後日、昨日見た夢は曖昧になり、思い出すことが困難になった。それでも、どうしてもあの夢が夢だけだとは思えなかった。まるで、別の世界かの様な――――青春からは随分と離れた、絶望の世界。そう云う言葉がしっくりくる程、あの夢はおかしい。夢―――そう、おかしいんだ。
そんな事を考えていても、今日が、明日が変わる訳では無い。今は今やれる事を、全力でやり切ろう。
今日を全力で、息が切れない程度に。
「あ、先生、おはよう………って先生!?」
「あ……おは……よう」
云っておくが私に体力なんで概念は存在しない。
筋トレ等と云う概念。やろうとすればどんな種目でも一瞬でで死ねる。二十メートルですら走っただけでも息が上がる所か過呼吸までいく程、私は体力がない。初めてアビドス自治区に来て遭難した日だって、普通の人より大分多い水分や補給品を持っていっても死にかけた。その点に関しては体力の有無と云うより、単純に体が弱い。
しかもその癖、意識が集中すると自分の身体構わず動いてしまうせいで、気付けば死にかけてるし、早く治さないと自分の管理を忘れて死んでしまってもおかしくない。
朝一番に体力増加の為と云う薄い理由を付け歩いていたが、同じく登校をしていたアヤネと死にかけながら出会っている。勿論、これも今日が初めてでは無い。
アヤネは持っていたハンカチと持っていたペットボトルを手渡し、肩を背負う。
「だからあれほど適度に休憩と水分補給をしてくださいって……!」
「私も、したつもりなんだけどね……」
アビドスに来てから数週間、鍛える為だの、生活を満足にする為だの。そんな理由を付けてはこんな事を繰り返していると、アヤネ達も手慣れた手つきでその場看病をしてくれる。
自治区のど真ん中と云う事もあり、近くの日陰へ移してもらいベンチへ座らせられた。キヴォトスの中でも異質なこの街は、夏だろうが冬だろうか二十三度から三十度を常に超える。つまり、ほぼ毎日こんな有様になっている私は今のままでは居られないと云う事だ。
「いつも、ごめん……」
「謝らなくていいんですよ、先生の身体が弱い事は元々知っていましたし、今更変に驚いたりもしません。それに……悪い気はしませんので」
「そう……?と云うか、こんなに朝早くに居たって事は、何かやるべき事があったんじゃ……?」
「いえ、今は先生の方が先です。私は後からでも出来ますから」
時刻は七時前、普通ならまだ校門すら空いていない。誰かが居る筈も無いのに頑張って来ているアヤネに関心していると、遠くから誰かの鼻歌が聞こた。
テンポ良く地面を蹴る音。恐らく軽いスキップをしている足音だと理解する。それと同時に私の中で色んな生徒を思い浮かべたが、ここ最近アビドス付近で出会ってきた生徒では一人しか思い当たらない。
「ん?あっ!先生じゃん。おっはよ〜!」
「なっ……なな…!?」
白い髪のツインテール、そしてゲヘナの制服。同時刻、私達の目の前には、以前アビドスを狙い攻撃を仕掛けて来た『便利屋68』の浅黄ムツキだった。
スキップをしたまま私の方へと近付いてくる。焦ったアヤネは迫って来るムツキを捕まえようと両手を広げ襲い掛かるが、あっさりと隙間を抜けられ私の元へとやって来た。
「こんな所で会うなんて偶然……って、どうしたの先生?具合悪そうだけど?」
「ちょっと……熱中症で」
多少回復したとは云え心臓はまだバクバク鳴っており、熱で顔も赤くなっている。すると突然ムツキは私の後頭部を引き寄せ、おでこにムツキは自分自身のおでこを当てた。
その瞬間、違った意味で心臓が高鳴る。同じく顔を真っ赤にしたアヤネがムツキを後ろから一生懸命に引っ張るが、ムツキはビクともせず。やがて何かを感じ取ったムツキは自分からその手を離した。
離れた瞬間アヤネは押され、後ろに尻餅を着く。そして立つ事も忘れ怒りを露わにした。
「な、何してるんですか!離れてください!」
「熱はなさそう……ってあれ?アビドスのメガネっ娘ちゃんじゃ〜ん!」
私に熱がないと分かると少し安心した顔をし、その後直ぐにアヤネに目を向ける。尻餅を着いているアヤネに『メガネっ娘』と名付け、昨日やった事とは裏腹にとても優しい表情でアヤネに手を差し伸べていた。
「おっはよ〜、昨日ラーメン屋で会ったよね?」
「……自分で立てます」
アヤネは怒った表情で立ち上がると、直ぐにムツキと私の間に入り、私に被害が及ばない様身体を使い前に立つ。そして怒りの声を上げた。
「それにその後の学校の襲撃でもお会いしました!どういう事ですか?いきなり慣れ慣れしく振舞って……それに、先生に……ふ、触れ……っ!」
「良いでしょそのくらい。あ、もしかしてメガネっ娘ちゃん……!」
「〜っ!というか!私はメガネっ娘じゃなくて、アヤネです!!」
終始顔を赤くしアヤネは叫ぶ。お互いの云い合いが頭に響く中、風に身を委ねつつ私はムツキに質問した。
「……どうして、ここに?」
「そ、そうですよ!何でここに居るんですか!」
「ん?だって私達、別にメガネっ娘ちゃん達の事が嫌いな訳じゃないし?ただ、部活で請け負ってる仕事だからさ。仕事は敵同士でも、それ以外の時は仲良くしたいじゃん?」
「いっ、今更公私を区別しようと云う事ですか!?」
会話の中でムツキはボタンを押し、ペットボトルの麦茶を落とす。太陽に照らされながら手に取った麦茶を首筋に当て、軽い声色でそう云った。
「別にいいじゃん。それに『シャーレの先生』は、あんた達だけのモノじゃない……でしょ?だよね、先生?」
「え……?う、うん。そう……だけど」
私がそう答えると、ムツキは狙っていたかの様にアヤネに向けて微笑みながらウィンクを見せた。その姿をアヤネは身体を震わせながら睨み付ける。そうして互いにバチバチと火花が撒き散らし、日陰に居る筈なのに冷や汗が止まらない。
「ケンカはしないようにね……」
「あはは、それは無理かな〜。こっちも仕事だからね。アルちゃんがモチベ高くてさ、テキトウにやると怒られちゃうから。ま、いつかウチの便利屋に遊びにおいでよ、先生。アルちゃんも皆んなも、きっと喜ぶからさ。そんじゃ、バイバ〜イ。アヤネちゃんもまた今度ね」
「また今度なんてありません!!今度会ったらその場で撃ちます!」
嵐の様に去って行ったムツキにアヤネは叫んだ。その叫びも言霊として消え、蝉の鳴き声が聞こえる。アビドス特有の何時でも暑い太陽の日差しが陰の隙間からアヤネを照らした。
アヤネも同じく日陰に居た筈なのに、何時もよりも息を切らし、未だにその怒りを抑えられていない様だった。
「はぁ……はぁ……なんなんですかあの人は……!」
「まあまあ……とりあえず、私も回復したし。もうそろそろアビドスに向かおうか」
冷静に深呼吸をしても少し不貞腐れ、無理矢理に納得したアヤネは私の提案に頷き、日陰を出た。
︎ ✦︎
「今分かっていることは、昨日の襲撃の件と、ヘルメット団のことについてです」
アビドス定例会議。アヤネがホワイトボードに襲撃事件、そしてヘルメット団の情報をまとめ、書き出しながら話し始める。
ホワイトボードには大きく襲撃事件を起こした首謀者の名前を書き出し、その名前を丸で囲った。
「昨日の襲撃の件ですが、襲った組織の名前は、『便利屋68』という部活のようです。ゲヘナでは、かなり危険で素行の悪い生徒たちだと知られています」
リーダーのアルを筆頭に、カヨコ、ムツキ、ハルカの四人で構成されている何でも屋、その噂と実力は本物であり、実際にゲヘナの風紀委員会も捕まえる事が困難だと云う。
「この情報は先生から頂いたんですが、先生は何か知っていたんですか?」
「……え?」
そうアヤネに問われ、改めて考えてみると、自分も何でこんな事を知っているのか分からなかった。確か、生徒一覧から調べた記憶があった、筈。
「な、何でなんだろう…ね?」
初めて見た人達なのに何故か昔、薄い記憶の中でモヤついているが、出会った事があった気がする。詳しくは思い出せないが、それこそ今朝ムツキと話していた時も自然な感じで話せれていた。少しの抵抗も無く。
「分かんないなら、また次会った時にとっ捕まえて聞いてみようか、ここを狙っている理由〜」
「そうですね、ホシノ先輩の云う通り、次に会った時は……!こほん、失礼しました。次にヘルメット団の事について話します」
そう云うとアヤネはタブレットを取り出し、ある画面を皆んなに見せる様机の真ん中に置いた。
表示されている写真は壊れている武器、ヘルメット団が使っていた武器だった。アヤネが壊れ飛び出ている部品を指で二回タップすると、その部品の検査結果というもう一枚の写真が表示される。
「先日の戦闘で手に入れた戦略兵器の破片を分析した結果……現在は取引されていない型番だということが判明しました」
「もう生産してないって事?」
「そうなるわね。ヘルメット団が……それをどうやって手に入れたのかしら」
そうホシノとセリカの疑問に、アヤネはタブレットをスライドさせある場所の地図を映し出す。
「生産か中止された型番を手に入れる方法は……キヴォトスでは『ブラックマーケット』しかありません」
「ブラックマーケット……とっても危ない場所じゃないですか」
ブラックマーケット。名前だけで怪しさ満点のその場所は表示されている地図の危険度マークは星五中星四。私の様な人間は疎か、普通の生徒は行く筈の無い魔界の様なもの。
「あそこでは中退、休学、退学……様々な理由で学校を辞めた生徒たちが集団を形成しており、連邦生徒会の許可を得ていない非認可の部活も沢山活動していると聞きました」
「便利屋68みたいに?」
「……はい、それから便利屋68も、ブラックマーケットで何度か騒ぎを起こしていると聞きました」
その情報は私の方でも見た事がある。依頼の為か私欲の為か、ブラックマーケットの一部を制圧し、そこでしか手に入れられない様なレア物を数個奪っていった。
便利屋クラスが動く場所、私は生きて帰って来れるのかが心配だ。
「それじゃ、決まりだね〜。ブラックマーケットを調べてみようか」
︎ ✦︎
「ここがブラックマーケット………」
アビドス自治区から少し抜けた無法自治区。出来る限り調べ上げ、私達は今ブラックマーケットの裏入口に立っている。
「わあ☆すっごい賑わってますね?」
「明らかに怪しい雰囲気じゃない……」
ノノミの云う通り、朝方だという時間帯に比例していない程、ここブラックマーケットは賑わっていた。連邦生徒会ですら手が付けられないと聞いたが、セリカの云う通りこの雰囲気ではどれだけ制圧しようと抑え切れるとは思えない。
空気から違う。少しでも気を抜けば何をされるのか分かったものじゃない。
「本当に。小さな市場を想像していたけど、街一つぐらいの規模だなんて、連邦生徒会の手が及ばないエリアがここまで巨大化してるとは思わなかった」
「うへ〜、普段おじさん達らはアビドスにばっかり居るからね〜。学区外は結構変な場所が多いんだよ」
アビドス自治区と比べれば流石に規模は落ちるが、それでも簡単に迷子になれてしまう程の大きさはある。何ならそこらの自治区なんかよりも大きい。
「ホシノ先輩、ここに来たことあるの?」
「いんやー、おじさんも初めてだね〜。でも他の学区には、へんちくりんなものが沢山あるんだってさ〜ちょーデカい水族館もあるんだって。アクアリウムっていうの!」
今度行ってみたいと口にするホシノは連鎖して『魚』と『お刺身』という単語が出てきた。水族館でそれは禁句では?
「ホシノ、考えがいっちゃいけない方向にいってるよ」
「……皆さん、油断しないでください。そこは違法な武器や兵器が取引される場所です。何が起こるか分からないんですよ」
「何かあったら私が撃つ」
アヤネが注意をしシロコが銃を構える。いざ入ろうと脚を踏み入れた瞬間、突然大きな銃声がブラックマーケットを覆った。
「これは……!」
「銃声だ」
近くで銃声が鳴った。シロコは音を聞いた瞬間、直ぐに音の方へと走っていく。一瞬にして遠くに行ってしまい、気付いた時には豆粒の様だった。
「あ、シロコ先輩待って!」
「私達も追いかけよう!」
そうして、私達は周りの事など一切気にせずブラックマーケットの深部へと走っていく。灯りは少なく、太陽は上に居るのに光すら届かない。私達はシロコを見失わない様、必死に追いかけた。
伝説が、始まる……!