「勘違いしないでよね! べ、別に私があんたと一緒に食事したいわけじゃなくて、フレイヤがオリヴィエと話したいっていうから仕方なくよ!」
そんな感じでアレクシアから食事に誘われた私は、大仕事をすっきり終わらせた後なので、息抜きに友人と食事というのも悪くないと思って了承した。
アレクシアは平日のディナーで店を予約したらしく、放課後に学園の寮から馬車で移動するという話だ。服装も制服のままでいいらしい。
「王族のアレクシアが選ぶ店か……期待できそうだな」
「庶務のオリヴィエくーん? 期待するのは結構だけど、まだかなり時間あるからちゃんと仕事に集中しなさーい。陰の叡智、『働かざる者食うべからず』を発動しちゃうぞ?」
午後の実技の授業に出禁となっている私は生徒会の業務で時間を潰した。
「待たせたわね。行くわよ」
早足のアレクシアに先導されて向かった先には既に馬車が来ていた。黒塗りの大きな車両は窓がなくて中が見えない。2匹いる馬もどことなく気品があるような気がする。高級料理店の送迎馬車に相応しい高級感だ。
アレクシアは馬車の扉を優しくノックして、彼女にしては珍しく丁寧な言葉遣いで車内に呼び掛けた。
「連れて来ました」
すると威厳を感じる男性らしき声が返ってきた。
「乗りなさい」
……この馬車乗り合い式なの?
知らない男の人と密閉空間で一緒になるの気まずくてやだなぁ……。
「何突っ立ってんのよ。さっさと乗りなさい」
「いや、私やっぱ走ってくよ。店の場所だけ教えて」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと乗りなさい! あんたが迷惑かけていい人じゃないのよ!」
アレクシアがわざわざ私の背後に回り込んで背中をぐいぐい押してきた。
確かにこうしている間にも馬車の出発が遅れて車内の見知らぬ人に迷惑をかけている。
それは良くないことだと思うので、私は不本意ながら車内に乗り込んだ。まあ、店は王都内にあるはずだし、少しの間の我慢だ。
「お邪魔しまーす」
座席は4人分しかなく、既にひとり赤髪のおじさんが座っている。
車両が大き過ぎると道の幅とか必要な馬の数とかいろんな問題が生じるので、高級な馬車でも意外とこんなものだ。
「相席失礼します」
「……うむ」
私は先客の赤髪おじさんに軽く会釈して正面の席に座った。隣は嫌だし斜め前は後ろから来るアレクシアが座るはずなので他に選択肢がなかった。
……あっ、オリヴィエはおじさんの隣ね。
「相席の前に態度が失礼なのよ馬鹿!」
特に問題ないやり取りだったはずなのに後ろから乗り込んできたアレクシアに頬をつねられた。指先に魔力を込めていたらしく、防御に魔力を回していなかった私は強い痛みを感じた。
「痛い痛い! 魔力込めるのはやり過ぎだって!」
「魔力なしだと私の指が痛くなるでしょうが!」
「……ふっ」
私とアレクシアの騒がしいやり取りを見ていた赤髪おじさんが小さく笑い声を漏らした。
するとアレクシアは私のほっぺをぱっと解放して、赤髪おじさんに深く頭を下げた。
「見苦しい姿を見せてしまいました。申し訳ございません」
「構わぬ。気の置けない良い友人を持ったな。アイリスと違ってお前が学園で友人を作れるか心配だったが、安心した」
「お父様!」
赤髪おじさんの言葉にアレクシアが顔を真っ赤にしている。
口より先に手が出ないなんてアレクシアにしては珍しい反応……というかさっき何て言った?
お父様ってことは……アレクシアの父親ってことだから……このおじさんがミドガル王国の国王ってこと!?
「ちょいちょいちょい! 親同伴!? なんで!?」
私はアレクシアの耳に口を寄せて小声で文句を言った。
友人の親と一緒に食事するってだけでも気まずいのに、それが国王とか料理の味わかんなくなるじゃん!
「それはわたくしが説明しましょう」
アレクシアの指輪から聞こえてきたのは英雄フレイヤの声だ。どうやら指輪から実体を出さずに声だけ出せるらしい。
フレイヤが簡潔に纏めてくれたミドガル王国の事情はこうだ。
シャドウガーデンが何も言ってくれないからミドガル王国はディアボロス教団の要求に従ってオリアナ王国と戦争することになっちゃいそう!
教団よりガーデンの方がいい奴らかもしれないし……場合によってはそっちに付きたいんだけど、話し合おうにもあいつらどこにいるのかわかんないんだよなぁ……。
せや、ひとりだけ身バレしてる間抜けおるやんけ!
いや間抜けって……実際間抜けな理由でバレたから言い返せないけどさぁ、この英雄ちょっと口悪くない?
「この方法を提案したのは御先祖様だが、やると決めたのは私だ。騙したようで悪いとは思うが、我々には時間がない。どうか話だけでもさせてほしい」
「そうは言われましても……娘さんから聞いているかと思いますが、私は末端の一兵卒に過ぎませんので……」
「嘘ね。フレイヤの見立てだとあんたはかなり高位の幹部よ。その根拠は……」
ガーデン内での表向きの立場を理由に会談を断ろうとした私に対して、フレイヤの助言を受けたアレクシアはひと足早く逃げ道を潰すための手を打ってきた。
アレクシアが提示した根拠は大雑把に言うと『やってることが一兵卒の権限を明らかに超えてる』という希望的観測でしかなかったが、そこに『仮に一兵卒にここまで自由にやらせてるとすれば、そんな無秩序極まる組織とは組むに値しない。積極的に敵対するべき』と付け加えられたせいで反論できなくなった。
敵に回ったミドガル王国を滅ぼすこと自体は簡単でも、優しいアルファ様はそれを望んでいない。私の考えなしの行動でミドガル王国と敵対することになってはアルファ様の意に反してしまう。
そこまで読んでこんな言い方をさせたのだとすればフレイヤはアルファ様級の頭脳を持っているのかもしれない。オリヴィエがあんなだから甘く見ていたが、さすがは千年間も名を語り継がれてきた英雄と言ったところか。
私が沈黙すると、アレクシアは酷く驚いた様子で口元を押さえた。
「沈黙は肯定の証だってフレイヤが言ってるけど……ほんとに?」
私は観念した。ここから逆転する方法が思い付かなかったのだ。
「……まあ、実際のところアルファ様への伝書鳩になるくらいはできる立場にいる。とはいえ組織の行動方針を決められる程ではないから、本当に話を伝えるだけしかできないよ」
アレクシアとミドガル王は顔を見合わせて頷き合った。
「そろそろ到着するわ。店を予約したのは本当よ。続きは食事をしながら話しましょう」
◯
店員の少女に案内された個室には瀟洒なドレス姿の先客がいた。
「ようこそ、ミドガル王。話があるのでしょう? 私の右腕を通す必要はないわ。今この場で会談しましょう」
「アルファ様!」
なんでここにいるのかわかんないけど、今日も変わらずお美しい!
「彼女は……まさか……!」
初対面のため目の前の美しい女性が誰なのか確信を持てずにいるミドガル王と違い、アレクシアはリンドブルムでアルファ様の顔を見ている。
「お父様! この女がアルファです!」
アレクシアが「ハメられた!」と叫びたそうな顔で睨んでくるが、私はミドガル親子にハメられただけでハメ返せてなどいない。
どうやったのかは知らないけれど、アルファ様は私の窮地を察知して助けに来てくださったのである。
これもう相思相愛じゃん!
「情報の隠蔽には手を尽くしたはずだが……シャドウガーデンの諜報能力は恐ろしいな」
「今回ばかりは偶然よ。この店はミツゴシ商会の系列店で、ミツゴシ商会はシャドウガーデンのフロント団体だから」
このお店は予約必須の超高級料理店で、支払い能力の確認のためという名目で予約時に客側全員の身元証明が要求される。
そしてアレクシアとミドガル王と私という顔ぶれで食事すると分かった時点でアルファ様はミドガル親子の目論見を見抜き、こうして待ち構えていたのである。
店に着いた時にミツゴシのお店なのは認識してたけど、そっか……私の窮地を察知してくださったわけじゃなかったのか……いや別に気にしてないけど……ほんとだよ?
「……なん……だと……」
ミドガル親子が絶句した。
偽札事件で大商会連合が崩壊した今、ミツゴシ商会はミドガル王国の経済を完全に支配している。
そのミツゴシ商会の正体がシャドウガーデンとなれば、ミドガル王国は喉元にガーデンの刃を突き付けられているも同然だ。
「安心して。だからといってこの国に害を成すようなことはしないわ。私たちの敵はディアボロス教団だけ。あなたたちが教団を選ぶというのなら話は変わるけどね」
「……お父様」
アルファ様の心地良い声で忠告されたアレクシアは不安げにミドガル王を見た。
ミドガル王は身体を震わせて……それから大声で笑い出した。
「ふっ……ははははは! こうなってはもはや教団を選べるはずもあるまい! 私も腹を括るとしよう!」
そしてミドガル王はアルファ様の正面の席に座り、その言葉をはっきりと口にした。
「これより我が国はオリアナ王国同様、シャドウガーデンと協力してディアボロス教団に抗う道を選ぶ」
「お父様……いいんですか? こんな急に……」
ガーデン側の私が言うことではないかもしれないが、確かに国の運命を左右する選択をこんな流れで決めていいのだろうかとは私も思った。
「アレクシア、急ではないのだ。私とて王である前にひとりの人間。娘や我が国の子供たちを幾度も脅かしてきた教団に対して良い感情を持つはずもなかろう。きっかけを求めていただけで、心の内はずっと前から決まっていたのだ」
「お父様……ありがとう、ございます」
アレクシアは嬉しさを隠しきれない様子だ。
私がアルファ様から「あなたのことが大切よ」と言われでもしたら嬉し過ぎて絶頂しちゃうはずなので、アレクシアの気持ちはよくわかる。
「よかったねぇ」
私は笑顔でアレクシアの肩に手を乗せた。
アレクシアは照れ隠しに私の笑顔目掛けて拳を叩き込もうとしてきた。
私は普通によけた。
「よけんな!」
「よけるわ!」
アルファ様とミドガル王は私とアレクシアの言い合いを微笑ましいものを見る目で眺めていた。
「……うちの娘がお世話になっております。乱暴な子ですが、これからも仲良くしてやってください」
「いえ、こちらこそ。どうやらうちの娘と学園で最初に友達になってくれたのがお宅の娘さんだそうで……努力家のいい子だと聞いています」
「アルファ様!?」
「アレクシアもシタラさんの話をよくしていますよ。魔剣士としての目標のひとりだとか」
「お父様!?」
アルファ様(16歳)とミドガル王(たぶん壮年か中年あたり)による保護者目線の話にいたたまれなくなった私とアレクシアはお互いに顔を火照らせて、会談の邪魔になってはいけないからという建前で別室に移動した。
ミドガル王家の奢りで食べるミツゴシの最高級ディナーはとても美味しかった。
◯
これは少し先の未来、降り積もった雪が解けた頃の話だ。
「アレクシア様! またしても『奴ら』が現れました!」
「奴らじゃわからない! どっちの奴ら!?」
「両方です!」
「すぐに向かうわ!」
ミドガル王国がシャドウガーデンと手を組むと決めてから間もなく、ミドガル王国の各都市で『裸魔衍那〈ラーマーヤナ〉』を名乗る全裸の男たちの集団が出没するようになった。
裸魔衍那の指導者は大衆の前で壮絶な死を遂げておきながら奇跡の復活を果たしたオショク・ホワイト伯爵改め『裸魔王〈ラー魔王〉』。
裸魔王があの世で授かった『現世で積んだ罪は脱衣によってのみ解放される』という狂った教えの下に集いし変態たちは、街に現れては人々の服を剥ぎ取り、それ以外は何もしないで去っていく。
人が死ぬわけではないので一見放っておいても問題なさそうに見えるが、変態集団の中には『無法都市の伝説』や『都市国家群の悪鬼』といった超大物魔剣士までもが参加しているため、万が一に備えて騎士団の総力を張り付かせて監視する必要がある……という建前でミドガル王国はオリアナへの出兵を拒否した。
要するに裸魔衍那はシタラの仕込みで、ミドガル王国の対応は予定調和なのだ。
アレクシアがシタラと交流する道を選んだ結果、巡り巡って父であるミドガル王とアルファとの会談が行われ、ミドガル王国はオリアナ王国と戦争しない道に進むことができた。
ありがとうシタラ。あなたは最高の親友よ。
ちょっと前までは本気でそう思えていたのだが、この話はここで終わらなかった。
「何が至教か!? 現し世にもたらされし救いは裸魔王などという胡散臭い輩の教えにあらず! 我らが性教唯一神マラクレスの教え也! アスを鍛えよ!」
その変態たちの存在をアレクシアは父から聞かされていた。
奴らはシャドウガーデンが現れるよりも前から存在し、この世界で初めてディアボロス教団に潰されることなく一大勢力を築き上げることに成功した強大な組織……その名も『性教』!
性教の連中も基本的に全裸なので傍目には裸魔衍那の奴らと区別がつかず、そのせいで自分たちの活動に悪影響が及ぶ可能性を懸念して潰しに動いたのだろう……というのが嫌な顔をしながら変態の思考を推測してくれたフレイヤの見解だ。
性教と裸魔衍那は激しく衝突し、そこに裸魔衍那を監視している騎士団も巻き込まれて、変態集団1と変態集団2と騎士団が過酷な闘争を繰り広げる光景がミドガル全土で日常となってしまった。
「ちょっとシタラ! なんなのよあの性教とかいう奴ら!? あいつらのせいで精神を病んで騎士団を退職する人が続出してるんだけど!」
性教は基本的に人を殺さないが、特定の部位に限定して積極的に危害を加えてくる。
奴らの手にかかった騎士のうち治療して職務に復帰できるのは半分ほどで、四分の一は心的外傷を理由に退職して、残る四分の一は変態の仲間入りをしてしまっている。
「聖教か……私の用意した裸魔衍那を排除してミドガル王国の軍を戦場に引っ張り出すつもりだな。教団とずぶずぶのクソ宗教め」
騎士団に死人を出さないのはオリアナ王国に送り込む騎士を減らさないため。そう言われると性教の不可解なやり方にも納得だ。
「まさか性教がディアボロス教団と繋がってるなんて……」
変態の集団とはいえ世界で初めてディアボロス教団に対抗できた組織という話だったから一目置いていたのに、それが欺瞞だったなんてがっかりだ。
やはり真に教団と戦える組織はシャドウガーデンをおいて他にないらしい。
「信じたくなくても事実だよアレクシア。聖教と教団の関係はかなり根深い。たまに行動原理の違いから衝突して殺し合ってたりもするけど、奴らは基本的に協調して活動してる。表向きは立派な教義を掲げていても、聖教の本質は教団と手を組む邪教なんだ」
「そうだったのね……ん? 立派?」
どうやらシタラは性教のイカれた主張を立派なものとして受け止めているらしい。
……まあ、裸魔衍那とかいう頭のおかしい団体を作り出すような子だから、根本的な部分で感性がおかしいのだろう。
「ガーデンはオリアナ関係で手が足りてないから、そっちは死体兵を増やして対処するね。ワラワラ! 分霊千体追加だぁ!」
シタラが裸魔衍那を増員すれば対抗して性教も増援を送ってきた。
「うっす! ゾオン系ボディビルダーの『淫獣』ヤクタっす! 異教徒のみんなを掘り倒しにきましった!」
「えっ? 敵の幹部っぽいやつが強くて手に負えない? ワラワラ! 分霊3千体追加ぁ! えっ、敵の幹部も追加が来た? 分霊5千体追加ぁ! ……嘘、これでも足りない? 仕方ない、もってくれよ死体の在庫! 分霊1万体追加だぁ!」
そんなことをしているうちに邪教同士の争いはもはや戦争と言える規模に膨れ上がり、ミドガル王国はその渦中に思いっきり巻き込まれた。
オリアナ王国との戦争を回避できたのは間違いなくシタラのおかげだが……ミドガル王国が変態たちの戦場となったのもシタラのせいで間違いなかった。
責任の9割は平凡なテロ組織では面白くないからと言って変態集団の設定を練り上げたシタラにある。普通に服を着たテロリストにしておけば別の変態たちを呼び寄せずに済んだはずなのだ。
「また馬鹿なことやってるなぁと呆れて見ていただけで止めなかったアレクシアにも責任の一端があるのでは?」
「言われなくてもわかってんのよフレイヤ! だからこうして毎日変態共の相手してんでしょうが!」
やはりシタラは親友なんかじゃない。
あんなの悪友で十分だ。
「遅いですよアレクシア!」
「お姉様!」
ミドガル騎士団は総力を上げて変態達に対処している。そのため騎士団の最大戦力であるアイリスも当然のように駆り出されているのだ。
ちなみにアイリスの裏でこそこそ動いてたヘビだかマムシだかは性教に取り込まれたからアレクシアが斬った。
そして新たな紅の騎士団の副団長にはマルコ・グレンジャーが就任した。
それ以来、ちょっとおかしくなってたアイリスは少しずつ昔の優しい姉に戻っている。
「謝罪は不要! 『淫獣』と『都市国家群の悪鬼』が来ています! こちらは最前線で戦える実力者が足りていません! あなたも私と一緒に前に出なさい!」
「はい!」
「今日こそあの変態共を討ち取りますよ!」
色々と文句を言ったけど……まあ、オリアナの罪なき民衆と殺し合うよりは、姉と並び立って変態と戦う今の戦場の方がずっといい。
「マルコがやられた! よくもマルコを!」
「待ちなさいヨロイ! ひとりで前に出ては駄目よ!」
「お姉様! 私がヨロイと一緒に淫獣を抑えます! その隙にマルコの救出を!」
今頃は遠いオリアナの地で戦っているだろう友人の無事を密かに祈りながら、今日もアレクシアは凡人の剣を携えて、騎士と変態が入り乱れる阿鼻叫喚の戦場に身を投じていった。
バカな子が作ったやべー集団もこれで見納めです。