シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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それは おじさんの きんのたま!
ゆうこうに かつようして くれ!
おじさんの きんのたま だからね!

某ゲームで何度もそう言われたので有効活用してみます。


第65話 ニコレッタの知らない世界

「そこまで!」

 

 現在ニューはアレクサンドリアの屋外訓練場で新人たちの実戦訓練を監督しているところだ。

 

「まだやれます!」

 

 新人同士の模擬戦で劣勢だった方の白髪の少女が叫んだ。

 

「駄目よ。既にあなたは魔力が尽きる寸前、このまま戦い続けたら仮に敵を倒せたとしても動けなくなる。実際の戦場でそんな状況に陥れば間違いなく命はないわ」

 

「それでも敵は殺せます! 死ぬまでに奴らを1匹でも多く殺してみせます!」

 

「あなたは勘違いしているようだけど、慢性的に人手不足のガーデンが兵に最も求めているのは任務から生きて帰る能力よ。あなたの教団への怒りは分かるけど、戦場に出たいなら引き際を見極められるようになりなさい。それができなければいつまでも新兵訓練が続くわよ」

 

「ぐぅ……はい」

 

 悔しさを隠しきれない様子の幼く未熟な新兵に与えられた番号は711番。彼女は現在ガーデンで2番目に新しい番号の持ち主だ。

 

「あなたも休憩に入りなさい」

 

「はっ! 失礼いたします!」

 

 711番の訓練相手だった少女はわけあって短期間だが8番の指導を受けた新兵だ。彼女は711番とそれほど番号が離れていないにもかかわらず兵士としての心構えが完成されていて、戦闘力の面でも実践訓練で711番と組ませるには役不足な実力者だった。

 気になることといえばスライムスーツの形状が一般構成員としては特殊なことぐらいで、それも別に規定があるわけではないので問題にはならない。

 あと大技を繰り出すたびに大声で技名を叫ぶのも気になるけど、シャドウガーデンの盟主であるシャドウが割と技名を口にする人だから問題にはできない。

 指導者としての能力にまで秀でているとは、さすがは皆の模範たる8番だ。711番の指導に苦慮している身としては、ぜひとも8番から新兵指導のコツを学びたい。

 思い立って即行動に移したニューは農地で作業中の8番を訪ねた。

 最近の8番は来たるバレンタインに備えて特別なカカオの栽培に着手しているらしい。彼女の農家としての実力はガーデン内でも最上位で、今回もミツゴシ商会にバレンタイン商戦の主力となる新作をもたらしてくれることだろう。

 

「8番、今いいですか?」

 

「ニューさ」

 

「周囲に誰もいないので敬語はいりません」

 

「……ニューちゃん。いいよ。どうしたの?」

 

 ニューが事情を伝えると、話が長くなりそうだからと8番は地面に敷物を広げてお茶とお菓子を用意してくれた。

 

「これ、今作ってる新しい品種のカカオから作ったチョコなんだけど、感想聞いてもいい?」

 

 勧められた新作チョコを口に含んでみると、まるで綿飴のように一瞬で溶けて、上品な甘みが口いっぱいに広がった。

 

「これは……チョコレートとしては初めての食感ですね」

 

 普通のチョコレートはもっとベチャベチャしているものだが、この新作はさらさらしていてまるでココアを飲んだかのような不思議な感じだった。

 

「原理はよく分からないんだけど、温度変化には強いのに唾液がかかるとすぐ溶けちゃうみたい。これもうココア飲めば良くない? ってなりそうで悩んでる。ミツゴシの店員さん視点から見て、これ売れそう?」

 

「需要は十分にあるかと。チョコレートのべたつきが苦手な人もいますから」

 

 口の中にしつこく残らない性質を強みに売り出せば従来品との差別化は可能だろう。

 

「そっか。じゃあ後は味を向上させることに力を入れようかな」

 

「それがいいでしょう」

 

「あと畑ももっと拡大しておくね」

 

「お願いします……ん?」

 

 8番の目線を追って畑の方を向いたニューは少し離れたところに壁で囲われた区画があることに気付いた。

 壁には『危険! 入るな!』とか『生物災害注意!』とか、物騒な警告がこれでもかというくらい沢山貼られている。

 

「あれはいったい?」

 

 ニューが質問すると8番は急に挙動不審となった。

 

「えっ……あっ、あ〜! あれね! あれはその……ちょっと特殊な農薬使ってて、周りの土壌を汚染しないようにとかそんな感じで……」

 

 昔どうだったかは知らないが、現在8番は農業関連の薬剤をイータに頼らず自力で作っている。

 特に成長促進薬『めちゃくちゃノビール』はガーデンの食料事情の要と言っても過言ではなく、これを使うことで農作物の収穫までにかかる時間を最大で二十分の一にまで短縮できるのだ。

 それほどの効果を発揮するにもかかわらず、主に対人で無断投与されるイータ製の劇薬と違って8番が作る薬の安全性は極めて高い。

 なぜかというと理由は単純で、8番には化学的に物質を合成できるほどの頭はなく、すり鉢で草をすり潰すことしかできないためである。天然素材のみで作られたエルフの薬は決して自然を傷つけないのだ。(※イータは例外)

 だから8番がここまで念入りに土壌汚染を気にするなんてニューの知る限りでは初めてのことなのだが……まあ、彼女なら心配はいらないだろう。イータじゃあるまいし。

 

「その話、もう少し詳しく教えていただけませんか?」

 

「な、なんで……? 私何か疑われるようなことしたかな……?」

 

「いえ、別に変な疑いをかけているとかではないんです。イータ様じゃありませんし。ただ後学のためにエルフの調薬技術について聞いておきたいなと」

 

「あ、あはは……ニューちゃんは勤勉だなー。そうだよー、森と共に生きるエルフの薬は完全生体素材由来だから、何か失敗しても土に帰るだけだよー」

 

「キシャァァァァァアアアアア!」

 

 隔離区画の壁の中から化け物じみた金切り声が聞こえてきた。

 

「……」

 

「……」

 

 ニューが無言で見つめると8番は貼り付けた笑顔で固まっていた。

 

「今のは……」

 

「畑を荒らす害獣が入り込んだんじゃないかなー?」

 

「アッ、アッアッアッ……アブバザバァァァ……」

 

「なんか喋ってる気が……」

 

「これはあれだね! 人の声を真似して獲物を誘き寄せる類の魔獣だ! 危険だから一刻も早く駆除しないと! ちょっと締めてくるから待ってて!」

 

「手伝います」

 

「いやいや! いーよ! 大丈夫だよ! お客様にそんなことさせらんないから! お茶飲んで待ってて!」

 

 8番は跳躍して隔離区画の壁を乗り越えた。

 待っているようにと言われても、壁の向こうから聞こえる激しい戦闘音のせいでニューの足はどうしてもそちらに向いてしまう。

 やがて中に入ろうかと悩んで壁の近くをうろうろしていたニューは壁際に置かれた真っ黒なポリタンクを発見した。おそらくこの中に問題の肥料が入っているのだろう。

 

「……シテ……コロシテ……」

 

「駄目に決まってんだろ! バレンタインまでに締めたら鮮度下がんじゃねえか! それまでおとなしく……眠ってろ!」

 

 悪いと思いながらも好奇心でそれに手を伸ばした瞬間、8番が大技を使ったのか壁の向こうから轟音が響いてきた。

 ちょっと驚いたニューは誤ってポリタンクを倒してしまった。

 そして運の悪いことに蓋が緩んでいたらしく、中身が勢いよく飛び出した。

 

「しまっ……!」

 

 慌ててポリタンクを起こしたが時既に遅く、どす黒い謎のドロドロしたものが地面に撒かれてしまった。

 

「お待たせー!」

 

 そこにちょうど8番が戻ってきた。

 

「……ん? あ!」

 

 8番はおろおろしているニューを見ただけで何があったか察したようだ。

 

「ごめんなさい……こぼしてしまいました」

 

 ニューは縮こまって頭を下げた。

 

「いやいや、だいじょぶだから頭上げて!」

 

「ですが、土壌汚染が……」

 

「へーきへーき……ちょっと向こう向いてて」

 

 意図は理解できなかったがニューは言われた通り8番に背を向けた。

 

「はい、処理し終わったからもうあっち戻ろー!」

 

「えっ、もうですか!?」

 

 薬をかけてしまった場所を再び見てみると、そこにあったはずの黒い染みは綺麗さっぱり消失していた。

 

「消えてる……いったいどうやって……」

 

「いいじゃんそんなこと! あっ、お茶冷めてるだろうから入れ直してくるね!」

 

 8番は強引に会話を打ち切って土壌汚染の現場を離れてしまった。

 ひとり残されたニューはもう一度浄化された地面に目を向けた。

 ニューの視線の先には真っ白な石が落ちている。ポリタンクを倒した時に黒い液体と一緒に出てきたはずのものだが、8番は回収しなかったらしい。

 なんとなく気になったニューはほんのり温かいその石を拾い上げて顔に近付けた。

 

「……これは」

 

「お茶持ってきたよ! お話の続きしよ!」

 

「……! 今行きます!」

 

 それからニューは8番に内緒で石を懐に隠した……ということはなく、ちゃんと8番に伝えた。ガーデンでもミツゴシでも、全ての人員はイータを反面教師にして、報告、連絡、相談を徹底するようにと指導されているのだ。

 

「この石、あのポリタンクから出てきたみたいなのですが……」

 

「……胆石? 尿路結石じゃないよな……いやそれにしては大き過ぎ……」

 

「もしかしてあの薬の材料に動物の内臓が?」

 

 別におかしな話ではないし、なんなら石が砕き損なっただけの正しい材料だったとしても驚かない。

 たとえば牛の胆石は薬屋さん垂涎の貴重な品で、人に使える良質な薬の材料となるらしい。

 だからそういったものが農薬の材料に使われても不思議はないだろう。

 

「えっ!? あ、あー、うん、まあそんなとこ……でもその石は薬と無関係に紛れ込んだものだと思うから、その辺に捨てといていいよ」

 

 そうは言われたものの、なぜかその石を捨てていけないような気がしていたニューは改めてそれを懐にしまった。

 

「そんなことより、ニューちゃんの相談事……711番みたいな問題児を指導するコツだけどさ、ああいう子に関しては訓練内容を考える前に、まずどうやって信頼関係を構築するかってとこから考えた方がいいと思うよ。ニューちゃんも覚えがあるでしょ?」

 

「……そうでしたね。私の時も、あなたには苦労をかけました」

 

 恥ずかしいことにガーデンに来たばかりの頃はニューも711番に負けず劣らずの問題児だった。

 

「仕方ないよ。悪魔憑き発症で失った物が多い子ほど荒れちゃうものだから。いいとこのお嬢様だったニューちゃんは普通の人より沢山なくしたもんね」

 

 言われてニューは思い出す。

 かつての自分……侯爵家令嬢のニコレッタ・マルケスは運良くミドガル王国の侯爵家に生まれて、一般人から見たら雲の上の環境で何不自由なく育ち、そこそこイケてる婚約者まで侍らせていた。

 そして悪魔憑きを発症した日、ニコレッタはそれまでに当たり前だった全てを失った。

 

「正直、今でも未練がないとは言えません」

 

 しかしニコレッタはディアボロス教団の存在を知ってしまった。

 この世界は教団が支配する家畜小屋だ。人々は奴らから与えられた餌を貪って自分は幸福であると思い込んでいるが、小屋の壁1枚隔てた向こう側では奴らの気まぐれで多くの人々が屠殺されている。

 

「でも、本当にほんの少しだけです。大部分はあなたが蹴り飛ばしてくれましたから」

 

 そんな家畜の安寧を取り戻したいなどとは思わないし……何より、最も捨て難かった家族への思いは、他ならぬ8番がとんでもない方法で取り去ってくれた。

 

「あー……あれかぁ。あれは若気の至りってやつで……できれば忘れてほしいっていうか……」

 

 しどろもどろになった8番を見てニューは笑ってしまった。

 

「ふふっ……無理です。あんなの一生忘れられるはずがありませんよ」

 

 そしてニューは目を閉じて、かつて8番と一緒に経験した衝撃的過ぎる出来事を思い返した。

 

          ◯

 

 あなたは悪魔憑きを発症して、家族から捨てられた。

 マルケス家は既に娘は病死したと公表して、葬儀まで終わらせてしまった。

 ニコレッタ・マルケスという名の人間はもはやこの世に存在せず、これからは93番として生きていかなければならない。

 そんなことを説明されてすんなり受け入れられる人はほとんどいないだろう。

 

「嘘をつくな! お父様が私を捨てるはずない! お前が私を誘拐したのね!?」

 

「ちょいちょいちょい!? 落ち着きなって……わー!?」

 

 ニコレッタは自分に嘘を吹き込もうとしてきたピンクの髪のメカクレチビに飛びかかった。

 

「私を箱入り娘と思って侮ったようね! マルケス家は代々優秀な魔剣士を輩出してきた家系なのよ!」

 

 ミドガル王家御用達の尋問官や潜入捜査官を代々担ってきたマルケス侯爵家の人間は強い。まだ魔剣士学園入学前であってもマルケス家の技を修めていたニコレッタにはブシン祭の予選で1勝できるかもしれない程度の実力があった。

 しかしニコレッタ以上に弱そうな見た目のチビ……8番には当時既にブシン祭優勝を狙えるほどの実力があった。

 ニコレッタはあっという間に制圧されて、スライムでベッドにがっちり拘束された。

 

「アーティファクト頼りの卑怯者!」

 

「いやぁ……みんな勘違いするけど、これアーティファクトじゃなくてスライムなんだよね。その辺のことも今度教えてあげるけど……そんなことより、ニコレッタちゃんはおうちに帰りたい?」

 

「何よその馴れ馴れしい呼び方!? 家に帰りたいかですって!? 当然じゃない! お父様もお母様も……マルコだって! 私の帰りを心配して待ってる人が沢山いるんだから!」

 

 何としても拘束から抜け出して、目の前のチビを倒して、自分を愛する人たちのもとに帰るのだ。

 そんな覚悟を決めていたのに、8番は思いも寄らないことを言い出した。

 

「よし! じゃあそうしよっか!」

 

「……えっ?」

 

 8番はニコレッタを拘束から解放して、俗に言うお姫様抱っこをしたまま走り出した。

 

「ちょっと!? どこに連れて行くつもりなの!?」

 

「お望み通りマルケス家の屋敷まで連れてってあげるよ。私の足だと1日じゃつかないし、途中で何回か休憩挟むけど許してね。ああ、あと到着まで目隠しもつけさせてもらうね」

 

「それはいいけど……本気なの?」

 

「本気も本気、超本気。君が大切な人たちに受け入れてもらえることを願っているよ」

 

 そして8番は本当にニコレッタをマルケス家の屋敷まで送り届けてくれた。

 

「警備員を昏倒させる必要はあったのかしら? 私がいるんだから見つかっても問題ないのに」

 

「まあ、一応ね。それよりお父さんの部屋はどこかな?」

 

「この時間なら書斎で仕事をしていると思うわ。あっちよ」

 

 書斎の扉を開けると予想通り父はそこにいた。

 

「お父様! ただいま戻りました!」

 

「……ニコレッタ、か?」

 

「はい! ご心配をおかけして申し訳ございませんでした! ですが、ご安心ください! 私は誘拐犯に何もされておりません!」

 

「そうか」

 

 おもむろに椅子から立ち上がった父は、自然な動きで剣を抜いて持ち上げ……それをニコレッタに振り下ろした。

 

「残念だ」

 

「えっ」

 

 何が起きたのか理解する間もなく、ニコレッタの首を目掛けて刃が迫った。

 

「残念は私の言葉だよ……やっぱりこうなった」

 

 それを止めてくれたのは8番だった。

 8番は黒い剣で父の剣を弾き飛ばして、足を払って父を転ばせ、無防備に晒された首筋に剣先を添えた。

 

「お父、様……? どう、して……」

 

 ニューの疑問に答えてくれたのは父ではなく8番だった。

 

「だってもう娘が病死したって公式に声明を出して、葬儀までしちゃったもんね。これでやっぱり生きてましたなんて言ったらマルケス家はこの先ずっと社交界の笑い者だよ。だからニコレッタちゃんにはちゃんと亡き者になっててもらわないと困るんだよね?」

 

 ガーデンの新人のメンタルケアを担当してきた8番は誰よりも『悪魔憑きの娘を捨てた親』の心理に詳しかった。

 これは後で8番から聞いた話だが、学のない平民と違って知識層の貴族は悪魔が人に取り憑いて悪魔憑きを発症させるなどという話を聖教の作り話だと理解している場合が多いらしい。

 それなのにほとんどの貴族は自分の子が悪魔憑きを発症したら容赦なく切り捨ててしまう。

 その理由は心底くだらないもので……彼ら貴族は我が子の命や尊厳を守ることよりも、自分たちの立派な家名に泥を塗らないことの方が大切なのだ。

 平民と違って特別なはずの貴族の血筋から平民と同じように悪魔憑きが出たという話は世間体が悪い。貴族社会はただそれだけの理由で親が子を殺す世界なのだ。

 

「……そんなことで……嘘、ですよね?」

 

「……」

 

 目を閉じた父の沈黙は何よりも雄弁にニコレッタの疑念を肯定していた。

 ニコレッタはそれ以上父を問い詰めようとは思わなかった。

 なぜならニコレッタはとっくの昔に父の心を知っていたのだ。

 自分は誘拐されたのではなく父の手で謎の団体に引き渡されたのだと分かっていたのに、それが悪い夢であったと思い込もうとしていたのだ。

 

「あ、あぁ……」

 

 真実を受け入れたニコレッタの心が二度と元に戻らないほど粉々に砕け散る……その寸前のことであった。

 

「サッカーしようぜ! お前のボールでな!」

 

 8番は父だった人の股間を蹴り上げた。

 そりゃあもう躊躇なく全力で足を振り抜いていた。

 ぷちゅっと何かが潰れる音が聞こえた。

 

「ぎゃああああああああああ!?」

 

 マルケス侯爵はニコレッタが初めて聞くようなとんでもなく情けない悲鳴をあげた。

 

「ちょっ……何して」

 

「私ね、悪魔憑きが治ってるのに自分の子を拒絶するような人たちには必ずこの処置をするようにしてるんだ。だってまた子供作って同じことを繰り返すかもしれないでしょ?」

 

 悪魔憑きは英雄の血筋に発症するものだから、よりにもよって一度子供を捨てた家に限って悪魔憑きの子が産まれやすいのである。

 ニコレッタの前にも何人もの仲間を親と引き合わせて、一度の例外もなく笑顔にできなかった8番は、まだ産まれていない子供たちが不幸にならないよう愚か者たちへの『処置』を徹底していた。

 

「でもさ……私思ったんだよ。こういう人に対しての罰としては、痛みが一瞬過ぎるんじゃないかなって。それで例のあの人に相談したら……ちょうどいい薬を貰えたよ」

 

 8番は謎の薬をマルケス侯爵に無理矢理飲ませた。

 すると痛みに悶え苦しんでいたマルケス侯爵の表情が穏やかになった。

 

「これはとある傑物の種が万が一にも失われないようにと作られた即効性の『キン◯マ』再生薬!」

 

「ゔっ!?」

 

 8番が再びマルケス侯爵の股間のものを蹴り潰した。

 

「実験しようにもうち女の子しかいなくて無理だったからさァッ! 使う機会があったら何回まで再生できるのかデータ取っといてって言われてるんだよォッ!」

 

「おほぉ!?」

 

「だから頑張って最後まで付き合ってよ! 在庫は沢山あるからさァッ!」

 

「ひぎぃ!?」

 

 ニコレッタは8番の拷問をじっと眺めていた。

 尋問官としての訓練を積んだニコレッタでさえもちょっと引くような苛烈過ぎる暴行だったが……その容赦のなさに救われる部分があったのも確かだった。

 

「……もしかしてニコレッタちゃんもやりたい?」

 

 無自覚にそういう顔をしていたらしいニコレッタに8番は愉快な提案をしてくれた。

 

「じゃあせっかくだから勝負しよう! 代わりばんこにこの人のキン◯マを蹴っていって……再生しなくなるまでに一番大きな悲鳴を出させた方の勝ち!」

 

 それはまさしく……『最強』の大会なのだった。

 

「それじゃ私から……ね!」

 

「んんんんんんんんんん!」

 

 8番とニコレッタはマルケス侯爵のゴールデンボール&ゴールデンボールを交互に蹴飛ばした。

 破壊と再生を何度も繰り返しているうちにいつの間にかマルケス侯爵は新しい世界への扉を開いていた。

 

「あっ……あっあっあっ……!」

 

「何! 気持ち良く! なってんだよ!」

 

「んほぉ!?」

 

「この! 卑しい! 豚め!」

 

「いぎゅぅ!?」

 

「こんな粗末なものが自分の根源だなんて……」

 

 ニコレッタはマルケス侯爵を冷たく見下ろして、その股間に足を乗せた。背後に満月を幻視しそうなその構図はまさしくSSレアの風格だった。

 

「よっ、よせ、ニコレッ」

 

 言葉とは裏腹にマルケス侯爵の表情に期待が隠れていることを読み取ってしまったニコレッタは彼に本気で軽蔑の視線を向けた。

 マルケス侯爵がニコレッタを娘と思っていないように、もはやニコレッタもこんな男を父とは思わなかった。

 

「知らないおじさんのくせに気安く名前を呼ぶな」

 

 ニコレッタは痛みが一瞬で終わらない絶妙な遅さでマルケス侯爵が娘よりも大切にしている玉のような宝物を踏み潰した。

 皮肉なことにその一番痛い踏み方はかつてニコレッタが目の前の男から習ったものだった。

 

「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

「あっ、お薬なくなっちゃった……今のが一番でかいしニコレッタちゃんの優勝かぁ。悔しー」

 

 負けたというのに楽しげな8番が拍手してくれた。

 マルケス侯爵のうめき声と8番の拍手で奏でられる音楽は、少し前に聞いた才覚溢れる若き天才新人ピアニスト『シロン』の演奏に匹敵する感動をニコレッタに与えてくれた。

 

「おめでとう。私に勝った君には景品を贈りたいと思うんだけど、何か欲しいものある?」

 

 8番に導かれて古い世界との決別を果たしたニコレッタは以前拒んだものを受け入れられるようになっていた。

 

「……はい。名前が欲しいです。あなたの仲間としての新しい名前が」

 

 そしてニコレッタは8番から『93番』の名前を受け取って、晴れてシャドウガーデンの一員となった。

 新しい世界での暮らしは貴族家の令嬢としては考えられないくらいに過酷だった。

 毎日が鬼教官による訓練漬けで、裏の仕事ではトイレ掃除の下働きなんか目じゃないくらいに血肉で汚れて、表の商会の業務でさえも人員不足のせいで朝から晩まで激務だった。

 やがて93番が『ニュー』となってからはそこからさらに仕事も責任も増えた。

 しかし、そこには嘘偽りのない幸せが存在していることも確かで……そんな世界に導いてくれた8番のことを、ニューはシャドウや七陰と同じくらいに信頼しているのだ。

 

          ◯

 

「……下品でごめんねぇ」

 

 8番は元から小さな肩身をさらに狭くして謝った。

 実はあの後イータ経由で8番の所業を知ったアルファから「女の子がそんな下品な遊びをしちゃいけません!」と叱られたのだ。

 

「ですが、その下品さに私は救われましたよ」

 

「なんかそれ微妙に嬉しくない褒め言葉だね」

 

 下品さを褒められてもなぁと呟く8番を見てニューは吹き出すのをこらえた。

 

「ふふっ……確かに」

 

 ティーカップの中身を飲み干してひと息ついたニューは、そろそろ仕事に戻らなければと思って立ち上がった。

 

「私はそろそろ行きます。あなたと話せて良かった」

 

「711番と仲良くなれるといいね」

 

「はい。あなたに教わったやり方を試してみますね」

 

「まあ、ほどほどにね」

 

 ニューと8番は手を振って別れた。

 それから少し時間が経った後で8番はふと思い出した。

 

「……待てよ。そういえば711番って、ご両親とは……」

 

 悪魔憑きとしては珍しく、関係良好のまま死別していたような……。

 

「やっばい! ニューちゃん待って!」

 

 親を愛し、親に愛され、今なお親を求めている子に対して「今から親父さんのキン◯マ踏み潰しに行こうぜ!」なんて言ったら再生不能なくらいに信頼関係が崩壊しちゃう!

 

「今からタマを蹴りに行きましょう!」

 

「は? ……タマ?」

 

「わーーーーー! サッカー! サッカーのことだから! これからみんなでサッカーしようぜ!」

 

 ぎりぎり8番が間に合ったおかげで最悪の事態は回避された。

 そしてその流れで午後の新兵訓練の時間は急遽予定変更となり、8番とニューと新兵のみんなでサッカーをすることになった。

 

「師匠! そっち行きました!」

 

「うおおおおお! これが超次元サッカーだあああああ! フィジカル解放! 『ザ・ウォール』!」

 

「チビっ子のはずなのに大きく見える……なんて気迫なの!?」

 

「あれが8番! 今一番ナンバーズに近い一般構成員!」

 

「でもこっちには!」

 

「ニュー様!」

 

「ええ! いい判断よ711番!」

 

 711番からパスされたボールをマルケス侯爵のキン◯マに見立てて、ニューは全力の蹴りを叩き込んだ。

 

「ナンバーズである私なら8番が相手でも突破できる! 『ジャッジスルー』!」

 

 ニューの強烈な蹴りがボールを間に挟んで8番の腹部に直撃した。このやり方なら相手との直接の接触ではないので暴力行為による反則はとられない(絶対ではない)。

 

「ぐぼあっ!?」

 

 吹き飛んだ8番はボールごとゴールにねじ込まれた。

 

「ゴーーーール! チーム・ニューに1点追加!」

 

「やったー!」

 

 年齢相応に喜ぶ711番はニューに抱き着く寸前で踏みとどまり、誤魔化すようにニューから顔をそらして俯いた。

 

「……やっぱり、ナンバーズは強いんですね。こんなに差があるんじゃ、私なんて……」

 

「自信を持って711番。私が点を取れたのはあなたの的確なパスがあったから。もちろん、あなたまでパスを繋いだみんなの力も必要不可欠だった。これが仲間と協力するってことなのよ。あなたがみんなを助ける限り、みんなも、もちろん私も、あなたのことを助けるわ」

 

「ニュー様……」

 

「大丈夫。あなたはちゃんと成長している。だって今回は引き際を見極められたじゃない」

 

 戦闘ではなくスポーツであることや8番の圧が強過ぎたことも関係しているのだろうが、711番がニューにパスを出せたのは意地を張らずに自分の力不足を認めて引くことを選べたからだ。これは本当に大きな進歩である。

 率直に褒められた711番は気恥ずかしそうに答えた。

 

「……言われたことくらいちゃんとやります」

 

「その調子よ。あなたには期待しているわ」

 

 ニューと711番はどちらからともなく手のひらを見せ合って、それからハイタッチをしてパァンと心地の良い音を響かせた。

 

「師匠? 大丈夫ですか?」

 

「大丈……うっ、おぼろろろろろ」

 

「ぎゃー! 師匠が吐いた!」

 

 それと同時に、遠くから汚いうめき声も聞こえてきた。

 なんか思っていた形とは違ったが、同じチームとして力を合わせて8番に立ち向かったことで711番とニューの距離は少し縮まった。

 やがてゲームが接戦の末にニューのチームの勝利で終わった後、ニューはやっぱりこの人には敵わないなぁと嘆息しながら、容赦のないラフプレーを受けてズタボロになった8番を背負って医務室へと向かった。




8番
15歳(自称16歳)
地位 なし
名誉 なし
品性 なし
…………

仲間への思いやり あり

「みんなで協力しなきゃ生きていけないよおおおお」
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