ミドガル王都には現在二種類の紙幣が流通している。
ひとつは我々シャドウガーデンのフロント企業であるミツゴシが作った世界初の紙幣『ミツゴシ銀行券』。
もうひとつは大商会連合がミツゴシをパクって作り始めた紙屑だ。
この紙屑が流通を開始して早々にその偽物の存在が確認された。イータ様の最新印刷技術をふんだんに使ったミツゴシ銀行券に比べたら大商会連合の紙屑は簡単に偽造される程度の品質なので、偽札が作られたこと自体に驚きはない。
ミツゴシ銀行券の偽物が確認されていない現状、商売敵となる大商会連合で問題が起きていても放っておけばいいのではと私は思うのだが、アルファ様やガンマ様はこの偽札をとても問題視されたようだ。
御二人ともお優しいからな。これはきっと陰の叡智『敵に塩を送る』というやつだろう。
「大商会連合に偽札の存在を気付かせなさい。ただし一般人に悟られないよう慎重にね」
アルファ様に命令していただけた! 嬉しい!
「これを持っていきなさい」
私はガンマ様から同じ識別番号の二枚の紙幣を渡された。一見して全く同じに見えるが、魔力で視力を超強化して凝視すると片方の印刷が荒いことが分かる。この出来の悪い方が偽札なのだろう。
そして大商会連合のトップに「ちょっとちょっとちょっと〜? 同じ番号の紙幣が二枚あるんですけど〜? 偽札ですよね? これ偽札ですよねぇ? どう責任取ってくれるんですかぁ?」とクレームをつけに行く寸前、私は問題点が頭に浮かんで足を止めた。
私が視力を強化してようやく判別できるものを一般人の目で判別するのって無理じゃない?
しかもたった一枚の証拠だけだと、偽札が作られたと考えるよりも同じ番号の紙幣がミスで印刷されてしまったと考えるんじゃない?
世の中の人々はコニャン君ほど全てを疑って生きてないのだ。高額紙幣で安物ひとつ買ったところで、普通は細かいお金がなかったんだねで済ましてしまう。
きっと私が大商会連合にうざ絡みしてネチネチ文句を言っても「印刷ミスです。申し訳ありません。別の紙幣と交換いたします」で話を断ち切られてしまうだろう。
それでは困るので作戦を立てた。
昔、ガンマ様がミドガル王都の商会株をミツゴシ商会の原型であるルーナ商会の先代会長から譲ってもらう際に、試験として普通のハンカチを百枚だか千枚だか売ってみせろと言われたらしい。その時、ガンマ様はなぜかハンカチを売らずに1万枚くらい増産して、増産されたハンカチの山を見た先代さんはガンマ様を認めたと聞いている。
どういう理屈か分からなかったが、この話から得られた教訓は『困ったら数の多さで威圧しろ』ということだ。
そういうわけなので私はナツメイトの印刷機を使って偽札を増刷した。世間に出回ってる偽札はちゃんと番号変えてるらしいので、私も全部番号が違う完璧な偽札を作った。
その数は1万ゼニー札を1万枚……すなわち1億ゼニー分だ。
これを5千枚ずつスライムで包んで左右の胸部に装着した私は、ニュー様の手解きを受けたスライム特殊メイクで適当な顔を作り、背は小さいのにおっぱいが歪に肥大化した変な子供に変身した。
待てよ……ミドガル王都だと私結構有名だからな。念のため男の子という設定にしよう。顔に加えて性別も変えればさすがに大丈夫だろう。
「助けてください!」
そして日が暮れて人がほとんどいなくなった大商会連合の直営店に駆け込み、店員のお姉さんに縋り付いた。
「うわでっ……どうしたの? 何があったのか話せる?」
「ぼ、僕は悪い奴らに捕まって、身体を改造されてしまったんです……そう、おっぱいから偽札が出る身体に!」
店員のお姉さんが何言ってんだこいつと言いたげな顔になるが、ツッコまれても困るので私は気にせず畳み掛ける。
「はぁあぁ〜! 僕男の子なのにおっぱい張ってるぅ! もう我慢できないのぉおおおおぉ! ゼーロ♡ ゼーロ♡ ゼーロオオオオオォォォォォ♡」
私は偽乳から勢いよく射幣して店員のお姉さんに大量の偽札をぶつけた。お姉さんは吹き飛んで床に倒れ、偽札の山に埋もれた。
「なんだこの男の子は!? 人前でなんてハレンチな!」
「ハレンチハレンチ! ハレンチ警察に通報だ!」
「ハレンチ警察だ! もう抵抗しても無駄だぞ!」
さらに事前に仕込んでおいた私の分裂体たちに私を誘拐させて脱出!
大量の偽札は無事に大商会連合へと届けられた。
◯
あの茶番劇でちゃんと偽札を認識してくれたか心配だった私は、その後も複数の大商会連合の関係店舗で通り魔的に1億ゼニー射幣アタックを行った。
たぶん10回くらいやったんじゃないかな。
「なんてこと……偽札の流通が止まらない、むしろ加速している!」
ニュー様が提出した報告書を読んだガンマ様が目を見開いた。
いくら大商会連合が裏でミツゴシ商会を何度も襲撃して何度も返り討ちとなった無能集団であっても、私のおかげで偽札の流通には気付けたはずだ。
でも無能だから偽札の出所を潰せずにいるのだろう。
「大元はまだ分からないのね?」
「申し訳ありません。手は尽くしているのですが」
「……誰かは知らないけれど、我々の捜査網から逃れるなんて大したものね。でも無法都市を経由していることまでは確かなのよね?」
「はい。それは間違いなく」
「それなら動かせる分隊を総動員して無法都市に出入りする輸送馬車を探らせなさい」
「かしこまりました」
ニュー様が退室した後、私はガンマ様に声を掛ける。
「私も行きましょうか?」
「あなたは……いえ、まだ待機よ。偽札の出所が判明したら、そちらを潰すために動いてもらうわ」
「了解しました」
私が動かず静観している間に状況は悪化した。
怪しい輸送馬車を追跡した664、665、666番の分隊がジョン・スミスを名乗る仮面の男に蹴散らされた。幸い命を落とすことなく撤退できたようだが、新人たちとはいえ表に出れば国家最強を目指せるレベルの魔剣士が3人がかりで惨敗した事実は重い。
「デルタ、ジョン・スミスを狩りなさい」
「狩り! デルタに任せるのです!」
さらにアルファ様の命令でジョン・スミス討伐に出たデルタ様がその後いつまで経っても帰ってこないので私が安否確認に派遣された。
無法都市とミドガル王都を結ぶ道を上空からくまなく探索した結果、デルタ様は発見できなかったが激しい戦闘が行われた形跡がある場所で強引に引き抜かれたと思しき黒い獣人の体毛を回収した。
……そうか、アルファ様の命令だけはしっかり守るデルタ様が帰ってこない時点で覚悟はしていたけど……逝ったか、デルタ様。
私の目尻に涙が浮かぶ。
手を噛まれたりお腹に穴を開けられたり、何度も痛い目に遭わされた。それでもデルタ様は私の仲間で、アルファ様の家族だった。
涙を拭った私はデルタ様のものと思われる体毛をガンマ様に届けて、デルタ様の捜索を続けると言って休むことなく再出撃した。
デルタ様! あなたの無念は私が晴らします!
◯
ミドガル王都のオシャレなカフェの屋外席で偽札を使って優雅にティータイムを楽しんでいたシドは危うい雰囲気を漂わせて何かぶつぶつ呟きながら歩いているシータを見つけた。
「許さない……よくも私たちをここまでコケにしたな……殺してやる……」
聴力を魔力強化して盗み聞きしてみると、どうやら誰かに腹を立てているようだ。誰かは知らないけどシータに命を狙われる人は大変だねぇと思いながら茶をすすった。
「殺してやるぞジョン・スミス」
そっかー、可哀想な人の名前はジョン・スミスっていうのかー……僕じゃん。
なんで!? なんで僕なの!?
「おーいシー……シタラー!」
「シド様!?」
シドは慌ててシータを呼び止めて、ご機嫌取りのために偽札で飲み物を奢り、事情を聴取した。
どうやらシータの中では変装したシドことジョン・スミスがデルタを殺害したということになっているらしい。
実際には体臭で変装を見破られたために適当な任務を与えて遠いところに隔離しただけなのでデルタは当然死んでいない。
「……デルタは生きてると思うよ」
「信じられないのも、信じたくないのも無理はありません。しかしデルタ様がアルファ様の命令を達成したのであれば、あの方はいつもご褒美を求めてすぐに戻って来ます」
「犬だからね」
シドは投げた物を咥えて見せつけてくる犬を想像した。
なんか既視感があるなと思ったら、アレクシアが投げた金貨を咥える自分だった。
「それなのにこんなにも時間が経っているのに音沙汰がないとなれば……最悪を想定するべきかと」
「悲観的に生きてもいいことないよ。楽観的に生きよう。きっと傷を負ってどこかに隠れているだけなんだ」
「シド様……」
シータの表情から強い憐れみが伝わってきた。おそらくデルタの死を受け入れられないシドが妄想に縋っていると思われている。
「分かりました。ジョン・スミス誅殺と並行して私の分裂体によるデルタ様の捜索を行います」
駄目だ、この子は意志が固すぎる。
しかも分裂体って何?
「近日中に王都の近くで空が光ったり爆音が止まなかったりするかもしれませんが、私の攻撃によるものなので気にしないでください」
アトミックでもするのかな?
「ちなみにどんな作戦なのか教えてくれる?」
「私如きが考えた愚策をシド様が添削してくださるのですね! ぜひお願いします!」
その日の夜、仮面とスーツでスーパーエリートエージェントのジョン・スミスに変装して偽札の輸送馬車を護衛するシドは予告されていたシータの攻撃に対処した。
「“圧力”」「“圧力”」「“洗脳”」「“圧力”」「“洗脳”」「“圧力”」「“洗脳”」「“自由なき世界”」「“圧力”」「“自由なき世界”」「“洗脳”」「“自由なき世界”」「“洗脳”」「“自由なき世界”」「“自由なき世界”」
開戦を告げる一撃は、5人に分裂したシータが完全詠唱で放つ『超重力砲・五重奏〈アルペジオ・クインテット〉』。
それをジョンは本来なら天に向けるライジング・アトミックを真横に放って相殺した。
アルファであればこんな威力の攻撃が可能なのはシータでなければシャドウしかいないという推理でジョンの正体に気付くが、シータはそこまでシャドウを絶対視していないため気付けない。
初手の最大火力に耐えるようなら、体勢を立て直す時間を確保する目的で、ナツメイトでトモダチの手を借りて印刷した偽札にイータ特製の液状爆薬を染み込ませて作った起爆偽札6千万枚で10分間続く爆発の中に閉じ込めるとシータは言っていた。
シータの手持ちバケモンの能力で次々に起爆偽札が転送されてくる。ジョンならコンマ数秒にも満たないワープホールの出現時間に攻撃を合わせて相手の手元で爆発させてやることもできるが、ワープホールの先は王都のミツゴシ支店の地下らしいため、あえて正攻法で攻略することにした。
やり方は簡単。魔力を込めた斬撃で爆発するよりも早く起爆偽札を消滅させればいい。
10分もかけずに全ての起爆偽札を斬ったジョンの正面から黒い球体が突撃してくる。
シータはこの状態で体当たりすると見せかけて、衝撃に備えて身構えているはずのジョンに中距離からスライムカッターを放つと言っていた。
ジョンは来ると分かっていたスライムカッターの射線を見極め、先端に指を添えてスライムを綿飴のように絡め取ってみせた。
「う……ぁあっ!」
得意の必殺技を指先ひとつで破られたシータが動揺して動きを止めた。隙だらけだが、ジョンはシータの第四の矢が既に放たれていることを知っている。
「殺った!」
シータに憑いてる不可視の背後霊がジョンに背後から組み付き、首をへし折ろうとする。
その目論見を把握して警戒していたジョンはずっと首に力を入れていたので、幽霊が力を込めても頭が全く動かない。
見えないが少なくとも背後にしがみついていると分かっている。背負投げの要領で幽霊をシータに投げつけるのはジョンには容易いことであった。
「ぐあっ!」「いっ!」
……スライムの殻で受けたはずなのに、なんかシータも痛がってるな。
とにもかくにもシータのターンはこれで終わりらしい。
「……終わりか?」
スーパーエリートエージェントらしく冷静沈着に振る舞うジョンは内心でとても焦っていた。
いや怖っ……シータ怖っ!
事前に聞いていても実際に受けると殺意高すぎてドン引きだよ!
これが不意打ちだったら僕はともかく護衛対象の輸送馬車は消し飛んでた……スーパーエリートエージェントがミッションをコンプリートできないなんてあってはならないことだから、そうなったらスーパーエリートエージェントのジョン・スミスとしては死んだも同然だった。
「……聖域、展か」
さらにシータが何かしてきそうだったので、瞬時に接近して残光の太刀で殻を裂き、中身の本体に攻撃して意識を刈り取った。不可視の幽霊による奇襲以降はアドリブのようだが、シータの技なんて絶対ろくでもないので発動自体を止めさせてもらった。
「おっと」
ジョンは倒れるシータを抱き止めた。
さすがに意識のない女の子を屋外に放置はまずいだろう。それに何度も襲撃に来られても面倒だから、このまま連れ去って偽札計画の完了まで協力者に預かってもらおう。
そう考えながら抱き上げたシータの髪が急に金色に変化し、目を開いて腕を振り抜いてきた。
ジョンは反射で拳を回避したが、普段着けていない仮面のことを失念していたせいで、シータの拳が仮面の端を掠めた。
「あっ」「あっ」
仮面が吹き飛んで露出したジョンの素顔をシータが凝視する。
これは……さすがに誤魔化せないな。
この話のタイトル、射幣、ハレンチ警察は『ハイパーインフレーション』という漫画が元ネタです。
サツサツの実を食べて全身から偽札を生み出す偽札人間になったショタが主人公で、紙幣経済の仕組みや紙幣の印刷技術や信用崩壊の起こし方について楽しく学べます。
偽札編にぴったりなので絶対にここでネタを入れたいと思っていました。