生徒会役員選挙を予定していたタイミングでのテロリストによる学園襲撃事件。
さらにローズ・オリアナ生徒会長の失踪。
二つの不幸が重なったミドガル魔剣士学園生徒会はもはや解散して再編成した方がいいよねと言われるレベルでがたがたになり、これまでずっと活動停止状態だった。
校舎が再建中のためほとんどの学生が学園を離れていた間はそれで良かったのだが、新学期が始まって生徒が戻ってくると生徒会の不在による多くの問題が浮き彫りになった。
魔剣士学園における生徒会の役割は事務仕事だけではない。
生徒会、特に生徒会長の最も重要な職務。
それは生徒同士の揉め事の調停である。
魔剣士学園なのだから当然生徒は全員が魔剣士だ。教員も魔剣士ではあるが実力はピンキリで、万が一にも生徒に負けて恥をさらす可能性を考慮するとあまり生徒と剣を交えたくない。
しかも原則として生徒は貴族に連なる者だ。公爵家の子がいることもあれば、他国の王族が留学してくることだってある。そんな連中の揉め事に貴族の端くれとはいえ一介の教師風情が首を突っ込めるわけがない。
だから生徒の自治というお題目の下で生徒会に面倒事を押し付けるのだ。
家格の高い生徒は責任感が強く、基本的に戦闘能力も伴っているため、これまではそれで上手く回っていた。
先々代であるミドガル王国王女アイリス・ミドガル。
先代であるオリアナ王国王女ローズ・オリアナ。
どちらも地位も実力も兼ね備えた生徒会長だった。
そして次期生徒会長に相応しい生徒は誰か。
度重なる職員会議の末、ブシン祭優勝者であるが家格が低く、しかも三年生で卒業まで半年ほどしかないクレア・カゲノーを僅差で上回り、選出されたのはミドガル王国王女であるアレクシア・ミドガルであった。
◯
「辞退します」
王女としてのソトヅラで完全に騙されている教師たちはアレクシアの有無を言わせぬ断りに唖然とした。
「り、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「私では力不足だからです」
作り笑顔で建前を述べながら、アレクシアは心の中で悪態をつく。
雑用係なんてやるわけねえだろ。
お前ら状況分かってんのか?
こちとらアイリス姉さまがおかしくなってローズ先輩が失踪してついでにナツメまでいなくなってんだぞ。
自分のことで手一杯なんだよ喧嘩売ってんのか!
「そのようなことは」
アレクシアはあえて教師の言葉を遮る。
「いえ、分かっています。今の私の実力は歴代の生徒会長の水準に達していません」
「しかし」
なおも食い下がろうとする教師たちにアレクシアは無言の笑顔で圧をかけた。
こうなるともう、教師たちは何も言えなくなる。学生とはいえアレクシアは王族、これ以上しつこく迫れば不敬罪で首が物理的に飛びかねない。
アレクシアの時間を奪ってしまったことに対して謝罪を済ました教師たちは、仕方ないのでクレアに生徒会長を押し付けようと考えながら退室しかけていた。
そこにアレクシアが待ったをかけた。
「お待ちください。私からひとり、生徒会長に推薦したい生徒がいます」
本性の見え隠れする微笑を浮かべたアレクシアが口にした生徒の名を聞いて、例外なく取り繕いに失敗した教師たちが嫌そうな顔を顕にした。
◯
「会長選挙?」
放課後、アレクシアによって強引に校舎裏へ連れ出されたシドは、軽く剣の訓練に付き合った後の休憩中にそれを聞かされた。
「ええ。せっかくこの私がシタラを推薦したってのに、教師共ときたら……」
ローズもナツメもいなくなり、ひとり残ったシタラだけは逃がすまいと企むアレクシアは、シタラに生徒会長職を押し付けることで彼女が学園に拘束される時間を増やしてやろうと考えた。
しかし学園の教師たちはシタラに面倒事を押し付けることで彼女の不満が自分たちに向く事態を恐れ、アレクシアの提案を素直に受け入れなかった。
その結果、自薦もしくは他薦によって挙げられた候補者による生徒会長選挙を行うことが計画された。現状ではアレクシア以外の生徒には告知されていないがほぼ決定事項と考えていい。
概要を聞いたシドは前世の創作におけるお約束を思い出しながら質問した。
「生徒会長って実は教師も頭が上がらない学園の陰の支配者だったりする?」
「ポチ……あんたナツメの小説に騙されてるわよ」
シドはこのイベントを陰の実力者ごっこに使えるのか判断するために、ないと思いつつも一応確認したかっただけなのに、シドが本気で勘違いしていると信じて疑わないアレクシアは哀れな生き物を見る目を向けてきた。
「いい? たまに勘違いする奴もいるけど、生徒会長に権力なんてないわよ。生徒の代表と言っても他の生徒に対して上の立場になるわけでもないし、活動内容もせいぜい教師共の雑用係だわ。好き好んでなるものじゃないわね」
「さっきシタラを推薦したって言ってなかった?」
「あの子はいいのよ。どうせ午後の授業免除されてて暇なんだから」
シドは心の中でシタラを憐れんだ。ぼっちを脱却しても友達がこれなんだもんなぁ……不憫だ。
「まあ……シタラならいいか。多少仕事増やしても上手いこと処理するでしょ」
憐れみこそすれどもシドはシタラを助けてやろうとは微塵も思わなかった。
というかシタラの能力的に助けるほどのことではないのだ。
シドはアルファから時々シタラことミツゴシ従業員8番に関する自慢話を聞かされるのだ。彼女は既にミツゴシ商会の幹部として大活躍してるみたいなので、学生がやる社会人の真似事程度ならどうとでもこなすだろう。
「なに他人事みたいなこと言ってんの? これから私とポチで後援してシタラを会長にすんのよ」
「はっ? なんで僕まで」
シドは既に生徒会長への関心を失っていた。前世でもそうだったように、一部のやる気のある人たちだけで勝手に盛り上がってくれと思っているのだ。そんなものに時間を取られたくないから巻き込まないでくれ、というのがシドの正直な気持ちだ。
「教師共はシタラを会長にさせたくないから、表面上は中立を装っておきながら裏で対立候補を支援するでしょうね。他の生徒もシタラにびびってる奴ばかりだから、シタラに味方できるのは私とポチだけよ」
シドは思った。面倒な役職を押し付けてくる奴ってむしろ敵なんじゃないか?
「ちなみに断ったらシタラじゃなくてポチを推薦してあげるわ」
仮にも王女のアレクシアに推薦なんてされたら学園中の注目を浴びてしまう。それだけはモブとして絶対に避けなければならない。
「分かったよ、やればいいんだろ」
これでシタラが落選して後からネチネチ文句を言われるのも嫌なので、やるからにはちゃんとシタラを会長に当選させようとシドは覚悟を決めた。
さらによく考えてみると自分が生徒会長になるのは嫌だけど他人を生徒会長の座に導くために選挙の裏で暗躍するのは陰の実力者的に悪くないなと思えたので、ちょっとやる気も出た。
「対立候補になりそうなのは誰か分かる?」
「強さでシタラに対抗できる生徒はいないし……教師共は家柄重視で判断するでしょうから……本命がエライザ・ダクアイカン、対抗がクリスティーナ・ホープかしら」
シドはエライザを知らないがクリスティーナは同じクラスなので把握している。普通に素行のいい優等生の女子生徒だ。
「ホープさんは知ってるけど、そのダクアイカンさんってどんな人? 名前的に賄賂とかばら撒きそう」
「ヒトを名前で判断するなと注意してあげたいけど、今回ばかりは正解よ」
ダクアイカン家はいわゆる典型的な悪徳貴族で、令嬢であるエライザも金と権力で取り巻きを集めて学園内ででかい顔をしている。
分かりやすく言えば、どこぞの芸術家のおじいさんが芸術にしてやりたいと思うような人間だ。
「ふーん……いいね。そういうことなら徹底的に叩き潰しても心が痛まない」
「いつになく頼もしいじゃない。作戦でもあるわけ?」
「別に大したことじゃない。相手に弱みがあるならそこを突くってだけだよ」
対立候補の駄目な部分を喧伝する。これぞシドの前世のリアルな選挙でも多用された『ネガティブ・キャンペーン』、通称ネガキャンだ。
前世の知識に基づいたシドの悪辣な作戦を聞いたアレクシアは微妙な顔になった。
「……それはちょっと卑劣じゃないかしら?」
アレクシアは若干性格こそ悪いが、その本質は不正を嫌う善良な人格者である。
ネガキャンはシドの前世で洗練された卑劣な選挙戦術だ。アレクシアには毒が強すぎた。
「じゃあアレクシアは代案あるわけ?」
「あんたの作戦の逆よ。シタラのいいところを広めるの」
真っ直ぐすぎて政治に向かないタイプだなとシドは思った。
同時に、こういうタイプの人間が決して嫌いではないシドはアレクシアの作戦に乗ってやることにした。
「そういうことならシタラと付き合いの長い知り合いに話を聞いとくよ」
その後、シータのいいところに関する調査をシドから頼まれたアルファは、もしかしてシドはシータに異性として興味を持ったのではないかと勘違いして酷く動揺した。
さらに七陰を全員巻き込んで調査を実行した結果、多数の一般構成員からシータの家庭的な一面が彼女の良さとして聴取された。そしてデルタとイータを除く七陰たちは、自分はシータほどの良妻にはなれないのではないかと不安になって曇った。
◯
選挙はシタラ陣営にとって過酷を極めた。
まず、大前提として選挙運動の中心となるべきシタラ本人が学園にいない。選挙が告知される直前に学園が遠征任務をシタラに強要したためだ。
さらにアレクシアは表立って選挙活動に参加できない。王女が積極的に特定の候補者に肩入れすると他候補の支持者が萎縮してしまうからという建前のせいだ。その関係でシタラを推薦したのがアレクシアという事実も隠されている。
よって実質シド単独でシタラ陣営を運営しなければならないという無茶な状況に追い込まれたわけだが……ここでシドは逆に燃えた。
全生徒の予想を裏切って生徒会長の座を勝ち取ったシタラ、その勝利の裏には密かに選挙を操っていた陰の黒幕の姿があった!
そんな展開を夢想したシドは本気を出すことにした。具体的には生徒として潜入できるニューを呼び出して、彼女の口コミでシタラの学内における評判を高めた。
ミドガル学園においてシタラは教師からも生徒からも避けられていたが、それは決して嫌われているわけではなかった。
初日の覇王色の魔力事件は後にヒョロ・ガリとジャガ・イモの悪評が高まったおかげで不可抗力だと同情されるようになった。
クレアとの決闘で学園を吹き飛ばしかけた件はそもそもそこまで危険な状況だったと理解できていた者がほとんどいなかった。
ゼノン・グリフィ半殺し事件は相手がアレクシア誘拐犯と判明して以来、むしろ殺さなかったことに不満を持たれている始末だ。
騎士団体験入団で暴れて指名手配された件も結局は冤罪ということになり、それ以来シタラは午前の座学が終わり次第学園から消えるようになって、悪い噂もそれ以上増えなくなった。
そこにニューの手腕で良い噂を広めてやると、不良が小動物に少し優しくしただけで美談となるように生徒たちの胸にすーっと入り込んで、シタラの印象は劇的に改善された。
結果、シタラを支持する生徒は日々増加の一途を辿り、投票日前日の事前調査では賄賂で支持者を集めるエライザに僅差で負ける支持率となった。
「あと一手、何か最後のひと押しがないと負けるわね」
焦りを隠せないアレクシアに対して、シドはふっと笑って冷静に告げる。
「問題ない。切り札は最後まで取っておくものさ」
シドは懐から1枚の手紙を2本の指で挟んでピッと取り出し、アレクシアへとスタイリッシュに投げ渡した。
「何カッコつけてんのよ」
ぼやきながら手紙を開封して読んだアレクシアは、目を大きく見開いた。
「これは……!」
◯
ミドガル魔剣士学園生徒会長選挙は無事に終了した。
終わってみればその結果はシタラ・アラヴァの圧勝であった。
決め手となったのはシドが用意し、当日体調不良で休んだ彼に代わって同じクラスかつシタラ支持者のクリスティーナ・ホープが全校集会で読み上げた応援演説であった。
シドが書いたということになっているその原稿は、実はニュー経由で今回の生徒会長選挙を知った666番ことローズ・オリアナ先代生徒会長が書いたものだ。
選んだ道こそ魔剣士だが、ローズはかつて芸術の国オリアナにおいてあらゆる芸術分野で結果を残せると目されていた天才だ。当然文才もあるし、生徒会長経験者として学園の生徒が生徒会長に求めている要素も把握している。
それでも命令されて書いただけの文章では誰の心も打てなかったはずだが、ローズは本心からシタラに生徒会長職を託したいと思っていた。
ローズは先の学園襲撃で生徒会長なのに生徒たちを守れなかった。シャドウガーデンの介入がなければ、ローズ自身も死んでいただろう。
ローズには人望があった。だが弱かった。
そんな自分と比べて8番は遥かに強く、しかも学園で見せる姿と打って変わってシャドウガーデンでは多くの仲間に慕われている。
もしも8番がローズの後を継いで生徒会長になってくれたら、再び学園で大事件が起きたとしても、今度はきっと8番が生徒たちを守ってくれる。
そんな思いを抱えたローズが本気でシタラに後継者になってもらいたいと願いながら書き上げた応援演説が賄賂なんかに負けるはずもなく……シタラは無事に大多数の生徒の支持を受けて新生徒会長に任命されることとなった。
◯
私、『シ』ー『タ』・『L』OVE・『A』LPHAサマ!
略してシタラ!
ミドガル魔剣士学園の1年生!
最近ちょっとびっくりすることがありました!
学園から押し付けられた遠征任務から帰還して、1週間ぶりに登校したら……私は生徒会長になってました!
いやどういうことだよ!?
まるで意味が分からんぞ!?
ローズ生徒会長がいなくなったから新しい生徒会長を決めなきゃならなかったのは分かる。
分からないのはそれ以外の全てだ。
「アレクシア! これどういうこと!?」
「あらお久しぶり、シタラ会長」
アレクシアの隠しきれないニヤニヤ顔を見るに、こいつ今回の件にもがっつり絡んでるな。
それからアレクシアに私が生徒会長となった経緯を教えてもらったのだが、その際にシド様の後押しもあったことが判明したため私は今回の件に関して文句を言えなくなってしまった。シャドウガーデンに所属する者にとってシド様の意向は絶対なのだ。
腹をくくった私はニュー様が666番に頼んで用意しておいてくれた生徒会長業務引き継ぎ資料に従って新生徒会長としての活動を始めた。
副会長を初めとする生徒会役員には私の知らないところで私に選挙で負けた人たちが任命されたようだが、その人たちは非協力的で生徒会室に顔すら出さないため、私は分裂して不足する人員を補った。
「私は生徒会長のイッチ」
「副会長のニィよ」
「書紀のミィ」
「会計のヨツだよ!」
「庶務のイツです……もきゅもきゅ」
「同じく庶務のオリヴィエだ……もぐもぐ」
ローズ会長のやり方をそのまま踏襲した私の新生徒会は生徒たちに好評で、そのおかげか学園内における私の悪評も払拭されたらしい。
「あっ、シタラ会長だ」
「こんにちはカイチョー!」
「はーい! こんにちはー!」
最初はおっかなびっくり話しかけてきたクラスメイトたちも、何度か交流を重ねた結果、今では普通に会話ができるようになった。
あっ、いい……なんか学園にいる時間がキラキラしてきた気がする。
こうなるとちょっと生徒たちにも愛着湧いてくるな。
まだフェンリル派を壊滅させてないからディアボロス教団がまた学園でテロる可能性は残ってるし……仕方ない、分裂体常駐させて見回りするか。
◯
シタラ会長の在学中にミドガル学園は数多の脅威にさらされた。
生徒行方不明事件、司書長殺害事件、不法侵入者変死事件、爆弾首輪事件、等々……その全てにおいてシタラ会長は懸命に駆け回り、全てを解決できたわけでもなければ救えなかった命も少なからずあったものの、彼女がいたからこそ命を拾った生徒も沢山いた。
また物騒な事件がない時でも、期待されると応えずにはいられないシタラ会長は生徒のために精力的に活動した。
ミツゴシ商会とのコネを活用して学園設備に関する生徒の不満を解消した。
魔剣士として伸び悩んでいた生徒たちが、ラムダ教官の新兵指導を長く見てきたシタラ会長の適切な助言を受けたことでブシン祭ほどではないが有名な大会で優秀な戦績を収められるようになった。
単位を盾に女子生徒を脅迫していた悪徳教師を成敗した。
そんな無数の伝説を残したシタラ会長を間近で見続けたアレクシア・ミドガルは後に語った。
生徒会長に権力はないが……シタラ・アラヴァには実力があった!