無法都市で起きた騒乱は無事シャドウ様のお力で解決された。
現地に居合わせたベータ様が戻ってくるなり即座に書き上げた『シャドウ様戦記完全版3巻(前編)』によると、事件の元凶として血の女王とかいう七陰を超える強さの化け物が出現したようだけど、まあ普通にシャドウ様には全く及ばなかったらしい。
その後始末の際にベータ様が回収してきた血の女王の血液をイータ様が解析した結果、私たち悪魔憑きも吸血鬼の技を習得できる事実が判明した。
既に七陰の何名かは霧化による流動回避など便利な技を身に着けたようだが、私は相性が悪いのか練習したけど全く進歩が見られなかった。
まあ、それは別にいい。私には愛の技法があるから、そちらを伸ばすことに注力すればいい。
だが今は訓練よりも優先すべきことがある。
アレクサンドリアの拠点の自室にて、5人に分裂した私はスライムかぼちゃマスクを被り、金飾りを取り除いた真っ黒全身スライムスーツを纏って、教団に反省を促す踊りの練習をしている。
「ニィちょっと先走りすぎ。逆にミィはちょっと遅れてたよ」
「私が早いんじゃないわ。イッチが遅いのよ」
「もっと遅くしないと、一般の人たち、目で追えないと思う」
「はわわわ、私同士で喧嘩は駄目だよ!」
「オリヴィエ? 大丈夫ですか?」
「……その踊りを見ると頭が痛くなる。なぜだ……?」
「被り物がハロウィン由来だからでしょうか? 陰の叡智によるとハロウィンの仮装は幽霊対策らしいですよ」
もうすぐミツゴシ商会が広めたハロウィンの日だ。有り体に言えば、悪霊に襲われないために仮装して仲間のふりをしようだとか、子供に化けた悪霊にお菓子を配ってあの世へ還そうとか色々理由をつけて物を売るための催しだ。
「……忘れてた、自分幽霊だったな。念の為ハロウィンの期間は引っ込んでおこう」
オリヴィエが姿を消す寸前に大声で言い残す。
「だがお菓子は後日貰うからな! トリック・オア・トリート! お菓子がなければイタズラするぞ!」
ハロウィンの日はミツゴシ商会の店舗で買い物をした子供に無料のお菓子を配る予定だ。
イベント効果で普段よりも遥かに多くの客入りが見込まれるため、当日ガーデンの構成員は総力を挙げて商売に専念する。その際に接客担当の者は仮装するようにとガンマ様に指示を受けていて、どんな仮装をするかはちょっとした息抜きも兼ねて個人の裁量に任されている。
そこでかぼちゃマスクの出番だ。
女神の試練で使ったハチミツ・クダサイのかぼちゃマスクはハロウィンで被るのが本来の用途だ。
ちょうどいいからこの機会に再利用しようと思ったのだが……分裂した私がハチミツに扮した姿を客観的に分析したら思いのほか不審者感が強かった。
ハロウィン当日の私の業務内容はミツゴシ本店で子供にお菓子を配る係だ。
子供たちの中にはハチミツ・クダサイを見たら怖がってしまう子も確実にいるだろう。
だから踊りで少しでも怖さを和らげようと思って、この通り練習しているところなのだ。
「うおおおおお! 帰ってきたぜ! アルファ様グッズで満たされた私の部屋にな!」
「おやおやおやおやおや? 何をなされていたのですか?」
サンバイザーが目印の無駄にハイテンションなナツメイト店長シターラと、『おやおや』を口癖にしているプリスケ部門長ボンオドリが入室してきた。
彼女たちは普段から仮装しているようなものだが、上からさらに仮装を重ねる予定なので、相談するために訪ねてきたのだ。
「ふたりともお疲れ様。一服してから話そうか」
ヨッツがアルファ様の手編みマフラーを差し出すと、シターラとボンオドリが母乳を求める赤子のように吸い付いた。
「ボンオドリそれ吸えてる? 仮面はずさないの?」
「吸えていますよ。アルファニウムで仮面の中が満たされていきます……素晴らしい」
喫マフラーを済ました私たちは、まず近況報告から始めた。ハロウィンの準備で忙しかったので、最近は分裂しっぱなしだったのだ。
「学園は最近まで秋休みだったから特に何も起きてないよ。ガーデンの方はみんな吸血鬼の技の練習に力を入れてる。でもやっぱり難しいみたいで、私も無理だったし現状で習得できた人はナンバーズ以下だといないんじゃないかな」
「ナツメイトは伝説の王女Aのおかげで業績爆上がりだぜ!」
「アレクシアが来たの?」
「いや姉の方」
テンションの維持に疲れたらしくシターラが普通に話し始める。
「部下にナツメ先生のファンが多いみたい。やっぱ王女だけあってお金持ちだね。マイナーキャラのグッズ含めてよく全種類セットで買ってくれるよ」
「へー、姉の方も意外といいとこあるじゃん。でも顔バレには気を付けてよね。そのサンバイザーだけで隠し切れる?」
「大丈夫。王女A来店中は裏方に回ってるから」
とにかくナツメイトは好調なようで何よりだ。
「プリティースケートも順調に規模を拡大しています。ユキ娘たちの献身のおかげですね」
ボンオドリ以外の私たちはあることを思い出して吹き出すのを堪えた。
「そうだねー、絶対王者アイシクルアインに初黒星つけたヴィルシータの登場で話題になったもんねー」
「おい他人事じゃないからな」
この前のレースで初登場して常勝無敗のアイシクルアインを初めて負かしたヴィルシータという謎のユキ娘……その正体はボンオドリの中の人こと私であった!
「ひとつに戻るまでは感覚的に他人事なんだけど……なんであんなことしたの?」
「アインちゃん強過ぎて賭けが盛り上がらなくなりそうだったんだよ……八百長するわけにもいかんし、他の七陽の子は頑張ってるけどアインちゃんに勝てないし、ウィクトーリアにユキ娘やらないか聞いたら死ねって言われたし……じゃあもう私がやるしかないよねって」
なお、ユキ娘で最も人気を誇るアインちゃんの連勝記録を絶ったヴィルシータの世間での扱いはお察しだ。お通夜みたいな空気の中でゆきぴょんするのはすごく辛かったらしい。
「ですがこれでいいのです。勝利しか知らぬ者から物語は生まれません。強敵の存在が勝負をより盛り上げます。そうでしょう私?」
良くも悪くも平坦な戦績というものは盛り上がりにかける。一方的に勝つよりも適度に窮地を演出した方が熱いと私たちはナツメ作品で学んだ。
「ベジ太も人気出たし、悪役には悪役の良さがあるって。元気出しなよ私」
「私は別にユキ娘として人気者になりたいわけじゃないんだけど……まあいいや。そろそろ本題に入ろう」
ボンオドリがスライムを操作して手足にふわふわのぬいぐるみのような白い体毛を生やした。
「ハロウィン当日はこんな感じで行こうと思うんだけど、どうかな?」
ボンオドリは普段から装備品が多いので軽く装飾をつけるぐらいで十分、つーかこれが限界だ。白い体毛はたぶん兎を模したのだろう。ユキ娘ライブの曲に雪うさぎが題材のものがあるので、その関連だと思う。
「兎の耳も生やした方が……いや、葉っぱの耳の方がいいかな」
「これでいい?」
ボンオドリの仮面の上からにゅっと葉っぱが生えた。絵面が間抜けだが、ハロウィンが子供向けイベントであることを考えると普段の威圧感が減ってちょうど良いかもしれない。
「完璧。ボンオドリはそれでいこう。シターラはどうする?」
「私は無難に人気キャラの仮装かな。ふー……ツルリンのことかぁぁぁぁぁあああああ!」
シターラが気合を入れて叫ぶと、彼女の髪が逆立って金色に染まり、スライムスーツが道着に変化した。
「……その髪どうなってんの?」
「色はオリヴィエに身体貸した時に学習してたみたいで試したらできた。形は重力を操作しただけ。手品ってことにして変身するとこ披露したら子供喜びそうじゃない?」
私は親指を立てた。
「いいね、最高」
これで仮装は出揃った。
ミツゴシ本店のハチミーズ!
プリスケのもふもふボンオドリ!
ナツメイトのスーパーシターラ!
七人揃ってシーターズ!
「シーターズ……アッセンブル(集合)! 早速ガンマ様の確認を受けに行こう!」
「おー!」
◯
「かぼちゃは駄目よ」
先日ベータが持ち帰った『最強の吸血鬼と呼ばれる血の女王は血液で本物と差異のない分身を作り出せる』という情報と、イータが発見した『悪魔憑きは吸血鬼の技を使える』という情報により、ガンマはついにシータの分裂能力を認知した。
そのため変な格好のシータが7人に増えて押しかけても動揺することはなく、冷静に判断してかぼちゃの仮装を却下した。
「私たちの仮装は大丈夫ですか?」
ナツメイト担当のシータとプリスケ担当のシータが挙手して質問した。
「あなたたちの仮装に問題はないわ」
「ありがとうございます。それでは私たちは先に職場に戻らせていただきます」
シーターズ……ディスアッセンブル(解散)!
シータ2人が退室してハチミーズの5人が残された。
「かぼちゃは駄目ですか?」
かぼちゃの額に1と書かれた5人の代表らしいシータが一歩前に出た。
「かぼちゃは駄目よ」
「やはり子供が怖がってしまうからでしょうか」
「それもあるけど……」
それだけならもっとかわいらしくかぼちゃをくり抜けば良い話だ。
問題なのは今のシータの姿がハチミツ・クダサイとして広く認知されていることだ。
はっきり言ってハチミツの世間での評判は悪い。
公的にはアーティファクトの使用と複数人での挑戦という2つのルール違反で失格したことになっているのも外聞が悪いし、何より観客の人気を一手に集めた美女の幽霊……オリヴィエを倒してしまったことで凄まじく嫌われているのだ。
「ではいくつか代案を用意してあるので審査をお願いします」
1番のシータがかぼちゃマスクに両手を伸ばす。
「エントリーナンバー1番! 石の仮面です!」
マスクをはずすと、下から変な石材製の仮面が出てきた。
そしてシータがやたらと関節を曲げた維持の難しそうなポーズを取り、優しい声で子供に言い聞かせるように告げた。
「恐れることはないんだよ。友だちになろう。このお菓子は友だちへのプレゼントだ……受け取ってくれるね?」
「不気味だからなしで」
失格した1番のシータが壁際に寄り、次のシータが前に出た。
「エントリーナンバー2番! 反逆者の仮面です!」
マスクをはずすと、下から表面が滑らかな変なデザインの仮面が出てきた。
さらにスライムスーツも変形して、光沢のある紫のスーツとマントになった。
シータがマントを翻して宣言する。
「子供たちよ……菓子を求めよ!」
どんな手品なのか腰の動きに合わせて手を叩くたびにお菓子が出てくる。
「ポンポンポンポンニッポンポン! 叩けば増えるぞニッポンポン!」
「スーツのデザインはいいけど仮面がダサいわ」
「そんな!? ボンオドリはいいのにですか!?」
「あっちは最初からあれだから。そもそもあなたは仮面にこだわる必要なんて……いえ、アレクシア王女ね」
身バレの現場にベータが居合わせたのだから、8番がシャドウガーデンの構成員であるとアレクシアに知られている件は七陰全員把握済みだ。
「はい。彼女結構いい勘してるので、私が働いてるのを見たらミツゴシとガーデンの繋がりに辿り着くかもしれません」
しかもアレクシアはミツゴシ本店の常連だから8番と遭遇する可能性が高い。
危険を回避するためにはいつものように8番を裏方に専念させるのが最善だが、ハロウィン当日は8番を接客に回さないと手が足りなくなるほどの客入りが予想されているので無理だ。
「そうなると顔を隠せる仮装が一番手っ取り早いのね」
「はい。ですのでこの仮装でいかがでしょう?」
ポンポン仮面はダサいけどかぼちゃマスクや石の仮面と違って問題があるわけではないのだ。
ガンマはちょっと悩んだ末に、残りの3人も確認してから決めることにした。
「エントリーナンバー3番! 天狗の仮面です!」
3番のシータがマスクをはずすと、下から鼻の長い真っ赤な面が出てきた。
さらにスライムスーツが変形して、背中に大きく『祭』と書かれた青い法被になった。
「イツ、子供役やって」
「いいですよ」
5番のシータがマスクをはずして、服装も子供服に変化させた。どうやらシータは形から入る性格らしい。
「トリック・オア・トリート!」
5番のシータが3番のシータにお決まりの言葉を言ったら頬を叩かれた。
パアンと大きな音が鳴り、5番のシータが啞然として天狗の面を見つめた。
「判断が遅い。トリックか、トリートか、どちらが欲しいのかはっきりしておけ」
優柔不断な者は天狗に叩かれる。ハロウィンの合言葉と同じくらいのお約束らしい。
それはそれとして子供を叩くような奴は失格だ。
「エントリーナンバー4番! 変態の仮面です!」
4番のシータのマスクの下から女性用下着が出てきたので即失格となった。確かに子供は下ネタが好きだが、大人から下ネタを振ったら猥褻罪だ。
「エントリーナンバー5番! 思いつきませんでした!」
「……じゃあ、消去法で2番の仮面……いえ、駄目ね。やっぱりダサいわ」
ガンマは頭を抱えた。シータは5人全員申し訳無さそうにしている。
その時である。
痛い沈黙が満ちた部屋にコンコンと扉を叩く音が響いた。
「ガンマいます? 新作のことで相談があるんだけど……」
どうやらベータが訪ねてきたらしい。
「いいわよ、入って」
入室したベータは直後に変な仮面の連中を目撃してしまった。
「うわっ……何これ」
「全員シータよ。あなたが手を焼かされた吸血鬼の分身の技をずっと前から習得していたみたい」
「あー……どうりで」
シータは時々どう考えても身ひとつでやりきれない量の仕事をこなしていたので、ベータはずっと不思議に思っていた。その秘密が物理的に身体を増やしていたということなら納得だ。
仕事効率が何倍にも上がるから自分も練習しようとベータは決めた。
「その奇抜な格好はハロウィンの仮装?」
「はい、今どんな仮装にするかガンマ様と相談していたところです」
「それなら私は出直した方がいいかしら?」
「いえいえ。ちょうど行き詰まったところなので、お先にどうぞ」
8番がガンマを譲ってくれたのでベータは先に新作の宣伝に関する相談を始めた。
◯
ナツメ先生の新作はハロウィンに合わせて発売されるようだ。ベータ様とガンマ様はその手渡し販売会について打ち合わせをしている。
それをぼんやり眺めるだけの私は、5人いても部屋が無意味に狭くなるだけなので、いったんひとつに戻ることにした。
私はまだナツメ先生の新作の内容を把握していないが、御二人の話を聞く限りでは大昔の英雄の幽霊……英霊を呼び出して戦わせる話らしい。なるほど、死後の世界と繋がる日という設定のハロウィンに発売する本として相応しい内容だ。
「サイン本と一緒にお菓子も渡すだけだと無難過ぎて面白みがないわよね」
「そうですね……もっと作品にちなんだ催しができればいいんですけど。アルファ様の手が空いていれば……」
「アルファ様!?」
私はアルファ様の名前に反応して会話に割り込んだ。
「お忙しいアルファ様のお仕事を増やすわけにはいきません。手伝いなら私が分裂してやります!」
「うーん……シータがやるとなると顔付きが」
なんか急に容姿をディスられた……。
そりゃアルファ様の美しさには遠く及ばないのは事実だけど、真正面からはっきり言われると傷付く。
「待ってベータ。顔付きの問題ならスライム特殊メイクで対処できるわ。主様のお墨付きよ」
シャドウ様もブシン祭に正体を隠して出場した際に使われたそうだ。
「主様の! それなら大丈夫ですね!」
落ち込む私そっちのけで話は進み、呼び出されたニュー様によって私に特殊メイクが施された。
「これは……オリヴィエ?」
鏡に映る姿を見て一瞬また勝手に出てきたのかと思ったが、オリヴィエは今も引っ込んでいる。
ニュー様のメイク技術すげえな。使った道具がノコギリとトンカチだったのにちゃんとオリヴィエの顔になったよ。ちょっと流血したけど。
……でもよく考えたらオリヴィエの姿を再現するのであれば本人憑依させれば無駄に血を流さずに済んだな。
「うん、いい感じね。これで髪型を変えれば私の中の想像通りだわ」
基本的にベータ様がシャドウ様から聞いているのは『金髪』とか『美女』といった文字情報だけなので、登場人物の細かい容姿を決める時はベータ様が補完しているのだ。
「新作のヒロインはアルファ様やオリヴィエに似てるんですね」
「似てるというか、オリヴィエそのものなのよ。新作今あげるから読んでみて」
その後、ベータ様とガンマ様の打ち合わせはまだ終わらなかったので、その時間を利用して私はベータ様の新作を読んだ。
あー、ほんとだ。主人公がオリヴィエ召喚してる。男性だと伝わってた英雄が実は女性だったというのは斬新な設定だ。まあ現実でも本当に女性だったんだけど世間はそのこと知らないからね。
他の英霊は……狂戦士の『ミドガルの悪鬼』ってラウンズのフェンリルかもしれないって話だけどいいのかなぁ。世間はまさか千年前の人斬りが今も生きてるとは思わないだろうしいいのか?
弓使いの『災厄の魔女』とか魔人ディアボロスの正体だし……まあ世間は知らないけど。
魔法使いの『ロード・ラワガス』も夏休み頃にゼータ様の調査で教団関係者って判明したし……まあ世間は知らないけど。
……ベータ様この本大丈夫ですか?
隠された歴史の真実がこれでもかってくらい盛り込まれてるんですけど。
いや、でも私ごときが思い付く懸念を七陰が考慮しないはずないし、いいのかなぁ。
私が考え事をしていると、話し合いを終えたらしいベータ様に声をかけられた。
「お待たせ。ガンマ返すわね」
「はい。新作ありがとうございました。面白かったです」
「ありがとう。感想を聞いてもいい?」
「そうですね……」
色々と心配になる内容だったが、読み物としてはとても面白かったし、不本意ながら教団関係者をモデルにしたキャラも含めて英霊全員魅力的だった。
あえてどうしても言わずにいられないことがあるとすれば……。
「どうか残されたエリヤちゃんだけでも幸せになってほしいなって思いました」
この作品、登場人物は大半が悲惨な末路を迎えた。それはオリヴィエを召喚した主人公夫妻も例外ではなく、2人は愛娘のエリヤちゃんが待つ家に帰還できなかった。
私はガーデンの業務で戦場に出せない幼さの悪魔憑きの子供たちを世話していて、彼女たちが親を求めて泣いている姿を数えられないほど見てきた。そのせいか、同じくらいの幼さで同様に両親を失ったエリヤちゃんには架空の人物であっても同情してしまう。
私の感想というか要望を聞いて、ベータ様は黙り込んで顔を反らした。
「なんですかその反応!? エリヤちゃんどうなるんですか!?」
結局ベータ様はエリヤちゃんの未来を教えてくれず、気が気でなかった私はガンマ様に許可をもらった上で、新刊購入者と記念撮影するオリヴィエ役の分裂体とは別にとある仮装を用意した。
◯
それは、ナツメ先生の新作が辿らなかった『もしも』の世界線におけるもうひとりのエリヤ。
桃色でフリフリの衣装を身に纏い、先端にハート型の飾りがついた魔法のステッキを振り回す彼女の名は……マジカル♡エリヤ!
ハロウィン当日はまだ発売したばかりの新刊の内容を把握している人がいなかったので、なんか知らないけど魔法少女的な仮装の人がお菓子を配っているとしか認識されなかった。
しかし時間が経ち、しっかりスライム特殊メイクで容姿を再現した私の仮装がエリヤだったと理解されると、あの姿のエリヤは続編で登場するのだと多くの読者に信じられてしまった。
結果、ベータ様の監修下で本来の続編とは別のスピンオフ作品を私が執筆することになり、幸せな世界線を生きるエリヤちゃんは無事に公式となったのであった。
良かった良かった!
◯
ミツゴシ商会にとって今年のハロウィンは一部を除いて大成功だった。
その一部というのもデルタとイータが手伝いに行った支店がデルタの食費とイータの浪費で赤字になってしまっただけのことだから大した問題ではなかった。
一方、ディアボロス教団フェンリル派にとっては最悪の日だった。
ハロウィンの日に発売された人気作家ナツメの新刊、その作中に登場したミドガルの悪鬼こと、ディアボロスの雫の力で今も存命のフェンリル。
作中のフェンリルは全身鎧姿で性別を明かされず、狂気に染まっていて意思疎通できなかったせいで男と確信できるほどセリフ数がなかった。
その結果、「英雄オリヴィエや魔人ディアボロスが女体化されたのならミドガルの悪鬼も女性ってことにしていいんじゃね?」という方向でナツメファンが盛り上がり、なんか色々あってそれが歴史学者に影響を与え、さらになんやかんやした結果……ミドガルの悪鬼は本当に女性だったという結論が学会で出されてしまった。
それだけならフェンリル(男)も愚民の妄想など捨て置けと嘲笑していられたのだが……ミツゴシ商会が様々な新しい文化を広めた今の世間には『同人誌』というものが存在する。
結論から言おう。ミドガルの悪鬼(女)を鬼畜男に凌辱させる成人向け同人誌がフェンリルの目に入った。
そのせいで同人誌の作者をぶち殺してやると憤るフェンリルと、表に姿を見せたらシャドウガーデンに袋叩きにされるからと必死に制止する部下たちとの間で同士討ちが生じた。
そしてフェンリルの頭が冷える頃には、ただでさえガーデンに減らされていたフェンリル派のネームドがフェンリルに殺されたりフェンリルを見限って他派閥に鞍替えしたりしたせいで……3人しか残っていなかったそうだ。
フェンリル派の醜態をゼータに教えてもらって愉悦する同人作家の8番ちゃん。
「次は他のラウンズも女の子にしてやろーっと♡」