明後日の金曜日も更新します。
今回は微ホラー・グロ要素ありです。苦手な方はご注意ください。
ミドガル学園で生徒が行方不明になった。
まだ冬休みなので人知れず帰省しただけと思われているようだが、それが教団による誘拐事件であると私はゼータ様に教えていただいた。
悪魔憑きではないはずの学園生を何のために誘拐したのかはまだ分からない。分からないが教団のやることなんて確実にろくなことじゃないので、教団の目論見を防ぐために私は対策を講じた。生徒会長の立場を活用して可能な範囲で学園内の見回りをしたのだ。
それなのに先日また生徒を連れ去られてしまった。学園の広さに対してひとりでは目が届き渡らないせいだ。これで被害者は3人目だ。
むかつく。
腹立つ。
イライラする。
クソがっ!
生徒の誘拐を防げないにしてもせめて教団のクズどもを殺して敵討ちぐらいはしてやりたいと思っているのに、害虫どもは私の前に全然姿を見せない。
私がシャドウガーデンの一員であると知られたわけではないのだろうけれど、それ抜きでもアレクシアを誘拐した奴(名前は忘れた)を半殺しにしたりアイリス王女含むミドガル王国騎士団を半壊させたりしてきたせいで警戒されているのだろう。
あ〜、むかつくむかつくむかつくむかつくぅ!
駄目だアルファニウム欠乏でイライラが収まらない。
喫マフラー……は手元にマフラーないから無理。
仕方ない、せめて指輪で……いや駄目だ指輪もない。
どこのどいつだよマフラーと指輪一緒に持ってった馬鹿は!?
私だよ!
畜生失敗した大規模な戦闘が予想されるからってオリアナに向かう自分に気を遣わなきゃよかった。
もうこうなったらアルファ様に直接お会いしたいんだけど無理ですねそうですね今の状況で学園放置したら職務放棄ですね分かってますよあああああ教団のクズどもが滅べ滅べ滅べ滅べ滅べあああああもうストレスでお胸張り裂けちゃううううう!
などと悶えていると、突然私の身体の中から私のものではない声が聞こえてきた。
「裂いちゃった♡」
そしてしなやかで美しい色白の手が私の胸を正中で左右に裂いて、私に似ているが分裂体ではない角の生えた女性らしき何かがひょっこり顔を出した。
にっこり微笑む角の生えた女性と見つめ合った。
そうかそうか裂いちゃったのか。
「いや待って誰いだだだだだ何これ何これ!? 出ちゃう! 何か出ちゃう!」
裂け目が広がり私の中から色んな何かが飛び出すにつれて失血死する時に似た感じで次第に意識が遠くなり、私の記憶はそこで途切れた。
◯
「あーめんどくせー、まじで。こんな夜中によぉ」
「そう言うなって。例の組織と殺り合うよりは楽なもんだろ」
「……例の組織ってどっちだ?」
「どっちもじゃね?」
夜のミドガル学園校内を生徒でも教師でもない不審な男の4人組が歩いている。
彼らはディアボロス教団フェンリル派の下っ端だ。現在は学生を誘拐する任務を与えられてミドガル学園に侵入したところである。
「そうは言うけどよぉ……最近は夜でも例のアレが見回りしてんだろ?」
「まー確かにあいつはこえーけど、監視役の連中によると今日はまだ寮から出てないみたいだし大丈夫だろ。さっさと標的を捕まえて逃げれば問題ねぇよ」
教団は場当たり的に生徒を誘拐しているわけではない。これは計画的な犯行だ。
魔力の性質がとある人物になるべく近い生徒を見定めて、学園に教師として潜入している教団員が緊急の用事という名目でその生徒を夜の学校に呼び出し、それを下っ端が連れ去る。
標的の選別段階にこそ時間がかかっているが、いざ誘拐を実行する時には一瞬だ。
いかに狂人生徒会長が優秀な魔剣士であっても身体がひとつしかない以上はこの鮮やかな犯行を防ぐのは不可能である。
……ヌチュ。
「そうだといいが……おい待て、何か聞こえなかったか?」
4人の中で最もびびりな男は奇妙な音を聞き逃さなかった。
「いや? お前の気のせいじゃ」
「おい今何かいたぞ!?」
さらに別の男が廊下の端を赤い何かが横切る様子を目撃した。
「警戒態勢!」
隊長から号令がかかり、4人で剣を構えて背中合わせになり四方を警戒する。
しばらくその場に留まって周囲の気配を探るが何もない。
「……このまま進むぞ」
「嘘だろ!? 向こうに何かいたぞ!?」
「びびんな馬鹿。警備員か、あるいは迷い込んだ生徒とかだろ。こっちは4人いんだ、負けやしねえよ」
ちなみに警備員は学園上層部に潜入している教団員がシフトに手を加えてお休み中だ。
さらに生徒会長を警戒して学生寮や校舎周辺に潜み人の出入りを監視している人員からの合図がない以上、生徒の侵入もありえない。
それじゃあいったい何が通り過ぎたんだろうかと考えることなく進んでしまった彼らはおぞましき悪夢の夜に踏み込んだ……んだけど別にモブ教団員が怖がる姿なんて面白くないので省略!
今この学園で何が起きているのか簡単に説明しよう。
まず、シータを裂いて溢れ出たのは1年ほど前にアレクサンドリアで騒動を起こした魔臓鬼たちだ。
まさかの再登場を果たした魔臓鬼たちの目的はアルファに会いに行くために目先の問題をさっさと解決すること。
すなわちミドガル学園で暗躍するディアボロス教団関係者を皆殺しにすることだ。
害虫を完全に駆除しようと思ったら問題となるのは如何にして巣を突き止めるかだ。
そこで魔臓鬼たちは校舎外に潜んでいた警戒担当の教団員を音もなく処理した後、全長数キロメートルにも及ぶ大蛇に似た形態の魔臓が校舎を取り巻くことで物理的に出入りを封じ、他の全員で学園内に閉じ込めた誘拐担当の4匹を生かさず殺さずで追い回した。
ときに鉄格子をガタガタ揺らすだけで破らずにわざと見逃し、ときに集団で姿を見せて動かないと思わせた後でいきなり襲いかかり、ついには最後に生き残った1匹が体液やら何やらを撒き散らしながらなりふり構わずディアボロス教団の拠点……ミドガル学園に重なって存在する聖域への隠された出入り口に駆け込んだことで目論見は成功した。
「あはっ……見ぃつけた♡」
シータ単独の時よりも目は増えたが、それでも目視だけでは広い校舎内で教団員が巣穴に逃げ込む瞬間を見逃さない保証がなかった。
だから魔臓鬼たちを指揮する姫は血の女王がミツゴシ温泉ランドで見せた血の霧による感知を校舎全体に広げて絶えず観測を続けていた。
無事に扉の座標が分かってしまえばあとは簡単。扉が閉ざされていようとも関係ない。力技で押し入り……そして全てを蹂躙する。
なお余談だが教団の標的にされていた生徒は無事ではあるものの、自分を呼び出した教師がいつまでも来ないので帰ろうとした末に魔臓鬼と廊下の曲がり角でかち合った。そのせいで彼女は泡を吹いて失禁、白目をむいて気絶してしまった。
翌日になって保健室のベッドの上で目覚めた彼女は今後の学園生活が悪名高い失禁コンビのように後ろ指を指されるものになると恐れて誰にも何も言わずに学園を去り、二度と戻ってこなかった。
こうしてミドガル学園からまたひとり生徒が行方不明となったのである。
◯
魔人ディアボロスの封印されし右腕を解放するために必要な生贄集めに向かわせていた雑兵が汚物を撒き散らしながら任務を放棄して戻ってきた。
数少ないネームドの部下が出払っているために仕方なくフェンリル自ら出迎えて処分していると、突如として鏡が割れるように空間が破られた。
「おっ、開いてんじゃ~ん♡」
虚空に開いた穴から現れたのはおぞましい姿の化け物の群れと、それらを率いる桜色の髪の女性だ。
聖域に偶然迷い込んだのではなく明らかに敵意を持って侵入してきた様子の連中だ。ディアボロス教団に正面から喧嘩を売る組織なんてこの世には2つしかない。
「……シャドウガーデンか? それとも性教か?」
まあ女性が先頭に立っているので前者だろうとフェンリルは考えた。性教には男しか存在しないのだ。
率いている女以外の明らかに人間じゃない奴らはおそらく生物兵器なのだろう。フェンリル自身の派閥も悪魔憑きを200人ほど使い潰して生物兵器を作ろうとした過去があるのでシャドウガーデンが同じことをしていても不思議には思わなかった。
「これから死ぬ奴に答える必要あるのかにゃー?」
次の瞬間、血液の鏃でフェンリルは穴だらけにされた。
「……この技、吸血鬼か」
穴だらけの死体が消えて、その隣に無傷のフェンリルが現れる。
「しかも真祖級の力だ。血の女王の他にまだ生き残りがいたとはな」
「いっけな〜い、はずしちゃった。でもあんたの予想も的外れだからおあいこだね」
すぐに追撃の鏃が飛んでくるがフェンリルは残像だけ残して既にその場から逃げ出していた。
最初期からラウンズの座を守り続け、遥か昔に『ミドガルの悪鬼』と呼ばれて恐れられたフェンリルは強い。
そして強さ以上に厄介なのは自分の実力に絶対の自信を持っていながらもプライドに拘泥することなく不利を認められる賢明さだ。
フェンリルが相対した敵は以下の通り。
推定吸血鬼の真祖が1体(シータの心臓+肺+血液)……その名も『魔臓血姫』ラングハート!
角の生えた美女に見えるこいつはフェンリルの見立てでは全力で戦っても勝てるか分からないほどの強者だ。ちなみにシータの成長に伴い魔臓も前回の顕現時より強化されており、知能面でもメスガキ程度の言語能力を獲得している。
馬鹿げた大きさの蛇のような化け物が1体(シータの胃〜直腸)……その名も『魔臓王蛇』ディジェスティブ!
デカ過ぎんだろ……と思わず呟きたくなるスケールのこいつは強いだとか弱いだとか以前に剣で戦うような相手じゃない。見掛け倒しの可能性もあるが、試しに挑んで虫けらのように踏み潰されるのは御免だ。
蛇ほどではないが十分にでかい、『赤鬼』とでも呼びたくなるような赤黒い肌の巨人が1体(シータの肝臓+胆嚢+膵臓)……その名も『魔臓恐鬼』フリーホラー!
校舎で教団員を追い回したのは主にこいつだ。おそらく覚醒薬を使用したネームドでなければ相手にならないであろう強さに加えて、とにかく見た目が怖い。怖すぎる。
昼間はともかく夜中には絶対見たくない類だ。
検索してないのにあなたへのおすすめで出てくるのやめろマジで。
悪臭を放つ黄ばんだヘドロのようなもので構成されるスライムに似た化け物が1体(シータの副腎+腎臓+膀胱)……その名も『魔臓粘体』ウロロウーズ!
見たところ直接戦闘に向いた感じではないが、身に纏う汚物には間違いなく毒性があるはずだ。斬り裂いて飛び散った体液に触れたら即死という展開すらあり得る。弱っちいスライムに見えるからといって不用意に近付くべきではないだろう。
蠍の尾、蟷螂の鎌、鍬形虫の大顎など、虫のあらゆる凶器を繋ぎ合わせて作ったような化け物が1体(シータの胸腺+免疫寛容臓)……その名も『魔臓混蟲』パラサイトエンペラー!
普通に強い魔獣なのだろうが、どれか1体選んで戦えるならフェンリルは迷わずこいつを選ぶ。こいつだけは他と比べて明らかに格下だ。怪物ではあるが人間の世界から逸脱してない範囲にいるとフェンリルは評価した。
そして口以外の顔の部品がない量産型感満載の真っ白な人間もどきの『魔臓兵』が千体以上。聖域の外で待機している『魔臓聖母』が今もせっせと新たな魔臓兵を産み落としているため後続がどんどん聖域に入り込んできている。
推定覚醒者級かそれ以上の極めて強力な5体と、おそらくチルドレンのセカンド程度の強さはあると思しき雑兵が千体以上。フェンリル単独では絶対勝てず、それどころか全盛期のフェンリル派の総力で挑んでも負ける可能性が高い。
焦燥を表情に出さないようにしつつも内心必死でフェンリルは全力疾走する。
「逃げんな臆病者ー! それでもキ◯タマついてんのかー! ばーかばーか!」
追跡者の幼稚で下品な挑発を無視してフェンリルは走り続けた。
「見た目ショタのくせに加齢臭出てんぞー!」
「嘘をつくな……ぐあっ!」
この悲鳴は動揺して攻撃を受けたことによるもので、決して試しに嗅いだら臭かったとかではない。
残像による回避を極めたフェンリルの技量に加えて、ラウンズとは気付いていないが見た感じ教団内での地位が高そうだからと生け捕りを念頭に置いている魔臓たちの手加減が重なったことで、負傷しながらもフェンリルは目的地である聖域の最奥に到達した。
「リリ! 今すぐ出て来て奴らを殺せ!」
フェンリルは無策で逃げていたのではない。敵を返り討ちにするための戦略的撤退だったのだ。
フェンリルの呼び出しに応じて光の粒子が形作った存在はゼータに似た容姿の獣人の女性。
彼女こそがこの地にディアボロスの右腕を封印した千年前の英雄……その名も『獣人の英雄』リリ!
いかに英雄であっても1人増えただけでは到底魔臓軍団には対処できない。
しかしこのリリは聖域の力で再現された過去の虚像であり、聖域の魔力が続く限り無限に量産できる存在だ。
数万体のリリが津波のように折り重なって魔臓の軍団に襲いかかった。
「はぁ? ゴキブリみたいにわらわら湧いちゃって……きしょいんですけど!」
ラングハートが血液への干渉を行い、彼女に認識された数百体のリリが一瞬で汚い花火になる。
だが後続がすぐに穴を塞いでしまい、リリ津波は勢いを落とすことなく魔臓軍団を飲み込んだ。
◯
千年前の戦いにおいてリリは英雄一行の回復役だった。
死んでいなければどんな傷でも治せると言われた彼女の魔力治療技術に誇張はなく、欠損部位すら瞬時に生やすその力はシャドウのリカバリーに匹敵した。
そんなリリが回復役らしく直接戦闘に向いていなかったかといえばそんなことはない。
リリは獣人の屈強な肉体に加えて回復能力を応用した凶悪な攻撃手段を有していた。
薬も過剰に投与すれば毒となる。
リリは過剰回復により細胞を破壊する技……いわゆる閃◯裂光拳の使い手だったのだ。
生前はその優しさから閃◯裂光拳の使用を控えていたが、聖域の傀儡となった今のリリに躊躇はない。
リリ津波に飲まれた魔臓兵たちがなすすべなく破壊され、黒い塵となって天に昇っていった。
数と質の暴力に敗れたのは雑兵だけではない。
数体のリリを切り刻んだパラサイトエンペラーがリリ津波に押し潰されて破壊された。最期に苦し紛れで放ったれいとうビームは偶然射線上にいたフェンリルに凍傷を負わせた。
フェンリルは近くにいたリリを呼びつけて治療させた。
津波には津波で対抗と言わんばかりに毒性を持つ体液を大量分泌していたウロロウーズが回復と身体能力によるごり押しで潜航してきたリリに核を発見されて敗れた。最後っ屁で盛大に爆散した毒液はフェンリルにかかった。
フェンリルは近くにいたリリを呼びつけて治療させた。
肝臓の解毒能力で閃◯裂光拳に抵抗して数百体のリリを喰い殺したフリーホラーがついに解毒能力の限界を迎え、それでも肝臓の高い再生能力でしぶとく抗ったが、さらに数百体を喰らってついに力尽きた。こいつが死に際に発した呪詛のこもった断末魔の叫びを聞いたフェンリルは常に視界の端にフリーホラーの顔がちらつく呪いにかかった。
フェンリルは近くにいたリリを呼びつけて治療させたが呪いは解けなかった。
「はぁああぁああぁぁあ!? 畜生の分際でダルい真似すんじゃねーよ!」
しかし最強の魔臓と最長の魔臓はそう簡単にやられない。
数キロメートルの大蛇に人間の拳程度の小さな孔を何個開けたとしても蚊に刺されたようなものだ。
それどころか開けた孔から消化液が噴出して、群がるリリを一瞬で骨すら残さず溶かしてしまう。
「消えぇぇしいぃぃ飛おぉぉべえぇぇ!」
そして最強の魔臓の姫には何人たりとも触れられない。
ラングハートの血液操作は目視せずとも何らかの方法で標的を認識できていれば対象に取れる。血霧の竜巻を起こして迫りくるリリ津波を吹き散らしたラングハートは、追撃で血霧による感知で補足した全てのリリを汚い花火に変えた。その際に運悪く効果範囲にあったフェンリルの右腕も爆散した。
フェンリルは近くにいたリリを呼びつけて治療させようとしたが、その前にディジェスティブの尾の薙ぎ払いを受けて周囲のリリもろとも吹き飛んでいった。範囲攻撃の前に残像なんて無意味なのだ。
「ぐあああああ! リリ! 早く来い! リリィィィィィイイイイイ!」
硝子を割るように弾け飛んだリリたちと違い、ディアボロスの雫で強化されたフェンリルは身体の前半分を潰されながらもかろうじて生きていた。
ネルソンがデルタによって腹に大穴を開けられても生き延びたように、モードレッドが小瓶に詰められた眼球だけになっても外界を認識できたように、フェンリルも全身を完全にすり潰されるぐらいでなければ死なないのだ。
まあ、死なないだけで死ぬほど痛いことに変わりはないのだが。
聖域の端まで吹き飛んでいったフェンリルが最後に全力でリリを呼んだことにより、聖域は千年かけて溜め込んだ魔力を使い果たすまでリリを作り続けた。これで向こう十年はリリを出せても1体ずつが限界だろう。
それだけの代償を支払った甲斐もあって戦況は聖域全体を埋め尽くすほどに溢れたリリ軍団の優位に傾いた。
蚊のひと刺しでも無限に繰り返せば大穴を開けられる。限界を悟ったディジェスティブは残る力を全て消化液の生産に注ぎ込み、自ら派手に爆散して消化液の雨を降らせた。
それから遅れてラングハートも限界を迎える。魔臓のエネルギー源となるアルファへの愛は無限に溢れ出るが、数千万ものリリを汚い花火に変えるために大量放出を続けた結果、ダムが決壊するように身体が自壊し始めたのだ。
「せめて……せめてあんたら全員道連れにしてやる! アイ! ラブ! アル……」
ラングハートは最後に自爆しようとしたのだが、聖域が崩壊するほどの威力で放つと学園も蒸発するからと躊躇して生じた一瞬の隙をつかれ、リリたちに触れられてあえなく崩壊した。
「これで勝ったと……思うなよおおおおおお!」
盛大な負け惜しみを叫んだラングハートは他の魔臓と同じように粒子となって天へと消えた。
○
「……終わった……ゼヒュ……ようだな……ゴボッ」
整った顔面を潰されたままのフェンリルが息も絶え絶えに這いずって戻ってきた。吹き飛んだ後しばらく気絶していたせいでリリに治療を指示できず、その間に近くに出現したリリは全てラングハートの方に向かってしまったので、満身創痍の身体を引きずって自力で戻って来るほかなかったのだ。
「リリ……治療を……」
半死半生だったフェンリルはリリの治療を受けて完全に回復した。
ただし今も視界の端に不気味な顔が見え隠れしている。
「ええい鬱陶しい……! おい、誰かいないのか!」
後始末のために部下を呼び寄せようとしたが、誰も来ない。それもそのはず、運悪く聖域内にいた教団員は巻き添えでとっくに全滅していた。
「クソッ……シャドウガーデンめ。誰に喧嘩を売ったのか必ず思い知らせてや」
まだ数千体は残っていたリリたちがひとり残らず上下からとんでもない力を受けたかのようにプチッと音を立てて潰れた。
「はっ……?」
突然の事態に呆けたフェンリルは上空からの嫌な感じに気付いて天を見上げた。
そこには巨大な門が浮かびあがっていて、扉は既に大きく開かれていた。
そして扉の奧の覗いてはいけない世界を覗いてしまったフェンリルは、燃え上がる桜色の炎の身体を持つ巨大な鳥がこちらを覗き見ていることに気付いた。
ついでに赤い顔の化け物も扉から半分顔を覗かせていたが、こちらはたぶん幻覚だ。
「ミイイィィィナアアァァァゴオオォォォロオオォォォ……死ィィィィィイイイイイ!」
やがて『あちら』から『こちら』に入り込んできた魔鳥……『卍皇魔鳳』ミナゴロ・シータは、その気になればいつでもフェンリルにリリと同じ末路を辿らせることができるにも関わらず、最後にひとり残ったフェンリルだけはあえて殺さずにいる。
それは教団において高い地位にいると思しきフェンリルに苦痛なき死なんてくれてやりたくなかったから……ではない。
「舐めるな! 俺は……私はフェンリル! この世界を支配するナイト・オブ・ラウンズ! その第5席を冠する者!」
さすがというべきか、ここまでやってもフェンリルの心が折れることなく、本来の年老いた姿に戻って数百年かけて積み上げた頂点を自負する剣技で抵抗してみせるが、ミナゴロ・シータは避けもせずに平然と流動する身体で受けてみせた。
視界の端で赤い顔がにたにたとフェンリルを嘲笑っている。
「まだだ! 受けよ剣の頂! 『空蝉の血牙』!」
ワコクの剣客を題材とした人気ナツメ作品の主人公のように9つの斬撃を同時に放つフェンリルの奥義『空蝉の血牙』。
対人なら必殺の技だがこれといって呪い的な効果は宿っていないため流動するミナゴロ・シータの身体を斬ることはできても傷として残ることはなかった。
ミナゴロ・シータは力を溜めている。
赤い顔が「さぁん」と口にする幻聴が聞こえてきた。
「見抜いたぞ! 奇妙な色だがその身体は炎で形作られているようだな! ならば我が剣圧で吹き消えるがいい!」
フェンリルが斬ることよりも剣圧の発生に全力を注いだ一撃がミナゴロ・シータの身体を僅かに揺らした。
だが、それだけだった。
モクモクしてるだけの質量が軽い霧であれば吹き飛んだかもしれないが、シータの愛の炎を吹き消せるのはアルファだけだ。
ミナゴロ・シータが輝き始めた。
「にぃい」
白目を向いた醜悪な赤い顔が口を大きく開いた。口の中から生えた腕がピースを作った。
「聖域よ! 私を外に逃がせ!」
フェンリルが叫んだ。
しかし何も起こらない。
リリの無限召喚による負荷で聖域は機能不全に陥っている。
ミナゴロ・シータがフェンリルに重力をかけて動けなくさせた。
「いぃち」「いち」「いのち」「いっち」「いーち」「いちいち」「逝ぃち」「逝ち」「逝ち」「逝ち」「逝ち」「逝」「逝」「逝」「逝」逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝違逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝逝キスギンイクイクアッアッアッアー!
無限に増殖した赤い顔がフェンリルの視界を埋め尽くし、赤い顔とミナゴロ・シータ以外の何もかもが見えなくなる。
フェンリルはもはや口を開くことすらできない。
わざわざ反撃を許してまでミナゴロ・シータが力を溜めたのはフェンリルに死後の安寧すら与えないためだ。
ミナゴロ・シータの最大火力に焼かれた者は肉体のみならず魂すらも蒸発する。
亡霊となってこの世界にしがみつくこともできない。
魂のみで異世界に逃げることもできない。
天国にも地獄にも輪廻の輪にも、どこにも辿りつくことなくただただ無に帰る。
「お わ り」
フェンリルは墜ちてくる凶星を見つめることしかできなかった。
◯
りかばりー!
一晩明けて目覚めたシータは自分の中身が消え失せていることに気付き、至って冷静にリカバリーをかけた。このくらいの異常事態ならもはやシータにとっては驚くほどのことじゃないのだ。
シャドウ式リカバリーは欠損部位も問題なく生やすことができる。一瞬のうちにシータの中身は元通りとなった。
身体の状態は悲惨なものだったというのに、ぐっすり眠ったおかげか、それとも化け物になって教団の連中を蹂躙する夢を見たおかげか、不思議と久しぶりにストレスのない清々しい目覚めだ。
気分を良くしたシータはなんとなく部屋の窓から外を見た。
雲ひとつない澄み渡った空を、ちょうど昇り始めた朝日が赤く照らしていた。
美しい景色に笑顔のアルファを重ねたシータは、それを肴にコップで水を飲んで「ぷはー」と息を吐いた後、優しく微笑み呟いた。
「今日もいい天気」
◯
「……生き延びた、のか」
シータが眺めているものと同じ景色をフェンリルも見ていた。
正確には景色に不満げな赤い顔が重なって見えているが、とにかくフェンリルは生きて日の出を拝むことができた。
「……なぜだ。なぜ奴は消えたというのに、お前は消えない」
ミナゴロ・シータはフェンリルに衝突する寸前に突如消失した。
フェンリルはあれほど強力な生物兵器なのだから稼働時間に制限でもあったのだろうと予想している。
なお実際はシータが臓器をリカバリーした瞬間にミナゴロ・シータ召喚で使われた魔臓から贄としての価値が失われてしまったせいである。
同様に聖域外で待機していた魔臓聖母と魔臓兵も消滅したのだが、既にかけられた呪いの効果は魔臓が消えた後も永続する。フェンリルが死ぬまでずっとこのままだ。
そのことについて赤い顔は教えてくれない。
「ちっ……忌々しいシャドウガーデンめ」
今回の襲撃はどうにか切り抜けたがシャドウ本人はまだ健在だ。近いうちに再び攻めてくるに違いない。
逃げて身を隠す選択が頭に浮かび、ラウンズとしての矜持がそれを否定した。
ミドガル学園は明日に始業式を行い、明後日には授業を再開する。人が増えるので陰ながら生徒を誘拐するのは難しくなってしまうが、それはつまり犯行を気付かれるリスクさえ容認すれば狙える標的が増えるということ。
ここからは時間との勝負だ。
シャドウガーデンがフェンリルを狩るのが先か。
フェンリルがディアボロスの右腕を解放するのが先か。
ディアボロスの右腕さえ解放してしまえば、教団はすぐにでも完全な雫を作り出すだろう。それによって得た英雄さえ超える力があれば、次はあの恐ろしい鳥の化け物にさえ負けはしない……はずだ。
覚悟を決めたフェンリルは他の拠点から兵を呼び出すべく聖域の連絡機能を使おうとしたが、壊れていたので仕方なく自分で呼びに向かった。しかも表通りを歩けばシャドウガーデンに見つかりかねないため汚らしい地下通路を通ってだ。
そんな無様なフェンリルに付かず離れずの赤い顔は、ふと学園の方向に向かって地上を歩く誰かの魔力を感じ取り、にたりと笑って呟いた。
「ア ト ナ ノ カ」
お漏らししちゃった子を保健室に運んだのは魔臓兵です。
しっかり朝まで護衛してました。
他の生徒に今回の事件はばれていないので学園に残っても大丈夫なのですが、彼女は保健室に運んだ誰かが話を広めると思い込んで遠くの地元に逃げ帰ってしまいました。
ミドガル王都では楽しいゲームと楽しいサーカスが開催予定なのに残念ですね。