シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第5話 世にも奇妙な進撃の獣人飯

 七陰は家族同然だ。しかし家族とは絶対に仲の良いものではない。親が子を虐待することもある。夫婦が離婚に至ることもある。同様に七陰の中にも相性の良し悪しが存在する。

 七陰第四席『暴君』のデルタ様と七陰第六席『天賦』のゼータ様との関係は、はっきり言って最悪だ。デルタ様は犬系獣人、ゼータ様は猫系獣人。デルタ様は獣人として典型的な暴力を重視する御方、ゼータ様は獣人としては珍しい知性を軽視しない御方。ひと目見た瞬間こいつとは合わないと察したぐらいには水と油らしい。

 デルタ様とゼータ様との関係が破滅的な末路を辿っていないのは、ひとえにゼータ様がデルタ様を上手くあしらっているためだ。デルタ様は度々殺す気でゼータ様を襲ってきたが、逃げ隠れを極めた諜報の専門家であるゼータ様はほとぼりが冷めるまで距離を置いて対処してきた。アルファ様もその辺りの事情を把握しているので、これまで同一の任務に動員することはなかった。

 しかし、それも今回までである。

 現在私は、よりにもよってデルタ様とゼータ様という最悪の組み合わせに混じって任務に向かっている。

 

「メス猫はデルタより弱いんだからデルタの言うこと聞け!」

 

「私がワンちゃんより弱いかどうかはともかく、正しい意見には従うものだよ。ねえ、シータ隊長は私の意見を採用するよね?」

 

 しかも七陰を差し置いて私が隊長を任されてしまった。デルタ様とゼータ様とでどちらを上に置いても揉めると予想したアルファ様による直々の任命だ。普段ならやる気に満ち溢れていたと思うが、今回ばかりは勘弁していただきたかった。

 

「シータは結構強いけど、デルタはシータに勝った! デルタはシータより偉い! メス猫はシータに負けたから一番下なのです」

 

「シータ隊長、ワンちゃんが煩いから隊長権限で黙らせて」

 

 今回の任務中に両脇から押し潰されて死ぬかも、私。

 

          ◯

 

 イータ様によって解析された例の魔力封じのアーティファクトはシャドウガーデンに衝撃をもたらした。

 魔力を封じた相手に猟犬をけしかける戦法を一番弱い作業用ゴーレムを仮想敵として再現し、シャドウガーデンの全員で模擬戦を行った。その結果、問題なく勝てたのはナンバーズ以上の幹部と獣人の一般構成員のみで、シャドウガーデンで最も多いエルフの一般構成員は一部例外を除いて為すすべもなく敗北した。

 由々しき事態であった。元軍人のラムダ様によると戦場では戦力の三割を消耗すれば全滅と呼ぶらしい。寿命が長い種族ほど大昔の英雄の血が濃いために悪魔憑きが発症しやすく、シャドウガーデンのエルフ率は三割を優に超えている。つまりは成人男性より少し強い程度のゴーレム相手にシャドウガーデンが全滅させられたわけだ。

 過酷な訓練を乗り越えたシャドウガーデンの屈強な兵であっても、その実力を発揮できない状況に陥れば容易く命を落とす。

 事態を重く見たアルファ様は魔力封じの対策をイータ様に研究させると同時に、魔力封じ以外の方法で類似の窮地に陥る可能性を憂慮し、ゼータ様にディアボロス教団に対する諜報を中断させてまでこちらの調査を優先させた。

 ゼータ様の仕事は早かった。ゼータ様は対面での戦闘よりも搦め手を好む御方だ。強者の実力を封じる手段については命じられるまでもなく情報収集していたらしい。

 ゼータ様が情報を集めてイータ様が対策を講じる形で懸念潰しは順調に進んでいたが、ある日ゼータ様が単独で深く探ることを避けざるを得なかった案件が生じた。

 獣人を喰らう山。ゼータ様は獣人の国でそんな噂話を聞いた。獣人は狩猟を生業とする者が多く、狩りで山に入って魔獣に返り討ちに遭い未帰還なんて事態は珍しくない。しかしその山は未帰還者があまりにも多く、ゼータ様の見立てではシャドウガーデンの2桁番号の一般構成員に匹敵する強者までもがその山に入って以来姿を消している。

 単に強力な魔獣が住み着いただけかもしれないが、獣人特効の何かが存在する可能性も否定できない。だからゼータ様は念のためアレクサンドリアまで話を持ち帰り、ベータ様かイプシロン様に調査を代わってもらうつもりだったのだ。

 予定が狂ったのは、七陰として会議に参加していたデルタ様のひと言のせいだ。

 

「メス猫は臆病者なのです。仕方ないからデルタが代わってやるのです」

 

 こんなことを言われたらゼータ様も身を引くわけにはいかなくなる。デルタ様とゼータ様、どちらが調査に行くかで揉めに揉め、最終的にアルファ様の判断で獣人ではない上に魔力封じの窮地を切り抜けた実績のある私を隊長とすることを条件に御二人とも行かせる形で妥協させたのである。

 ……これもう最初から私だけで行けば良くないですか?

 辞退したら臆病者になるから御二人が譲らない?

 あっ、はい。じゃあ仕方ないですね。

 

          ◯

 

 そんなこんなで空気最悪のハイキングとなり、とりあえず山の頂を目指して進んでいるわけだが、今のところ異常は見当たらない。ゼータ様がいるかもしれないと考えた強力な魔獣に遭遇することもなく、一番の脅威はデルタ様とゼータ様との喧嘩に巻き込まれることだ。揉めそうになるたび私が必死で仲を取り持っているが、数分毎に衝突しかけるのでうんざりする。こんなに長く御二人が近くにいたことがなかったせいで知る機会がなかったのだろうが、いくらなんでも仲が悪過ぎだ。

 

「メス猫!」

 

「バカ犬!」

 

「罵るなら私にしといてください。糞エルフとか雑魚エルフとかゴリラエルフとか貧乳エルフとか、なんでお前生きてんだよ万年下っ端の役立たずが死ねよ、とかどうぞお好きなように」

 

「いやシータは頑張ってるよ」

 

「シータそれなりに強いのです」

 

 くどい自虐は場を冷やす。私の卑屈さで御二人の頭を冷やしながら進み続けて、ついに山頂に到達した。そこには小さな山小屋がぽつんと建っているが、使われなくなって久しいのか植物に呑まれつつある。

 

「私ちょっと中を見てきますので、お強い御二人は周囲の警戒をお願いします」

 

 もしも小屋の中に獣人の脅威となる何かが隠されている場合に備えての役割分担である。ゼータ様は察してくれたし、デルタ様も強者が警戒役を担うべきと言えば不満など微塵もない様子だ。

 小屋の中は随分荒れていて埃っぽい。床に散らばる文書に混ざって人骨と思しき破片が見つかった。

 獣に骨ごと食い散らされた感じか?

 文書を読んでみる。時系列がばらばらで苦労したがここで起きたことはおおよそ理解できた。

 どうやらこの小屋にもディアボロス教団の末端が住み着いていたようだ。こいつらゴキブリかよ、どこにでも湧くな。

 山小屋の教団員は獣人に身体能力的なコンプレックスを抱えていたようで、獣人の尊厳を奪うための研究をしていた。そして完成したのが獣返しのアーティファクト。獣人の人間性を封じて獣に貶めるという悪辣な代物だ。

 山小屋の教団員はアーティファクトの力で野生動物並みに退化した獣人を見て嘲笑っていたようだが、獣人が理性を失い本能で動くようになれば彼らを衝き動かすのは原始的な狩猟本能だ。

 つまり山小屋の教団員は獣人に骨まで食われた。しかも文書を見た感じ幼い獣人少女を愛玩用に飼育する目的で近くに置いたのがまずかったようだ。アーティファクトを作る頭があるくせに馬鹿みたいな死に方だ。ディアボロス教団の連中は本当にろくでもない。その調子でとっとと滅べクソが!

 これでめでたしめでたしとなれば話は早かったのだが、獣返しのアーティファクトは小屋の真下の深い場所に埋まっていて、環境から魔力を集めて自動で機能が持続する設計らしい。教団員が骨になってからも山に踏み込めば獣人はアーティファクトの効果を受ける。

 ここからは私の予想だが、未帰還の獣人たちの死因は自滅だと思う。思い返すとこの山で魔獣を一匹も見かけず、それどころか野生動物すらいなかった。おそらく狩猟本能に操られた獣人たちが獲物を狩り尽くしたのだ。普通そうなったら新たな狩り場を求めて山を出るはずだが、アーティファクトによって普通ではない状態の獣人にはそこまで知恵が回らなかった。飢餓状態に陥った獣人は、最も身近な血肉、すなわち自分の肉体を食らって失血死といったところだろう。

 さて、エルフである私はアーティファクトの影響下にないようだ。埋まっているアーティファクトを掘り起こして停止させれば任務完了だが、障害がある。

 

「ヴァアアァアアアアアアァアアア!」

 

「ガアアアァアァアァアアアァァア!」

 

 山小屋の壁を突き破ってゼータ様とデルタ様が揉み合いながら飛び込んできた。どちらもスライムボディースーツは溶けてなくなり、目は血走り、涎を撒き散らしている。デルタ様のこういう姿は割と良く見かけるのでいいとして、ゼータ様のこんな姿はお労しい。

 獣たちが私に気付き、示し合わせたように矛先を変える。本能的に目の前の獣人よりもエルフの方が狩りやすいと知っているのだろう。

 私はふーっと息を吐いて、叫ぶ。

 

「上等だオラ来いよオラァ!」

 

 スライム外殻を張れば御二人の牙を折ってしまう恐れがあるため、私はスーツを解除し筋肉を解放して迎え撃つ。ちなみに良く考えると圧縮状態の方が固さも打撃の鋭さも向上するため、筋肉解放は威嚇にはなるがむしろ弱体化する。

 速度を犠牲に力を得るどころか力まで失うとか何考えてるのかって?

 目の前の猛獣にびびって判断ミスったんだよ!

 

「ブルァアアアァアアァアアアァア!」

 

 御二人の気迫に負けないよう奇声を響かせ、目をがん開きにして睨み付け、薬中のごとく涎を垂れ流す。

 やべえ奴とやべえ奴とやべえ奴の肉弾戦が狭い山小屋を吹き飛ばし、山の頂を抉る。

 技術の伴わない暴力なんて怖くないんだよ!

 ゴリ押しで最強になれるなら、ガンマ様は『最弱』なんて不名誉な呼ばれ方してねえからな!

 あっ、ちょ、思ったより強い、待って待って食べないで、アッー!(即落ち三段落)

 

          ◯

 

 デルタちゃんとゼータちゃんの今日のお昼ご飯。

 メニューはシータの踊り食い。

 材料はシータをひとり用意しましょう。

 動けなくなるまでぼこったら完成です。

 

「やぁだあああやめてええぇ!」

 

 食材が泣き喚いているのは新鮮な証拠です。

 気にせずがぶっといっちゃいましょう。

 

「いやぁああ!」

 

          ◯

 

 実はイータがシータの眼を治療する際にこっそり仕込んでおいた視界を一方的に共有するアーティファクトにより、シータの窮地はデルタやゼータの惨状と共に他の七陰に伝えられていた。

 

「そんな……何で……シータが……食べられている」

 

「アルファ様、お気を確かに!」

 

 倒れそうになるアルファをガンマが支えた。

 獣人を参加させない方が良いと分かっていながらデルタやゼータをシータに同行させると決断したのはアルファだ。自責に苦しむアルファはイータを叱ることも救出作戦を練ることも忘れてアーティファクトに映るシータの姿から目を離せずにいる。

 

「ベータ、イプシロン、今すぐ救出に向かって!」

 

 代わってガンマが指示を出す。ずっとシータの視界を盗み見ていたイータにより、今回の事態を引き起こしたアーティファクトが獣人の理性を失わせるものでエルフには危険がないと判明している。援軍が二次被害に遭う心配はない。

 指名された二人の七陰は瞬時に姿を消した。さすがの速度だが、シータの現在地まではあまりに遠い。しかも獣人の領域は人間の国と違って道の整備がされていない。

 おそらく間に合わない。

 シータは仲間に生きたまま食われるという最悪の死を迎えるのだ。

 全てはアルファのせいで。

 

「私が……殺した……シータを……私が……」

 

 アルファの脳内でシータの幻影が肯定する。そうだアルファ様、あなたが殺した。

 

「アルファ様、どうか立ち上がってください」

 

 今にも折れてしまいそうなアルファをガンマが諭す。アルファに匹敵する頭脳を誇り、かつシータへの思い入れがアルファほど強くないガンマは、現状を誰よりも冷静に見ることができた。

 

「これは私たちがこれからも戦い続ける限り、受け止めなければならないことです」

 

 シャドウガーデン発足以来、殉職者はひとりもいなかった。これはアルファの采配が優れていたためではない。全ての窮地を切り抜けられるほどに仲間たちが強かったわけでもない。シータがその身を犠牲に全員を守り抜いてくれたのだ。シータだから重傷で済ましていただけで、その場にいたのが他の者であれば確実に死んでいたという状況が、これまでに数え切れないほど繰り返された。

 だから、いつか最初に犠牲になるのはシータであると分かっていた。

 その日が今日、ついに訪れたのだ。

 

「私が悪い。シータが犠牲になるのは私のせいだ。アルファ様はそのように思っていることでしょう。しかし、これは仕方のないことです」

 

「仕方ない、ですって?」

 

 睨んでくるアルファをガンマが睨み返す。戦えないガンマにできるのは、せめてシャドウガーデンの頭脳の一角を担う者として、冷酷なまでにその役割に殉じることだけであると自分に言い聞かせながら。

 

「はい、これからの戦いで誰が死んでも、たとえ七陰の誰かが欠けることがあっても、それらは全て仕方ないことです。私たちは世界と戦う道を選び、その代償に今後いくつもの仲間の命が失われます。その献身に報いる方法はひとつしかありません」

 

 アルファの目に僅かだが力が戻る。

 

「教えてガンマ、私はどうすればいい?」

 

「進み続けるんです。アルファ様が立ち止まらない限り、その先にシータは待っています。だから、止ま」

 

「ねえ、シータ助かりそうだけど」

 

「は?」「え?」

 

 ガンマの言葉を遮ったイータの発言を理解して、アルファとガンマが映像に飛び付いた。

 

          ◯

 

 ハイキングに行く直前、アレクサンドリアに遊びに来ていたシャドウを見つけたデルタは、遊びに誘う気安さで彼に声をかけた。

 

「デルタ狩りに行くです! ボスも一緒に行くですー!」

 

 シャドウは表の顔である男爵家長男シド・カゲノーとして近く入学を控えた学園の入寮準備に忙しく、ストレスを溜め込んでいた。

 久しぶりに暴れてすっきりしようと乗り気だったシャドウは「いーよ。でもちょっと先に片付けないといけないことがあるから現地集合でよろしく」とデルタの誘いを受け入れた。

 そしてゼータとの喧嘩で頭がいっぱいだったデルタはそのことを誰にも共有しなかった。

 そういうわけで遅れてきたシャドウは、なんか暴走している二人の獣人によって密かに弟子だと思っているエルフが食われている謎の状況に遭遇して、すぐさま助けに入ろうとした。

 しかしシャドウは踏みとどまった。なぜなら過去の経験上、シャドウが真面目に戦意を持って獣人の前に立った場合、相対した獣人は尽く仰向けに寝転がり腹を見せて服従を示すのだ。シャドウは異性の身体に興味はないが絵面が良くない。山の中、素肌を晒した少女たちを見下ろす黒ずくめの男。これじゃ陰の実力者じゃなくてエロの実力者だ。

 そういうわけなのでシータには自力で切り抜けてもらいたいのだが、そもそもシータにその気があればシャドウが助けるまでもないのである。たとえ四肢を千切られようとも、シータであればスライムの操作は可能なはずだ。しかし理性がなくても手加減して制圧できるほど七陰は甘くない。つまりシータが防御も反撃もせずにおとなしく食われているのは、七陰と自分の命を天秤にかけて自分が犠牲になるべきだと判断したためだ。

 なるほど立派な自己犠牲だ。

 しかし陰の実力者を目指すのであればそれはいただけない。

 味方は傷つけない。自分も守る。どちらもスタイリッシュにこなすのが陰の実力者だ。

 ここは先達として、後方腕組み師匠として、導いてやらねばなるまい。

 そう考えたシャドウは、さっそくシータに向けて治癒の魔力を放った。

 

「手本は見せた。掴めよ、シータ」

 

          ◯

 

 青紫の命の光に包まれて、食われて失われた私の肉体が再生する。

 これはシャドウ様のお力だ。

 なぜここにいるのかは分からない。

 なぜ私を癒やすのみで七陰の御二人を鎮めてくださらないのかも分からない。

 分かるのは私の耳が確かに拾ったシャドウ様のお言葉のみ。

 手本は見せた、掴め。

 私は、アルファ様が信じるシャドウ様を信じた。

 私は先程浴びた魔力の感触を思い出しながら、自分の内から湧き上がる魔力の性質を変化させた。

 悪魔憑きの腐った肉体すらも癒す魔力の真髄は、七陰であってもアルファ様とイプシロン様しか至れていない境地。本来ならば私ごときでは届かないはずの高みだ。

 しかし私はここしばらく、不本意ながらスライムでおっぱいを再現するために、イプシロン様に魔力制御の個別指導を受けていた。

 さらにはアルファ様やイプシロン様の技術の原点であるシャドウ様から直々に手本を見せていただいたばかりだ。

 ここまで足場を組んでいただいたのなら、いくら私でも指先くらいは高みに届く。

 私は鏡に映る水面に垂れた一雫が波紋を起こす光景、ではなく指先が触れたおっぱいがプルンと揺れる光景を幻視した。

 

「見えた! 見えたぞ! おっぱいぷるぅんぷるぅん!」

 

 私は命の光で己の全身を包み込む。

 ゼータ様が私を食う。食われた箇所を私が治す。

 デルタ様が私を食う。食われた箇所を私が治す。

 食われ、治し、食われ、治す。永久機関のように繰り返された輪廻は、ついに捕食者が満腹になったことで断ち切られた。

 

「もう食べられない、ガクッ」

 

 最初にゼータ様が脱落した。

 

「もう食べられないのです、ガクッ」

 

 かなり遅れてデルタ様も脱落した。

 

「御粗末!」

 

 満足した顔で寝入るデルタとゼータに、私は筋肉をしまい腕を突き上げて勝利を宣言した。

 

          ◯

 

 シータの後方で木の陰に隠れていたシャドウは、決着を見届けるやいなや腕を組んでただひと言を呟く。

 

「成ったか」

 

 後方腕組み師匠ムーブを完遂したシャドウは満足したので、声をかけずにクールに去った。

 

          ◯

 

 獣人にとって致命的なアーティファクトは無事、シータによって回収された。今はイータが解析中で、遠からず有効な対策が立てられるだろう。

 今回の任務が拗れた元凶ともいえるデルタについては、実はシャドウが救援に現れたのは彼女が声をかけていたおかげであると判明し、功罪相殺してお咎めなしとなった。

 最も不憫なことになったのはゼータだ。デルタと異なり共食いに抵抗があるタイプなので、腹いっぱいになるまでシータの肉を食った事実を知ってしこたま吐いた。その後、脱水を起こして現在は医務室で安静にしている。もちろん、当初は獣人以外の仲間に任務を代わってもらうはずだった彼女は、本来ならば正しい判断をできていたわけなのでお咎めなしだ。

 不思議なことに、任務から帰還した後でお咎めというか割を食うことになったのは一番の功労者であるはずのシータである。重傷だったはずが自力で治してしまったシータに対し、アルファが指示したのはイータに身体を診てもらうことだった。もちろんアルファの意図としては仕込まれた視界覗き見アーティファクトを外させるためだったのだが、詳細を説明されなかったためにシータが誤解した。

 

「イータ様、アルファ様が例のアーティファクトの解析に私を使えとのことです」

 

 シータはアルファが七陰すらも獣人であれば狂わせてしまうアーティファクトを危険視しているのだと余計な気を回してしまった。昔から頻繁にイータの実験台にされていたこともあり、今回もシャドウガーデンのための人柱になれと命じられたものと勘違いしたのだ。これはイータが何度もアルファの許可を偽造してシータを弄び、そのことでアルファの制裁を受けながらもついにシータに偽造のことが伝えられなかったために起きた不運である。

 イータが制裁される時、だいたいシータは脳みそだけになってたりで話を聞ける状態ではなかった。だから仕方ない。悪いのはアルファの命令であれば死さえ受け入れるシータ自身である。

 その後アーティファクトの全てを解明したイータによりエルフを効果対象にする実験が行われ、無事に成功。檻に閉じ込められシータは目を血走らせて自分の肉を食らい出した。はからずもシータの獣人自滅説が立証されたわけだ。

 ここで終わりにすれば良かったものを、理性を失いながらも生存本能で魔力による自己治癒ができてしまったシータを見て、これは食事を与えずに放っておいたらどこまで自給自足で生きていられるのだろうかとイータが好奇心に負けてしまった。

 最終的にいつまでも戻ってこないシータを心配したアルファが詰め寄ると、イータが五体満足のシータを素直に差し出したため、この件に関する記録はここで終わっている。

 しかし不思議なことにこの件と時期を同じくして、アレクサンドリア七不思議のひとつ『どこからともなく聞こえる血肉を啜る音』という話が広まった。

 もし。もしもだ。人を脳みそだけにしても生かせる技術を保有するイータが、シータを死なせずに正中で真っ二つに分離したとしよう。そしてシータが左右それぞれ残った脳で考え、別々に身体を再生したとしよう。

 片側がアルファに差し出されたとして、反対側はどこに行った?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勘のいい人は……嫌いだよ?

 

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