シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第56話 ミドガル〜その血の末裔〜

 冬休み明け3日目。

 シータはアレクシアの部屋に軟禁されている。

 

「学園にはしばらく休む許可貰っといたから、怪我人はここで大人しく私の帰りを待ってなさい」

 

 そんな内容の書き置きが残されているが、意識が戻った今となってはすぐにでもリカバリーで復活できる。

 というか既に傷はリカバリー済みだ。

 それなのに大人しくアレクシアの部屋に居座っているのはなぜか。

 

「いいのか? 学園に行くのも任務のうちだろう?」

 

「もう疲れちゃって……全然動けなくてェ……」

 

 ミドガルにいたシータとオリアナに行ったシータとが統合された今のシータは両方の心労を受け継いでいる。

 片やアルファニウム補充手段がない状態でアルファと長期間会えず、片や自室ごとアルファグッズを全損した上で無駄に壮大な無駄な冒険をしてきた。

 リカバリーは身体を治せても精神までは治せないのだ。

 

「今日は私アルファ様セラピーに勤しむから……オリヴィエは適当に時間潰してて」

 

 アルファセラピーとはアロマセラピーの亜種である。アルファの手編みマフラーをひたすらクンカクンカして心を癒す行為を指す。

 アルファセラピー中は周囲のことに一切構っていられなくなるので、シータはオリヴィエに自由行動を許した。

 ちなみに食事代を出してもらう代わりにある程度シータの意向を汲んで動くオリヴィエと違って完全に自由気ままに動いているヌルは不在だ。今頃は学園で誰にも認識されないモブごっこを堪能している。楽しいかそれ?

 

「なら分裂体を貸してくれ」

 

 オリヴィエは霊体のままでも問題なく食事できる。

 しかしその場合は周囲から見ると食べ物が宙に浮かんで虚空に消えていくという怪奇現象を起こしてしまう。

 他にも店員から見えないため注文や支払いができなかったり、気を付けないと食べ物を透過して落としてしまったりと霊体特有の不便が多いため、自由行動の際は実体がある方が好都合なのだ。

 

「それだとその分裂体だけアルファ様セラピー受けられないじゃん」

 

 オリヴィエは食い下がったがシータは決して首を縦に振らなかった。

 結局、明日になったら好きなものを好きなだけ食わせてやるので今日はアルファセラピーで無防備になるシータの護衛をするということで話がついた。

 そういうわけでオリヴィエは廊下側からアレクシアの部屋の扉に寄りかかって時間が経つのを待っている。護衛ならば室内にいるべきなのに廊下で門番をしているのはアルファセラピーを見つめ続けるのが苦痛だったからだ。

 

「んほぉ! おっおっおっ……んんんんん!」

 

「あー! 明日は何を食べようかなぁ!」

 

 扉を隔てても僅かに漏れてくる変態の奇声を掻き消すためにオリヴィエはあえて大声でひとりごとを叫んでいた。

 

「スパゲッティなんていいかもな! アツアツのピッツァも食べたい! ナラの木の薪で焼いた高級な本格マルガリータだ! ポルチーニ茸ものせてもらおう!」

 

 オリヴィエはシータにしか見えず声も聞かれないので何をしていようと誰からも文句は来ない。

 だがここに例外、もとい霊体が存在した。

 廊下を走るなと書かれた張り紙に中指を立て、ドドドドドドドドドドと大きな足音を鳴らして走る彼女の名はクレア・カゲノー。行方不明だったがご覧の通り壮健だ。

 そしてクレアの背後には追従する黒髪の幽霊の姿がある。

 

「なっ……なんで、彼女が……!?」

 

「アウロラ?」

 

 クレアはいつも飄々としているアウロラが初めて見せた怯え顔に驚き足を止めた。

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と謎の吸引音がどこからか響く中、アウロラとオリヴィエが対峙する。

 

「あんたがそんなになるなんて……あの頭がぷっつんした女が何だっていうの!?」

 

 アウロラの視線を辿ったクレアの目には見知らぬ金髪のエルフ女性がくっきりと映っているし、大きなひとりごともしっかり聞こえている。

 対するオリヴィエは今、明日の食事を考えることに夢中でクレアとアウロラを全く眼中に入れていない。

 

「話してる時間はないわ! 借りるわよ! 身体!」

 

「ちょっ、いきなり……」

 

 このアウロラは訳あって悪意を失っているため基本的に人畜無害で穏やかなお姉さんだ。

 だが悪意だけが他者を害するのではない。

 自分が害されるかもしれないという恐怖。

 それこそが他者を害する最大の原動力なのだ。

 アウロラが憑依したクレアの外見が徐々に変化し、ついにはアウロラそのものとなった。

 目の前でそんなことが起きてもオリヴィエは反応しない。彼女は相手から自分が見えていると思っていないのだ。

 頭のおかしい奴が廊下のど真ん中で唐突な演劇を始めたと思い込んでいるオリヴィエは努めてクレアたちを視界に入れないようにした。

 

「今日は厄日だな……」

 

 前方を変人に、後方を変態に囲まれたオリヴィエは溜め息をついた。

 そんな隙だらけのオリヴィエにアウロラは困惑する。

 あのオリヴィエが敵から目を逸らし、無防備な姿で扉に寄りかかっている。

 普通に考えれば油断しているということなのだが……かつて魔人ディアボロスを打倒して伝説となった『エルフの英雄』に限ってそんなことはあり得ない。

 きっと既に強烈なカウンターの準備ができていて、わざと攻撃を誘っているに違いない。

 なんかズズズズズッと謎の重低音まで聞こえてくる……このオリヴィエには得体の知れない『スゴ味』があるッ!

 

「ま……まずい! 何かッ!」

 

 何かあるのは間違いない。

 だが認識されてしまえばもはや逃げられない。

 過去からやって来た恐怖は!

 今ここで打ち砕かなければならない!

 

「何かわからないけどくらいなさいッ!」

 

 アウロラは鉄柵のように太い血の槍をオリヴィエに向けて放った。

 

「!?」

 

「ギャアアアアアアアアアア!?」

 

 避けることも反撃することもせずにオリヴィエが血の槍の直撃を受けて吹き飛んだ。

 バーーーンと扉を突き破りオリヴィエが部屋の中に消えた。

 なぜかオリヴィエではない誰かの悲鳴が響く中、アウロラは呆然として立ち尽くした。

 

「あまりにも……あっけなさ……すぎる」

 

 なぜオリヴィエをこんなにあっさり倒せたのかは分からない。

 だが、ここにある確かな事実を噛み締めてアウロラは手をぐっと握った。

 

「やった! 勝ったわ!」

 

「……誰に勝ったのかしら?」

 

「それはもちろん、あの恐ろしい英雄に……きゃっ!?」

 

 色々あって逃げ出したクレアを追いかけていたアレクシアは見知らぬ黒髪の女性によって自分の部屋の扉が吹き飛ばされる瞬間にちょうど立ち会っていた。

 勝利に酔って油断していたアウロラの横腹に蹴りを入れて、倒れたアウロラの横をすり抜けて自室に突入したアレクシアは、そこで槍か何かで全身28箇所に太い穴を開けられたシタラを目撃した。

 

「シッ……シタラーーーーーッ!」

 

 シタラは目を見開いたままピクリとも動かない。

 アレクシアには魂なんてものは見えないが、目の前のシタラの身体が既に空っぽであると心で理解できてしまった。

 ローズが去り、ナツメが去り、最後にひとり残ってくれた大切な仲間が今、死んでしまったのだ。

 

「……せめて、仇だけでも討つわ」

 

 シタラの死体の手を握り、アレクシアが自分の額にあてた。

 アレクシアの知る限りシャドウの次に強いシタラを殺してのけた相手だ。

 アレクシアが勝てる可能性はほとんどないだろう。

 だが、そんなことは関係ないのだ。

 大切なのは覚悟だ。

 必ず勝つという覚悟だ。

 

「今は亡き親友に誓って! 必ず私が勝利を手向ける!」

 

 アレクシアが覚悟を誓ったその時!

 シタラの指輪がブウウウウンッと輝き出した!

 

「こ、これはッ!」

 

 指輪がシタラの指から外れてアレクシアの目の前に浮かぶ。

 眩しい光を放ちながら指輪に埋め込まれた趣味の悪いピンクのハート型金剛石が円形に変化していく。

 そして光が収まり、アレクシア目に映ったのは……ミドガル王家の紋章!

 透明な金剛石の中に彫刻されている!

 

「呼んでいるッ! 誰かが! 私を!」

 

 衝動のままアレクシアは指輪を自分の指にはめて、頭に浮かんできた呪文を叫んだ。

 

「指揮れ! フレイヤーエムブレム!」

 

 その女……千年前に魔人ディアボロスを討ち取りし英雄の一柱にして、ミドガル王国の礎を築きし者。

 首を噛み千切ったあの日から血筋の関係でシータでは復活させられなかった『人間の英雄』フレイヤ……子孫の覚悟に応えて今ここに新生!

 

「よくぞわたくしを悪しき力より解放してくれました。礼を言いましょう、遠き子孫よ」

 

「あなたは……私の御先祖様、なの?」

 

 信じ難いが、信じてもいいと思えるほどに目の前の幽霊の容姿はアレクシアとそっくりだ。髪型を合わせれば見分けがつかなくなるだろう。

 

「それは……後で話しましょうか」

 

 フレイヤの視線を追って部屋の入り口を見ると、そこに立っていたのはクレア・カゲノーだった。

 

「クレア? あなた、何をして……」

 

「これは試練ね」

 

 クレアが前へと歩きだす。

 

「過去に打ち勝てという試練と私は受け取ったわ」

 

 クレアが一歩進むたびに少しずつその姿が変化して、ついには先程アレクシアが蹴り飛ばした見知らぬ女が現れた。

 

「まさか……クレアの言ってた幽「ディアボロス!」え?」

 

 フレイヤの口から出た名称に驚いてアレクシアが硬直する。

 

「英雄は……バラバラにしてやっても墓石の下からミミズのように這い出てくるのね。驚いたわ。次は『獣人の英雄』でも出てくるのかしら?」

 

「バラバラになって墓石の下にいたのはあなたもでしょう?」

 

 アウロラとフレイヤが火花を散らし、今にも斬り結びそうな張り詰めた雰囲気に包まれる傍らで、アレクシアが待ったをかける。

 

「待って御先祖様! あれは私の仲間の身体よ! 幽霊に身体を奪われてるの!」

 

 クレアが幽霊に取り憑かれていることは本人から聞いたので知っていた。肉体を奪ってくるとまでは言ってなかったが、状況的にそうなのだろうとアレクシアは推測している。

 

「そうですか。それはご愁傷さま」

 

 フレイヤは生前から冷酷と揶揄される程に合理性を優先する性質だった。ディアボロスという強大な脅威を討つためであれば子孫の仲間であろうとも躊躇うことなく犠牲にできる。

 アレクシアの制止を無視してフレイヤが剣を構えてアウロラに突撃し、アウロラは赤い触手を作り出して迎え撃つ。

 

「だめぇぇぇぇぇ!」

 

 英雄は魔人ディアボロスに勝利したから英雄として名を残したのだ。格付けは千年前に完了している。

 クレアに取り憑いた幽霊がフレイヤの言った通りディアボロスだとすれば、このままではシタラに続いてクレアまで死んでしまう。

 そう思って叫んだアレクシアの目の前で信じられない光景が繰り広げられた。

 

「ぴぎゅっ」

 

 フレイヤの剣は赤い触手とぶつかり、呆気なく力負けして叩き潰された。

 

「ご、御先祖ーーーーーッ!」

 

 片やクレアを形代として短時間ながら赤き月の強化が乗った血の女王を圧倒する力を発揮できるアウロラ。

 片や血縁でもない変な奴の骨でできた石を形代としているせいで単独では全く力を発揮できず、アレクシアと気持ちが一致しなかったために装着者を強化して戦ってもらうという現状の正しい戦い方もできなかったフレイヤ。

 真の実力は魂と肉体が一致してこそ出せるものだ。しかし今のフレイヤには魂と釣り合う肉体が欠けている。つまりフレイヤは以前オリヴィエがニューに負けた時と同じ失敗を繰り返してしまったのだ。

 

「こんな……はずでは……」

 

「ああっ! 御先祖様が天に昇っていく!」

 

 ふわーっと浮かんだフレイヤにアレクシアが手を伸ばした。

 アレクシアの手は虚空をすり抜け、フレイヤは間もなくあの世行きとなる瀬戸際だ。

 圧倒的な魔人の力!

 窮地の英雄!

 陰の実力者が乱入するならここしかない!

 

「今だ! 陰空間……いやこっちの方がいいか。『シャドウフィールド』展開!」

 

 全力で戦える隔離空間を作るからと言い訳して今にも突撃しそうなシータを抑えていたヌルが聖域展開を応用した特殊能力を持たない異空間を作り出した。

 

「ちょっと……今度は何だってのよ!?」

 

「これは聖域? ……いえ、ちょっと違う?」

 

 突如見渡す限り漆黒の謎空間に飛ばされた者たちがうろたえる。

 その一方で成仏しつつあったフレイヤの魂が隔離空間から出られなかったためにアレクシアの隣へと戻ってきた。

 

「御先祖様! 助かったのね!」

 

「……どうにか。ですが、まだ脅威は健在です」

 

「それの相手は自分が代わろう」

 

 フレイヤの隣を黄金の風が吹き抜けた。

 

「さっきはよくもやってくれたな! 死ぬところだったぞ!」

 

 黄金の髪をなびかせ風のように駆け抜けた『エルフの英雄』オリヴィエ。

 近頃は不可視と透過能力を活用するために無手の格闘に専念していた彼女が、見えているのであれば関係ないからと『剣』を携えてアウロラに迫る。

 

「というか実際死んだぞ私が!」

 

 その後ろでこっそり死体回収中の変な生物が野次を飛ばした。本来なら転送できていたはずなのにアレクシアが来たせいで放置せざるを得なかったのだ。

 

「シタラ!? あんた生きて……いやおかしいでしょ! あんなに穴だらけだったのに! そもそも私ちゃんと死亡確認したわよ!?」

 

「あー、いや、世の中腹に穴開けられて海にばら撒かれても生きてる人とかいるし」

 

「それ絶対ナツメの小説の話でしょ!」

 

「アレクシア、わたくし見てました。あの穴だらけの死体とこの女は別人です」

 

 上から俯瞰して見ていたフレイヤはシータが死体を吸収する場面までしっかり目撃していた。

 こいつ私の手元にいた時は役立たずだったくせしてよく見てやがる……とシータが舌打ちする。

 

「しょーがないなぁ。種明かしすると私は分裂できまーす。死んでも記憶は他の分裂体に送られまーす。1体でも生き残っていれば死にませーん。なんて、さすがに冗談……」

 

「そう。じゃあ同じ顔が5人いたのはそういうことね。五つ子なんておかしいと思ってたわ」

 

「……ふつーこれこそナツメ先生の小説の話だと思うもんじゃない?」

 

「あんたに限れば普通じゃないから」

 

 シドや七陰がそうであったように、付き合いが長くなってきたアレクシアもこの変人に関しては「そうはならんやろ」ではなく「なっとるやろがい!」の精神で向き合うべきだと学習したのだ。

 

「それよりなんであんたが私の御先祖様が宿った指輪なんてものを持ってんのよ!? ドロボー!」

 

「アレクシアの先祖ぉ? そいつが? 遭遇した場所オリアナなのに?」

 

「わたくしがどこで何をしていようが勝手でしょう? あなたに口出しする権限でもあるのですか?」

 

 口をきけるようになったかと思えばとことん嫌味な幽霊だなぁとシータは辟易した。

 

「わかったよもー! 私の指輪だけ残してどこにでも行くがいいさ!」

 

「あ、無理です。わたくしここから出られませんので」

 

 シータは額に青筋を浮かべた。

 もはやアルファニウムを発さない指輪を取り戻したとして、もれなくこの口うるさい幽霊がついてくるとなれば、それはちょっと割に合わない。

 

「わ、か、っ、た、よ! その指輪はアレクシアに無期限で貸しとくから! そいつが消えたら返して!」

 

 そんな感じで外野が揉めている間にオリヴィエとアウロラの戦いは佳境を迎えていた。

 

「……終わりだ」

 

 片やクレアの魔力が続く短時間しか力を発揮できないアウロラ。

 片や現在の身体に慣れ、徒手格闘ではなく本来の武器である剣で戦い、ミツゴシによって発展した食文化のおかげで生前よりも生きる活力に満ち溢れているオリヴィエ。

 

「どうして……前は、ここまでの差は……」

 

 このオリヴィエには『食欲』がある!

 食事は命の源だ。シータの財布で美味い飯を思う存分に貪ってきた今のオリヴィエは、千年前よりも遥かに強い!

 

「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ!」

 

「ひっ……私の傍に近寄らないでーーーーーッ!」

 

 それでもしばらくはどうにか拮抗していたが、やがて魔力が尽きてアウロラは抵抗する術を失った。

 

「おい、こいつどうするんだ?」

 

 オリヴィエは力なく座り込んだアウロラに反撃する余力がないと見て、首に剣をあてたままシータの判断を仰いだ。

 

「首をはねなさい」

 

「ちょっと御先祖様! だからあれは仲間の身体なんですってば!」

 

 昔のようにオリヴィエが自分に指示を求めたのだと勘違いしたフレイヤが処刑を命じ、それにアレクシアが食ってかかる。

 

「……新入り、お前には聞いてない」

 

「は? どうしましたオリヴィエ? わたくしがわかりませんか?」

 

「なんだお前、自分の知り合いか? すまないが生前のことは覚えていないんだ」

 

 親しい相手からすっかり忘れられた事実に衝撃を受けたフレイヤが絶句する。

 

「……オリヴィエの知り合いで、アレクシアの先祖? もしかして……英雄フレイヤ? 伝説じゃないか……なんでそんな大物がその辺にいたの?」

 

 そういえば初めて遭遇した時も目の前で存在感を放ってたなぁと納得しながら、この後の予定にフレイヤへの質問、あるいは拷問を書き加えて、シータはまず目先の問題から処理していくことにした。

 

「アレクシア、確認するけどあれ誰の身体?」

 

「クレアよ。クレア・カゲノー」

 

「あーやっぱり? 前に見た時はこんなの憑いてなかったんだけど……」

 

 なんてことはない。オリヴィエが憑いてなかったからチャンネルが合わなかっただけだ。

 

「僕みたいにひとりで外出してたんじゃない?」

 

 シータの陰からひょっこり顔を出した犬のようなぬいぐるみのような変な存在に初対面の者たちが三者三様の反応を見せる。

 

「何その変な……犬? あんまり可愛くないわね」

 

「来てもおかしくないとは思っていたけれど……千年見ない間に随分変わったわね、『獣人の英雄』」

 

「まさか! リリなのですか!? どうしてそんな姿に!?」

 

 獣要素があるというだけで的外れなことを言い出した幽霊どもをシータがばっさり切る。

 

「こいつはリリではない」

 

「僕の名前はヌル! 精霊さ!」

 

「まあこいつのことはどうでもいいとして……お前だよ『災厄の魔女』。今すぐその身体から出てこい。そうすれば前にいたとこよりも快適な聖域に封じてやる」

 

 本当は安全のために消滅させてしまいたいが、オリヴィエと同じ仕様だとクレアまで死んでしまう。ゆえにシータは『好き好き大好きアルファ様ワールド』でアウロラを封じることに決めた。

 シータに脅迫されたアウロラは大人しくクレアへの憑依をやめた。クレアの姿が元通りとなり、その横に霊体のアウロラが現れる。

 

「よーしよしよしいい子だ。それじゃ、さような……」

 

「待ってシタラ! アウロラを許してあげて!」

 

 意識を取り戻したクレアがアウロラを庇ってシータの前に立ちはだかった。

 

「お姉様……そいつは危険な悪霊ですよ」

 

「知ってるわ。『災厄の魔女』でしょ。調べるの大変だったんだから……ん?」

 

 クレアは思った。自分が苦労してようやく手に入れた情報をなぜシタラが当然のように把握している?

 

「シタラあんた何者?」

 

「えっ?」

 

「そいつシャドウガーデンの下っ端よ」

 

 クレアは共にディアボロス教団と戦うと誓ったアレクシアの新たな仲間だ。情報の共有は当然だ。

 それにしたってもう少しタイミング選べただろうという話ではあるが。

 

「ちょっ!?」

 

 自分が上、ディアボロスが下だと思っていたようだが……お前が下だ! シータッ!

 流れが変わったその瞬間、ヌルの悪ノリでフィールド内に法廷が出現した。

 

「うわちょっと何これ!?」

 

 被告人席に立たされたシータの身体を陰が覆い、拘束衣となる。

 

「うぷぷ……せーしゅくに! これから陰裁判を始めます」

 

 何かの黒幕気取りのヌル裁判長が机をバンバン叩いて大きな音を鳴らす。

 

「それじゃあ検察のクレアちゃんは被告人の罪状を読み上げてね」

 

 検察役のクレアは完全にフィールドの魔力に飲まれている。この異常な状況に疑問を抱くことなく机をバンバン叩いてシータを糾弾する。

 

「被告人は私に重大な隠し事をしていました! 死刑を求刑します!」

 

「それだけで死刑!?」

 

 ヌルが机をバンバン叩く。

 

「被告人は黙りなさーい」

 

 陰がシータの口元を覆って口枷となる。

 

「うー! うー!」

 

「そのうーうー言うのをやめなさい。続いて弁護士のオリヴィエちゃん、どうぞ」

 

「被告人は私に食べ物をくれる善良なエルフだ。罪など犯すはずがない。ゆえに死刑は不当! 無罪以外ありえない!」

 

「お、おいいぇ(お、オリヴィエ)……」

 

「それなら私が何か食わせてやるからこっちに付きなさい」

 

「前言を撤回する。被告人は死刑だ!」

 

 オリヴィエは思考汚染に抵抗できているが、シータは死んでも生き返ると知っているので、クレアに味方して食べ物を貰った方がいいと判断した。

 

「おいいぇ(オリヴィエ)ーーーーーッ!」

 

「それじゃあ最後に傍聴席の人たち! 異議はあるかな?」

 

 アウロラ、アレクシア、フレイヤが順番に答える。実力的に抵抗できたはずの亡霊2人も宿主経由で思考汚染済みだ。

 

「ない」「ない」「ありません」

 

「あう(ある)! あうおいい(あるよ異議)! いいあい(異議あり)ーーーーーッ!」

 

「うぷぷぷぷぷ! シータちゃんがクロに決まりました! 死刑を開始しまーす!」

 

 その後『シンプルな丸刈りの刑』を受けたシータは、ヌルが机を叩いて奏でる陽気な音楽を背景に、観客5人が仲良く楽しく踊って見守る前で、シータの肉体による制限がなくなって作り出せるようになったアルファの陰人形の手で髪を丸刈りにされた。

 そして偽アルファが耳元でささやいた「ハゲは嫌いよ」の一言でシータは精神崩壊し……再起不能ッ!

 

「陰裁判はこれで終わり! 閉廷! 以上、みんな解散!」

 

 ヌルが展開を終了したことでシャドウフィールドの崩壊が始まり、漆黒の空間に光がさした。

 

「行きましょう! みんな!」

 

 クレアが伸ばした手をアレクシアが掴み、その隣にフレイヤ、オリヴィエ、アウロラと並ぶ。そしてしれっとアウロラの隣にヌルが並んだ。

 

「覚悟は! 暗闇に道を切り開き!」

 

 5人と1匹は声を合わせて高らかに宣言する。

 

「希望は前へ! 進むんだ!」

 

 そして彼女たちは輝く方へと踏み出していった。

 ひとりのハゲを、置き去りにして。

 

          ◯

 

 手短にその後の話をしよう。

 まず、クレアたちが受けた陰空間による思考汚染は翌日の放課後まで持続した。

 それまで仲良くティータイムに興じていた亡霊たちは今更殺し合う気分にはなれず、穏便に停戦協定が結ばれた。

 

「そうだ……御先祖様アウロラのことディアボロスって呼んでたけど、どういうこと?」

 

「……なんのことでしょう。私もオリヴィエと同じように昔のことは覚えていませんので」

 

 アウロラがクレアの身を案じて千年前のことを何も話していないと知ったフレイヤは同様に子孫の安全を考えて口を噤むことにしたようだ。クレアもアレクシアも、全てを知るには明らかに実力が不足している。

 そしてこの日の授業に姿を見せなかったハゲに関しては陰空間の崩壊に巻き込まれた……ということもなく無事に外には出られていたのだが、なぜかイータ印の育毛剤を使っても髪が生えず、1日ずっと自室に閉じこもって治療法を模索していたのである。それでも結局ヌルが呪いを解除するまでハゲっぱなしだったのだが。

 クレアたちの思考汚染が抜け、ハゲがシータに戻る頃、少女たちは再び対面した。

 

「……その、昨日はごめんなさい」

 

「それで、私たちこれから学園の禁書庫に潜入するつもりなんだけど……」

 

「行きません……」

 

「えっ?」

 

「行きません(迫真)!」

 

 こうしてシータはまたしても教団の襲撃を見逃してしまい、オリヴィエはアツアツのピッツァを食べ逃した。




新学期のスケジュール
1日目 始業式、夜にクレア失踪
2日目 夜に犬猫喧嘩(シータ死亡)
3日目 昼にクレア帰還、夜にアレクシアとクレアが手を組む(シータハゲる)
4日目 朝に串刺し死体、夜に司書長(イマココ!)
5日目 休校
6日目 まさにデスゲーム(次回)

この学園ほんと忙しいですね。
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