ヤバイよヤバイよヤバイよ。ヤバイ! ヤバイって! 本当にヤバイよコレはヤバイ!
完全に失敗した。貴族に恩を売れて、しかも高い絵画までタダで手に入るなんて完璧じゃないかと思っていたのに、ニューが思ったより怖がりだ。
ディアボロスの呪いとかガンマ様の攻撃命中率とか知ってるから信じたくなる気持ちも分かるけど、いくらなんでも呪われた絵画なんてあるわけないじゃん。
どうせ貴族の男の屋敷で食中毒が発生しただけだって。それで漏らしたのを誤魔化すために絵画の呪いをでっちあげただけだって。
しばらく見ないうちに本当に私と同年代かを疑うレベルで大人っぽくなったけど、ニコレッタちゃんってばまだまだ可愛いところあるなぁ。
なんて本音をそのまま伝えるわけにもいかず、かといっていい感じの釈明も思い付かず、会長代理という立場を利用して黙らせるという最低の手段を選んでしまった。最低だ、私。
「本当に、そう思うか?」
適当に自己解釈して納得してくださいお願いします。そんな願いが通じたのか、ニュー様はすぐにはっとした顔で深読みを披露してくれた。
「絵画の中に閉じ込める呪いの強制力次第では、七陰クラスも無力化されてしまうかもしれない。もしもこの場で見逃した絵画がディアボロス教団の手に渡るようなことがあればあまりに危険! シー……シタラ様はその懸念を瞬時に見抜いたのですね」
悪くはない。悪くはないんだが、これを認めると私が呪いの絵画なんていう子供でも騙されないようなものを信じていることになってしまう。
「本当に、そう思うか?」
再チャレンジ!
「まさか! 逆に絵画の呪いを利用することまで考えて!? 先日の危険なアーティファクトから得られた知見が尋問に役立てられたように、今回もシャドウガーデンをより強くするために! さすがはシー……シタラ様!」
違う! 呪いからいったん離れて! ないからそんなもん! 悪魔憑きの呪いとガンマ様が例外なだけだから! 他の呪いもお化けもこの世には存在しないから!
「違う。もっと単純なことだ」
やむを得ない。ここはしっかり、しかしニュー様を傷つけないよう遠回しに、現実を教えてあげよう。
「シャドウガーデンの使命を思い出せ」
呪いと思われている悪魔憑きはディアボロス教団が真実を捻じ曲げて作ったもので、本当は英雄の子孫が強力な魔力を暴走させてなんやかんやしてるだけなんだよ、だから呪いなんてないんだよという遠回しな伝え方を、残念ながらニュー様は曲解する。
「ディアボロス教団を滅ぼし、悪魔憑きを救うこと……まさか! そういうことなんですか!?」
ニュー様が絵画を包み隠す布を解く。他人事じゃないけど末期の悪魔憑きの姿は相変わらず気色悪いな。なんでこんなもの題材にしたんだゲール・テーナよ、趣味悪いぞ。
「人を引き込む絵画、ならば描かれた人物も絵の中に閉じ込められたと考えるのが道理!」
ニュー様が部屋の明かりを消した。その瞬間、絵画から大きな手が生えてきて、私たちを絵画の中に引き込んだ。
◯
その後のことは、特に語るまでもない。
絵画に引き込まれたニューたちは貴族の男に聞いていた通り怪物に襲われた。子供が作ったような不気味な芸術品を無理矢理に動かしたようなそれらは、ニュー曰くゲール・テーナの他の作品。こんなものに高値が付くのだから芸術は理解できないとシータは心の中で吐き捨てた。
ナンバーズが二人もいて、魔力の使用に制限がないとなれば、怪物が無限湧きしても脅威にはならない。せいぜい今夜はトイレにひとりでいけるか心配になったくらいだ。戦えば自分の方が強いと分かっていても、見た目を怖がるのは別問題なのだ。
絵画の中の世界を探索して、ニューたちは絵画に描かれていた悪魔憑きのエルフ少女が怪物に囚われているのを見つけ、救出。悪魔憑きの症状はシータが治した。一般構成員だけど古参なので練習してできるようになったというシータの言い訳を、シータの正体を知るニューは優しく受け入れた。
その少女、メア・リーブからの聴取で、この絵画はゲール・テーナが作ったアーティファクトであること、暗闇に反応して近くの人間を中に引き込み、悪魔憑き以外は怪物が追い回して出口に誘導、悪魔憑きであれば捕獲して絵にしてしまうということが判明した。なんでメアがそんな詳しいのかというと、絵画に閉じ込められる前にゲール・テーナ本人から自慢気に言い聞かせられたせいらしい。
素直に自分で絵を描けばいいだけなのに、ゲール・テーナは作品に命を宿したかったそうで、他の作品も曰くがありまくりみたいだ。それを聞いて実家に作品がいくつかあったニューはどん引きだった。
いずれにせよ出口があると分かれば脱出は容易。ニューたちは怪物を蹴散らして手早く脱出し、七陰に事態を報告、アーティファクトはイータに嬉々として解析され無害化、メアはシャドウガーデンと共に戦う道を選んだ。
全てはシータが絵画の秘密を見抜いたおかげ。
さすがは最強のナンバーズだとニューは関心して、日常へと戻っていったとさ。
めでたし、めでたし。
◯
今は亡きゲール・テーナは間違いなく天才だった。なにしろアーティファクトとして作ったわけでもないのに、命なき作品に命を宿してしまった程だったのだから。
最初に違和感を持ったのはメアが出口に案内すると言い出した時。
なぜずっと身動きがとれなかったはずのメアが知っている?
ゲール・テーナから聞いたにしても、口頭でしか聞いていない道案内を迷うことなくできるか?
案内された出口が入口と別の場所だったのも変だ。
普通入ってきたところから出るだろう?
確信を持ったのはアルファ様に報告に向かった時だ。外見も、声も、匂いも同じ。しかし、それでも、だとしても。
「私がアルファ様を見間違えるわけないだろうがあああああ!」
私はアルファ様の姿を真似た愚者にスライムカッターを放った。偽アルファ様はまったく防げずばらばらになった。
「シータ!? 何を」
激昂する私にニュー様からの呼び名を気にかける余裕はなく、怒鳴る。
「よく見ろ! これのどこがアルファ様だ!?」
「これは!?」
床に散らばった肉片がマネキンの欠片のようなものに変化した。
「ここはまだ絵の中だ! 来た道を戻るぞ!」
襲い来る偽七陰を薙ぎ倒して絵画に飛び込む。最初から怪しいと思っていたので、作家であるベータ様の作品『エンゼルとグレンデル』を参考として道中に透明にしたスライムを落としておいた。微細な魔力を辿れば入ってきた場所に戻れる。
「駄目よ。お姉ちゃんたちはここでずっと私と遊ぶの」
目の前にメアが転移してきたので殴り飛ばす。
「あの子はいったい何なのでしょうか?」
得体の知れない状況こそ不気味だが、戦力的に余裕はあるので走りながら会話もできる。
「治した感じからして悪魔憑きではあるのだろう。だが絵の中に閉じ込められたというのは嘘だ。信じ難いがおそらく、この絵画の中の世界で最初から悪魔憑きとして生まれた存在だ」
「お姉ちゃんせいかーい」
本気で殴ったのに無傷。無限湧きする怪物同様、この世界では無敵と考えるべきだろう。相手にするだけ無駄だ。
メアはふよふよ浮かんで並走するが、攻撃してくる様子がないので放置する。
「ねぇねぇ、お姉ちゃんたちは悪魔憑きを助けてるんでしょ? だったら私も助けてよ」
「この世界から出たいなら連れてってやるよ」
「残念だけどそれは無理。所詮は絵だから、外には出れないんだ」
「なら何が望みだ」
「私ね、遊び相手が欲しいの。この子達は私の操り人形でしかないから、ずーっと独りで遊んでたのよ」
「その割には前に来たおっさんたちはすぐに解放してるじゃないか」
「私の題名は『悪魔憑きの少女』だから、テーマに反する人は長くは閉じ込められないの。それに遊ぶなら年の近い女の子がいいし」
つまり私たち悪魔憑きの少女であれば長期間、下手をすれば永遠に閉じ込めておけるわけだ。なんてもの作るんだゲール・テーナめ。
しかし、種が割れてしまえば問題ない。メアは既に私たちを暴力で従わせることを諦めて、泣き落としに切り替えている。無視だ、無視。
やがて入ってきた場所に到達した。何も無い空間で一見して出入口があるとは思えないが間違いなくここだ。
「あーあ、駄目だったかぁ。でも、お姉ちゃんたちとの追いかけっこはこれまでやった遊びで一番楽しかったよ。あと身体を治してくれてありがと」
「行きましょうシータ、これ以上付き合ってられません」
ニュー様に急かされるが、私はすぐに頷けなかった。というか今の私はニュー様の言葉が理解できないほどに精神状態が普通じゃない。
なぜなら私は絵画に閉じ込められた悪魔憑きの少女を救うために貴族から絵を引き取ったことになっているのだ。
凄まじい量の汗が吹き出す。ここで素直に帰ったら、私に残るのは安易に危険物を引き取ったという失態のみ。
自分の発言には責任を持て。責任から逃げるなァァ!
そういうわけだから、私はなんとしてもメアを救わねばならない。
「メア、遊び相手はひとりいれば十分だよな?」
「残ってくれるの?」
「シータ!? こんなところであなたを失うわけにはいきません! 冗談はやめてください!」
「もちろん、私はこれからもシャドウガーデンのために戦うさ。だが、同時にメアをこんな場所で独りぼっちにもさせないと決めた」
「そんなこと、できるわけが」
「私が二人分になる」
そもそも私が既に二人目であることなんて初めから分かっていた。ゼータ様がさんざん吐いたことから分かるように、理性を失っている間の記憶は残るのだ。私はイータ様から受けた仕打ちを余すことなく記憶している。私はシャドウガーデンの家畜、略してシャ畜だ。七陰であるイータ様のやることだし、自由に動けるシータがひとりでも存在しているならば問題ないから、シャ畜としてあえて口を閉ざしただけだ。それに苦しんでるの今ここにいる私じゃないからね、藪蛇は嫌だし仕方ないよね。
さて。やり方は分かってる。必要なのは覚悟だけだ。
理性が働いている状態では自分で致命傷と認識するほどの重傷を回復するのは難しい。無理だと思った時点でブレーキがかかってしまうためだ。
しかし本能で動けば私の肉体は死すらも凌駕することを知っている。
「これが責任を果たすってことだあああああ!」
リミッターを解除した尋問用アーティファクトを起動し、意図的に精神防御を解いた私は、スライムカッターで自らを正中線で両断した。
◯
これは遠い未来の話だ。
ある日、アレクサンドリアに遊びに来たシャドウは、以前来た時にはなかった絵画が飾られているのを見つけた。エルフの少女二人が笑顔で追いかけっこをして遊んでる場面が描かれている。
シャドウが絵画を眺めていると、偶然近くを通りかかったニューに声をかけられた。
「その絵に興味をお持ちですか?」
「うん? いや、なんか絵が動いてた気がしたから」
「さすがはシャドウ様です。この『幸福な少女たち』、元々は人を取り込む呪われた絵画でして」
シャドウは闇とか呪いとか厨二感溢れる物品が大好きだ。
「ほほう、詳しく」
「では少し長くなりますが、語らせていただきます」
シャドウガーデンの理念を守り、その身を犠牲にして絵画の中の悪魔憑きの少女を救ったシータの英雄的行動を、思ったより長くて飽きたという理由で大部分を聞き流したシャドウは、おもむろに両手を絵画へと伸ばした。シャドウは伝聞よりも自分で試したがる性分なのだ。
そして暗闇でなければあちらとこちらは繋がらないという前提条件を魔力に任せて破り、余波でメアを閉じ込めていた概念級の障壁を破壊、絵画の中に手を入れて最初に触れたメアを掴み、引っ張り出した。
それだけならば肉体のないメアは消滅していたのだが、この場には他人に肉体を明け渡すことを厭わない異常者が居合わせた。私の魂はあるべき場所に戻るだけだよ、今度はもうひとりの私に遊んでもらいなとメアに言い聞かせ、シータは肉体だけ残していなくなったらしい。
後日、シャドウガーデンにはひとりの新しい仲間が加わり、シャドウの新たな伝説が刻まれた。
「クソがあああ! いつまで続くんだこれぇ!?」
なお、分かたれた魂は本当にあるべき場所へと戻ったようで、倍速なしの等速再生で長期間の記憶を延々と頭にぶちこまれたシータは、会長代理を無事にやりきったことを評価されて与えられたミツゴシ支店長の業務でミスを連発し、やがて首を切られたという。
おしまい。