愛した家族は奪われた。
誇った血筋は絶やされた。
私は寄す処を亡くした迷い猫。
主はそんな私を拾ってくれた恩人。
主は私に全てをくれた。
新しい家。
新しい家族。
そして世界を変えられる力。
私はもう無力な子猫じゃない。
鋭い爪と牙を持つ金色の豹。
私は世界から全てを奪う。
永遠の支配を主に捧げる。
そのために私の手で魔人を復活させる。
それは許されざる大罪。
私は薄汚れた裏切り者。
理解はしている。
それでも私は忘れられない。
私を守る為に死んだ両親。
私のせいで死んだ弟。
その苦痛に満ちた死に顔を。
投げ捨てられた3人の頭部を抱き寄せて無力に慟哭したあの時を。
なにより私は許せない。
アルファ。
ベータ。
ガンマ。
……デルタ。
イプシロン。
イータ。
シータ。
ウィクトーリア。
700人を超えるシャドウガーデンの仲間たち。
その何倍もの救えなかった同胞たち。
罪なき少女たちに涙を流させた。
そんな世界が今も続いている。
誰かが変えなければならない。
それは優しい人ではできないこと。
主も、アルファも、できない……やってはいけないこと。
悪に堕ちるのは私だけでいい。
犠牲になるのは私だけでいい。
だって私はみんなのことが大切で。
主のことが好きだから。
だからどうか……私がいなくなった世界で。
私以外のみんなといつまでも幸せでいてください。
◯
「本当に、それでいいの?」
「……え?」
ゼータが険しい顔で表明した決意に疑問を呈したのは金豹の祖たる獣人の英雄。
「今、リリたちは自分の素直な気持ちを伝えるためにこの舞台に立っています」
「……そうだよ、だから話したじゃないか」
「嘘!」
純真無垢な幼さは時に物事の本質を見抜く。
リリはゼータの本心が別にあると確信していた。
「自分の命を投げ打った人はいても、本当に死にたいと思っていた人なんていません! 悪者になってしまった人はいても、悪者になりたかった人なんていません! リリも! ゼータさんも! 誰だって! どんなに自分が幸せになってはいけないと思ったとしても! 本当は……本当は幸せになりたいはずなんです!」
呆気にとられるゼータをリリが抱き寄せた。
「リリたちは獣人! 本能に従って生きる種族! 叫んでください、ゼータさんの……リリムの想いを!」
「わ、私は……」
ゼータが滴る涙のように少しずつ言葉を紡いだ。
「ガーデンのみんなに……家族に……嫌われたくない……」
ゼータには最初の家族の無念を晴らす責任がある。
「御先祖様の……リリ様の偉業を……穢したくない……」
ゼータには英雄の末裔として世界を正す義務がある。
「彼と……主と……」
ゼータと同じようにシャドウを愛していて、ゼータよりも優秀で、ゼータがいなくなった後でシャドウを託してもいいと思える女性がいる。
彼女はゼータよりも早くシャドウと出会った。
アルファはゼータよりも先にシャドウを好きになった。
でも、そんなの、知ったことじゃない!
「シャドウとつがいになりたい! シャドウを私だけの匂いに染めて、私もシャドウだけの匂いに包まれたい! 百人の子供に囲まれて、今ある平和な世界は私たちの御先祖様が守ったんだよって語ってあげたい!」
「百人でいいんですか!?」
「千人……いや1万人!」
「それじゃまだ世界征服できませんよ!」
「なら百万人……いやもっと! 産めるだけ産む! この世界を私とシャドウの子供で埋め尽くしてやる!」
「そうです! 夢はおっきく!」
「聞き捨てなりませんゼータ様! シャドウ様の御子を懐胎して新世界の聖母となるのは私です!」
さっきまで感動して涙を拭っていたというのに、話の展開に我慢できなくなってウィクトーリアが口を挟んできた。
さらに地の底から重い呪詛の声が聞こえてきた。
「……フザケルナ!」
大地に亀裂が走り、飛び出してきたのは巨大な蛇のような怪物。
その名も『魔臓蛇神』ダー!
「シャドウ様ト【CENSORED】スルノハ、アルファ様ダァァァァァアアアアア!」
ダーの腹が風船のように膨らんだ。消化液を吐いてアルファの恋敵を消し去るつもりなのだ。
「いけない! みなさん、手伝ってください!」
リリの呼び掛けに応えて古の英雄たちがここに具現化する。
「誰だ、我らを呼ぶのは!」
「深く眠りし魂を!」
「呼び覚ます者は!」
剣を掲げる3人の少女が並び立ち、勇ましく名乗りをあげる。
我らは!
「オリヴィエ!」
「フレイヤ!」
「リリ!」
そして光となった英雄たちはゼータの中に吸い込まれた。
「我らが力! 愛しき末裔と共に!」
英雄たちから力を与えられたゼータの身体が金色に光り輝いた。
「私の身体をみんなに貸すよ!」
ハイパー金豹族に変身したゼータが腕のひと振りで迫り来る消化液を吹き飛ばし、さらにダーを輪切りにした。
「さすがですゼータ様!」
「うーむ……これは主人公……ゼータレクイエム……裏切り者認定は早計だったか……」
「いや、まだだ!」
避難していたウィクトーリアとヌルが顔を出そうとしてゼータに制止される。
ダーの断面から這い出てきたシータがゼータと対峙した。彼女は腕に奇妙なアーティファクトを装着している。
「ゼータ様。こうなったら……」
「うん」
いつの間にかゼータの腕にもシータと同じアーティファクトが装着されていた。
「決闘で決着をつけよう!」
シータとゼータ、2人のアーティファクトが駆動音を鳴らして展開された。
「決闘開始の宣言をしろ! 犬ぅ!」
ウィクトーリアから大声で命令されたヌルは渋々従った。
「決闘開始ィィィ!」
「先攻は私です!」
手札を見たシータは「完璧な手札だ」とほくそ笑んだ。
シータの5枚ある手札の内容は『未然融合』、『聖なる障壁』、『蘇生魔法』、『蘇生魔法』、『蘇生魔法』だ。
「私は手札から魔法発動! 『未然融合』! 外部山札の『碧眼の究極金髪龍』を指定し、山札から3枚の『碧眼の金髪龍』を第2の手札に送ります!」
「墓地って言いなよ」
「私の嫁をそんな場所に送れるものですか!」
3枚の『碧眼の金髪龍』を墓地に送ったシータは、続けて『蘇生魔法』を3連続で発動させた。
戦場に降臨した3体の『碧眼の金髪龍』にシータが興奮して奇声をあげる。
「あはははー! すごーい! かっこいいー!」
そしてシータは相手の攻撃を跳ね返す『聖なる障壁』の罠を設置して手番を終了した。先攻は攻撃できないのだ。
「宣言しておきます。私が伏せたのはゼータ様を底知れぬ絶望の淵へ沈めるアルファ様の崇高なる力! ゼータ様に勝ち目はありません! 降参してください!」
シータは『聖なる障壁の舞』を踊ってゼータを挑発した。
「くっ……」
ゼータの山札を引こうとする手が震える。
圧倒的な攻撃力を持つ『碧眼の金髪龍』が3体。
さらには正体不明のアルファの崇高なる力。
今ある5枚の手札でこの盤面をひっくり返すことは不可能なので、全てはこれから引くカードにかかっている。
怖い……勝てる気がしない……!
ゼータは無意識のうちに手のひらを山札の上に乗せそうになっていた。それは決闘における投了の合図だ。
そんなゼータの腕を優しく掴んで止めた者がいた。
「リリ様……」
「大丈夫です。ゼータさんにはリリが……この『獣人の英雄』がついています」
リリはゼータに言い聞かせる。
英雄の決闘は全て必然なのだと。
「リリを信じて!」
「リリ様……うん!」
ゼータの手に力が戻る。
そして彼女は山札の中にたった1枚の勝利に繋がる輝く運命を手繰り寄せた。
「私が引いたのは……『封印されしディアボロス』!」
ゼータの最初の5枚の手札は『封印されし魔人の右腕』、『封印されし魔人の左腕』、『封印されし魔人の右足』、『封印されし魔人の左足』、『救急にゃんこ』だった。
そしてゼータが新たに引いた『封印されしディアボロス』の効果は……5枚のディアボロスの部品が揃った時、決闘に勝利する!
「ディアボロス……だとぉ!?」
ゼータの背後に鎖で封じられた大きな扉が現れた。
鎖が弾け飛び、扉がゆっくりと開いていく。
扉の先には無限に広がる闇と、たくさんの鎖で貫かれて宙に吊り下げられた巨大な右腕があった。
「今ここに封印は解かれた!」
扉の時と同様に右腕を封じていた鎖が砕け散る。
自由になった右腕が動き出し、その掌がシータに照準を合わせた。
「魔人を復活させてなるものか! いけ『赤のアリス〈Q〉』! 打ち首じゃーーー!」
「させるものか! 迎撃してください『フルール・ド・ハゲネス』!」
乱入ペナルティをものともせずに横槍を入れてきたドエス・ムチウッチをウィクトーリアが召喚したカゲノー男爵が止めた。カゲノー男爵は『あのハゲ』と言うだけで誰か分かるほどに名の知れたミドガルでも有数の実力者なのだ。
「シータに攻撃! 『魔人火炎砲〈ディアボロス・フレイム〉』!」
ディアボロスの右腕から放たれた業火が金髪龍や聖なる障壁を消し飛ばしてシータを飲み込んだ。
「いわああああああああああく!」
シータは黒焦げになって死んだ。直後に現れた巨大な手の化け物と皮のない筋肉剥き出しの化け物によってシータの遺体はどこかに持ち去られた。
さらにヌルも化け物たちが転移する瞬間に飛び込んで消えた。
決闘はゼータの勝利に終わり、役目を終えたディアボロスの右腕は光となってどこかに飛び去った。
「やりました! リリたちは勝ちました!」
「あの無駄に強い変態をよくぞ……さすがですゼータ様!」
「うん! 私たち、あのシータに勝ったんだ! これで私は使命を果たせる!」
3人の少女たちが手を絡めて輪になって、回ったり飛び跳ねたりして喜びを分かち合う。
そこでふとゼータは疑問に思った。
私の使命って何だっけ?
この聖域が狂った原因の大部分を占めていた2人が消えたことでゼータは急速に思考汚染から回復しつつあった。
まるで夢から覚めるように、聖域が、微笑むリリが、光となって消えていく。
「あっ……リリ様……」
伸ばした手は誰にも触れることなく虚空を空振り、気付くとゼータは元いた場所に立っていた。
「は? え? いったい何が……」
ウィクトーリアはかなり動揺しているようで、忙しなく周囲を見回している。
「あっ……ゼータ様! あれを!」
ウィクトーリアが何かを発見したらしい。
彼女が示した方向に目を向けると、そこには大きく開かれた扉があって、扉の向こう側には何もなく闇だけが存在している。
「……ディアボロスの右腕が、消えてる?」
「これは……封印が解かれたということなのでしょうか?」
状況がさっぱり理解できなくて立ち尽くすしかないゼータとウィクトーリア。
そんな行き詰まった空気を変えたのは、遺体を吸収して即転移してきた別個体のシータであった。
「申し訳ありませんゼータ様! なんか記憶を見てもまったく状況が分からなかったのですが、とにかく不覚を取ったみたいです! ですがすぐに再戦して今度こそぶっ殺しますので! 敵はどこでしょうか!」
「うるさい! 静かにしろ変態! こちらはそれどころじゃない!」
「なんだと元聖女!」
今にも殴り合いを始めそうな2人の間にゼータが割って入る。
「落ち着きなよ2人とも」
そしてシータに視線を向けたゼータはシータの肩に犬のような変なのが乗っていることに気付いた。
犬のような何かはゼータを見据えて、それからぐっと親指を立てた。
君も陰の実力者だ。
犬のような何かは言葉ではなく視線でそう語ったが、ゼータには伝わらなかった。
わけがわからないのでゼータは無視することにした。
「……とりあえず確認したいことがあるから私たちを女子寮まで転移させてくれる?」
わけのわからない犬のような何かから視線を逸らして、ゼータはシータに命令して女子寮のシータの部屋に転移した。
そしてウィクトーリアにシータを見張らせて、単独でクレアの様子を確認してきた。
「ゼータ様! クレアが目を覚まさないんです!」
学園に潜入させているゼータの配下の少女によると、突然クレアの右手に魔法陣が浮かび上がり、それから昏睡状態に陥ったのだそうだ。
つまり……ディアボロスの右腕は確かに解放されて、今は左腕同様クレア・カゲノーに宿っている。
やったのだ。
やってしまったのだ。
魔人の復活を阻止するというシャドウガーデンの方針に反して、ゼータの計画通りに魔人を解放したのだ。
他ならぬゼータ自身の手で……だと思うんだけどこれ本当にやったの私かなぁ!?
ゼータの情緒はぐちゃぐちゃだった。
既にガーデンへの裏切りを働いたはずなのにその実感が全然わかない。
私はもう薄汚い罪人なんだ……誰が何を言おうと最悪の裏切り者なんだ……そうなる覚悟を決めていたはずなんだ……。
『そんなことはありません! ゼータさんはいい子です!』
自分を悪者だと思い込もうとしているゼータを叱る声がゼータの頭の中で響いた。
「今私に何か言った!?」
「い、いえ、何も……」
『リリはここです! ゼータさんの中にいます!』
「……私もう駄目かも。酷い幻聴が聞こえる」
『えっ!? ゼータさん体調悪いんですか!? それならリリが治します! あっ、でも今は身体が……』
その後、直面した現実を処理しきれず脳が熱暴走を起こしたゼータはひと晩寝込み、その間にウィクトーリアとシータが好き勝手に責任を押し付けあった結果、今回ディアボロスの封印が解かれたのはゼータから排除を任された敵に敗れてしまったシータが悪いということになった。
土下座で謝るシータを前にしたゼータは仲間を裏切っていないことになって安堵している自分に気付き顔を曇らせそうになったが、その度に罪悪感が生み出してしまったらしい『もうひとりの私』が励ましてくるので曇ることすらできなかった。
『まだ病み上がりだから無理しちゃ駄目です! 気持ちが沈んでいると元気になれません! そうだ! リリが元気になる歌を歌いますね! ラララ〜♪』
「あはは……もうひとりの私は歌が上手だなー……はは……今度ミューに診てもらおう」
昏睡状態のクレアの体調管理を任せるために呼び出した医学知識を持つゼータ派のナンバーズ『ミュー』が到着したら精神疾患疑いで診察を受けようと決意したゼータは、そこからさらに数日間寝込んだ。
なお診察結果は『心身ともに至って健康』である。
オシリ○の天空竜は召喚できませんでした。
魔人ディアボロスが代わりに出てきました。