シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第46話 アルファ様に最高の笑顔をね! 与えてあげる前提で……まず曇らせるだけ曇らせてあげちゃうよーん!

 スーパーエリートエージェントのジョン・スミスに4人の部下ができた。

 『人形師ジェーン・アン』、『魔獣使いジェーン・ドゥ』、『楽士ジェーン・トロワ』、『踊り子ジェーン・キャトル』……4人揃って『サイコの4人』!

 歪んだ仮面に隠されたその正体とは!?

 ……当然のように私である。

 ジョン・スミスに気絶させられた後にオリヴィエが一矢報いてくれたおかげで、私はジョン・スミスの正体であるシャドウ様に認められ今回の偽札事件の真相を教えていただけた。

 信用創造とか信用崩壊とか専門用語が多くて完全には理解できなかったけど、とりあえずシャドウ様の言う通りにしていればミツゴシ商会にとって最善の結果となるようだ。

 あと、口が軽そうなデルタ様は体臭でジョン・スミスの正体を見抜いたために別の任務を与えられて文字通り遠くに行っているだけで無事だ。

 つまり私がやらなければならないことは、シャドウ様の計画をお手伝いして一刻も早く完遂させて、デルタ様を呼び戻せる状態にしてアルファ様に安心していただくことだ。

 私はスライム特殊メイクでサイコの4人に変装して、シャドウ様とその協力者であるユキメさんの手足となって大商会連合の銀行で偽札を金貨に換金しまくった。

 ところで初めて知ったんだけど、紙幣って同額の金貨に交換できるから価値が保証されるんだって。

 だから偽札が大量に印刷されて、実際に保有している金貨よりも多くなってる現状は大商会連合的にすごくやばいみたいだ。

 ミツゴシ銀行券に偽物は存在しないし、ガンマ様が計算を間違えて持ってる金貨よりも多くのミツゴシ銀行券を印刷することもあり得ないので、うちは安心!

 

          ◯

 

 8番が元気に偽札をばら撒いている頃、ミツゴシ商会は追い詰められていた。

 大商会連合の紙幣が民衆の信用を失い、紙幣の流通量に対して金貨が足りない事実が知られた時、次に民衆はミツゴシ銀行券も同じではないかと疑うだろう。

 そうなった場合、全ての紙幣と交換できるだけの金貨は今のミツゴシにはない。これはミスではなく、民衆が一斉に換金に動くことはあり得ないという前提であえて紙幣を増やしてさらなる資産を創造していたためだ。

 経済の天才であるガンマが管理しているのだから、通常であれば今回のような事態は起きるはずがなかった。

 全ては偽札をばら撒いている連中が引き起こした事態だ。

 消さなきゃ……そいつらはこの世にいちゃいけねぇ奴らだ。一体何考えてこんなことしてるんだ?

 

「ジョン・スミスは私たちと同等かそれ以上に信用創造の仕組みを理解しています。さらに、デルタに続いてシータまでもが未帰還……」

 

「ですが分裂体が殺害されたら私の方で察知できます。それがなかったということは、生きたまま捕縛されている可能性が高いです。もしかしたらデルタ様も同じかもしれません」

 

 ガンマと8番から報告を聞いたアルファは次にシャドウへの報告を担当したベータに尋ねる。

 

「彼の助力は得られなかったのでしょう?」

 

「はい……主様は別件でお忙しいと」

 

 デルタに生存の可能性が生じたことで、アルファには冷静に戦力比を計算するだけの心の余裕ができた。

 相手は確実に1対1でデルタやシータを上回る怪物だ。もはや人間と思わず、霧の龍やゼータとイータから報告されたニーズヘッグなどと同格の怪物と見なして対処すべきだ。

 目を伏せて考えを纏めたアルファは、ここにシャドウガーデンの戦力を総動員すると決めた。

 

「各地に散らばるナンバーズと、オリアナ王国に派遣したイプシロンとイータを呼び戻しなさい。イータには動かせる全てのゴーレムを動員させて。総力を集結させてからジョン・スミスに決戦を挑むわ! そしてデルタとシータを取り戻す!」

 

 その後、シャドウガーデンは数日かけて入念な準備をして、ついに決戦の日を迎えた。

 無法都市とミドガル王都の中間地点にある何も無い開けた大地で、イータのゴーレムを加えて千を超える兵力を用意したシャドウガーデン軍と、たった5人のジョン・スミス軍が向かい合う。

 

「まぁ! なんて壮観なの! 素晴らしい光景が見れて喜びが溢れちゃう!」

 

「あ〜むかつくむかつくむかつくぅぅぅぅぅ! こちとら5人しかいねえってのによぉぉぉぉぉ! 総力戦とかふざけんじゃねえぞ返り討ちだクソがあああああ!」

 

「哀しいよぉ……女の子たちが勇気を出して頑張ってるのに……怖い思いさせないといけないなんて……涙が止まらないよぉ……」

 

「あれ全部倒しちゃっていいんだよね♪ おもちゃが沢山あって楽しいなあ♪」

 

 キャラ設定に従って兵力差に怯えないヤバイ奴らとして振る舞う8番の分裂体たちは、冷静に分析してジョンを戦わせることなくシャドウガーデンを撃退するためには手が足りないと見切りを付けて援軍を呼び出した。

 

「哀しいよぉ……せっかく集めたのに……こんなところで消耗しちゃうなんて……」

 

 ワープホールを通って5千人の首から上を失った人間が出てくる。

 暇潰しに無法都市で犯罪者を収穫していた8番は、前回面倒だった調教する時間やら調教後の維持コストやら後始末の手間やらを省きたくて、捕獲した亡霊系モンスターを死体に憑依させて動かす方法を編み出した。ちなみに発想の源はオリヴィエを自分に憑依させた経験だ。

 この方法だと制御は亡霊でも基礎能力値は肉体に依存するので、強力な魔剣士の死体ほど優秀な戦力になる。5千の兵の大半はスリなど軽犯罪者の雑兵だが、中には黒の塔の残党だった精兵、さらにはデルタに殺された無法都市の支配者のひとり『ジャガノート』も含まれている。

 本来はシャドウガーデンの少女たちを守る肉盾とする予定で頑張って集めた人形兵たちが逆に少女たちに刃を向けることになってしまい、8番はキャラ設定抜きに本気で哀しんだ。わざわざ無意味に頭を落としたのだって少女たちが感じる罪悪感を軽減するための処置だったのだ。

 

「おめえら出番だあああああ! 出てこいやあああああ!」

 

 さらにワープホールを通って5千体の魔獣が出てくる。

 餌や散歩が必要になるため生物系の捕獲を控えていた8番は、ちょっと前に人造ドラゴンである『マラク』を手持ちに加えるべく培養施設を再訪問し、そこで必要になるまで冬眠させればいいという知見を得たことで積極的に魔獣を捕獲するように方針転換した。

 こちらも大半は雑魚魔獣だが、なかにはテステッドウルフやデスリザード、ミュータントピーコックやミノタウロスなどの大物も混ざっている。ちなみに同格程度のティラノシャーク(バブリアス)が特別扱いされているのは8番の苦手な水中戦を補えるからだ。

 

「これだけじゃどうせ足りねえだろうからなあああああ! プラチナアアアアア! 打破しろおおおおお!」

 

 8番は手持ちバケモンの中でも誰にも見せたことがない極めて強力なドラゴンを繰り出した。

 前にオリヴィエと水着でツイスターゲームをして遊んでいたら唐突に空間を裂いて現れた、まるで骸骨のような見た目のドラゴンだ。遭遇理由は間抜けだが、手持ちバケモンの中では最強を誇っている。

 8番は種としての名前を知らず、色合いからプラチナと名付けたドラゴン……そう、ご存知『ギ◯ティナ』だ!

 プラチナは強すぎて聖域の支配を受けていないが、なんか8番に懐いて力を貸してくれている。8番は人間以外には懐かれやすい体質なのだ。

 

「あら! 数が逆転しちゃった! 嬉しくて音楽を奏でてしまうわ!」

 

 楽士の8番は楽器を弾けないので、楽器に見せかけた録音装置からシドのピアノ演奏を大音量で流す。容量の問題で1曲しか用意していないためループ再生だ。

 

「これじゃあたしたちの出番はなさそうだね♪ 楽しくて踊り出しちゃう♪ それにあたしは歌も歌えるんだ♪」

 

 踊り子の8番は音楽に合わせて歌いながら激しく舞い踊る。

 その曲と歌と踊りに七陰の6人は既視感を持った。なんとなく幼少期に7人揃って踊ったような気がするが、記憶力に優れるアルファやガンマが思い出せないのでたぶん気のせいだ。

 

「多勢に無勢だいっけぇ!」

 

 1万の軍勢が魔獣使いの8番の指示でダッと突撃を開始した。

 一方のシャドウガーデン陣営では、一般構成員の中には数の差に怯えを見せた者もいたが、ナンバーズ以上には軽口を叩く余裕すらある。

 

「見たところ戦力差は10倍と言ったところか」

 

「ひとりで10体倒せばいけるな」

 

 その理論は強がりではなく、この戦場で勝利を得るための現実的な手段である。

 サイコの4人が用意できた主力級の戦力は見たところナンバーズと同数程度。それらをナンバーズが相手している間に一般構成員が敵の雑兵を10体倒す。可能ならジョン・スミス以外の4人の敵将もナンバーズ以下だけで抑えて、無傷の七陰をジョン・スミスにぶつけたい。

 

「総大将はガンマに、副将はラムダに任せるわ」

 

「はい」

 

「サー・イエッサー!」

 

「イータも後方でゴーレムの制御に専念」

 

「……了解」

 

「それ以外の者はシータを先頭にして突撃! 力ずくでジョン・スミスまでの道をこじ開けなさい!」

 

 アルファがスライムソードを高く掲げて叫ぶ。

 

「あなたたちの背には常にこのアルファがついているわ!」

 

 空気がドッと震える。シャドウガーデンの少女たちが大声を出してアルファに応えたのだ。

 

「全軍! 殲滅よ!」

 

 アルファが剣を振り下ろし、ここにシャドウガーデン同士の盛大な内輪揉めが開幕した。

 

          ◯

 

 敵将がプラチナを繰り出した瞬間、私は敵の正体に勘付いた。

 スライム特殊メイクと仮面のせいで分からなかったけど、敵将4人全員私だ!

 

「シータ、状況を簡潔に伝えるから黙って聞け」

 

 向こうの私たちも私が気付くと見越していたのだろう。私にしか見えず声も聞こえないオリヴィエを伝令役として派遣してくれた。

 そうか……まさかジョン・スミスの正体がシャドウ様でデルタ様はご無事だったとは。

 しかもシャドウ様的に次はアルファ様が単身で来ると思ってたのにシャドウガーデン全軍で来ちゃったから落とし所が思い付かなくて困ってるのか……確かにここまで大事になっちゃうとどうやって収拾つければいいのか見当もつかないわ。

 

「とにかく! こちらのシータはお前たちをどうにか追い返す方針で迎撃するから、お前は適度に手を抜いて戦え! 本気で暴れられたらこちらの手が足りないからな!」

 

 そういうことなので私はスライムカッターや超重力砲の使用を控えて体当たりを主体に戦った。なるべく乱戦になってるところに飛び込み味方の盾となるようにしているので、仲間を巻き添えにするような技を使わなくても仕方ないと認識されるはずだ。

 そうこうしてるうちに戦局は移り変わる。

 

「来やがったなおいいいいい! 相手してやんよおおおおお!」

 

「ナンバーズじゃ相手にならないか……仕方ない、私の新技の実験台にしてあげるよ」

 

 プラチナの背に乗り起爆偽札をばら撒く魔獣使いの私がゼータ様と交戦を開始する。ゼータ様は私の知らない手札を沢山隠し持ってるのが怖いが、プラチナには小細工を力押しで潰せる強さがあるし、魔獣使いの私が死んでも自己判断で戦闘続行できるので心配はいらない。

 

「哀しいよぉ……持たざる者の虚勢は見ていて哀しくなるよぉ……」

 

「お前……何に気付いたぁ!」

 

 不可視のオリヴィエの宿主となっている人形師の私が偽乳ネタで挑発してイプシロン様を引き止めた。聖域が怖いけどリスクが大きいのでイプシロン様はギリギリまで使わないだろうし、展開しても私が大量のスライムを持ち込んだ前回と違って大技は不可能だ。足止めはできるだろう。

 

「もゥマヂ無理。置いてかれた。ちょぉ大好きなのに。ウチのことはもぅどぉでもぃぃんだって。どぉせウチわ遊ばれてたってこと。いま手首灼ぃた。身が焦げ、燻ってぃる。一死以って大悪を誅す。それこそが愛の使徒の意気と知れ」

 

「手ぉ伸ばしたら、手汗が酷すぎるから気持ち悪かったのかな? 切り落とされた。そんなにぁたしの手ぉ握りたくなぃンだね。酷ぃゃ……でもね、千手の涯。届かざる闇の御手。映らざる天の射手。光を落とす道。火種を煽る風。集いて惑うな、我が指を見よ。光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔。弓引く彼方、皎皎として消ゆ」

 

 愛の炎を撒き散らす楽士の私と肺活量を活かした風圧攻撃を多用する踊り子の私はアルファ様と交戦して攻撃できずに一蹴され、一瞬でもアルファ様に敵対した事実に心が折れてシャドウガーデン軍の私にヤケクソの大技を放ってきた。

 一般構成員に向けられたら危険だがスライム要塞に守られている私は平気だ。今の技は単なる強めの炎と強めの風なので見た目は派手だけどそんなに威力ないんだ。

 楽士の私の半身が自分の出した炎で焼失し、息を吸ったところでスライム針に刺さった踊り子の私が風船みたいに爆散して頭だけになった。

 ……すごいな私。最近回復の練習したおかげでこの状態でも死んでないぞ。風で戦場の外まで吹き飛んで行ったからリタイアではあるけど。

 その後も私が戦場を転がり回って時間と敵を潰していると、やがて離れた場所で誰にも見られず行われていた大将同士の戦いに決着がついたらしい。

 

「ガンマ! 撤退の指示を!」

 

 止めどなく涙を流すベータ様が気絶したアルファ様を背負って戻ってきた。悔しいけど相手はシャドウ様だからな、さもありなん。

 

「全軍撤退! 殿はシータに!」

 

 ラムダ教官は私たちに撤退戦のやり方も指導している。しかし戦争も敗戦も初めてなので戸惑う子が多く、このまま放っておくと転んで怪我をする子が出てしまいそうだ。

 そうならないよう私はスライム要塞を大きく薄く伸ばして巨大な壁を作り、みんなから見える側に大きな金の文字で『お前たちの背中は私が死んでも守る! 慌てず騒がず冷静に撤退しろ!』と浮かべた。背後から敵が迫ってるって思うと焦っちゃうから、見えないようにすれば少しは安心できるだろう。

 そして自ら退路を断った私は、戦闘音がなくなったら私がやられてしまったと思われかねないので本気で敵の残存戦力千体ほどと戦い、プラチナ以外の全てを殲滅したところでなんか乱入してきたジョン・スミスに討たれた。

 

「見事だ。90点やろう」

 

 意識が薄れ行く中、「ここは俺に任せて先に行け! 別に倒してしまっても構わんのだろう? いやー、これで本当に倒してラスボス戦途中で駆け付ける展開にできたら満点だったんだけどなー。僕もやりたいなー」とかシャドウ様が呟いているのが聞こえた気がした。

 わけがわからないし、たぶん幻聴だ。

 

          ○

 

 普段のシャドウガーデンとディアボロス教団の争いはフィクションと認識しているシャドウだが、ミツゴシ商会関係はリアルとして認識している。

 そのため今回アルファがおそらく傭兵を雇い千の軍勢を用意してジョン・スミスを殺しに来た時は本気で焦った。

 これが陰の実力者ごっこなら最初は最後方でふんぞり返って高みの見物をして、配下の4人(全部シータ)が全滅してから重い腰を上げて、最終的にたった1人で容易く敵軍を殲滅する無双ムーブを楽しんでいただろう。

 しかしそれをミツゴシ商会の仕事として来ているアルファ相手にやらない程度の理性はシャドウの中にも存在した。

 さて、まだジョン・スミスの正体を明かすわけにはいかないし、どうしたものかと悩んでいたら、なんかシータが1万の軍勢をどこからともなくワープさせて呼び出した。

 優れた将軍は軍勢をワープさせると前世のどこかで聞いたことがあるので、シータもきっとそうなのだ。

 ジョン・スミスの正体もミツゴシ商会の事情も把握しているシータ将軍に丸投げすればいい感じにこの場を収めてくれる。

 そう確信したシャドウは流れ弾が仮面に当たる展開を警戒して戦場から少し離れた場所で待機した。せっかくなので総大将でありながら戦場を見ることすらせずに勝利を確信して慢心する無能なモブ将軍を装って、傍目には油断しまくって見えるように演技をした。

 シータはとても頑張ったらしく、最終的にシャドウまで到達したのはアルファとベータだけだった。

 

「なっ!? うわあああああ!」

 

「さようなら、ジョン・スミス」

 

 アルファが主人公の漫画だとすれば、ここは味方の献身で敵の本陣に到達した彼女が油断している敵将の首を見開きページの一撃で取る展開だ。

 だがその敵将が陰の実力者だとすれば、本陣に立て籠もる参謀タイプの将軍と思わせておいて、実はしっかり直接戦闘も強い展開となる。

 

「なっ!?」

 

 アルファたちには申し訳ないと思いながら、せっかくの陰の実力者チャンスなのでうきうき気分で迎え撃たせてもらった。

 思ったよりアルファもベータも強くなっていて仮面を割られて正体がバレてしまったり、アルファが泣いたり曇ったり、なんかストレスのせいか魔力暴走を起こしてアルファの髪が脱色しそうになったりとトラブルも多々あったが、ちゃんと手加減した上でアルファを気絶させて、一瞬の早業で魔力暴走を治療して、最後にはいい感じにベータにアルファを抱えて逃げ出させることができた。

 

「知らなかったのか? スーパーエリートエージェント大将軍からは逃げられない」

 

 そんなことを口にしておきながら実際はちゃんと見逃すつもりでいい気分でゆっくり追いかけたら、戦場では殿となったらしい敵軍の方のシータが無双していた。

 これはもう、確実にあれだね。

 自分の身を犠牲に仲間を先に進ませたと思わせておいて、ラスボス戦で再登場して足止めした敵をしっかり全滅させていたことが判明するパターンの陰の実力者ムーブだ。

 相変わらずシータは陰の実力者ムーブの理解度高いなぁという思いと、師匠を差し置いてそんな面白い展開を先に体験するのはけしからんという思いがせめぎ合い、シャドウは突発的に師匠に挑戦するチャンスをシータに与えた。

 結果、シータはまだまだ未熟ということが判明し、この戦場の勝利者はシャドウに決まった。

 

          ◯

 

 数日後、シャドウの偽札計画は完遂目前となり、8番とデルタはアルファのもとに帰ることを許された。

 それとは別に、死にかけで放置された半身だけの楽士の8番と頭だけの踊り子の8番も、朦朧としながらアルファを目指して必死に移動していた。

 人目を避けながら長い時間をかけて移動し、ついにミツゴシ本店に到達して窓からアルファのいる部屋に侵入しようとした時、彼女たちは目撃した。

 

「……ねえ……私は今……信じられないものを見てるわ……」

 

 彼女たちの視線の先にはアルファの笑顔があった。

 しかもただの笑顔ではない。

 偽札によるミツゴシ商会への攻撃に加えて、自分が作り上げたシャドウガーデンに取って代わる1万もの大軍勢を見せつけられ、強めの説得力で愛するシドに捨てられたと思い込まされて絶望していたアルファが、シドは変わらず自分たちを愛してくれているかもしれないという希望に気付き、それが真実だと確信を与えられた瞬間の笑顔だ。

 ちなみにベータとガンマとイプシロンとゼータも同じような状態になっているが、そちらは8番の眼中にない。

 

「あれこそ……私の……私たちの悲願だった……」

 

 エントロピーすら凌駕する絶望から希望への相転移がアルファに生涯最高の笑顔を浮かべさせていた。

 美しい……これ以上のアルファの笑顔は8番の記憶に存在し得ないだろう。

 

「見てよ、キャトル……アルファ様が……笑っていらっしゃるわ……」

 

 楽士は残った片腕に抱える踊り子の頭部に目を向ける。

 

「お美しいわね……アルファ様は……ねぇ、キャトル……見えてるかしら?」

 

 踊り子の頭部はにっこりと笑って尊死していた。

 

「……なんだ……見えてるじゃ……な……い……」

 

 思い残すことがなくなって、これでもういつ死んでも構わないと思ってしまった楽士も、魔力による強引な生命維持が止まって二度と動かなくなった。




「見つからないと思ったら……自力でここまで戻ってたのか」

「なんでこいつらこんなとこで死んでるのです?」

 2人の遺体は僅かに遅れて戻ってきた8番によって無事に回収されました。
 受け取った記憶だけでアルファの最高の笑顔を見せられて、数分の差で現場に立ち会えなかった8番はとても悔しがりましたが、もしも居合わせていたら8番が全滅していたので九死に一生を得ました。
 ちなみに他の2体は普通にゼータとイプシロンに負けたので正体がバレないようその場でこっそり回収されてました。
 片方はきたねえ花火にされて、もう片方は首を落とされたみたいです。
 身バレ防止のためシータとしての戦い方ができない状態で七陰と戦ったので当然の敗北でした。
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