一方的にアルファ様を愛するのではなく、アルファ様からも愛されたい。
私は常にそう思って生きている。
しかし愛とは目に見えず抽象的で、具体的に何をされたいのか理解できたのは私が女体化ラウンズ同人エロ本を作るようになってからだった。
話作りのために様々なことを勉強した私は愛の深淵を覗き見た。
そして私はアルファ様にしてほしいことを沢山見つけた。
もちろん普通に身体を重ねるのもいい。
でも私はもっとアルファ様に近付きたい。
肌と肌が重なるゼロ距離を超えてアルファ様の内側に入りたい。
アルファ様とひとつになりたい!
皮になってアルファ様を包み込みたい。
お湯になってアルファ様に浸かっていただいて、最終的に飲み干されたい。
そして……食べ物になってアルファ様の血肉になりたい!
業が深いと分かっている。
アルファ様含めて大抵の人はドン引きすると理解している。
それでも!
あこがれは……いや、ムラムラは止められねえんだ!
そんな私の密かな願望を叶える好機が巡ってきた。
発端はイータ様によって私の分裂体が液体にされたことだった。
大量のどす黒い液体を取り込んで処理している最中に私は思い付いてしまった。
この私だったものを肥料にして育てた作物をアルファ様に食べていただけば、実質それは私を食べていただいたも同然なんじゃないかって。
アルファ様に食人趣味なんてあるはずないので私の活け造りを出しても食べてくださらないが、私を栄養にして育ったというだけの普通の作物なら何も問題はない。
バレンタイン間近という時期も良かった。普段アルファ様に食べ物を贈ったら「ありがとう。みんなも呼んでお茶にしましょう」となる可能性が高いが、バレンタインのチョコレートならばアルファ様はちゃんと自分だけで食べてくださる。
そんな考えで私は私だったものを肥料にしてカカオの木を育てた。
さすがにやめておいた方が……と私の理性が何度も邪魔をしてきたが、先日の一件で当面は教団との戦いが苛烈になると分かったので、後悔しないためにやりたいことはやっておこうと決意を固めた。
そして今朝は早起きをして、喋って襲いかかってくるカカオの木をしばいて収穫を済まし、いよいよチョコレート作りを開始した。
「オリヴィエはつまみ食いとかしちゃ駄目だからね! 私の全てはアルファ様だけのものなんだから!」
「……安心しろ。言われなくてもそんなもの口にしたくない」
私はオリヴィエに釘を刺してアルファ様専用の特別なチョコレートを完成させた。
形は私そのものにしようか、それとも食べやすいように四肢を切り落とした方がいいかと悩んでいたけど、ヌルが「いやいやいや! 愛を伝えたいならハート型が一番だって! いや本当に! 君のためを思って言ってる!」と強く説得してきたのでハートの形にした。確かに髪の部分とか鋭くて危ないからね、止めてくれてよかった。
最終的にチョコレートは私の頭と同じくらいの大きさのハートとなった。まるで私のアルファ様への愛の大きさを表しているようだ。
「……なんか変な模様が出てないか?」
私は何もしていないのに、いつの間にかチョコレートの表面には植物のツタが渦を巻いたような模様が浮かび上がっていた。
「……これあれじゃない? ヒトヒトの実モデルシータとかになってない?」
「何言ってんのヌル、現実にそんなものあるわけないじゃん」
「……渡す前に味見しておいた方がいいんじゃないか?」
「味見かぁ……確かに普通はするべきなんだろうけどさぁ」
でもそれをやるとアルファ様に食べていただける量が減ってしまう。
私は少しでも多くアルファ様の血肉になりたい。
だからここは……農耕者としての私と料理人としての私の腕を信じる!
「でもきっと大丈夫! 私の愛が不味いなんてありえない!」
「……そうか」
「……僕たちは止めたからね」
チョコレートを抱き締めた私は気乗りしない様子の亡霊2人を置き去りにして走り出した。
「いざ! アルファ様!」
◯
バレンタイン当日、この日アルファ様はシド様にチョコレートを渡そうと頑張っていたので、泣く泣く私は出直した。
バレンタイン翌日、昨日色々あってシド様にチョコレートを渡せなかったアルファ様は今度こそ渡してみせると意気込んでいたので、邪魔しないように私は出直した。
次の日も、その次の日も、アルファ様はシド様にチョコレートを渡せず、私もアルファ様にチョコレートを渡せなかった。
「……なあ、もう諦めた方がいいんじゃないか?」
「そうだよ、きっと神様が今はその時じゃないって言ってるんだよ」
「は? ヌルはアルファ様のお口からそれを聞いたわけ? 言わないでしょそんな事ッ……言わないよねェッ!」
不安になった私は走り出した。
もういい!
これだけ待てばもう十分だ!
シド様がアルファ様を受け入れないなら私がアルファ様の御心をいただく!
私は空気中に漂う微量のアルファニウムを辿って真っ直ぐアルファ様の居る場所を目指した。
「アル……」
「いけませんデルタ様!」
「うるさい! デルタの邪魔するな!」
「まずい! 我々では抑えきれない!」
「あっ、8番! ちょうどいいところに!」
なぜかアルファ様がいる部屋の扉の前でラムダ様、ニュー様、カイ様、オメガ様がデルタ様と揉めていた。
「デルタ様の侵入を防ぐ! アルファ様のためだ! 手を貸してくれ!」
「了解!」
状況は理解できずともアルファ様のためとあれば是非もなし!
私は扉の前に立ってデルタ様と相対した。
「お前が相手なら……デルタも本気出す! ガアアアアアアアアアア!」
デルタ様が咆哮と共に魔力を解放した瞬間、彼女の姿が大きく変化した。
髪は白く脱色し、スライムスーツは禍々しく変形し、目は真っ赤に染まった。
「なんですかそれっ!?」
「前に見た強いやつ! イータに変な薬飲まされてデルタもできるようになった!」
私を含めてこの場にいる誰もデルタ様の動きを目で追えなかった。
気付いたら殴り飛ばされていて、私は扉を突き破って部屋の中まで吹き飛んだ。
「きゃっ……8番!? 何があったの!?」
かわいらしいエプロン姿のアルファ様が私を心配して駆け寄ってくださった。
部屋の中にはシド様もいる。どうやらアルファ様はちょうどシド様にチョコレートを渡すところだったらしい。
「アルファさ……あああああっ!?」
周りを見回すとさっきまでチョコレートだったものが辺り一面に転がっている。
謎の強化形態となったデルタ様の一撃は咄嗟に圧縮スライムで守ったはずの私の特製チョコレートをスライムごと粉砕していたのだ。
この前は同じ強度で防げたのに!
ただでさえ強いデルタ様に変な強化見せたアホはどこのどいつだ!?
「ふっふーん! デルタの勝ちなのです!」
「……デルタ?」
「ひぃっ!?」
デルタ様はアルファ様に睨まれて瞬時に元の姿に戻ったが、そんなことはどうでもいい。
壊れちゃった……私の気持ち……。
まさか床に落ちたものをアルファ様に食べていただくわけにもいかないし、だからと言って生ゴミとして捨てるのはあんまり過ぎるので、私の砕け散ったハートは泣く泣く自分で食べて処理することになった。
こうして私の計画は頓挫した。
ちなみにチョコレートはクソまずかった。
◯
アルファがデルタを懲らしめる様子を眺めるシドは平静を装っているが密かに大変なことになっていた。
不思議なことにアルファを見ているだけで身体が熱っぽくなり、心拍数が増加し、呼吸が荒くなるのだ。
これは病気ではない。極限まで鍛え上げたシドの肉体はいかなる病原体にも負けはしない。
それなのにシドに変な症状が出現したのはなぜか。
それは彼が8番の特製チョコレートを食べてしまったためであった。
いや仕方ないじゃん!
なんかチョコレートの欠片が口に飛んできたからさぁ!
ミツゴシのチョコレートはひと粒で1万ゼニーするものもあるし、床に落とすくらいなら僕が食べてあげようって思ったんだよ!
僕は悪くないっ! 僕は悪くないっ!
そんな言い分で盗み食いをやらかしたシドは天罰を受けた。
8番成分たっぷりのチョコレートはただ不味いだけにとどまらず、彼女の聖域がもたらすものと同じ効果を発揮した。
さすがにシドの精神は狂人……じゃなくて強靭なので大部分は無効化しているが、それでもほんの少し影響を受けてしまった。
今、シドは……アルファを押し倒したくて仕方がない!
「……シド。私の気持ち、受け取ってくれるかしら?」
不安げな上目遣いでいじらしく聞いてくるアルファを見た瞬間、シドのエクスカリバーは鞘から飛び出す1秒前だった。
チョコではなくアルファを食べてしまいたいという欲望が際限なく湧き上がってくる。
だが舐めるな!
フィジカルをしまえる僕は……その気になれば聖剣だってしまえるんだ!
そして一時的にシド君からシドちゃんになった陰の実力者はどうにか大人の階段を昇ることなくこの日を乗り切った。
ちなみに通常なら永続するはずの状態異常は3日間に及ぶ精神修行で封じ込めに成功したようだけど、潜伏感染する病原体と同じで消滅はしていないから、きっかけがあれば再燃するぞ!
◯
「……良かったよ、うん、あれをアルファ様が食べる事態にならなくて本当に良かった」
バレンタインへの未練をとめどなく垂れ流しながらも私はアルファ様からの勅命によりエルフの国に向かう準備を進めていた。
なんでも諜報部がエルフの国に潜伏している上位のラウンズの情報を掴んだらしく、光栄なことに私はアルファ様からそいつの抹殺を任せていただいたのだ。
やがて準備は完了したが、出発する前に私はアルファ様のお部屋を訪問した。嬉しいことに「話があるから行く前に立ち寄りなさい」とお呼ばれしているのだ。
「アルファ様、8番参りました」
「入って」
部屋に入るとアルファ様の他にガンマ様がいた。
ガンマ様はミツゴシの新商品に関する報告をしているところだったようで、私は話が終わるまで部屋の中で待っているようにと言われた。
「……というわけで、クリスマスにイータが作った香水を一般向けに販売できないかと考えました。もちろん魅了効果は危険なので排除してあります」
私は諸事情によりアレクサンドリアを離れていたので知らなかったが、クリスマスの時にイータ様がイプシロン様に色々と手伝ってくれたお返しのクリスマスプレゼントとして香水を贈っていたらしい。
なんか凄くいい匂いだったようで、香水をつけたイプシロン様は匂いの虜になったデルタ様やイータ様に密着されて大変だったそうだ。
つまり、もしも私がそれを使っていればアルファ様と……クソがっ!
普段は「実験台になってくれてありがとう。お礼にまた実験台にしてあげる」とか言う人なのに!
そんないいものが貰えるって分かってたらガラクタなんて押し付けなかったのに!
「それで試作品として何種類か異なる香りのものを作ってもらったのですが……最終確認をお願いできますか? 問題なければ量産を進めます」
「いいけど……それなら何もせずに待っていてもらうのも悪いし、シータにも手伝ってもらいましょう。構わないわよね?」
「もちろんです」
そういうことなので私もアルファ様と一緒に試作品の香水をくんかくんかさせてもらう。
あっ、すごい、花の香りと一緒にお近くのアルファ様から発生する濃厚なアルファニウムが鼻腔を満たして……ああ〜〜〜〜〜たまらねえぜ!
「あへぇ……この匂いしゅきぃ……」
「ちょっとガンマ? 人を無差別に魅了する効果は取り除いたんじゃなかったの?」
「そのはずですが……おかしいですね」
おっといけない、これで発売停止になったらガンマ様に申し訳ない。
「すみません、普通に好きな匂いだったので……話に聞いた魅了の影響は受けていませんのでご安心ください」
「そう。それならいいけど、もし何かあれば言ってね」
「はい」
危ねぇ……ここからはちゃんと仕事として匂いを確認しよう。
ガンマ様が持ち込んだ香水はほとんどが花の香りだった。これはイータ様がシャドウ様の好きな香りは花の香りだと聞き出したためだ。
「……あれ? この匂い……花じゃない?」
しかしひとつだけ花ではない香りが混じっていた。
なんだろうこれ……建築に使う木材の匂い?
「えっ? 私は全部花の香りで発注したはずよ? まさかイータがまた勝手に変なことを……もう!」
「でも別に変な匂いじゃないですよ。ガンマ様もどうぞ」
ガンマ様が私から受け取った木の香りの香水をくんかくんかした。
「これ、もしかして……アルファ様!」
ガンマ様は驚いた顔になってアルファ様に呼びかけた。
「どうしたの?」
「アルファ様も嗅いでみてください!」
アルファ様も木の香りの香水を上品にすんすんした。
するとアルファ様は一瞬目を大きく見開いた後、何かを懐かしむように目を細めた。
「……まったく、あの子は」
「発注してないのにわざわざアルファ様の好きな香りを作るなんて、間違いなくご機嫌取りのつもりでしょうね」
「アルファ様の好きな香り!?」
今の普通の木の香りが!?
いや待てよ、そういえば意図的になるべく思い出さないようにしてたけど……木の香りって……まさか!?
「……シータは知っているかしら? 今はもう壊してしまったけど、私たち七陰がシドと一緒に過ごした家があったの」
……ああ。
……やっぱり。
「知ってます。アルファ様が、いつか七陰の皆様と……大切な家族と一緒に……帰りたい場所だって」
そしてその家族の中に私は含まれていない。
駄目だな私……もう心の整理をつけたはずなのに、そのことを考えると涙が……。
「そうね。あなたの言う通り。だから……その時は、あなたも一緒に来てくれるかしら?」
……えっ?
今アルファ様は何とおっしゃられた?
いや分かってる、私の耳はアルファ様の言葉を絶対に聞き逃さない。
その時は、あなたも一緒に来てくれるかしら?
その時って何だ?
アルファ様が大切な家族と一緒に木の香りのする家に帰る時だ。
あなたって誰だ?
私だ。
「……いいんですか? その家に入る資格を持っていない私が……」
「資格?」
「だって私、その家があった時にいませんでしたし……七陰じゃないですし……アルファ様の家族はシド様と七陰の皆様だけで……」
「何言ってるの」
アルファ様は心底不思議そうな顔で、平然とおっしゃられた。
「あなたも家族よ。何年一緒にいると思っているの?」
それを聞いた瞬間、顔面をがつんと殴り飛ばされたような衝撃と共に私の涙腺は崩壊した。
「あ゙……あ゙ぶばざばぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!」
私は湧き上がる衝動に身を任せてアルファ様に飛び付き、そのままアルファ様の胸に向かって内に抱えていた想いの全てを吐き出した(ゲロにあらず)。
私はずっと怖かった。
いつか戦いが終わったらアルファ様は私の前からいなくなってしまうんだって怯えていた。
そして家族じゃない私はアルファ様を追いかけちゃいけないって思い込んでいた。
だって家族でもないのに家を特定して張り付いたらアルファ様の平穏を脅かす不審者になってしまう。
でも……こんな私を、新しい家族として迎え入れてくださると言うのなら……こんなに嬉しいことはない。
「……この子は、もう……相談してくれたらすぐに解決したのに」
アルファ様は泣き喚く私を抱き締めて、背中を優しくさすってくださった。
「良かったわね、シータ」
もらい泣きしたらしいガンマ様がハンカチで涙を拭っている。
「それでは私はもう行きますので、あとは2人でごゆっくり……」
ガンマ様は部屋を出ようと歩き出し……ハンカチで目を押さえていたせいで足元がよく見えていなかったのだろう。派手にすっ転んだ。
「きゃあああああ! どいてえええええ!」
「……えっ? ぶっ!?」
そしてガンマ様は私の方に突っ込んできて、慌てて振り回していた手がいい感じに強烈な打撃となって私の顔面を捉えた。
「シータ!?」
「大丈夫です! ちょっと鼻血が出たくらい……でぇっ!?」
仰向けに倒れた私の視界にガンマ様の足の裏が迫っていた。
鋭利なヒールが私の眉間にねじ込まれ……。
◯
「……はっ!」
いい匂いがするベッドの上で私は目覚めた。
ああやっぱり……私なんかがアルファ様の家族になれるはずないもんね。
いい夢を見た……。
「起きたのね。治療が間に合って良かったわ。生き返ると分かっていても、家族が死ぬ姿なんて見たくないもの」
起きてすぐアルファ様のお声を聞けるなんてもしかしてまだ夢の中なのかと思ったが、違った。
ベッドにお腰を掛けたアルファ様が私を覗き込んでいた。
「アルファ様!? えっ、あれ、私……え!?」
「ガンマのドジに巻き込まれて昏倒したのよ。あなたとあの子が近くにいるといつもこうなるのに、最近はやらかしてなかったから油断していたわ」
「えっと……それじゃあ私がアルファ様の家族っていう話は、現実……でしたか?」
「ええ。不安なら何度でも言ってあげるわ。あなたは私の大切な家族よ」
あっ……あ〜〜〜〜〜!
よかっ、良かった〜〜〜〜〜!
これは夢じゃねぇ! これは夢じゃねぇっ!
いぃぃぃぃぃぃぃぃぃやっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
「ところで……横になったままでいいから、聞いてもらえるかしら?」
おっといけない、そろそろ正気に戻らないと。
そうだった、そういえば出発前に直接会って伝えたいことがあるからってお部屋に呼んでいただいたんだった。
「もちろんです。何なりと命じてください」
「あなたがエルフの国から帰ってきたら……私、8番がシータだってみんなに公表するわ」
「……えっ。でも、確か私がシータだってみんなが知ってしまうと、色々と不都合があるって……」
昔はよく分かってなかったその不都合を今なら理解できる。
自分で言うのは恥ずかしいが、長年に渡って好かれる努力を重ねた結果、『8番』は他の一般構成員からの人望がある。
そこに『シータ』としての実績まで上乗せしたとなれば、私は確実にガーデンに不和をもたらしてしまう。
具体的にはイータ様から権限を取り上げるために私を七陰に押し上げようとする大規模な勢力が生まれてしまう。ガーデン内にイータ様の人体実験の被害を受けていない子はほとんどいないので、ほぼ確実にそうなる。
そして七陰の地位が不変ではないと判明すれば、そこから先はディアボロス教団と同じような権力闘争の始まりだ。
ガーデンの仲間たちは教団の愚か者のような足の引っ張り合いなんてしないと信じたいが、シャドウ様に少しでも近付きたい面々……559番とか元聖女とかウィクトーリアとかが存在するのも確かなのでどうしても不安は残る。
「それは……もういいのよ。だっておかしいじゃない。数え切れないほどの功績をあげて、ついにはラウンズの討伐まで成し遂げたあなたが正しく評価されないなんて」
そう言ったアルファ様は明らかに自分の言葉に納得できていない様子だった。
理性はそれが間違いだと言っている、しかし溢れる感情を抑えきれない……そんな感じなのだろう。
あのアルファ様が判断を間違えるほどに私のことを思ってくださった。それは素直に嬉しいことだ。
……だけど私は、その提案だけはどうしても受け入れられない。
アルファ様のためだけではなく、私自身のためにも、今回だけは信条を曲げて異を唱えなければならない。
「……あのね、アルファ様。私、8番っていう名前、好きだよ」
私はベッドから起き上がり、アルファ様の隣に座った。それから真っ直ぐアルファ様の目を見つめて偽りのない想いを述べた。
「……シータ、私に気を遣って我慢しなくていいのよ」
アルファ様は困ったように眉を下げた。
私の言葉はアルファ様を困らせてる……でも今だけは譲れない!
「嘘じゃないよ。本当にこの名前がいい……だって『8番』は、アルファ様が最初に助けた女の子の名前だから」
ウィクトーリアが現れるまでは、シャドウ様が悪魔憑きを治療したのは七陰だけだった。
ラムダ様から先はイプシロン様も悪魔憑きを治療するようになった。
でも、七陰とラムダ様の間に悪魔憑きを治療できたのはアルファ様だけで……8番という番号はその中でも最初のひとりであることの証明に他ならない。
「だからって……いえ、そうね。あなたにとっての私は……私にとってのシドなのね」
アルファ様もきっと私と同じ想いを抱えている。
七陰に与えられた名前のうち、1番目を表す『アルファ』という名前は、他でもないアルファ様こそが最初にシド様と出会ったことの証明だ。
「シータの正体を公表する話……撤回してもいいかしら?」
「もちろんです」
大切な人の初めてを貰った女であること。
その事実を周りに知らしめる私たちの名前は他のどんな立派な肩書きにも負けない最高の勲章なのだ。
「それから、改めてあなたにお願いがあるの」
「何なりと」
それを手放すだなんて、とんでもない。
そんな私の想いにアルファ様は共感してくださった。
今この瞬間の私とアルファ様は……今度こそ本当の意味で『相思相愛』なのだった。
「あなたはこれからも……私の8番でいてくれる?」
そう言って微笑むアルファ様に私は満面の笑顔で答えた。
「喜んで!」
◯
私はエルフである。
名前は不思議と沢山ある。
ナンバーズ筆頭シータ。
ミドガル魔剣士学園生徒会長シタラ・アラヴァ。
ミツゴシ商会支店ナツメイト店長シターラ。
ミツゴシ商会プリティスケート部門責任者ボンオドリ。
ミツゴシ商会コラボカフェ部門企画担当者レイヤ・コスプ。
謎の五つ子イッチ、ニィ、ミィ、ヨツ、イツ。
今は亡き性教の唯一神マラクレス。
オリアナ王国女王ローズ・オリアナの心の闇ドエス・ムチウッチ。
オリアナ王国軍元帥サディ・ス・トー。
カボチャ頭の不審者ハチミツ・クダサイ。
人気同人作家シーモ・ネータ。
人形師ジェーン・アン。
魔獣使いジェーン・ドゥ。
楽士ジェーン・トロワ。
踊り子ジェーン・キャトル。
休みがちなユキ娘ヴィルシータ。
アルファ様てぇてぇまじもうむりぃ略してアテム。
セーラー戦士の窮地に現れる謎の紳士シャドウ様仮面。
今の時点で思い出せるだけでもこんなにあるし、たぶんこれからも増える。
でも私が一番大切にしているのはそんな御大層な肩書のついた名前じゃない。
それは七陰ではないその他大勢を数える番号の最初のひとつ。
それはアルファ様が最初に救った女の子である証。
私はシャドウガーデン第1のモブ。
アイ・アム……8番だ!
シャドウガーデン第1のモブはこれで完結です。
お読みくださった皆様、ありがとうございました。