シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第62話 I am your mother.

 平凡な村エルフの女は恋を知って変わった。

 片田舎の森の奥、貨幣文化すらない小さな村で平坦な日々を過ごしていた彼女は、ある日ひとりで森の恵みを採集している時に強力な魔獣に襲われた。

 そんな彼女を救ったのは初対面のハゲだった。

 

「怪我はないかい、お嬢さん」

 

 ダンディな声で手を差し伸べられたその瞬間、ハゲの輝きに魅せられたのか、彼女は恋に落ちてしまった。

 

「あなたの子供を産みたいです。結婚してください」

 

 ハゲの手を両手でがっしり掴んだ彼女は率直に求婚した。

 

「すまない。それは無理だ」

 

 そして即座に振られた。

 

「な……なんで!? 私自分で言うのもなんだけど村一番の美女って言われてるんだよ!?」

 

 彼女の村は過疎が進んでいて若年の女エルフは彼女以外にいなかった。そのため必然的に村一番の称号が転がり込んだのだ。

 ちなみに彼女は不細工ではないが美人と言うほどでもなかった。平凡なようで地味かわいい程度だった。

 

「確かにお嬢さんは美しい女性だ」

 

「なら!」

 

「だが俺は既婚者だ。子供もひとりいる。君の気持ちには応えられない」

 

 この場ではわざわざ口に出さなかったがハゲは浮気をしたら嫁に殺されることを確信していた。

 だからハゲは曖昧な言い回しで期待を持たせるようなことはせず、はっきりと彼女を振った。

 

「そん、な……」

 

 失恋の痛みで自失状態となった彼女はハゲによって村まで送られた。

 その後すぐにハゲは名乗ることなく去ってしまった。

 どうやらハゲは森に出現した強力な魔獣の討伐が目的だったようで、その用事は既に済んでいた。彼女を襲った魔獣こそがハゲの標的だったのだ。

 彼女がこの広い世界で名前も知らない男をハゲという手がかりだけで見つけ出すのは困難で、彼女がハゲと再会することは叶わなかった。

 ……普通ならそうなるはずだったが、意外なことにハゲは有名人だった。

 どのくらい有名かというとハゲといえばあいつとなる程だった。

 ハゲは村や街どころか国で一番有名なハゲだった。

 

「おお、あのハゲのことならよく知っておるわい」

 

 彼女は知らなかったがハゲは村がある森を含めた周辺地域を治めている貴族家の当主だったようで、村長はハゲのことを知っていた。

 ハゲは何もない村を気遣って納税義務を免除してくれているのみならず、時々森の魔獣を駆除してくれている立派で善良なハゲなのだという。

 彼女はますますハゲへの憧憬を強めた。

 

「私、あの時は魔獣に襲われた恐怖で口が聞けなくなってたでしょ?」

 

 真実は違うがそういうことになっていた。

 

「あのハゲにちゃんとお礼を伝えに行きたいの」

 

 そういう名目で村長からハゲの住所を聞き出した彼女はその足でハゲの家に向かった。

 

「このハゲェェェェェ!」

 

 森の獣から身を守るために身に着けた気配遮断能力を使って屋敷に忍び込んだ彼女は絶賛夫婦喧嘩中のハゲを発見した。

 ……まあ正確には一方的にハゲがやられていたので喧嘩として成立していなかったのだが。

 ハゲを鬼嫁の暴威から守らねばと頭では思っているのに、ハゲですら勝てない鬼嫁に自分が勝てるわけないと判断した本能が彼女の身体を縫い付けた。

 結局、その日の彼女は陰からハゲを見守るだけで泣く泣く引き下がることになった。

 村に逃げ帰った彼女は考えた。

 どうすればあの鬼嫁からハゲを奪えるだろうか。

 理知的なエルフという種族らしからぬ一般獣人級のおバカだった彼女は単純に考えて鬼嫁よりも強くなればいいという脳筋な結論に達した。

 彼女は鍛えた。

 鍛え過ぎた。

 修行開始からおよそ1年後、増やし過ぎた魔力を暴走させた彼女は悪魔憑きを発症した。

 

「そんちょー! なんか変な痣出たー!」

 

 彼女の顔に出た痣を見た村長は青褪めた。

 

「お前それ死ぬやつじゃぞ!」

 

「えええええ〜〜〜〜〜!」

 

「あんまり詳しくないけど、確か25歳になったら死ぬ!」

 

 村の誰も悪魔憑きについてよく知らなかった。

 おかげで彼女が迫害されることはなかったが、不正確な余命宣告は彼女を酷く焦らせた。

 

「あと1年しかないじゃん!?」

 

 それでも子供を宿してから出産するまでの期間は約40週間だから今すぐ孕めばぎりぎり産める!

 彼女は即断即決でハゲの家に突撃した。

 何が何でも鬼嫁からハゲを救って、そのまま押し倒すと心に決めていた。

 しかし、そこで見たものは鬼嫁に虐められるハゲではなかった。

 

「男の子ならシド。女の子ならシタというのはどうだ?」

 

「気が早いわね。予定日はまだまだ先なのに」

 

「ははは、待ち遠しくてな。ほらクレア、ここに君の弟か妹がいるんだぞ」

 

「はげー?」

 

「いや、ハゲでは……生まれた直後はみんなハゲか?」

 

「ハゲじゃないわ。薄いだけよ」

 

 家族と寄り添うハゲは確かな幸福を噛み締めていた。

 惚れた相手が自分以外の誰かと一緒にいる方が幸せになれるのだと確信した。

 そんな状況に陥った時、彼女は涙と鼻水は垂れ流しても、呪詛は吐かずに黙って身を引ける女だった。

 そして重い足取りで村に引き返した彼女が見たのは、焼き尽くされた村と、惨殺された村人たちの死体だった。

 

「お頭! 女が1匹残ってましたぜ!」

 

「隠れてやがったのか。ジジババしかいねえのかと思ったぜ」

 

 村に惨劇をもたらした盗賊たちと彼女は戦った。

 1年かけて鍛えた彼女の実力であれば盗賊を返り討ちにできたはずだった。

 しかし気落ちしたせいか急激に病気が進行していたことで身体が思うように動かなかった彼女は異様に強い盗賊団の首領に敗れた。

 

「ちっ……ブシン祭本戦出場者を殺したことがあるこの俺をてこずらせるとは大した女だ」

 

「クソ野郎……地獄に……落ちろ……」

 

 盗賊団は首領以外の全員が死んでしまったので、元から大して美人でもない上に顔に醜い痣まである女を抱く気分になれなかった首領は彼女に何もすることなく金に換えることを選んだ。

 

「生憎だが地獄に落ちるのはお前だぜ。俺はお前に何もしねぇ……だがお前を買い取る奴はそうでもねぇだろうよ。お前に殺された俺の部下共が浮かばれるように最低の変態に売ってやるから、まぁせいぜい頑張れや」

 

 そして首領が選んだのはこの国の裏社会で最も奴隷の扱いが悪い連中として知られる悪徳貴族たちの組織だった。

 生きながらにしてこの世の地獄に叩き落とされた彼女はいつか白馬に乗ったハゲが助けに来てくれると信じて待ち続けたが……今度こそ彼女がハゲと再会することは叶わなかった。

 

          ◯

 

 高い建物の屋上からシャドウ様がミドガル王都の高級住宅街を見下ろしている。

 私はシャドウ様の思考の妨げとならないよう背後から静かに接近したのだが、当然のようにシャドウ様に気取られた。

 

「来たか」

 

「はっ。8番以下兵30人、参上いたしました」

 

 ミドガル王国に巣食う害虫、十三の夜剣の駆除はいよいよ大詰め。

 シャドウ様の視線の先にある無駄にでかい屋敷に残りの夜剣メンバーが集まっているらしく、その処理にあたって私たちガーデンの兵はシャドウ様から任務を与えられることになった。

 任務の内容は夜剣が資金力に物を言わせて集めた百人を超える傭兵魔剣士への対処……ではない。

 

「見ろ」

 

 シャドウ様は地面にそのまま置かれている大きな壺を指し示した。

 

「それは2億ゼニーの価値があるとされる壺のレプリカだ。レプリカ故に大した価値のないものだが……あの屋敷にこれより価値のあるものは存在すると思うか?」

 

「それは……おそらく肥やした私腹の内に腐るほど溜め込んでいることでしょう」

 

 私の返答を聞いたシャドウ様は嘲るように口元を吊り上げた。

 

「これより我らは義賊となる」

 

「狙いは?」

 

「全てだ。奴らの持つ全てを奪い、かつて我らの拠点だったあの廃村に隠せ。後で我が回収に向かう」

 

「かしこまりました」

 

「いいか? 全てだぞ? 真に価値のあるものは一見して価値のありそうな無価値なものの中に隠されている。その判別は我でなければ荷が重い。故に何も考えずに全てを運び出すのだ」

 

「はい。塵ひとつ残さず奪い去ります」

 

「……いや、その壺だけは残していけ。奴らには相応しい品だ」

 

「ではそのように」

 

 それからシャドウ様は屋上から飛び降りて敵地へと向かわれた。

 

「私たちはちょっと待ってから行こうね。すぐ追いかけてもシャドウ様の戦いの邪魔にしかならないから」

 

 調査では屋敷の地下に奴隷同士を殺し合わせて見世物にするための闘技場があるらしく、おそらくシャドウ様と夜剣との決戦はそこで行われると予想されているが、もしかしたら屋敷の方にも戦火が及ぶかもしれない。

 そうなると物品の回収作業に着手する私たちはシャドウ様の邪魔になりかねないので、しばらく待って屋敷の方では戦闘音が聞こえないことを確認してから作業を開始するつもりだ。

 その時間を利用して私はシャドウ様の意図を理解できていない仲間たちの疑問に答えることにした。

 

「義賊ってことは夜剣の財産を民衆に配ることでテロ組織扱いされているガーデンの名声を高めるつもりなんでしょうか?」

 

「いや、おそらく義賊を名乗ったのは私たちが自分たちをこそ泥などと卑下しないで済むよう気遣ってくださったんだと思う。仮に奴らの財産を民衆に還元するにしてもガーデンの名前は出さないだろうし、そもそもシャドウ様の本命は金銭的な価値の高いものじゃない気がする」

 

 シャドウ様は必要があればミツゴシの資産を自由に使える御方だ。金に魅力なんて毛の先ほども感じないだろう。

 

「陰の叡智に『木を隠すなら森の中』という格言があるんだけどさ、これによると本当に大切なものを隠す一番の方法は大量の類似品の中に紛れ込ませることなんだって。だから今回の指示に隠されたシャドウ様の真意はこちらの狙いを教団に察知されないようにわざと他の余計なものも持ち去るってことなんだと思う」

 

「なるほど……シャドウ様の本命ってどんなものなんでしょう?」

 

「それは私にもまだ分からないかなぁ。でもそれでいいんだよ。必要なことなら教えてくださるし、まだ教えてくださらないなら今は知らなくていいってことなんだから」

 

 いつぞやの偽札事件なんかもそうだった。あれはシャドウ様がガーデン側に計画をぎりぎりまで隠したからこそ最善の結果に至ったのだ。

 そのせいでアルファ様がとてもお曇りになられたことは不満だが、最終的に最高の笑顔がもたらされたのだから問題はないんだけどその笑顔を見逃したというか見てはいたんだけどその時の私の分裂体が死にかけてたせいでだいぶ視界が霞んでたし写真を残すこともできなかったしもっとしっかり目に焼き付けておきたかった悔しい悔しい悔しい悔しい悔しぃぃぃぃぃいいいいい!

 

「……さん? 8番さーん!」

 

「っは!? あー、ごめんごめん、ちょっと考え事してた。とにかく私たち一兵卒は言われた通りのことやってればそれでいいってことで! はい、他に質問ある子いるー?」

 

「えっと……その壺だけ残していけとのことでしたが、それにはどんな意味があるんでしょうか?」

 

 この壺はとても高そうな見た目なのに実際は大した価値のない残念なものだ。

 シャドウ様はこの壺を夜剣に相応しい品だと言っていた。これに関しては深読みする必要はなく、そのままの意味なのだろう。

 

「これまでのトランプと同じでジャック・ザ・リッパーから世間へのメッセージだろうね。こいつらは高級品で着飾った高位の貴族だけど実際には無価値なゴミですよってところかな。贋作を売ることは犯罪だから、夜剣の奴らが罪人だってことも示してるのかも」

 

 アルファ様のように頭のいい人はもっと色々と読み取るのかもしれないけれど、私ではこのくらいが限界だ。

 

「他に質問ある? なければそろそろ行っちゃおっか!」

 

          ◯

 

 屋敷は騎士団に囲まれていたが私たちにかかれば侵入は容易だった。

 敵は予定通り全てシャドウ様に引き付けられたようで屋敷内には誰もいない。

 

「外にいる騎士団に気付かれないように、慌てず騒がず静かにね。それじゃあ作業開始」

 

 ズルムケに能力でカゲノー領の廃村に繋がるワープゲートを作らせて、仲間たちと協力して屋敷内の全ての物品を運び込んでいく。

 

「なんか引っ越し業者になった気分」

 

「私は働きアリみたいだなって思った」

 

 特に戦闘の必要はないのでみんな気楽に小声で雑談しながら作業を進めている。

 世の中には仕事中の私語に厳しい人もいるけど私は別に気にしない。手が動いているならそれでいい。

 ただし、私語をしない代わりに手も止まってる子にはちゃんと注意する。

 

「こら。さては掃除中にアルバム開いて1日終えるタイプだなー?」

 

「ぎにゃあああっ!?」

 

 私が背後から注意すると、猫系獣人の同僚は尻尾の毛を逆立てて跳び上がった。

 

「あっ……ごめん。敵と勘違いさせちゃった?」

 

「い、いえ……大丈夫です。それより、これなんですけど……」

 

「ん? 何か変なもの見つけたの?」

 

「変っていうか、何というか……」

 

「とりあえず私の方で確認してみるから、君は作業進めてて」

 

 猫系獣人の子が読んでいた資料を預かり、私は彼女を作業に戻らせた。

 気配を消していたわけでもない私の接近に気付けないほど集中してたみたいだけど、あの子は何を読んでたんだ?

 

『エルフ奴隷養殖計画の顛末に関する報告』

 

 ……趣味の悪いことやってんなぁ。

 今日シャドウ様の手で夜剣が裁きを受けることになって良かったとつくづく思うよ。

 それにしても、この計画が軌道に乗ってるとしたら今も苦しんでいる要救助者が大勢いる。早めに助けてやりたいし、この資料の内容は今この場で確認した方が良さそうだ。

 あまりゆっくりしてると部下に示しがつかないので、私は急いで資料を読み進める。

 

『手違いで悪魔憑きのエルフを売り付けられてしまった。聖教や教団に引き渡しても赤字になるため養殖計画の母体に流用した』

 

 こんなところにまで同胞が……悪魔憑きは基本的に聖教か教団が回収しているけど、こういう状況に陥っている場合もあるのか。帰ったら捜索範囲の拡大をアルファ様に進言しないと。

 

『純血のエルフを生産するために牡エルフかその種を調達する算段を付けている間に母体の腹が膨れて妊娠が発覚。下働きの馬鹿共が手を出したのかと思ったが犯人が見つからない。よくよく確認してみると未通のままだった』

 

 ……どゆこと?

 いや、まあ、未通でも妊娠するだけなら可能ではある。膜といっても完全に塞いでるわけじゃないから。

 

『やがて悪魔憑きの進行で母体が肉塊となったにもかかわらず胎児は生存していた。恐ろしさを感じつつも興味本位で観察を続けた。そしてついにその日がやってきた。既に通り道なんて存在しないのにどうするのかと思っていると、奴は自身の手で母の腹を裂いて出てきた。奴が産声を上げた。その声を近くで聞いてしまった者たちは全身の毛が一瞬で抜け落ちて、ありとあらゆる毛穴から血を噴き出して死んだ。即死だった』

 

 マンドレイクかよ!?

 

『下手に殺したら呪われるかもしれない。赤子の形をした得体の知れない何かは早急に買い手を探して破格の値段で売り飛ばした』

 

 ……おい、なんかやばいのが世間に放流されてたみたいなんだけど。いつの話よこれ。

 

『エルフの養殖は危険だと判明したのでこの計画は永久に凍結し、以降は天然物の狩猟に専念する。以上で報告を終了する』

 

 いや、普通のエルフにそんな生態ないから。

 偶然初手で変なの引き当てちゃっただけだから。

 まあでもそのおかげで胸糞悪い計画が凍結されたのは良かった、のか?

 ……あれ、内容的にこれで終わりかと思ったけど、裏面にも続いてる。

 

『これでもう大丈夫なはずだった。だが奴の産声を少しでも聞いてしまった時点で終わりだったらしい。みんな日に日に毛が抜け落ちていく。やがて全ての毛が抜け落ちた同僚は最初に死んだ奴らと同じように出血して死んだ。次は俺の番だ。毛がもうほとんど残ってない。つるつるだ。つるつる。はげはげ。つるつるはげはげ』

 

 おいどうした執筆者!? 何があった!?

 

『つるつるつるつるつるつるつるつ

 るつるつるつるつるつるつるつる

 つるつるつるはげはげはげはげは

 げはげはげはげはげつるつるつる

 つるつるぬるつるつるつるつるつ

 るつるつるつるつるつるつるつる』

 

 ここで止めればよかったのに、私は文章の最後まで目で追ってしまった。

 

『ツ ギ ハ ゲ オ マ エ ダ』

 

 最後の文字は赤黒い血で書かれていた。

 

「あー! 8番隊長さぼってる!」

 

「うひゃぁっ!?」

 

 怪文書に集中していた私は突然の背後からの声にとてもびっくりして、ちょっとちびった。

 でも大丈夫。スライムスーツは布の服と違って液体でも染みない。変形させて液体を隔離すれば気持ち悪い感触もない。良かった、スライムスーツで本当に良かった。

 

「あっ、えっと……大丈夫? 今声かけちゃ駄目だった?」

 

「……あはは、へーきへーき! すぐ作業再開するから許してー!」

 

 笑って誤魔化して私は作業に戻る。

 ……大丈夫だよな? 漏らしたの気付かれてないよな?

 

「ぎにゃあああああっ!?」

 

 今度は何!? 足元の方から悲鳴が聞こえてきたんだけど!?

 ……あっ、またちょっと出ちゃった。

 

「た、隊長、地下に大変なものが!」

 

 慌てた様子で駆け寄ってきたのは最初に怪文書を発見した猫系獣人の子だ。

 さっきの悲鳴もこの子か……変なものばかり見つけちゃって不憫だな。

 私はその子の案内で隠し階段を下りて地下通路に向かった。

 

「うおっ……まじか」

 

 地下通路には大量の人型のものが並んでいる。最初はナツメイトで受注生産しているお高い等身大フィギュアかと思ったが、よく見ると人の剥製だ。エルフも獣人も人間もいるし、性別も年代もばらばらだ。

 人の死体ならば見慣れている私たちでも人の剥製なんてものを見るのは初めてだから超怖い。

 

「……くそっ、最低だ」

 

 人として最低の所業であることは当然として、今の私の状況的にもこの光景は最低だ。膀胱を刺激するようなものを見せないでほしかった。

 ……この人たち動かないよね? もしもそれやられたら今度こそ完全に決壊しちゃうぞ。

 

「この人たち、どうしましょう?」

 

「そりゃあ運び出すしかないでしょう……あー、もしかしたらシャドウ様の本命はこの人たちを弔うことなのかも。あの静かな廃村なら埋葬場所としては最適だし。数が多いからみんなを呼んできて」

 

 私の指示により一緒にいた子がみんなを呼びに行ってしまったので私はこの場でひとりぼっちになった。

 しまった! 私も一緒に戻ればよかった!

 やばいやばい怖い怖い!

 怨霊とか出てこないよな……出てきたらやだから先手打っとくか。

 

「この暗い地の底で無念を抱えて死んだ哀れな者たちよ! 諸君らの無念は我が主にして闇すら塗りつぶす『陰』が晴らしてくれる! だから安心して眠られよ!」

 

 私は手を組んで私の女神様に哀れな魂の救済を祈った。

 

「アイ・ラブ……アルファ様」

 

 眩しい光が暗い地下通路を隈なく照らした。

 よし、これでもう大丈夫だ。

 そう考えて安心した私がなんとなく振り返ると、そこには真っ白な肉塊がそびえ立っていた。

 

「あっ、ああた、なあえ、なあえおひえて」

 

 私は上からも下からも盛大に放水した。

 

          ◯

 

『……ま……』

 

 彼女の耳はとっくの昔に機能を失ったはずなのに、不思議とその声だけは聞き取ることができた。

 

『……さい……い……』

 

 彼女はそれが魂の繋がり故に起きた奇跡なのだと直感で理解した。

 年月を経て摩耗した彼女の記憶は覚束ないが、ハゲと交わる妄想を繰り返しているうちになぜか自分のお腹が膨らんで、神様が哀れな自分にハゲとの子を授けてくれたのだと考えたことがあったような気がする。

 彼女は声の主が自分の子で、声の高さから娘であると確信した。

 そしてどうやら娘も彼女が母親であると気付いているようだ。だって掠れていたけど『ママ。再会できて嬉しい』と言っていたはずだから。

 

『……シ……ド……様……本命……』

 

 彼女は娘が呼んだ名前に聞き覚えがあった。他ならぬハゲが第2子につけようとしていた名前だ。

 なんでいきなりそんなことを話すのかという疑問は置いといて、そのシドを恋愛における本命というのなら、悪者たちの手の内で産み落としてしまったはずの娘は貴族であるシドの近くにいられる状況に置かれているということ。

 ハゲが奴隷として娘を購入した可能性もあるが、ハゲの優しさを考えると悪者たちの手から救い出して、養子として大切に育ててくれたのではないだろうか。いや、きっとそうに違いない。

 

『村……埋葬……』

 

 どうやら娘は彼女の身体を生まれ故郷の村に埋葬してくれるようだ。

 ハゲと同じ墓に入りたいという思いもないわけではないが、彼女は村のみんなも恋愛的な意味ではなく親愛的な意味で大切に思っていたから、村に連れ帰ってくれるというなら嬉しいことだ。

 彼女は娘のために何もできなかったというのに、こんな最高の親孝行をしてくれるなんて、ハゲに似て優しい娘に育ったらしい。

 

『我が主……カゲ……』

 

 カゲノー家! やはり娘はハゲの家に引き取られたのだ!

 この言い方だと養子ではなくシド少年のお付きのメイドといったところか。

 確かに貴族の養子になるよりも現実的だし、何より義理とはいえ兄弟として育つと恋愛対象として意識されにくくなってしまう気がするからメイドの方が好都合だ。

 そして娘の結婚相手がハゲの息子なら……娘の父親はハゲってことになって……実の母親の自分はハゲの伴侶ってことになる!

 そんな結論に達して急速に未練が断ち切られたせいか、彼女は温かい光に包まれて成仏する寸前だった。

 だが待て、これらは全て想像に過ぎない……確認もせずに消えてたまるか!

 気合と根性でこの世にしがみついた彼女は漂白された肉塊に成り果てた自分の死体を執念で動かして娘に問いかけた。

 

「あ、あなた、名前、名前教えて」

 

 口だけでなく目の機能も僅かに復活したらしく、彼女は自分にそっくりの娘の顔を見ることができた。

 死んだはずの母親が動いて呼びかけてきたことに感動したのだろう。娘は涙目になっている。

 何か気の利いた言葉をかけてやりたい気持ちもあったが、残された時間が少ない彼女は質問を繰り返した。

 

「父親に、貰った名前、教えて」

 

『父……それなら……シ……タ……?』

 

 シタ……第2子が女の子ならその名前にするとハゲは言っていた。

 ハゲはいつか成長したシド少年が娘と結婚することを見越していたに違いない。将来の義理の娘だからとその名前を与えたのが動かぬ証拠だ。

 ハゲ公認となれば娘とシドの結婚はほぼ確定と考えていいだろう。

 彼女はハゲと結婚してハゲの子を産むという夢を叶えられなかった。

 だが、娘の……シタのおかげで、彼女の夢は少しだけ形を変えて成就するらしい。

 これでもう、何も思い残すことはない。

 

「ありがとう、シタ……私の、愛しい娘……」

 

『むす……まさかあのマ……ってわた……嘘だぁぁぁぁぁああああああ!』

 

 目の前で母親の死を見てしまったせいだろう。シタの悲痛な叫びが聞こえた。

 ようやく再会できた愛する娘に辛い思いをさせてしまったことを申し訳なく思いながら、彼女の魂は安らかにこの世を去った。

 

          ◯

 

 ……あれ?

 そんちょー?

 みんなも……。

 そっか、シタが私の身体を村に連れて行ってくれたおかげで……。

 ……ごめんね。

 遅れてきたけど私だけ助かってたわけじゃないんだ。

 あの腐れ盗賊どものせいで……えっ、あいつらの親玉も5年くらい前にこっち来たの?

 そんですぐ地獄行き?

 ざまぁ!

 あー、そうそう、あの後あいつに捕まっちゃったの。

 でも心配はいらないよ。

 大変なこともたくさんあったけど、私はちゃんと自分の望みを果たしたから。

 うん、みんなが遠い昔の英雄様から受け継いできた尊い血筋はちゃんと次に繋がったよ。

 大丈夫、無理矢理されたとかじゃないから。

 神様が授けてくれたんだ……え、何言ってんだって?

 私にもわかんないけど実際そうなったの!

 とにかく、私の娘……シタはちゃんと立派に育ってるし、既に相手も見つけてたからもう何も心配ないよ。

 うん、うん……えっ、言い忘れてたことって……おかえりって今更?

 最初に言うことじゃんもう!

 そういうことなら私もひとつ言い忘れてたよ。

 ……ただいま、みんな。

 ずっと待っててくれてありがとう。




【おまけ Q&Aのコーナー】

Q:8番は神様の慈悲でお腹に宿ったんですか?
A:彼女の母親は魔人化によりピッ○ロ大魔王式の生殖能力を発現しました。神様は無関係です。

Q:産声で人が死んだのはなぜですか?
A:母親が最後の力を振り絞って我が子に託した愛の力です。悪意を向けられたら名前を呼んではいけないあの人も返り討ちにできます。ちなみにこの子を買い取って馬車馬のように働かせた村人たちは最低限ちゃんと育ててはいたので発動条件を満たしませんでした。悪魔憑き発症時にはさすがに長い年月で風化して消滅していました。

Q:シャドウの本命とは?
A:もちろんお金。

Q:シャドウはどうして壺だけ置いていけと命じたんですか?
A:価値がない上にホープ家からの盗品なので夜剣に押し付けて処分することにしました。

Q:8番は父親から貰った名前を聞かれて本当は何と答えていましたか?
A:8番にとってアルファは嫁であり母でもあるので、アルファが母ならその伴侶のシャドウが父だと考えて、彼から貰った名前のシータを名乗りました。

Q:猫の子は漏らしましたか?
A:8番よりも大人なので我慢できました。

Q:8番は大人ですか?
A:はい。自称アルファと同い年の8番は実年齢的にシャドウやアルファの1学年下なのでお漏らししたら恥ずかしい年齢であることに変わりありません。
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