シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第42話 くさい(確信)

 ミツゴシ本店の陰の間にて、無法都市に関するあれこれをシャドウ様に報告している時、それは起きた。

 

「臭うな……」

 

 シャドウ様の何気ないひと言が刃となって、リンドブルムで野生に帰っているため不在のデルタ様を除く七陰の胸を貫き、皆様はその場で自分の体臭をクンクンスンスンし始めた。

 幸い、この時は続くシャドウ様の言葉で臭っているのが無法都市だと判明して事なきを得た。

 意中の相手に臭いと思われたら、女の子は正気じゃいられないのだ。私は以前それで精神を崩壊させた経験がある。

 勘違いだったとはいえアルファ様も今回の一件には強い恐怖を刻まれたらしく、シャドウ様への報告会が終わった直後に強力な消臭剤の開発をイータ様に命じた。

 それから数日後。早くも消臭剤が完成したらしく、検証役として私を含む複数人のナンバーズが屋外の実験会場に呼び出された。

 イカしたメンバーを紹介するぜ!

 獣人代表! 嗅覚はガーデン1位! 知力はワースト1位! 犬系獣人のパイ様!

 

「パイでぇ〜す。鼻の良さには自信がありますぅ〜」

 

 人間代表! 種族の問題で肉体の基礎的な能力が低いのにナンバーズの名に恥じない領域まで鍛え上げた頑張り屋! 666番が加入するまではガーデン唯一の人間女性だったニュー様!

 

「ニューです。よろしくお願いします」

 

 そしてイータ様案件ということで最高にびびってるエルフ代表の私! 臭いがつくのを警戒してマフラーを部屋に残してきたシータこと8番!

 

「あのイータ様、栄誉あるエルフ代表は一般構成員の私よりも他の方に……いっそ七陰のベータ様ぐらい高位の方にお任せするべきではないかと思うのですが!」

 

「ベータは任務で、無法都市……それに8番が代表なら、誰も文句言わない……」

 

「そうですよ8番。一緒に頑張りましょう!」

 

「パイはぁ〜誰でもいいと思いますよぉ」

 

 残念ながらメンバー変更はなし!

 以上だ!

 

「自分もいるぞ」

 

 忘れてた! 幽霊代表のオリヴィエ!

 今度こそ以上だ!

 

「じゃあ始める……けどその前に8番」

 

「なんですか?」

 

「表情の変化、観察したい……前髪邪魔……切り落としていい?」

 

「えぇ……髪留めで横にずらすんじゃ駄目です?」

 

「それでもいい」

 

 私はスライムの髪留めを使って前髪を左右に分けた。

 

「……始める」

 

 私たち被験者はイータ様に指示された位置に移動した。3人それぞれの目の前に簡素な机が設置されていて、机の上に複数の密封された小さな木の箱が置いてある。

 

「箱の中身、消臭剤をかけた……蓋を少しだけ開けて……中を見ず、臭いだけで予想して」

 

「中のもの布に包まれてますぅ」

 

「中を、見るな」

 

 イータ様はパイ様なら話を理解せず中を覗き見ると予想して対策済みだったらしい。

 

「ちなみにはずしたら何か罰とかあります?」

 

「別に何もしない……でも、これはアルファ様も承認してる重要な検証……真剣にやって」

 

 イータ様のことだから最も正解数の少ない人を実験台にするとか言い出すと思っていたが、珍しく違ったようだ。

 

「わかりましたぁ。頑張りますぅ」

 

「尽力いたします」

 

「了解です」

 

 というわけで、イータ様の指示を受けて私たちは1番と書かれた箱の蓋をずらした。

 そして鼻腔に侵入してきた臭いに私とオリヴィエは思わず顔をしかめた。

 

「うっ……」

 

 いや臭い。

 これすっごい臭い。

 間違いなくう◯この香りだあーっ!

 しかもこれ畜産業務で嗅ぎ慣れている獣の糞じゃなくて人糞だ。

 ガーデンでは悪魔憑きの赤ちゃんを保護して育てている。その子たちのおむつ替えの際に見慣れてるから人糞であっても過剰に嫌がるほどではないけど……イータ様どこから誰のやつ持ってきたんですか?

 

「シータ、今回自分は引っ込むことにする。後はひとりで頑張ってくれ」

 

 オリヴィエが消えて私はひとり残された。

 ご先祖ずるいぞ! 

 普段は呼ばなくても勝手に出てくるくせに、苦しみを分かち合う道連れが欲しい状況に限って逃げやがる!

 

「答え、分かったら机の端にある装置に打ち込んで」

 

「あのぉ、パイには使い方分からないですぅ」

 

「……パイは口頭でいい」

 

「こーとー?」

 

「聞きに行く、直接話せ」

 

 イータ様がパイ様に近寄り、周囲に音が漏れないようスライムの筒を耳につけて解答を聴取する。

 パイ様はいつも通りだな……待て、嗅覚デルタ様超えのパイ様がう◯この臭いを至近距離で嗅いで平然としてるの変じゃないか?

 横目に見るとニュー様も平然としてるし。

 そもそもこれ消臭剤の実験だったはず……となると異常が発生してるのはパイ様じゃなくて私の方か?

 私は試しに手元の装置に『う◯こ』と入力した。

 ブブーッと装置から音が鳴った。

 

「うん……全員不正解……いい調子」

 

 ……どういうこと?

 てっきり私のだけ消臭剤をかけ忘れたのかと思ったけど、この臭いでう◯こじゃなかったとすれば……消臭剤と間違えて敵対者への嫌がらせ用のう◯こ臭い薬品をかけてしまったとかだろうか?

 

「続ける……2番の箱を開けて」

 

 次もう◯こ臭ければ私の予想が正しいことになるが、残念ながら違ったようだ。

 こいつはくせえッー!

 吐瀉物の臭いがプンプンするぜッーーーーーッ!

 うん、ゲロだよこれ間違いなく。

 教団員を真っ二つにした時とかに嗅いだことあるもん。人体を横薙ぎに切断すると、腸は長さがあって中身が点在しているからう◯こは意外と漏れないけど、胃袋の中身は少しでも穴を開けたら一気に漏れてくるんだよね。

 再び横目にパイ様とニュー様の様子を伺う。

 やはり御二人は平然としているので、私だけ何か異常事態に見舞われている。

 私はとりあえず装置に『吐瀉物』と入力した。

 

「全員不正解」

 

 これもうわかんねぇな。

 その後も私の鼻は執拗な責め苦を受けた。

 夏場に長時間放置した生ゴミのような臭い、硫黄泉の嫌な臭いだけを凝縮したような臭い、悪臭で身を守る生態の生物が尻から分泌する体液のような臭い、等々……これもう普通に拷問では?

 

「うん……いいデータが取れた」

 

 全員が全問不正解という結果で実験は終了した。

 イータ様は満足げだが、私が正解できなかったのは臭いを感じなかったからではないのだ。

 このまま不良品がアルファ様のお手元に届けられるようなことがあってはならない。

 

「イータ様、私は正解できなかっただけで臭い自体は感じていました。私のだけ消臭剤かけ忘れてたのではないでしょうか」

 

「問題ない……8番だけじゃないから」

 

 私はニュー様と顔を見合わせて首を傾げた。パイ様はあくびをしていた。

 

「……解説する」

 

          ◯

 

 アルファから作製を命じられるまでもなく、イータは既に強力な消臭剤を開発していた。

 これは8番がガーデンに来るよりも前の話だ。

 昔から研究に集中し過ぎて身体を洗わずに過ごしがちだったイータは女の子にあるまじき体臭を発することが多々あり、その度にアルファやイプシロンに引きずられて風呂に投げ込まれていた。

 何度も研究を中断させられたイータは対策として消臭剤を作った。これはデルタの嗅覚すら誤魔化せるほどで、一ヶ月洗っていない身体でも完全に体臭を消せる優れものだった。

 しかしながら、臭いが消えても身体自体は汚れているわけで……結局、風呂に投げ込まれる流れに変化はなかった。

 さて、今になってアルファから消臭剤の開発のためにと研究費を貰ったイータだが、既に完成していることを馬鹿正直に伝えても研究費が貰えなくなるだけで面白くない。

 かと言って消臭剤開発のためにと与えられた費用を全く関係ない研究に転用してしまうと、後でアルファにばれた時が怖い。

 だからイータは消臭剤とは異なる臭気対策アーティファクトを開発してみた。

 これを発動させるとアーティファクトを中心とした一定範囲内の臭い物質が一切外に漏れなくなる。

 今回の実験ではこのアーティファクトを8番の前の机に設置しておいた。

 そしてパイやニューの箱には無臭の布で重りを包んだものを入れたが、8番の箱にだけはその布に激臭を放つ多種多様な薬剤を染み込ませたものを入れた。

 結果、8番の悶える姿から揮発した薬剤がしっかり臭気を撒き散らしていることが分かり、その上で隣にいるニューやパイが全く反応しなかったことからアーティファクトが正常に作動していることを確認できた。

 ちなみに8番の解答は全て、最後に『〜の臭気を再現した薬』と付ければ正解であった。

 

          ◯

 

「つまり私は今、気化したくっさい薬品が全身に染み付いてるってことですよね」

 

「……そうなる」

 

 なるほど、私の鼻は既に馬鹿になっていていまいち実感が湧かないけど、排泄物と吐瀉物と世界一臭い果物と世界一臭い発酵食品と外敵を追い払える臭さの屁とその他諸々が混ざった臭いか……臭い(確信)。

 

「私がこの場を離れたら、私に染み込んだ臭い成分が外に持ち出されますよね」

 

 仕様を聞いた限り、今回使用したアーティファクトは臭い物質を引き付けて自然に拡散するのを防ぐが、その力は微弱で人の力が加わった場合は引き付けきれない可能性が高い。気体として空気中にあるものはアーティファクトで閉じ込められるかもしれないが、私の身体に染み込んだものがどうなるかは微妙なところだ。

 

「……そうなるかもしれない」

 

 私は今いる場所を再確認した。

 ここはアレクサンドリアの拠点の屋外訓練場だ。

 そして背後の城にはパイ様ほどではないが嗅覚に優れる獣人の仲間が沢山と、何よりアルファ様がいる。

 

「心配しなくても消臭剤がある」

 

 なるほど、イータ様特製の消臭剤を吹き掛ければ臭いは消せるだろう。

 しかし、私もいい加減に学習した。

 イータ様の実験に関わった時は必ず私が酷い目に遭って終わるのだ。

 どうせ今回も臭気が強過ぎて消臭効果が足りず、アルファ様や大勢の仲間とすれ違うたびに顔をしかめられて私が再び精神崩壊するとかそんな結末を迎えるに違いない。

 私はちゃんと学べる子だから、同じ失敗は二度と繰り返さない……今やこれは常識!

 ましてや新たな力を手にしたこの私にはなあ!

 私は翼を生やして上方への重力を発生させ、足元の地面ごと宙に浮いた。

 

「は?」

 

「浮いてるぅ〜! すごぉ〜い!」

 

「また知らない生態……新しい能力身につけたら報告しろっていつも言ってるのに……」

 

 仲間たちを地上に残して私はグングン高度を上げる。

 別にこのまま星になろうと言うのではない。

 他人に迷惑をかけないように誰も近くにいない高度を移動して、どこか適当な盗賊のアジトに悪臭の染み込んだブツを投棄しに行くだけだ。それから私はしっかり臭いを落としてから帰還する予定だ。

 

「すぐに戻りますのでご心配なく……うん?」

 

 身体を圧迫される感覚や奇妙な肌寒さなどに違和感を持った次の瞬間、悪臭を閉じ込めていた箱が全て粉々に砕け散った。

 

「くっっっっっさ! ぐぁぁぁぁぁ! うっ……おろろろろろ」

 

          ◯

 

 アーティファクトが展開する結界により8番の周囲には気化した悪臭の原因物質が充満していた。

 気体は高度を上げるほど膨張しようとするのだが、今回はアーティファクトの効果により結界外に広がることができなかったので、結果として結界内に圧縮されて収められる状態となった。

 少し圧迫された程度なので魔力に守られる8番を直接害するほどの力はなかったが、実験終了後に中身ごと焼却処分する予定だった普通の木箱は耐えられず、これにより圧壊して一気に悪臭を放つ気体が流出した。

 さて、ここまでは物理法則というわけのわからない自然現象によるものであり、知らずに高度を急上昇させた8番の自滅だ。

 そして、これから起こる悲劇はイータのせいだ。

 ひとつ、臭いを閉じ込めるアーティファクトの結界は光を僅かに屈折させて通過させるレンズの性質を有していた。

 ふたつ、屈折した光は焦点というひとつの座標で収束し、焦点には紙を置くと発火するほどの熱量が発生する。

 みっつ、結界内に充満した臭い気体の中には可燃性のものが含まれていた。

 それらの条件が重なった結果、大爆発が起きた。

 8番は星になった。

 

          ◯

 

 その後、かつて焼死しかけた際に火耐性を身につけていた8番はアフロになって普通に戻ってきた。

 8番は何度でも蘇るし、それ以前に最近は頑丈になり過ぎてなかなか死なないのだ。

 一方で悪臭の原因物質は爆発によって完全に燃え尽きた。

 そのおかげで今の8番の体臭は少し焦げ臭い程度で、先程までのパイをショック死させかねない領域ではなくなった。

 この実験により毒性や可燃性を持つ気体を身の回りに留めてしまう危険があると分かったので、イータはアーティファクトを作り直すことに決めた。

 

「アルファ様が使う前に気付けて良かった」

 

 そんなことを言いながらイータは8番に擦り寄った。

 

「良かったねぇ」

 

 パイもなんとなくイータの真似をして8番に肩を寄せた。

 

「良かった良かった!」

 

 アルファ至上主義の8番はイータの言葉に同意して笑顔を作った。

 

「え、あの、労災……」

 

 ニューはマッドとバカと異常アルファ愛者が作り出した異様な空気感に染まり切れなくて真顔で突っ立っていた。

 

「何が良かったのです?」

 

 あとなんか今しがたリンドブルムから帰ってきたらしいデルタも気付いたら混ざってた。

 有意義な実験結果が得られて良かったネ、8番!




8番大爆発!
マッド「ヨシ!」
おバカ「ヨシ!」
被害者「ヨシ!」
ニュー「どうかしてるわ……」
ワンコ「?」
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