第39話 もりでみずぎきたっていいじゃないか えるふだもの しーた
父であるオリアナ国王を殺害して追われる身となったローズがシャドウガーデンに匿われてからもうすぐ一ヶ月という頃。
ローズ改め666番は、多くの一般構成員に混じって89番と559番の模擬戦を見学していた。
シャドウガーデンの一般構成員はシタラ……8番に聞いていた通り加入順で番号を与えられるため、基本的に数字が若いほど訓練期間が長く強い。
その原則に従えば模擬戦は89番の圧倒的な勝利で終わるはずだが、結果は正反対であった。
「そこまでだ559番!」
倒れた89番に追撃を加えようとした559番をラムダが蹴り飛ばして止める。ナンバーズであるラムダの攻撃は666番であれば受けることもかわすこともできないような鋭さだったが、559番は難なくいなして見せた。
「勝利した559番にはナンバーズへの挑戦権を与える! 見世物は終わりだ! 総員、解散!」
一般構成員の少女たちが瞬時に散っていく。666番も遅れないように着いていく。
走りながら666番は思考を巡らせた。
番号と強さに関して8番は例外も存在すると言っていた。元悪魔憑きの少女たちは本来ならば戦いとは無縁だったので、ほとんどはガーデンに来てから初めて剣を握る。しかし中には666番のように以前から魔剣士として修練していた者もいて、その場合は番号の差を覆してしまうのだ。そのせいで元農民の私は何人に抜かれたことか……と8番は悔しそうに語っていた。
その日の訓練を終えて与えられた部屋に戻った後、いつものように666番は同室の少女たちと語り合う。
今日の話題はかなり遅れてシャドウガーデンに加入した身でありながら89番という古参の実力者を圧倒した559番についてだ。
「559番ちゃん強かったね〜」
部屋に持ち込んだお菓子を食べながら話すエルフの少女は、666番のひとつ上の先輩である665番。
「あー! またこぼしてる! お前ひとりの部屋じゃないんだから気を付けろよな!」
665番を叱責するエルフの少女は666番が所属する分隊のリーダー、664番。
シャドウガーデンは一般構成員を3人1組の分隊単位で運用する。そして戦場で命を預ける相手と信頼関係を育めるよう、おおむね分隊の3人を同室に配置する。
同じ部屋で寝食を共にすれば好むと好まざるとにかかわらず交流は増える。まだ短い付き合いではあるが、666番と2人はそれなりに良好な関係を築けていた。
「559番はナンバーズと戦って、勝利すれば地位と称号を引き継ぐ……ベガルタ帝国の七武剣みたいですね」
「あそこまで物騒じゃないけどね」
七武剣の継承は御前試合で前任者を打ち破ることによって認められ、その際に前任者を殺害しても事故として処理される。そうなると称号を奪えば恨まれると分かっているために後腐れを残さぬようあえて殺す場合の方が多いと聞く。
666番は知らないことだが、その規則のせいで七武剣の称号を持っていた教団のラウンズが偶発的に命を落としたこともある。
「それだと8番ちゃんは何回も死んじゃってるよ〜。いつもお菓子くれるいい人なのに」
「あんたねぇ……同じ一般構成員とはいえ、相手は七陰に続く最古参の先輩なんだから、少しは遠慮しなさいよ」
「8番はナンバーズに挑戦したことがあるのですか?」
8番本人の言い分ではそもそも挑戦権すら得られてないものとばかり思っていた。
「私たちも新入りだから詳しくないけど〜、ガーデンの名物になっちゃうくらい沢山挑戦してたらしいよ」
ちなみに現時点で35連敗である。それでも後輩がナンバーズを目指す時は邪魔することなくしっかり応援するのが8番の良いところだ。
「あんまりな回数負けてるからって、本人は自虐して『不合格ラインの8番』なんて言いふらしてるみたいだけど……実力は確かよ。私たちじゃ3人がかりでも勝てないと思う」
「ナンバーズなんて夢のまた夢だね〜」
「不合格ライン……ですか」
シャドウに力を与えられたことで学園にいた頃よりも遥かに強くなった666番だが、クレアとの決闘で見せつけられた8番の強さには遠く及んでいないことを自覚している。
8番が合否を分ける境界というのなら、逆に言えば8番を超えられないようではナンバーズの地位を望めないのだ。
そして、それは559番も同条件だ。
「559番は8番に勝てますか?」
664番と665番は顔を突き合わせて首を傾げた。
「うーん? どうかなぁ……」
「559番が8番と仲悪いのは有名だけど、実際に戦った話は聞かないのよね」
最近開催された一般構成員スケート大会で勝負した時は激戦の末に8番が559番に競り勝って優勝したが、あれは剣での勝負とは別の話だ。
勝敗を予測する材料があまりにも不足しているのでこの話はここまでとなり、間もなく666番は眠りについた。
◯
559番は昇格戦の相手にシータを指名し、惨敗した。
今回の昇格戦は特別に七陰のみが立ち会い、一般構成員はおろかナンバーズにも非公開で行われた。
しかし重傷の559番が医務室に運び込まれたことをきっかけとして昇格戦の結果だけは瞬く間にシャドウガーデン中に広まった。
ちょうどお昼時で賑わう食堂内はどこに行ってもシータの噂で持ちきりだ。それは666番の分隊も例に漏れず、3人で姦しくシータについて議論している。
「559番と戦ったシータ様……2人はどんな方か知っていますか?」
「名前は知ってるけど、会ったことはないわ」
「私は噂なら色々と聞いたことあるよ〜」
人当たりが良く、古参の先輩が相手でも良くも悪くも臆さず接する性格の665番は、これまでにシータの話を聞く機会が何度もあった。
「えっとね……見た目は丸くて棘が生えてるんだって」
666番は頭に疑問符を浮かべながら、丸くて棘の生えた人物像を思い浮かべた。なんか果物のドリアンに似ているなと思った。
「転がって移動して、声を出さない代わりに身体に文字を書くらしいよ」
「えぇ……いないわよ、そんな奇人」
664番の言葉に666番も賛同した。
「やっぱり〜? 私も聞いてて変だな〜って思ってたんだけど、何人かの先輩が同じこと言ってたから……」
「それ口裏合わせてるのよ。シータ様の正体はガーデンの最高機密って言われてるもの」
任務中に仮面で顔を隠すことはあっても、アレクサンドリアの拠点内ではナンバーズも七陰も素顔を仲間に見せている。
もっと言えば盟主シャドウの表の顔でさえも一部の一般構成員には普通に公開されている。666番は新入りなのでまだ知らないが、しっかり働いてガーデンの信用を得れば普通に教えてもらえるはずだ。
それなのにシャドウを差し置いて正体を機密指定されているかもしれないシータは異質な存在だ。
「仲間にも正体を隠すなんて、何の意味があるんだろうね〜?」
「実は凄い有名人だとか……」
そこまで言って2人は666番に視線を向けた。
666番がオリアナ王国の王女であることはシャドウガーデン内で普通に知られている。
「それだけじゃ正体隠す理由にはならないか」
「有名人いっぱいいるもんね〜」
シャドウガーデンには人気作家も大商会の会長も天才音楽家も稀代の建築家も元ベガルタ七武剣も元聖女も王女も所属しているのだ。ちょっとやそっとじゃ有名人を名乗ることすらできない。
有名人として注目されることに照れた666番は話題の変更を試みた。
「外見や正体よりもシータ様の強さが気になります。あの559番が敗れたのですから」
「なになに? 何の話してるの?」
「えっ?」
分隊の2人のものとは違う声が666番の背後からかけられた。
振り返るとスライムスーツ姿で見慣れたマフラーを首に巻いた8番が立っている。
シャドウガーデンに来てから666番が8番と会うのは初めてではない。これまでに何度か顔を合わせて、既に同格の一般構成員同士だから敬語も敬称も不要ということで話がついている。
「シタ……8番」
「こんにちは。隣いい?」
彼女は料理を乗せたトレーを両手で持っているので、どうやら席を選んでいる最中のようだ。
古参故か特定の分隊に配属されていない8番は、食堂を利用する際は新入りのグループに混ぜてもらっていることが多いらしい。
「もちろんです」
「ありがとー!」
8番が666番の隣の席に腰を下ろした。
「8番ちゃんいらっしゃ〜い」
「おっじゃましま〜す!」
ガーデンにおける8番は学園にいた時と打って変わって明るく社交的だ。本人が言うには「あれは潜入のための演技! こっちが素!」とのことだ。
「私さっき戻ってきたばっかなんだけどさ、なんか今日はどこ行ってもみんなおんなじ話してるね? なんかあったの?」
「は、はい! 559番が昇格戦であのシータ様と戦ったらしく……」
任務中でなければ対等に接していいと言われていても、真面目な664番は畏まってしまうらしい。
「へー、わざわざシータ様選んだんだ。559番も無謀なことしたねー」
なぜか8番の話し方が棒みたいに抑揚のない単調なものになった。
「無謀? シータ様はあの559番がそこまで言われるほど強いのでしょうか?」
666番はナンバーズのニューとの模擬戦を経験しているが、559番はニューと比べてそこまで劣っているようには思えなかった。
ニューと同じナンバーズであるのに、シータとはそれほどまでに強いのだろうか?
「そーだねー、少なくとも559番が勝てる相手じゃないだろうねー」
「8番ちゃんはシータ様に会ったことあるの〜?」
「任務で窮地に陥った時に助けてもらったことが何回かあるよ」
「じゃあブリーザ軍の幹部で、常に手足を振り回しながら乱回転してて、耳以外全身に隙間なく呪文が書かれてるって噂はほんと〜?」
「えっ……知らん……何それ……怖……」
8番が食事の手を止めて唖然とした。
「いやいやいや、シータ様そんな見るからにやべー奴じゃないって」
どことなく必死な様子で8番がシータの外見を説明する。その結果、丸くて棘を生やして転がって体表に文字を浮かべることに間違いはなかったが、想像した姿がどうしようもなく間違っていたと判明した。
「……なるほど、球体状に変形させたスライムの中に隠れることで身を守っているんですね。そして攻撃は棘による刺突が主体と」
「転がって移動するなら、そのまま体当たりで攻撃してくるのかもしれませんね」
「なんかウニが食べたくなってきちゃった〜。今度採りに行こうかな」
664番と666番が真面目な顔で自分が戦うとしたらどうするか議論する傍らで、665番は食べ物を連想して涎を垂らしていた。彼女の地元近くの森に行けばいっぱい実ってる木の実だ。
「ウニかぁ。美味しいけど私が自分で採るのは難しくてねー」
8番は海底で繁殖する生物を思い浮かべた。
「落ちてるのを拾うだけだよ?」
「私カナヅチだからウニがいるとこまで行くと戻って来れなくなっちゃう」
8番はしまってる筋肉のせいで密度が高いため水に沈むのだ。素潜りしたら大変なことになる。
「金槌?」
665番は8番ちゃんはどうして急に工具の話をしたのだろうかと頭を悩ませた。戻って来れなくなると言っていたことから、かなり無理があるけど方向音痴と金槌を間違ったのだろうと結論付けた。
「あのね、8番ちゃんは金槌じゃなくて音痴だと思うよ?」
「あー、そうだって言う人もいるよね」
8番が泳げないのは運動音痴だからではないが、しまってる筋肉について説明するのは難しいので、深掘りしなかった。
「2人で行けば大丈夫だと思うから〜、今度一緒にウニ拾いしよ〜?」
付き添いがいたところで一度沈んだ8番を引き上げるのは難しいと思うが、採れたての海の幸を食わせろと背後霊がうるさいし、せっかく誘ってもらったのに断りたくないので、8番は了承した。
後日、イータ特製の浮き輪と海面からウニを掬い取るための『ウニかぎ』という専用の道具を携えた水着姿の8番は、665番が誘った大勢の長袖長ズボンを着た同僚たちと一緒に森の奥で栗拾いをした。そしてスライムの貸し出しを同僚の防御力が下がるからと断って、ひとりだけ滅茶苦茶虫に刺された。
◯
これは余談だ。
665番と8番が食べ物の話で盛り上がっていた頃、その隣では向上心に満ちた少女たちにより対シータ戦術研究委員会が発足していた。
自分ならシータにどうやって勝利するかを議題とした664番と666番の白熱する討論は次第に近くで食事をしていた一般構成員を引き寄せ、ついにはナンバーズまで興味を持った。
最終的にラムダまで加わったことで午後の訓練時間を返上して会議は続けられ、その日の夜にはシータにラムダ名義で模擬戦が申し込まれた。
屋外訓練場にてシータが相対するのは、総勢100人を超える一般構成員と、その先頭に立つ16人のナンバーズ。それからなぜかナンバーズに混ざって並び立つ七陰のベータ。
もはや軍勢と言うべき数の同僚とひとりで対峙したシータは、スライム外殻の中で愕然とした。
揃いも揃って……あの元聖女の為に私の命落としたいんか……?
しかも私以外のナンバーズが全員向こうにいるんだけど……変な噂広められてたりするし、シータの私ってもしかして嫌われてる?
なお実際は嫌っているということはなく、自分を差し置いてナンバーズ最強と呼ばれているシータと純粋に力比べがしたいだけである。
普段どこで何してるか分からないシータと戦える貴重な機会にナンバーズは我先にと立候補した。しかしラムダが七陰に申請した模擬戦の名目は『圧倒的強者に集団の力で打ち勝つ演習』だったので一対一で戦うことは許されず……その結果がこれだ。
ちなみにベータは立会人として来ているだけなので戦闘には参加しない。ナンバーズ側に立っているのは無意識の行動だ。二択の問題で片方を100人が選んでいるのにもう片方を1人しか選んでいない時、『堅実』な者であれば前者に混じるだろう。
『ナンバーズともあろう者らが雁首揃えて……御大層だな! “シャドウガーデン”!』
目尻に涙を浮かべたシータは精一杯の虚勢を文字にした。
声なき叫びにただならぬ凄みを感じ取ったナンバーズの面々は数の有利による慢心を捨てた。
「我々は力を合わせて怪物に打ち勝つ! 総員、作戦開始だ!」
ラムダの号令で戦端が開かれた。
その数時間後……本体は安全地帯に隠れながらアルファニウムで持続的に回復し、攻撃は他者から見えない背後霊に任せるというシータの卑劣な新戦法により、巻き込まれたベータを含む対シータ連合は文字通りの意味で全滅した。
彼女たちの敗因は数を揃えて攻撃を集中させればいつかはシータの防御を崩せるだろうという希望的観測を作戦の主軸に置いたことだった。残念ながら、ゼロはいくら積み重ねてもゼロなのだ。
倒れ伏す仲間たちの肢体で埋め尽くされた戦場跡に、独り残された8番の慟哭が響いた。
エルフって結構ビキニアーマー装備してるイメージあるので、森で水着を着てもそんなに変ではないのかもしれません。
肌の露出が多いので虫には刺されると思いますけど。