虚弱先生の青春物語   作:不透明な水滴

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傷、放課後

 

 もし、ある日突然世界に終焉が訪れた。そんな事が起きた時、君はその運命を受け入れることが出来るのだろうか。

 人は二度死ぬと云う事は聞いた事がある。一度目は肉体的な死、我々人間が、自分が自分である内に認識できる範囲での最期だ。そして二度目は、記憶から消される精神的な死。人間が、生物が、存在が君を忘れた時、君は本当の意味でこの世から、人々の記憶から消えたことになる。

 

 だけど、そんな幸せすぎる死なんて、存在しない。

 

 君は、そして僕は、誰にも救われず、見られず、意識されず、皆に絶望と悲しみを与えて、この世から消えていく。

 

 そうだろう、きっとそれが答えなんだろ。この世界の結末、エンドへと向かう、最期の結末は。

 

 誰よりも醜く、耐え難い絶望の中だ。

 

︎ ✦︎

 

「っ!はぁ……はぁ……」

 

 目がぼやける。勢い良く目を開けたせいで、光に目が慣れずまた一瞬目を瞑る。今頭も、目も痛い。

 全身を汗だくにし、意味も分からず息を切らす。浅い呼吸を繰り返すが、脳内では一番に見た夢の事を思い出していた。直前の記憶を辿る。確か、ふと何かを云われた瞬間に意識を取り戻した気がする。聞いた瞬間だったのに、その会話が思い出せない。夢、だろうか。

 よくよく考えれば寝てしまった。という云う訳では無い、気がする。どちらかと云うと、気絶していたの方が近い。

 そうこうしている内に目は光に慣れ、覚醒させる。意識を埋め込み身体を起こしたその瞬間、窓の外から茜色の光が差し込んで来た。私が倒れる直前の時間と合わせても精々一、二時間程度だろう。

 外に気を取られ、改めて周りを見渡して見ると見た事のある壁や部屋の雰囲気。思った通り、ここはアビドスの休憩室の様だった。

 

「―――あ、やっと起きた?」

 

「……ん?」

 

 夕陽が良く見え、何も考えずに見つめていると突然何処からか声が聞こえた。その声は柔らかい、同じ様に直後まで寝ていた様な声。直ぐ近くで聴こえたと教室中を見渡してみても、何処にも、誰も居ない。

 

「下だよ、先生」

 

「下……?」

 

 声の正体が私の中で一致し始める。その思考と共に下を向くと、私の寝ていたソファの下に、マットの様な物を敷きホシノが寝そべっていた。

 眠そうに目を瞑り、両手をわたしの方へと向ける。恐らく、起こして欲しいのだろう。

 

「ホシノ……?一体なにして……?」

 

「気にしないで。先生の寝る場所がなくてね、ちょっとボロいけど、無いよりかはマシかなと思ってね〜」

 

「そ、そう……」

 

 ホシノの差し出された両手を掴み、軽く引き上げてみると、驚く程軽く持ち上げる事ができた。正直持ち上げられず私が持っていかれると思ったが、まさかこんなにも軽いとは。

 ホシノを立たせ、私も体勢を変え座り直すと、ホシノが躊躇も無く横に座り両腕を上へと伸ばす。

 

「いや〜、やっと座れたよ」

 

「ごめんね。所で私って、どのぐらい寝てた?」

 

「大体三時間くらいかな〜?」

 

「……そっか」

 

 丁度会話が途切れたタイミングでふと思い出す、目覚める前に見た夢。

 夢なんていつぶりだろうか、夢にしてはリアルすぎる現実を見た様な気もするし、悪夢の様にも見える。どちらにせよ、まるで本当にあったかのような夢だった気がする。

 深く思い出そうにも、夢を見た事はうる覚えではあるが、その内容は綺麗さっぱり覚えていない。まあ、夢と云うのはそう云うものだ。特に違和感を覚える様な事でも無い。そう、別にある事だから特に気にしてはいない。

 頭の中で集中し下を向いていると、ホシノが私の顔を覗き込み、呟く。

 

「先生?どうかした?」

 

「……え?どうかしたって……?」

 

「いや、凄い顔で考え事してたから、ついね〜?」

 

 そう云われ顔を触ってみると、自分でも驚くほど顔が引き攣っていた。それも痛い程に。考え過ぎにしては引き攣りすぎだとは思うが――――疲れてるんだろう、私も。

 

「そう云えば、ホシノは何でここに?もう帰る時間じゃ……?」

 

「流石に倒れちゃった先生を見捨ててまで帰れないからね〜、皆で会議をして、残る人を決めたんだよ〜。中々決まらなくて、武力行使にまでいきそうだったけど」

 

「……ん?それってどう云う?」

 

「あ、いやこっちの話」

 

「……そう?」

 

「うん」

 

 ほんの一瞬でホシノ様子が変わった気がするが、気のせい、だろう。

 そんな事より、あの時の夢、まあ夢と云うにも怪しいが、ややこしくなるし夢と云う事にしておこう。夢の中では、アビドス学校と限りなく似ている衰退した学校が見えた。厳密には、あれがアビドスなのかは知らないし、暗くて見えなかったからキヴォトスですら無い可能性もある。だが、見ていて安心感や見慣れた気持ちになっていたし、恐くアビドスなんだろう。そう思っている。

 

 だが、あれが私の居る世界、キヴォトスなのだろうか。そうだとは思えない、どこか暗くて、終わりのない世界。だけど、もしあれが私の未来の世界だと云うのなら――――

 

「ホシノ」

 

「ん?どうし……っ!?」

 

  一瞬見ただけ、その筈なのに頭の中では可能性の未来だと信じて止まない。考え過ぎの結果オーバーヒートを起こし、何の気もなく外を見ているだけのホシノに声を掛け、身体をこちらに向けている暇も無く瞬間に肩を掴んで問いかけた。

 

「何か困っている事とか、悩んでいる事とかない?本当に、何か悩んでいるのなら私に伝えて欲しい。もし、あれが……本当だったら、私は……私を」

 

「ど、どうしたの。先生?急にそんな……そんなおじさん、悩んでる事なんて……ね?」

 

「……ホシノ?」

 

 肩を掴む事すら躊躇せず、突然そんな事を云った私にホシノは困惑しながらも落ち着きと同時に『困っている事なんて無い』と伝えた。

 その言葉に一瞬安堵を覚えたが、その直後ホシノの言葉の重みが違う事に気付く。普段の緩く柔らかい声質では無く、少しだけ重く、焦りの声。だがそんな一瞬の出来事を今の私が気付く訳も無くその一瞬の疑心は安堵へと塗り替えられた。

 それを追撃する様ホシノは私の掴んでいる手に触れ、直ぐにあのいつもの声へと変わる。

 

「と、と云うか急に肩を掴んじゃうだ何て先生も大胆だね〜?」

 

「あ、ごめん……」

 

「うん、大丈夫だよ。私としても……嫌じゃないし……?」

 

 一瞬にして頭の中が肩を掴んだ事による衝撃で何も聞こえない時、ホシノが何かを呟いた様な気がした。それを気にし聞き返すと、ホシノは『何でも無い』と返した。

 考えれば考えるほど、分からなくなる。

 でも、あれが皆んなの世界で、見てた景色が終焉だったとしたら、私は私の命を使ってでも、この世界を護らなければいけない。そう思っていると、無意識に小さく呟いた。

 

「……ホシノ、私が、絶対に守るから」

 

「……え?」

 

「……どうかした?」

 

「えっ?い、いや〜聞き間違いだったみたい……あ、そう云えばそう!先生の手!」

 

 再び声が強ばると、ホシノは私の手を指差した。

 私の手は濃くは無いが数多の痕が残っており、それを気にしたのだろう。ホシノが続けて、ある事を云い出す。

 

「それに関して何だけど、先生が倒れちゃった時、随分と汗をかいてたみたいだったから、少しだけその……服を……ね」

 

「もしかして、見ちゃった……?」

 

 その言葉に、ホシノは小さく頷いた。

 少し、いや結構に背筋が冷たくなった。その筈、私の身体には原因不明の傷痕があるからだ。その数は本当に多く、何の傷も無い素肌の方が少ない程。多いと云う言葉だけでは言い表せられない程のものだ。

 何時か、話そうとは思っていた。だが、そんな事を云ってしまえば心配をかけるかも知れない上、子供が見るには余りにも酷く、言葉だけでもトラウマを植え付けそうだったから。云え無かった。

 

「この傷、私にも覚えが無くてね。本当に」

 

「じ、じゃあ昔に何かあったとか?覚えてないだけで……」

 

「いや、私がキヴォトスに来た時から有ったみたいだし、痕の薄さを考えると、最近……数十年前以上な気もする」

 

 勿論痛みは無い。それに何故か首から上は一切の傷が無い為今までの様に誤魔化す事だって出来る。見えているであろうこの手はバレてはいるが、今まで身体の傷までは誰にもバレなかった。

 それだけなら、良かったのだが。毎日を過ごし、日に日に生気が薄まっているような気もする。特に、この傷を認識し始めた辺りから。正確には、日を追う事に握力や腕力等の筋肉がほんの少し弱まっている様な気がする。それに、倒れやすくなったり、ほんの一瞬座ったらだけで立ち上がっ際に立ち眩みを起こす等も頻繁に起こる様になり、今はまだ大丈夫だがその内日常にも支障が出る様な症状。だが、どうする事も出来ない事もまた現状だ。

 

 そんな事、生徒の前で云える訳も無い。そんな事を云って、どうにかなる様な問題では無い。どんな顔をされるのか、分からないと云う恐怖は時に何よりも強いのだ。

 だが、そんな弱音を吐いていてもこの現状が変わる訳では無い。私は便利屋との戦いで気力を尽くし、結果として陽が落ちる時までホシノを待たせてしまった。それは紛れも無い事実。そんな状況を打破すべく、私は『守る』と口にした。

 

「――――守る……か。そうだね……私達が、皆んなを守らないとね」

 

 ホシノは自分の手を見ると、そう口にした。少し明るい口調、何か決意を意味する様にも聴こえる言葉を云い終えると共に立ち上がり、足元にあるマットを丸め壁に立て掛ける。そしてそのまま風に乗る様休憩室のドアを開けた。

 一歩を踏み出す瞬間、その脚を止め私の方を振り返ると、ホシノは分かっているかの様な微笑みを向けながら私に問いた。

 

「もう、先生は立てる?」

 

「……う、うん、もう大丈夫」

 

「なら、おじさんは先生の安全確認を終えた事だし、おじさんは先に帰ってるね〜。先生も外は結構暗くなってきちゃったし、夜の砂漠は意外と寒いから気をつけてね〜」

 

 声色は常に緩く、そして柔らかい声を走らせ、私が頷くと、偽りの無い微笑みを向ける。そして少しの音も聞こえず、静かにドアを閉められると、二人で会話を交わしていたにも関わらず、何処か人寂しく、静かだと思っていた空間が、より色濃い静寂に包まれる。

 

「……私が、やるしか無い」

 

 最初からそのつもりで来ていたのに、今更になって決意を胸に込めるとは、自分でも思わなかった。ホシノもこの学校を出た頃だろうか、そうなれば、この学校には私一人。寂しさを感じ無い訳が無い。

 

「……傷、痛かったのかな」

 

 この傷は、今も癒えない。きっとこれからも、癒える事は無いだろう。それでも、抗い続けなければいけない。アビドス彼女達はまだ誰一人として膝を折ってはいないのだから。

 ソファから身を立ち上げると、またいつも通りに視界が狭くなる。脚が重力に勝てず、耳鳴りと共に再びソファはと戻されそうになる。直ぐに視界は落ち着き、焦り要素一つ無く慣れた様に重力を押し上げ、立ち上がった。これからは、私が護る。この学校も、彼女達自身の事も。

 

 その決意が、私をその地へと立たせた。

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