!」
「3人に勝てるわけないだろ!」
私1人にも勝てないのに!
「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前! どけお前こら!」
「繰り出すぞ! フルダッシュパン(チ)!」
おとなしくさせるために部下に警告して回避させつつ、死なない程度に雑魚男の顔を殴った。
雑魚男が気絶したのでそこから先は静かだった。迅速に雑魚男の所持品全てを奪って、用済みの雑魚男を始末した。
筋肉しまっといてよかった。
◯
雑魚男の隠し財産を見つけるのに結構な時間がかかってしまった。遺跡のパズルを解いてようやく暴いたお宝は男と男が組んず解れずする写真集だった。
「隊長、大変です!」
遺跡を出ようとしたところで部下が何かに気付いた。
「この魔力封じの道具を持ったままじゃ服が着られません」
なるほど、確かに。
じゃあ道具を停止させればいいじゃんと思うかもしれないが、それはできないのだ。使い方を聞かなければならないと気付いた時には雑魚男が昇天済みで、かといって適当にいじって壊れるのも怖かった。
雑魚男の服を使えばいいって? その服が魔力封じの道具なんだよ!
しかも予備の服の1枚や2枚はあるだろうと楽観視していたら換金性が皆無の本数冊しかなかったのだから腹立たしい。
同僚しかいないこの場では半裸や全裸のまま行動しても問題なかったが、いかんせんアレクサンドリアまで距離がある。陰に潜む我々が露出狂として注目を集めるなんて最悪だ。
「仕方ない。私はこの場に残って見張ってるから、先に帰還して報告した後、現物の服を持って戻ってきてくれ」
魔力封じの道具さえ持ち歩かなければ問題ないのだ。部下たちだけ外に出せば問題なく服を形成して帰れる。
……それに私、あの事件から時間が経ってないせいで、今はちょっとアルファ様と顔を合わせづらいからね。報告変わってもらう口実ができて良かったよ。
そんな感じで遺跡に残り、待つこと数日。暇つぶしが雑魚男のお宝しかないためそれを読み込み、やっぱり男は男同士で、女は女同士で恋愛すべきだと新たな真理の扉を開きかけていた頃、ようやく迎えが来てくれた。
やがて姿を見せたのは部下たちではなく、なぜか七陰のイプシロン様とイータ様だった。イプシロン様はスライムボディスーツ姿だが、イータ様はスライムではない現物の白衣姿だ。
「ご苦労さま。大変だったみたいね?」
「まあ、はい。なぜお二人が来てくださったのでしょうか?」
「それは——」
「例の物、どこ?」
イプシロン様を遮ってイータ様が迫ってきた。例の物と言われて心当たりはひとつしかない。
「遺跡の隠し金庫らしき場所に入れております。衣服型の道具です。金庫の開け方は——」
「金庫はどうとでもなる。場所だけ教えて」
イータ様の頭脳ならパズルはどうとでもなるだろう。素直に私が場所だけ教えると、イータ様は駆け足で向かっていった。
「近付くと魔力が使えなくなるのでご注意を!」
「あの子聞いてないわよ」
イプシロン様が呆れている。
「シータを診た時に余計なことをしかけて、アルファ様が謹慎を命じたでしょう? それでイータったらストレス溜めてたみたいで、偶然この件の報告を耳にしたら飛び出しちゃったのよ。研究ざいりょーって叫んで」
「うわぁ。帰ったらアルファ様怒りますよ」
「ところがそうでもないのよ」
聞くところによるとアルファ様は魔力封じの道具の危険性を高く見ているらしく、一刻も早く対策を講じるために正式な命令としてイータ様に研究を指示したそうだ。イプシロン様はイータ様の護衛として同行を命じられたらしい。
「スライム以外の武器を持たない私たちが魔力を使えなくなったら致命的だわ。アルファ様がイータを寄越したのも当然よ。そんな状況をよく1人も欠けることなく乗り切ったわね。さすが『魔球』のシータってところかしら」
「恐縮です。しかし七陰の皆様であれば私のように無様に裸体を晒して肉弾戦などせずとも、普段通りに戦えていたことでしょう。特に『緻密』のイプシロン様であれば、スライムの一片すら欠けないのではないでしょうか」
愛の力で強引にスライムを押し固めているだけの私が半裸で済んだのだ。七陰で最も魔力制御能力が高いイプシロン様であれば影響は皆無だったことだろう。
「まあね。魔力を乱したのか出力できなくしたのか、どういう原理だったのかは分からないけど、この私の緻密な技なら何であれ——」
「違う。吸収」
いつの間にか戻ってきていたイータ様が言葉を挟んだ。
「もう解析したの? 早かったわね」
イプシロン様が声をかけるが、イータ様は手元の魔力封じの衣をいじるのに夢中で会話が成り立たない。
「このアーティファクトは出力された魔力を吸収することで魔力の使用を完全に封じている。しかも吸収速度はかなりのもの。戦闘のために魔力を使い続けていたら、魔力枯渇までそれほどかからない。枯渇すればイプシロンでもスーツを保てないはず」
解析結果を楽しそうに語るイータ様はいつになく饒舌だ。そして普段は口数が少ないイータ様がそういう姿を見せる時、決まって私は酷い目に遭ってきた。
「あの、イータ様。それ停止させてくれました?」
「停止方法は分かった。でも効果を実際に見たいからまだ止めない」
「なるほど。それでイータ様はスライムではない服を着てきたんですねぇ!」
笑い事じゃねぇ!
この人また私を実験台にする気だよ!
私はシャドウガーデンの利益になるなら人身御供の役目も甘んじて受け入れる。しかしイータ様個人の好奇心に振り回されるのはもう随分昔に懲りたのだ。
「イプシロン様! 危険なのであの服から距離を」
私は言葉を最後まで紡げなかった。というのも、視界の端で黒い汗のようなものが地面へ落ちていくのが見えたのと同時に、私の眼球目掛けてイプシロン様の指が迫ってきたからだ。
速……避……無理!
受け止め……額で……できる。
否、(それをやるとピアニストであるイプシロン様の大切な指が)死。
『シータ式自己犠牲奥義11番! ホワイト・アイズスケート(白目滑り)!』
本来はアルファ様が私を攻撃した時にアルファ様の肉体が傷まないようにと構想を練っていた奥義だ。しかしイプシロン様の指が相手なら解禁する価値は大いにある!
イプシロン様の大切な指を白目と瞼との間に優しく挟んで受け止める。眼球は意外と頑丈なのだ。直線の力さえ逸らせば貫通されないし、へこませた程度なら問題なく形を取り戻せる。まあ、失明しないだけで激痛は受けるが。
「うぎゃあああああああ!」
指が止まると同時に後退し。ブチブチと嫌な音が響いた。右目は無事だが外眼筋に指が引っかかったようで左目が飛び出てしまった。
「あっ、あっ、私の目ぇ」
魔力が使えれば痛覚を抑制できるのだが、あいにくと今は不可能だ。私が痛みで転げ回ると、飛び出てぶら下がった左目がそこら中にぶつかってさらに痛む悪循環だ。
「ちがっ、そんなつもりじゃ……」
「ちょうど義眼あるけど……いる? 思考読めるアーティファクト」
えっ、アルファ様の考えてることが分かるって?
「失くさないで済むように早く治療するのよ!」
でも勝手に思考を除いたら不敬か? 人としてやっちゃ駄目か?
「イプシロンのせい……なのに」
「本を正せば誰のせいだと」
その義眼は個人的になし寄りのありです。そう思いながら、数日に渡る不寝番で疲労した肉体を追撃する痛みで私は限界を迎え、意識を手放した。
◯
イプシロン様にとって七陰は家族であり、シャドウガーデンの全ての者は仲間だが、私は唯一無二の同士である。
なぜならば大胸筋と一緒に圧縮された私の胸部はまな板のように平坦だから。
シャドウガーデンの食糧事情は潤沢で、所属する成長期の少女たちは皆、順調に天然の膨らみを育てている。そんな中で盛っていない時のイプシロン様すら圧倒する平坦さを誇っていながら、それを恥じずに胸を張って生きている私の姿は眩しく映った。
私が七陰に抱いているものと同じくらいの大きさで、イプシロン様も密かに私への敬意を抱いているのだ。
そんな私を偽乳が落ちたことに取り乱したという最高に馬鹿みたいな理由で傷付けてしまった。生来の優しさも相まってイプシロン様は現在深く絶望しておられる。
そういったイプシロン様の心情を、扉を隔てたままアーティファクトの義眼によるマインドスキャンで読み取ってしまった私は、イータ様の研究室にとんぼ返りして保存してあった私本来の眼を移植し直して貰った。
このアーティファクト駄目だよ!
イプシロン様の胸、なんだかある時を境に急激に成長してて不思議だなぁとか思ってたけどさあ!
偽乳作るために魔力制御能力が高まった裏事情とか知りたくなかったよ!
アーティファクトに関してはイータ様に読み取る情報の取捨選択ができないので危険であると懇切丁寧に説明して封印してもらった。
「もしもシャドウ様やアルファ様の隠し事が漏れて、このアーティファクトのことが知られたら、疑われるのは誰だと思います?」
すごく嫌そうな顔のイータ様は素直に私の生身の眼を修復してくださった。さすがは日頃から「やる前より健康体にするから解剖させて?」と触れ回っているお方だ。後遺症が一切ない。
さて、次に解決すべきはイプシロン様のメンタルケアだ。これについては私に秘策あり。削れるのは私の名誉だけ。我、七陰の忠実なる配下。ならば躊躇は不要なり!
「イプシロン様! 私の眼はイータ様の手で完治しましたが、今回の一件めちゃくちゃ痛かったので詫びを要求したく存じます!」
イプシロン様のように優しい方は大丈夫だったので気にしないでくださいといっても永久に気にし続けるのだ。断ち切るには明確な形で贖罪をしてもらうに限る。
予想通りイプシロン様は覚悟を決めた様子で「何でもするわ」と応じてくださった。
そういうわけだから何でもしていただこう。
「確認しますけど、イプシロン様の胸、偽物ですよね?」
「うっ」
断末魔と共にイプシロン様が崩れ落ちた。
「そうよ、その通りよ。本当の私はツルペタロリ体型よ!」
そこまで言ってないんですけど。
「私もです」
俯くイプシロン様の両手を引いて私の胸に触れさせる。
「何でもしてくださるのでしょう? 私にも盛り方教えてくださいよ」
「シータ……」
イプシロン様の目に涙が浮かんだ。
「いいの? 所詮はスライム、今回みたいに些細なことで崩れる虚像でしかない。人工はどこまで行っても天然にはなれないのよ?」
イプシロン様は自信を喪失して思考が弱々しくなっていらっしゃる。立ち直っていただくためにも、私は覚悟を決めて一喝する。
「私はイプシロン様のおっぱいが好きだ!」
イプシロン様が息を呑む。
「偽物だったから何だと言うのです? むしろ私にも手が届くと知れて嬉しかった!」
イプシロン様がまるで死を待つのみだった悪魔憑きの運命から解放された時のように泣きじゃくる。
「私を天然に勝たせてください、師匠!」
窓から入り込む夕日の赤が照らす中、イプシロン様が涙を流したまま微笑む。
「私は厳しいわよ?」
この場面だけ切り取ればまるで名画のような美しさだが、背景を理解している私はなんだこれと密かに辟易した。
「望むところです」
こうして私はイプシロン様の同士になった。
敵は天然。その数、シャドウガーデンだけでも五百人以上。
対するは人工、私とイプシロン様だけ。
絶望的な戦力差があっても関係ない。
私たちの戦いはこれからだ!
……何やってるんだろ、私。