シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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こんなタイトルですが論理破綻は起きません。
水に関連して思いついたのがこれだっただけです。


第67話 現在、当園の存在座標に歪みが覆いし水壮年

 再起不能となったシグマとイータは8番とラムダの手で救護所へと連れ出された。

 

「シグマ様が敵陣地に侵入してしまったので、デルタ様組は1分間行動を禁止します」

 

 相手が行動不能となった好機だが、猫の雪像は完全に溶けて崩れ、ひとりで作成を担当していたイータも不在なので、ゼータたちはあまり有効活用できなかった。

 そして動けるようになったデルタたちはシグマが示した方法で攻勢に出た。

 

「デルタ様〜、次これです〜」

 

「どんどん持って来るのです!」

 

 巨大な雪玉が砲弾のように降り注ぐゼータの陣地ではもはや雪像作りどころではなかった。

 

「ゼータ! このままじゃまずいわよ!」

 

「わかってる! こうなったら全員で攻撃してあっちの雪像を破壊するしかない!」

 

 時間切れになったらその時点の雪像の完成度で勝敗が決まる。ゼータ側の雪像作りが全く進められないとなれば、せめて引き分けに持ち込むためにデルタ側の雪像も完全消滅させるしかない。

 雪『合戦』の名称に偽りはなく、1秒あたり数百発の雪玉が飛び交う光景はまさに戦場のようであったが……どこか和気藹藹としていたこの場が本当の戦場になったのは8番の絶叫がきっかけであった。

 

「な……なんじゃこりゃああああああああああ!?」

 

 この場にいる全員の視線が8番に集まった。

 8番の胸元から突き出ていたものは、真っ赤な血を滴らせた剣の切っ先であった。

 

「し……死にたくない……待ってよ……私まだ死にたくな」

 

「黙って死ねやぁ実験動物の末裔がよぉ」

 

「ごぱああああああああああ!」

 

 盛大に吐血しながら8番が倒れたことで背後にいた襲撃者の姿が見えた。

 それはアレクサンドリアにおいてシャドウ以外に存在するはずのない見知らぬ『男』であった。

 

「誰!?」

 

「あっ……みんな見て! アルファ様とラムダ様が倒れてる!」

 

 よく見ると謎の壮年男性の近くには8番だけでなくアルファとラムダまでもが傷を負って倒れ伏していた。

 

「まさかディアボロス教団!? どうしてここに!?」

 

「きゃんきゃんにゃんにゃんうるせぇぞ家畜どもぉ……さっさと檻に戻してやんねえとなぁ……このナイツ・オブ・ラウンズ第八席ぃ……『水態』のエーギル様がよぉ!」

 

 エーギルが次なる獲物を求めて動き出し……それよりも早く動いていたデルタによって頭を吹き飛ばされた。

 

「デルタ!」

 

「よくやったわ! みんな、早くアルファ様とラムダの救助を……」

 

「まだなのです!」

 

 デルタの爪は確かにエーギルの頭を粉砕した。

 しかしエーギルは何事もなかったかのように再生した。

 

「言っただろぉ? 俺様の異名は『水態』だってよぉ!」

 

 再びデルタが攻撃しても結果は同じ。

 さらに間髪入れずベータとイプシロンの遠距離攻撃が命中してもやはり元通りになる。

 

「俺様の身体はなぁ! 水そのものなんだよぉ! だからこうやってぇ……」

 

 エーギルがデルタの突撃を身体で受け止めて、そのままデルタに纏わりついた。

 

「がぼっ!?」

 

「全員俺様で溺れさせてやんよぉ!」

 

「バカ犬! まったく、世話の焼ける!」

 

 この場にいる誰よりも早くデルタの救出に動けたのは意外にもゼータだった。

 

「待ってゼータ! いくらデルタが心配でも無策の突撃は無謀よ!」

 

 イプシロンの解釈をゼータは全力で否定した。

 

「違うから! 無策じゃないしバカ犬の心配もしてないから!」

 

 目の前の男以上に異常な能力を次々出してくるシータとの戦いに備え続けてきたゼータは瞬時に有効な攻撃手段を思いついたのである。

 決してデルタを心配して無謀な行動に出たわけではないのだ。

 

「ゼータが手に持っているものは……雪玉? もしかして!」

 

 ゼータの考えを最初に読み取ったのは自分の作品にエーギルと同じような手段で物理攻撃を無効化してくる敵を登場させたことがあるベータだった。

 砂は水で固まる。

 電気はゴム手袋でさわれる。

 雪は熱で溶ける。

 だとしたら水は……冷気で凍る!

 

「冷てぇ!」

 

 雪玉を間に挟んだゼータの掌底はエーギルの実体を捉えたように見えたが、エーギルは瞬時に自身を変形させて逃げた。

 だからといってゼータの掌底は止まらず、雪玉はデルタの口に叩き込まれた。

 

「もごっ! ぺっぺっ! 何するのですメス猫!」

 

「バカ犬はお礼も言えないのかな? せっかく助けてあげたのに」

 

「デルタは助けてなんて言ってない! メス猫が勝手にやっただけなのです!」

 

「はいはい……そんなことより、今はあいつを倒すのが先だよ」

 

 無敵性を失って慎重になったのだろう。ゼータから距離をとったエーギルは自分と同じ姿の水人形を大量に作り出して、本体はその中に紛れ込んでしまった。

 

「ぐるる……デルタ前にも増えるハゲ倒した! また全部狩ってやるのです!」

 

「ワンちゃん分かってる? 雪で冷やさないと攻撃当たらないからね」

 

「うぉしゃあああああ! 殲滅してやるのですううううう!」

 

 話を聞いていないようで聞いていたデルタは冷やしてから攻撃するやり方でエーギルの分身を次々に叩き潰した。

 

「デルタを援護するわ! 一般構成員は後方から雪玉を投擲! ナンバーズと七陰は前に出て!」

 

 倒れたアルファに代わってガンマが全体の指揮を執っていた。

 突然の奇襲で一時は混乱状態に陥りながらも、ガンマの尽力で統率を取り戻したガーデンの少女たちは次第にエーギルを追い詰めていく。

 

「馬鹿! 前に出過ぎ! お前が失敗したら同じ隊の私の評価も下がるのに!」

 

『何言ってるか分からないけど、今は強い人が前に出なきゃいけない場面なんでしょ!』

 

「だからお前の言葉分かんないって……ああもう! 先輩たち、この馬鹿止めるの手伝ってください!」

 

「712番ちゃん落ち着いて! 怖がらなくて大丈夫だから! だってこれ……」

 

 一部の新人に問題が発生していたが周囲の仲間が補助してくれたので問題ない。

 

「最後の一匹いいいいい!」

 

 大量にいたエーギルの水人形はそれほど時間をかけずに殲滅されたが、最後の1体を潰したデルタは手応えのなさに首を傾げた。

 材料となる水を節約したのか水人形は中が空洞なので、ちょっぴり頭が弱いデルタであっても本体との判別は容易だった。

 

「これじゃない! あいつ逃げたのです!」

 

「誰が家畜相手に逃げるかよぉ! ちょいと水分補給に行ってただけだボケぇ!」

 

 声が聞こえてきたのは川がある方角からだった。

 川から大量の水を取り込んだエーギルは見上げるのも億劫なほどに巨大化していた。

 

「終わりだぁ!」

 

 エーギルが少女たち目掛けて拳を振り下ろそうとする。

 一般構成員たちは必死に雪玉を投げつけたが、もはや津波のような水量を前に小さな雪玉では効果がない。

 

「ベータ! イプシロン!」

 

「はい!」

 

「ええ!」

 

 ガンマ、ベータ、イプシロンが右手を前に突き出して魔力を放出した。

 3人の七陰が力を合わせることで発生する七陰バリアと衝突してエーギルの拳は逸れていった。

 

「ちっ……だが凍ったわけじゃねえからよぉ! そぉらもう1発だぁ!」

 

「これじゃジリ貧よ!」

 

「でも私たちがこの場を動いたら全滅します!」

 

「大丈夫! 任せて!」

 

 ベータとイプシロンの悲鳴に応えてゼータが走り出した。向かう先にはデルタ組が作っていた巨大な犬の雪像がある。

 

「これだけ大きければ……あいつにも効くはずです!」

 

 デルタほどではないがゼータも獣人なので力持ちだ。ツーバイフォー住宅サイズの巨大な雪像でも普通に持ち上げられるし、しかも今回は切り札のひとつであるハイパー金豹族に変身して腕力を強化している。

 

「です? ……あー! それデルタの! メス猫はメス猫のやつ使え!」

 

「残ってないので仕方ありま……仕方ないだろ! いっけえええええ!」

 

「ぎゃああああああああああ!?」

 

 犬の雪像はエーギルに命中して有効打を与えたように見えた。

 しかし……。

 

「この……家畜どもがぁぁぁぁぁ!」

 

 エーギルを完全に仕留めるには少し足りなかったらしい。

 

「まずい! 倒し切れなかった!」

 

「みんな雪を集めて! 形は考えなくていいからとにかく大きくしなさい!」

 

 ガンマの指示で総力を挙げて雪をかき集め始めたが、次の砲弾が完成するよりも防御を担当する3人の魔力が尽きる方が早い。

 

「俺様の勝ちだぁぁぁぁぁ! 溺れちまいなぁぁぁぁぁ!」

 

 迫りくる大津波を見上げてガーデンの少女たちは誰もが絶望に染まっていた。

 

「まだだ! まだ終わらんよ!」

 

 そんな窮地に希望をもたらしたのは気絶していたはずのシグマであった。

 駆け付けたシグマはまたしても足で雪玉を転がして大きく育て上げていた。その大きさはなんと先程投げつけた雪像を超えている。

 ちなみにイータも復活しているが、彼女は「もう疲れた……寒いし」と言って救護所に居座っている。

 いずれにせよあとはシグマが作ってくれた雪玉をデルタが投げればエーギルを倒せる。

 勝利を確信したベータはシグマを賞賛した。

 

「よくやったわシグマ!」

 

 大好きなベータに褒められたシグマは感動に打ち震えた。

 

「『よくやったわシグマ』……ふひっ」

 

 そして雪玉から意識が逸れたせいで足を滑らせた。

 

「あっ」

 

「えっ」

 

 シグマが雪玉の上から落下した。

 制御者を失った雪玉は慣性に従ってガーデンの少女たちが集まっている辺りにそのまま突っ込んだ。

 この日、シャドウガーデンは壊滅した。

 

          ◯

 

「楽しそうなことをしているじゃないか。我も混ぜてもらうぞ」

 

 否! 

 シャドウガーデンはこんなことでは終わらない!

 この男が……盟主シャドウがいる限り!

 

「うっ、動かねぇ……なぜだぁ!?」

 

 津波となって迫っていたエーギルの肉体はガーデンの少女たちを飲み込む寸前で停止していた。

 

「水の魔力伝導率は著しく低い。だが我には関係ないな」

 

「まさかてめぇ……俺様が取り込んだ水に干渉しやがったなぁ!?」

 

「ふっ……小物に見合わぬ図体だ。見上げるのは性に合わぬ……縮め!」

 

「ぬおおおおお!?」

 

 水の巨体が爆散して元通りの大きさに戻ったエーギルが落下してきた。

 そしてシャドウは瞬時にエーギルに迫り、空中でその首を断ち切った。

 

「まだですシャドウ様!」

 

「……何?」

 

 エーギルの身体が水の鏃となってシャドウを襲った。

 シャドウは事も無げに剣で全ての鏃を弾き返した。

 飛び散った水はエーギルの頭部へと飛んでいき、切断面に集まって身体を形成した。

 

「シャドウ様! 奴は冷やさないと物理攻撃が効きません!」

 

「なるほど、こうか」

 

 ガンマの助言を聞いたシャドウはそれを瞬時に実行した。

 シャドウが雪の積もった地面を軽く踏むと、雪が槍のように隆起してエーギルを貫いた。

 水を操作できるのだから雪で同じことをできない道理はないのだろう。

 しかし魔力伝導率を極限まで下げる薬が混ぜ込まれた雪でそれをやれるのはおそらくこの世界でシャドウただひとりだ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!? やられちまったぁ……なんてなぁ!」

 

「むっ……ごぼっ!?」

 

「シャドウ様!?」

 

 確かに弱点をついたはずなのにエーギルは平然としていた。

 しかもエーギルはその場から動いていないにもかかわらず、突然シャドウの肺が水で満たされた。

 

「改めて名乗るぜぇ……俺様の本当の異名は『三態』っていってよぉ……水だけじゃなくて氷にも水蒸気にもなれるからなぁ……固められようと蒸発させられようと効きゃしねぇんだよぉ!」

 

「そんな!? じゃあさっきまでのは!?」

 

 シャドウに間違いを教えてしまったことになるガンマが悲鳴をあげた。

 

「俺様は優しいからなぁ……あえて希望を与えてやることにしてんだよぉ! その方が本当のことを知った時の絶望がより強くなるからなぁ!」

 

「じゃあ……最初からずっと、遊んで……」

 

「そういうこったなぁ……実際終わらせるのは簡単なんだぜぇ?」

 

「がぼっ!?」

 

 この場にいるガーデンの全ての少女たちがシャドウと同じように陸上にいながら溺れ始めた。

 

「俺様は水の支配者だからなぁ……他人の身体ん中の水も例外じゃねぇ。生け捕りの必要がなけりゃ今すぐ破裂させてやることもできんだぜぇ?」

 

「ほう、それは恐ろしいな。ではなぜ最初からやらなかった?」

 

「俺様はこの技嫌いだからなぁ……毎回こんなやり方で終わらせちまったらつまんねぇだろぉ?」

 

「確かにな。ただ圧倒するだけの戦いほどつまらないものはない」

 

「よくわかってんじゃねぇかぁ。そういうことだぁ……あぁ?」

 

 溺れている者が喋れるはずないのに、シャドウだけはなぜか平然と言葉を発していた。

 

「……てめぇ、どうやって……いや、分かったぜぇ。俺様の干渉力以上の力で自分の体ん中の水分を制御しやがったなぁ」

 

「正解だ」

 

 シャドウがエーギルを細切れにした。

 やはりエーギルは元通りになるが、集中力を乱されたせいか周囲への能力の行使は中断され、ガーデンの少女たちは酸欠による気絶を免れた。

 

「げほっ……全員距離を取って! 私たちが近くにいたらシャドウ様の邪魔になるわ!」

 

 シャドウひとりに集中しているエーギルはガンマの指示でガーデンの少女たちが離れていくのをあえて見過ごした。

 

「いいぜぇ……それなら魔剣士らしく斬り殺してやんよぉ!」

 

「では……『対話』をしようか!」

 

 シャドウとエーギルの一騎打ちが始まった。

 エーギルの攻撃は一度もシャドウに当たらず、逆に何度も当たっているはずのシャドウの攻撃はひとつとしてエーギルへの有効打にならない。

 

「ひゃははははは! すげえぜお前ぇ!」

 

「ふっ、貴様もなかなか楽しませてくれる……だが、終わりだ」

 

 シャドウの剣が青紫の魔力光を宿して輝き始めた。

 

「剣が光ったからって何だってんだ……がぁっ!?」

 

 エーギルの能力であれば透過するはずだったシャドウの剣はエーギルに確かな痛みを与えた。

 

「てめぇ何しやがったぁ!?」

 

「単純な話だ。貴様は水を操る。ならば……水以外のものに変えてやればいい!」

 

 水にただ熱量を加えても蒸発して水蒸気になるだけで、それが『水分子』であることに変わりはない。

 しかしアトミックを凝縮した膨大なエネルギーを流し込まれた時、水は『酸素』と『水素』に分解される。

 エーギルの能力は……それらに適用できない!

 

「ひひっ……お前最高だったぜぇ」

 

「……貴様もな」

 

 決着はあっという間だった。

 その一瞬のうちにどれだけの斬撃が叩き込まれたのか、エーギルの肉体は雫の1滴に至るまで切り刻まれ、この世界から完全に消滅した。

 輪になって2人の戦いを見守っていたガーデンの少女たちがわっと歓声をあげた。

 

          ◯

 

「状況終了! そこまで!」

 

 ラムダ様が終了を宣言したことで今回の訓練は無事に……いや無事ではないけど、とにかく終わった。

 デルタ様とゼータ様の勝負を建前とした雪遊びが大規模訓練に急遽変更となったわけだが、それにはもちろん理由がある。

 実は私たちがアレクサンドリアで雪遊びの準備をしていた時、遠方で偶然発見した教団の拠点で私の分裂体がエーギルと交戦していた。

 その時はその敵が以前探しても見つけられなかったあのエーギルだと知らないまま安定の初手『好き好き大好きアルファ様ワールド』で捕獲して、それからイータ様の『脳みそちゅーちゅー君』の最新型で情報を抽出したわけだが……出てきたのがやばい情報だらけで大変だった。

 まずラウンズというだけあってエーギル自体が思った以上に危険だった。

 まあ水への干渉はシャドウ様がやった方法で防げるようだし、物理攻撃の無効化もエーギルの魔力が尽きるまでらしいので付け入る隙はいくらでもあったが、七陰であっても状況次第で敗北しかねない脅威であることは間違いなかった。

 それを知った私は万が一にも聖域の効果から回復されると怖いのですぐにエーギルを殺したが、それで問題は終わらなかった。

 現在、教団は『陰を狩る顎』とかいうシャドウガーデンへの大規模攻勢計画を企てている。

 なんでも複数のラウンズが協調して動いているらしいのだが、誘われておきながら手柄を独占するために抜け駆けするつもりだったエーギルは詳細を知らなかった。ディアボロスの雫も使用後だったし心底使えない水溜まり野郎だ。

 いずれにしてもラウンズの連中との本格的な衝突は近い。ガーデンはこれまでにエーギルを含めて5人のラウンズを倒しているが、いずれも油断ならない相手だった。

 アーティファクトの力で害竜マラクと合体して尋常ならざる再生能力を身につけた第十席のセルゲイ。

 聖域の能力を活用してこちらの魔力を制限した上でオリヴィエをけしかけてきた第十一席のハゲ。

 エルフから盗んだアーティファクトの力で不可視の斬撃を放ち、最終的に昔ゼータ様とイータ様を圧倒した個体よりも格上の魔王を取り込んだ第九席のモードレッド。

 ガーデンが1年かけて地道に戦力を削って最近ようやく仕留めることに成功した第五席のフェンリル。

 今のところエーギル以外はシャドウ様が単独で倒しているため、敵の準備が万全という条件下でシャドウ様抜きのシャドウガーデンがラウンズと衝突したらどうなるかは未知数だった。

 もちろん私がいれば道連れにしてでもぶっ殺すつもりだが、その場に必ず居合わせられるとは限らない。

 だからちょうどラウンズの死体とそれを操る手段があるし、油断しているところへの奇襲という最悪の状況を想定して防衛戦の予行演習を行っていたんだけど……なんか中途半端なところでシャドウ様が乱入してきてエーギルの死体を消滅させてしまった。

 

「えっ……これってもしかして本番前の予行演習的なやつ?」

 

 どうやらシャドウ様はこれが訓練ではなく実戦だと思って助けてくださったらしい。

 

「……そうね。でも、いいのよ。私たちが危ない時はあなたが駆け付けてくれるって分かったから」

 

 アルファ様はそこに宿った温かい気持ちに触れるように、ぎゅっと握り締めた手を御自身の胸の中心にあてた。

 実際のところ完全にガーデンが壊滅する流れだったので、気絶したふりをして観戦していたアルファ様も気が気でなかったはずだ。

 私はエーギルの死体を動かすワラワラの分霊に「誰も殺すな」以外の指示を出していない。その上でエーギルの性格や戦術は完全に再現されていたので、それはつまり実戦であっても同じ展開を辿っていたか、もっと酷い結果になっていたということだ。

 ラウンズと戦えばガーデンに大きな被害が出る。

 そして……シャドウ様はそれを絶対に見過ごさない。

 エーギルの死体が消滅してしまったのでこれ以上の訓練はできないけれど、それさえ分かればもう十分だ。

 

「シャドウ……いつか争いのない世界に辿り着くその時まで、どうか私たちを導いて」

 

「あっ、まだ続いてる感じか……」

 

 シャドウ様は凄く小さな声で何か呟いたようだけど、周囲の興奮冷めやらぬ歓声にかき消されて聞こえなかった。

 シャドウ様が剣を高く掲げた。それだけで誰もが沈黙して、シャドウ様の次の言葉を聞き逃すまいと集中した。

 

「世界は我らを知り、我らを恐れ、我らを狩らんと動き出した……だが忘れるな! 我らはシャドウガーデン! 陰に潜み陰を狩る者! 我らは逃げ惑う獲物にあらず! 我らこそが狩人なのだ!」

 

 シャドウ様は振り下ろした剣を虚空に突き付けて宣言した。

 

「征くぞ。これより我らは、世界を暴く」

 

          ◯

 

 シャドウ様の宣戦布告によりシャドウガーデンはラウンズを迎え撃つのではなく逆に先手を取って討ち滅ぼす方針となった。

 とはいえラウンズの居場所を特定しないことには始まらないので、ゼータ様率いる諜報部からの報告が届くまではこれまでと変わらず陰に潜む。

 開戦すれば教団との決着がつくまで突き進むことになるだろう。

 戦い以外のことに意識を向ける時間なんてなくなるだろう。

 だから私は決意した。

 本当にそんなことしていいのかとずっと悩んでいたけど、もはや猶予がなければ躊躇もない。

 明日、愛する人に想いを伝えるバレンタインという名前の特別な日に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルファ様に私を食べていただくのだ。




こんなこと言ってますけどr18展開はありません。
次回、最終話です。
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