オリアナ王国における内戦はドエム・ケツハットの死によって終結した。
ラウンズのモードレッドやモードレッドが呼び出したデカブツはシャドウ様の手で討ち取られ、その他の雑兵はシャドウガーデンとドエス派により殲滅された。
さて、残るは戦後処理だけ……となったところで複数の問題が生じた。
まず一番やばいのはシャドウ様が行方不明になったことだ。
現場に居合わせたイプシロン様と666番によるとシャドウ様は異界へのワープゲートだという黒き薔薇に自ら飛び込んだらしい。あとシャドウ様を追いかけてベータ様も消えた。そしてその後すぐに黒き薔薇は消失した。
私はズルムケの能力で追いかけられないか試したが駄目だった。適当な異界に繋ぐことはできたが、シャドウ様のいる異界を特定できなかったのだ。数撃ちゃ当たるをやって下手に危険な異界と繋がっても困るからと、一度失敗して変な化け物が出てきた時点でイプシロン様に止められた。
シャドウ様とベータ様に関してはイプシロン様がしばらく捜索して、見つからなければ他の七陰にも状況を共有して対処する方針となった。
そういうわけなので私は他の細かい問題の処理を任されたのだが、その中で最も優先度が高いのは私の身から出た錆……ドエス・ムチウッチの扱いである。
シャドウガーデンの計画としては666番ことローズ・オリアナに新しいオリアナ王国の女王となってもらう予定だ。
しかしオリアナ王国の民衆の多くはなぜか新たな指導者にドエスを推している。
……何を考えてるんだオリアナの人たちは。正当な王家の血筋とよく分からない仮面の女となら普通は前者を応援するでしょうが。
でも実際に支持率を比べたらドエスがローズを圧倒してしまっているのが現状だ。このままローズが女王になってもオリアナ王国は纏まりそうにない。
それでは困るので、私はあえて王位簒奪の計画を立てた。もちろん最終的に失敗してドエスの名声を地に落とす手はずになっていた。
「分かりました……民がそれを望むのであれば、私はあなたにこの国を託します」
そして王位簒奪は成功しちゃった。
◯
「あのさぁ、無条件降伏とか何考えてんの?」
ドエス派によってオリアナ王城の一室に軟禁されているローズを訪ねてきたのは8番だ。声を聞いただけでも不機嫌と分かる。
「8番……見ていたのですね」
「見てたも何も私がドエス・ムチウッチだよ! このままじゃ私が女王様になっちゃうでしょうが!」
8番が明かした衝撃の真実にローズは驚愕した。
「あれは8番の変装だったのですか!? それにしたって、その……胸とか身長とか、骨格レベルで違っていた気が……」
8番は10代後半とは思えないようなちびっ子だ。初対面で年齢を予想しろと言われたらローズは10代前半か、あるいはひと桁代の後半と思うだろう。
一方でドエス・ムチウッチは長身でムチムチの大人の色気が漂う女性だ。8番が厚底靴や胸の詰め物をした程度で作れる体型ではなかった。
「私はシャドウ様直伝の秘技でフィジカルをしまってるんだよ。それを解放すれば普段のちびっ子サイズからムキムキマッチョマンまで調節できる」
ローズが疑いの目を向けていることに気付いた8番は、「ふんっ!」と気合いを込めた叫びと共にサイドチェストのポーズを取ってフィジカルを解放した。
8番のスライムスーツが「パァン!」と音を立てて風船みたいに弾け飛び、頭部は女児サイズなのに首から下は筋肉ダルマのアンバランスな化け物が出現した。
「……」「……」
ローズと8番はしばらく無言で見つめ合った。
そして8番が悲しそうに目を逸らした。
「……笑ってほしいな。これ私の鉄板宴会芸だから」
「え、いや、その……あはは」
ローズが乾いた笑いを作ると、8番はしゅるしゅると縮んで見慣れた姿になった。
「まあ……とにかく私の体型はある程度なら変えられるってわけ。胸とかはスライムで作ったんだよ。あと顔はニュー様直伝のスライム化粧技術で変えてた。シャドウ様もブシン祭の時に変装してたでしょ?」
「そういえばそうでしたね」
他に色々と大変なことがあったので全く気にしていなかったが、確かにブシン祭の時のシャドウは似ても似つかない地味な青年魔剣士の姿になっていた。
「ちなみにね、ドエスの頭部は昔の666番をイメージして作ったんだよ。金髪のくるくるとか」
言われてみればドエスの髪型はラムダに斬り落とされる前のローズの髪型にそっくりだった。
「で、ドエスの正体が私ってことに納得してもらえたところで改めて言うけど……どうすんのさこれ!?」
「どうするって言われましても……民が望むのですから、このまま8番に女王になっていただけたら良いかと」
ローズは割と本気で自分は王位に相応しくないと思っているし、民に慕われている8番であれば良い女王になると信頼している。
「良くない! 全然良くない! いきなり女王様やれとか言われても無理だから!」
8番は元農民だ。アルファの役に立つために頑張って様々な知識を付けてきたが、さすがに政治のことはさっぱり分からない。
「言っとくけどドエス派なんて捕虜の処刑が一番の楽しみな狂人の集まりだぞ! もうほとんどカルト宗教のパチモン! あんな連中に国を任せたら芸術の国が蛮族の国になっちゃうよ!」
「それはちょっと……」
芸術の道ではなく魔剣士の道を選んだローズが言えたことではないかもしれないが、故国が蛮族国家呼ばわりされるのはさすがに不本意だ。
「でしょ!? ほら脳みそ裏返して! ここから君が女王に返り咲くストーリー捻り出せ!」
ベータがいれば適任なのだが、いないものは仕方がない。
サブカルチャーに詳しい8番が現実離れした突飛な設定を出し、それを基にローズが整合性を取り、ここに『女王の試練』の脚本が完成した。
◯
「オリアナ王国の民よ。お聞きください」
私は王城のバルコニーでローズと並び立ち、王位禅譲の儀式を見物するべく集まった城の前を埋め尽くす民衆に語りかける。
「私はドエス・ムチウッチと名乗っていました。しかし、それは偽りの名。本当の私は……」
私は勢い良く外した仮面を投げ捨てる。
そして顕になった私の顔を見て民衆がざわつき始める。
それもそのはず。今の私の顔はスライム特殊メイクで作ったローズと全く同じ顔なのだ。
「私はローズ・オリアナ! 父王殺しの苦しみによって引き裂かれし心の闇から生じた、もうひとりのローズ!」
闇ローズとかダークローズとか名乗りたかったのだけれども、なんか格好がつかないからって打ち合わせの時にローズに止められた。
「私はここに王位を奪いに来たのではありません! 私は、私を罰しに来たのです!」
私はスライムソードで細剣を形成してローズに突きつける。
呼応してローズも武器を構える。
「……醜い私。王位は無抵抗で諦めたというのに、自分の命は惜しいのですね」
「いいえ。私も自分は罰を受けるべき存在であると思っています」
観客から「そんなことありません!」と叫ぶ声が聞こえてくる。横目に見ると声の主はメイド姿の若い女性だ。私の仕込みじゃないから普通にローズのお友達かな?
「ならばなぜ抗うのですか?」
「私は父からこの国の未来を託されたのです。新たな王が立ってこの国が良くなるのであれば王位もこの命も喜んで差し出そうと思っていました。ですが……!」
私とローズの剣が衝突する。
「あなたは国ではなく私怨を優先した! そのような者にこの国は託せない!」
私とローズのチャンバラが激しくなっていく。もちろんお互いに手加減してるよ。設定上は力量の同じ自分同士拮抗するって感じだからどっちも無傷のままでも変じゃないし。
「国よりも自分を優先したのはあなたも同じでしょう! 芸術の国に生まれて! それなのに剣の道に進んだあなたが! どれだけ周りに反対されたのか忘れたとは言わせない!」
私の台詞を聞いたローズの動きが鈍り、私の剣がローズの頬を裂いてしまった。ごめん。
「……その通りです」
肯定されちゃった!?
ちょっとちょっと台本と違うんですけど!?
「私を肯定してくれたのはお父様だけでした。ミドガル王国への留学を認めてくださったのも私を守るため。お父様は……ずっと私のことを思って……それなのに私は……」
ローズの目から涙がぽろぽろ流れ出て、やがて彼女は赤子のように泣き始めた。
……ちゃんと泣いてる暇なんてなかったもんね。
ローズの境遇は私が自分の手でアルファ様を殺してしまったようなものだ。私なら発狂してるよ。それなのに泣くだけで抑えてるんだからローズは本当に強い。
その強さに敬意を表するため、私は私の仕事をやり遂げよう。
「オリアナ王国に生きる民よ。今、ここに歴史の真実を明かします」
私はオリアナの民に向けて全てをぶち撒けた。この国の成り立ち。黒い薔薇の正体。ディアボロス教団の関与。ローズのお父さんの苦労。
真実を聞いても大多数の民衆は信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。
教団の思い通りに操られている考える頭のない愚民どもに私は本心から軽蔑の視線を向けて、それから優しい声音でローズに語りかける。
「ねえ、私。ようやく分かりました」
「え……?」
「悪いのは私ではない。悪いのは……お父様ひとりに全てを押し付けてきた、この国だ!」
私はバルコニーから飛び降りて、多めに魔力を込めた剣を民衆に向けて振るった。
当然、私の攻撃はローズによって防がれた。
「何をするんですか!?」
「壊すんですよ! 私がお父様を殺すことになった元凶を!」
「民は無関係でしょう!」
「無関係ではありません! 彼らは無関心だった! だから誰も毒を盛られたお父様の異常に気付かなかった! 見るからに普通じゃなかったのに!」
「それは……ですが民が国王に謁見することなんてそうあるものではありません!」
「そうでしょうね! 会ったこともないのに、何か悪いことがあれば全部国王のせい! 物価が高いのも! 彼女にふられたのも! 親が作る料理が不味いのも! 全部クソ国王の責任なんですって! そしてお父様が亡くなったら、今度は全部クソ王女のせいらしいですよ!」
民衆の何人かが顔を逸らす。言っとくけど今の話、全部実際に私がオリアナ王国で耳にしたものばかりだからな。
「こんなに沢山の人がいたのに、誰もケツハットの悪事に気づかなかったんですよ……お父様は最期までひとりぼっちで戦って、そして……」
「ごめんなさいローズ様!」
民衆の中から誰かの叫び声が聞こえてきた。
人の波をかき分けて最前列まで駆け寄ってきたのは、さっきもローズの味方っぽい発言をしていたメイドの女性だ。
「マーガレット……」
ローズが彼女の名前を呼んだ。やっぱり知り合いみたいだ。
「私はローズ様の苦しみを何も知らずに、沢山酷いことをしてしまいました!」
まるで教会で懺悔するように自らの罪を告白した彼女を皮切りに、民衆が次々に過去のやらかしを叫び始める。
「物価高は王家のせいじゃなかった! 転売目的で買い占める奴がいたせいだったんだ!」
「俺のかーちゃんの飯が不味いのはローズ様のせいじゃねえ! かーちゃんが料理下手なだけで「あんた何言ってんだい?」ひぃっ!?」
「王家は悪くないよ。ホラコが悪いんだよ」
「俺が悪いんだよ……あんたの父親がドエムに嵌められたのは俺のせいだ!」
なんか変なのがいっぱい混ざっていたけど、とりあえずローズに味方する方向で纏まったと見て良さそうだ。
「ふざけるな!」
私はローズの暗黒面として熱い手の平返しを見せてくれた民衆を怒鳴りつける。
「口だけならばどうとでも言える! 騙されないぞ私は!」
そして頑張って最近ようやく習得できた吸血鬼の霧化で姿を消す。どんなに練習しても発動に一分ほどかかるので実戦では使い物にならない技だが、今回のように演出で使うには十分だ。
「ワタシ、オマエラ、ミナゴロシイイイイイイ!」
私と入れ替わりで舞台に投入したのは先日ズルムケが繋げたどことも知れない魔界から現れた、闇の衣を纏った青い肌の魔の者だ。一応捕獲しといたけど見た感じ雑魚みたいだから使い捨てても問題ない。
さあ王を目指す者よ!
自分の心の闇に打ち勝つのだ!
◯
ローズオーマが あらわれた!
8番は みかたのまえに たちはだかり てきからの こうげきを いっしんに うけはじめた。
ローズオーマの こうげき!
つうこんの いちげき!
8番は 998の ダメージを うけた!
◯
8番の聖域はアルファ漬け洗脳とバケモンボールへの閉じ込めという2つの効果を持つ。
これらの効果は独立しているため、洗脳は無効だが閉じ込めは有効という状況が生じうる。
8番が闇ローズ役に任命したどことも知れぬ魔界からの来訪者。上半身がちょっぴりローズに似た容姿の不気味な青い肌の人形で、下半身が鳥籠のようになっているオレンジのドレスを纏ったこの怪物は、実は第3魔界の魔王から力を分け与えられて異界侵略の尖兵として送り出された強力な存在である。
既に他者に支配されているようなものなのでアルファ漬け洗脳を受け付けず、しかし魔王ほどの力はないため閉じ込め効果を破れなかった怪物は、今ここに解き放たれて原住民の駆除という使命のために行動を開始した。
「軍師サディ・ス・トーがやられたぞ!」
出して早々自分の制御下にないと気付いた8番はドエス派の実質的な副リーダーとしての姿になってローズ達を庇い、ローズオーマの強烈な冷気攻撃を受けて氷像になった。
「落ち着け貴様ら!」
軍師サディこと8番が頭部の氷のみ砕いて指示を飛ばす。頑張ったけど他の部分はちょっと時間をかけないと無理そうなので戦闘復帰はできない。
「戦え! ローズ様をお守りしろ!」
「しかし! あれはドエス様です!」
「だからだ! あの方が我々を殺して喜ぶと思うのか!? 誰かを殺してしまう前に終わらせてさしあげるのだ!」
ドエス派は強火のドエス・ムチウッチファン倶楽部みたいなものなので、軍師サディの言葉を受けて誰もが涙を流しながらも覚悟を決めた。
「ローズ様はドエス様の旗をお引き継ぎくだされ!」
「分かりました!」
唐突な要求だがローズは素直に従った。この流れは脚本通りなのだ。ただしローズオーマの暴走は想定外だし、暴走している事実にローズは気付いていない。
ローズがドエス派の者たちから受け取った旗を高く掲げる。すると旗は神の祝福を受けたかのように煌々と輝きを放った。もちろんこれは奇跡でも何でもない。登録された魔力に反応して発光する機能を持ったイータ製のアーティファクトなのだ。
「ローズ様が御旗を掲げたぞ!」
「祝福の輝きだ! 神はローズ様をお認めになられた!」
過酷な戦場で常に自分たちを鼓舞してくれた光の力の後押しを受け、ドエス派の勇士たちが奮起する。
ついでに強烈な光の力でローズオーマを守る闇のバリアも人知れず剥がされた。
「この『不死身神話』ゴルドー・キンメッキの力! 思い知るがいい!」
「おっと! 不死身なのはこいつだけじゃねえぜ! このクイントン様を忘れんな!」
「俺は次がある限り負けない男だあああああ!」
ドエスの3人と呼ばれるドエス派の主力傭兵魔剣士……ゴルドー・キンメッキ、クイントン、そして今年のブシン祭準優勝者であるツギーデ・マッケンジーが、軍師サディの邪悪な秘術『地怨虞』で与えられた4つの心臓による残機を使って最前線で潰れ役となり、ローズオーマの苛烈な攻撃を凌いで攻め立てる。
「今ですローズ様!」
そしてあと一撃加えれば倒せるというタイミングで軍師サディがローズに呼びかけた。
ローズは事前に8番から教わっておいたドエスの必殺技を放つ。
「嗜虐鞭鬼・懲罰龍!」
胴長の龍を象った魔力を鞭のように操って敵にぶつけるこの技はドエスらしい技を考えていた8番がドエス派の傭兵として雇ったゴルドーの『邪神・秒殺・金龍剣』を目撃した際に思い付いたものだ。性質としては色を黒に変えただけでほぼ丸パクリである。
ゴルドーの魔力では龍1体の具現化が限界だが、悪魔憑きをシャドウに治療されて膨大な魔力を得たローズであれば3体同時に具現化できる。
1体目の龍はローズオーマの冷気攻撃で相殺され、2枚目の龍が防御に使われたローズオーマの腕をもぎ取り、3体目の龍がローズオーマの上半身を激しく損壊させた。
「オッ……オオオオオ……! ……マ様……もう……わ……」
余計なことを言う前にようやく復活した軍師サディから分裂した8番がこっそりローズオーマにとどめをさして跡形もなく消滅させる。
ついでにドエスを殺したことになるローズが悪者にならないよう、姿を見せずにドエスの声でひと言添える。
「あり……がとう……」
そして軍師サディが民衆に呼びかける。
「皆聞いたな!? ドエス様は死んだのではない! 苦しみから解放されたのだ!」
ワンポイントの嘘泣きも忘れない。
「ドエス様は……我らが女王様はローズ様によって救われたのだ! ローズ様こそが我らの新たな女王! ローズ様を讃えよ! オール・ハイル・ローズ! オール・ハイル・オリアァァァァナ!」
「オール・ハイル・ローズ!」
「オール・ハイル・オリアナ!」
ここにローズ・オリアナはオリアナ王国の新たな女王として認められ、ドエス派の戦力はそのままオリアナの国軍として召し上げられた。
芸術の国として武力を野蛮なものだと蔑んできたオリアナ王国はドエスによって鍛えられた兵士たちを手に入れたことで急激に軍事力を増した。
これより迎える戦乱の世において『悪虐女王』ローズ・オリアナと『狂元帥』サディ・ス・トー率いるオリアナ軍は侵攻してきた他国の軍勢を勇猛果敢に迎え撃ち、ときにはドエス派だった時の習慣で捕虜への過剰すぎる拷問を行い、やがてオリアナ王国は敵対したベガルタ帝国のプロパガンダにより不本意な異名で呼ばれるようになった。
玩具は人間。
薪も人間。
仕える女王は親殺し。
その名も……『鬼畜異端狂国』オリアナ!
なおオリアナ王国が他国からそんな蔑称で呼ばれていると知ったローズは先祖への申し訳なさで人知れず顔を曇らせたそうだ。
ドエス派は8番に蛮族として教育されて知性を捨て去った人たちなので、設定上の粗が目立つひと晩で考えた茶番劇でもノリと勢いでいい感じに解釈してくれました。
そのせいでオリアナはこんなになっちゃいましたけど、それでもまだかろうじて『芸術』の国を名乗れるはずです。
人体で作品を作る芸術家兼殺人鬼とか創作でもリアルでもたまにいますし。