シャドウガーデン第1のモブ   作:ことのはだいり

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第7話 やめてくれ、その言葉は知名度の高いネタをパクリまくってこの作品を書いてる私にも効く

 ミツゴシ商会が運営する世界初の遊園地。

 連日大賑わいのそこが閉園時間を迎えた後、なぜか目と口以外を全身黒タイツで覆い隠した私は、自分以外の乗客が全てマネキンという不思議な状況下で、しかも安全棒を付けずにジェットコースターに乗っている。

 

「あああああ! 落ちる! 落ちる! 落ちちゃあぁああう!」

 

 もちろん私はひとりで遊園地を貸し切って夜な夜な異常な遊びに興じる変態ではない。これは仕事だ。それも七陰の勅命である。

 七陰の第二席『堅実』のベータ様は、表の世界において売れっ子作家ナツメ・カフカとして活動している。

 ナツメ先生は文学のあらゆる分野で名作を生み出してきた天才。児童書から哲学書まで何でも書ける万能作家だ。そんな文豪が今力を入れているのが推理小説であった。

 超人的な執筆速度を誇るナツメ先生である。作品自体は既に書き終えている。書き終えて出版社に提出したからこそ、複数の作品を完成させた今になって編集部から問題を提起されてしまった。

 

「ナツメ先生。このトリックなんですけど」

 

「はい? 動いてるジェットコースターの上を歩いて標的の首に鋼線をかけるだけですけど、変ですか?」

 

「いや人間にそんなことできませんってば」

 

 七陰のベータ様としては自信を持って「出来らぁ!」と言えるのだろう。だが、今は戦闘力皆無の文系エルフ少女に扮している最中。ベータ様は仕方なくそれっぽい理由を考えた。

 

「一流の魔剣士ならできますよ。それに普通の人でもできたら現実でトリックを悪用されちゃうかもしれませんから、無茶に思えるくらいがちょうどいいと思いますけど」

 

「後半は全面的に賛成しますけど、前半は証明してもらわないと後から苦情とか来ちゃうので」

 

 そんな経緯でベータ様は昔から資料集めなどに協力してきた私を呼び出した。私はナツメ先生の大ファンであり、表の世界の低い水準に照らせば一流の魔剣士である。好きな作品の完成に一役買えるのであれば断る理由もない。イータ様の実験に付き合うより遥かに楽しい仕事だ。

 私はうきうき気分でトリックの検証役を請け負った。そしてすぐに後悔した。

 まさか天才ナツメ先生の考える殺人犯が!

 標的よりも自分自身に対する殺意の方が大きい阿呆みたいなトリックばっかり使うなんて!

 想像しないでしょうが!

 

「うおおお氷橋! うおおおおおお!」

 

 園内の大きな池の真上にベータ様がなんやかんやしてかけた氷の橋の上を私は必死で走る。もしも足を滑らせたり橋が割れたりすれば、この真冬に準備運動なしで寒中水泳する羽目になる。

 今日はなんだか寒いなぁ。あったかいのは、本当は奈落の谷の上にかけるけどさすがに危険だから落ちても大丈夫な場所にしたというベータ様の気配りだけだ。なんて現実逃避しながら必死に足を前に出す。

 頑張れ! 割れるな氷橋! 頑張れええええ!

 ここで思い出して欲しいのだが、私の正体は百キロ超えの筋肉ゴリラだ。

 氷の割れゆく音が私には謝罪のように聞こえた。

 きっと氷橋はこう言ったのだ。

 

「僕の名前はすがばし! こおりばしじゃないよ!」

 

「いけない! 低体温症を起こしてる! 言動がまともじゃない!」

 

           ◯

 

「うーん。やっぱり今回ばかりは書き直しをお願いしてもいいですか?」

 

 ナツメ・カフカは作家業始まって以来の窮地に陥っていた。

 これまでナツメは敬愛するシャドウから寝物語に聞かされた言葉の全てを堅実に再現してきた。

 ナツメが読者に伝えたいのはシャドウの言葉であってナツメ自身の言葉ではない。だから余計な脚色や改変を加えて作品を汚すなんて許されないことだ。

 シャドウが「犯人は動いているジェットコースターの上で動き回ったんだ。真実はいつもひとつ!」と言ったらそれが真実でなければならない。

 トリックの詳細が良く分からない部分は余計なトリックを追加せずに済むよう、フィジカルで解決しなければならない。

 一般人の編集がいるため自分でやるわけにいかないとしても、シータのフィジカルであれば問題ないはずだった。

 しかし、なぜかこの日のシータの動きは精彩を欠いていた。普段と違うことなんて、雪が降る寒い日であること、それからシータにシャドウ曰く犯人の正装だという全身黒タイツ姿になってもらっていることくらいだ。

 ちなみにシータは極寒環境下での任務の経験はない。しかも作中に存在しないという理由で咄嗟の使用を防ぐべくスライムを装備していない。

 そして寒ければ厚着をしようという当然の発想を実行しているナツメは、凍えた身体でどれほど動きが鈍くなるかを実感していない。

 やむを得ない、ここは銀髪美少女エルフ作家から銀髪美少女エルフ作家兼一流魔剣士に進化しよう。

 ナツメが覚悟を決めようとした、その時だった。

 

「編集さん、私、掴みました……殺人犯の心!」

 

 39度の熱を出して寝込んでいたはずのシータが、今にも人でも殺しそうな目で訴える。

 

「もう1回最初から殺らせてください! 次はちゃんと殺りますから!」

 

 どうやら今しばらくは、ただの泣きぼくろがかわいい銀髪美少女エルフ作家のままでいられそうだ。

 

          ◯

 

 それは突如、高熱でうなされるシータの脳内に溢れ出した、存在しない記憶。

 見知らぬ男性を連れ立った笑顔のアルファ様が言う。

 

「シータ、紹介するわ。私の彼氏」

 なんだと、殺す!

 いや待て、まだ早い。

 月日が流れ、私は喫茶店でアルファ様と話している。

 

「シータには最初に教えてあげる。私ね、もうすぐ結婚するの」

 

 だ……駄目だ。まだ殺るな……こらえるんだ……し……しかし……。

 場面が変わる。泣き崩れるアルファ様が私の偽乳に顔を埋める。

 

「彼、私とはもう終わりだって……別の人と付き合うって……」

 

  よっしゃあ! 泥棒猫に冤罪ふっかけた上で両手両足拘束して、すが橋先輩の上をぶち転がしてやらァ! そんで全身凍傷でぶっくぶくに膨れた後で池の底に沈めてやんよ!

 それからも私はナツメ先生の推理小説で見た数多の場面を追体験して、アルファ様を泣かせたり傷付けたりしたクソ共への殺意を育んだ。

 そうか、そうだったのか。

 犯人とは……殺意とは……全て理解したよ。

 今の私なら、立派な犯人になれる!

 殺しの真理に至った私は、自分が重病人であることも忘れて飛び起きた。

 

      ◯

 

「ひゃあはははははあっ! 次はどいつだぁ!」

 

 切り落としたマネキンの首を振り回しながら、舌を垂らしたシータが笑う。発熱のせいか完全に正気を失っているが、全てのトリックを予定通り成功させてくれたのでベータ的に問題ない。

 

「シタラさん、これで最後なのでおうちに帰って薬飲んで暖かくして寝てください」

 

「あっ、はい。お疲れ様でした」

 

 うわぁ急に落ち着くなと編集さんが動揺しているが、情緒不安定なシータを見るのは今に始まったことではないのでベータは動じない。イータに薬を盛られたシータが突然服を脱いで号泣し出すことなんてシャドウガーデンでは日常茶飯事だ。

 なおベータは知らないが、ベータがシータに抱く印象とまったく同じものを、シータもベータに対して抱いている。ベータは七陰の中ではイータの無許可人体実験の標的にされがちだし、それがなくても近日中に「シャドウ様にお姫様抱っこされたいのぉぉぉぉ!」などと壁を複数枚貫く大声で絶叫する未来が待っている。人は、自分にはとことん鈍くなれるものだ。

 そして後日、ついにナツメ・カフカ真冬のミステリーフェアと題して『名探偵コニャン』や『チャーロック・ホームズ』など、シータの献身によって完成した本が同時発売された。

 新刊発売日といえば購入者へのサイン会は定番である。せっかくなので自分の関わった本がどれだけの人を笑顔にするのか見てほしく、ベータはサイン会のお手伝いという名目でシータを誘った。

 

「すごい……順番待ちの列の終わりが見えませんよ。さすがはナツメ先生です」

 

 シータが感極まった様子で呟いた。

 

「冬は巣ごもりで読書需要が増えるからよ。まあ、去年より盛況な気もするから、それはきっとシタラの頑張りのおかげね」

 

 ベータとシータが顔を見合わせて笑い合う。この二人、昔から結構気が合うのだ。

 似た者同士だからかな?

 

「それじゃ、そろそろ始めましょう。皆さん、これよりサイン会を」

 

「ちょーっと待ったぁ!」

 

 順番待ちの列を押しやり、ベータの前に露骨な威圧感を振りまきながら歩いてきたのは、いかにも悪いことしてますよといった感じでガラの悪い男だ。

 

 ベータが席を立つ前に、シータがボディガードのように前に出る。

 

「なんですかあなたは。ナツメ先生のサインが欲しいなら、ちゃんと列に並んでください」

 

「いるかよそんなもん。それよりナツメ先生よぉ。俺に謝ることがあるんじゃねえかぁ?」

 

「さて、私はあなたとは初対面だと思いますけど、人違いでもしているのでは?」

 

「しらばっくれんじゃねえ! 知ってんだよ俺はよぉ! あんたが稀代の丸パクリ作家だってなあ!」

 

 ベータの視線が冷えていく。ベータが書き上げた作品は確かにシャドウから聞いた話を丸パクリしてはいるが、そのことを糾弾していいのはシャドウだけ、見知らぬ男に難癖付けられる筋合いはない。

 

「ちなみになぜそう思ったのでしょう?」

 

「だってよお! お前の書いた話は全部、このワナ・ビー様が先に考えてたんだからなあ!」

 

 ベータはこれ見よがしに溜息をついた。これ以上この男の話に付き合う価値もないので、さっさと排除してしまおう。

 そう思って行動に移すよりも早く、黙り込んで肩を震わせていたシータが怒鳴った。

 

「ふざけるな! ナツメ先生がパクリなんてするものか!」

「うっ」

 

 シータの言葉の矢がベータの胸に刺さった。やめてシータ、見ず知らずの他人に言われる分には平気でも、シータほど付き合いの長い相手に言われるその言葉は効く。

 

「ナツメ先生は凄いんだ! 天才なんだ! ナツメ先生はパクってない! 全部自力で書き上げた! 考え抜いた!」

 

「あっ、あのねシタラ、もうその辺で」

 

 サイン会に来たナツメ先生ファンたちも「そうだそうだ!」「助手の嬢ちゃんの言う通りだ!」と次々に声を張り上げた。

 

「お前の妄言なんて誰も信じない! ナツメ先生の勝ちだ!」

 

 気圧されたワナ・ビーが背を向けて走り出す。

 

「逃げるな! 卑怯者!」

 

 肩で息をするシータを横目に見て、ベータは真っ赤になった顔を平手で叩く。

 それから笑顔を作り「それではあらためて、サイン会を始めます」と言い放った。

 この業界、切り替えが早くなければやってられないのである。

 

          ◯

 

 後日、シータは顔を真っ赤に染めたベータによってポカポカパンチの刑に処された。

 なんか大衆の前で褒められ過ぎて恥ずかしかったらしい。

 そんなシータとベータの様子を陰から見ていたアルファは、微笑ましい光景に頬を緩めつつ、なぜか胸にチクリとした痛みを感じたという。

 

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