ブラックマーケットの角を曲がった瞬間、奥から凄いスピードでこちらに向かってくる子がシロコにぶつかった。
咄嗟にシロコは体幹を固めぶつかった子を弾き飛ばしてしまう。しりもちを着き頭を抑えた子は直ぐに我に返る様、立ち上がって頭を下げた。
「っ!いたた……あ、ご、ごめんなさい!」
「私は大丈夫、貴方は……どうやら、誰かに追われてるみたいだね」
シロコが視線を前に向け、そっちの方向を見ると二人の不良らしき人物が銃を持ち奥から走ってきた。
追い付いたと呟きながら不敵に笑うと、私達の方を向き鋭い声色で銃口を向けた。
「何だお前らは、どけっ!アタシ達はそこのトリニティ生徒に用がある」
「あ、あうう……わ、私の方は特に用はないのですけど……」
「トリニティ生徒……?」
そう云われその子の制服を見ると、確かにアビドスでは見ない様な白い制服、しかも胸元にはしっかりとトリニティの校章が貼られている。トリニティ、確か人口がキヴォトス一番クラスであり、ここ最近何処かでトリニティの名前を聞いた事がある。
すると突然片目だけ視界が捻れていき、ある景色が、雑音の中に見えた。
「トリニティ……エデン……条約……っ!思い出した!ヒフミ!」
シロコの後ろに隠れるその子の肩を掴み、微かな記憶の中から、ある名前を思い出した。
それともう一つ、エデン条約。ゲヘナとトリニティが平和条約を結ぶと記事があり興味本位で軽く見ていた。そんな記憶と云える様なものでは無いが、彼女の名前は、私の記憶では深く濃く色付いている。
「ヒフミ……だよね?」
「は、はい……そうですけど……なんで私の名前を?」
「……分からない、けどトリニティで……ヒフミは……それで、私も、皆んなも……キヴォトスも」
思い出そうと眼に力を込め集中しようとしても、常に来ていた頭痛が突然してしまった強くなり、考える事よりも痛みに耐えようと思考が停止してしまう。
「っ!……まだ今は考えるなって事か……待って、この力を使えば……もし、これが未来への予知だったら……!」
「皆んな、まずはヒフミを連れてこの場から逃げよう!」
「え?に、逃げちゃうんですか?」
突然の逃走提案にアヤネが困惑しながら尋ねると、私は首を縦に振る。目の前の不良達は今にもその引き金と怒りを暴発させんとばかりだった。
「うん、ヘルメット団の事もあるけど、今はヒフミの安全を優先、いつでもここには来れるから、直ぐじゃなくて良いよ」
「分かりました……では、こちらに!」
ヒフミを後ろに行かせ、私達も数歩後退る。不良はさせないと云わんばかりに数歩強く脚を踏み入れ、引き金に指を静かに置いた。
「ごめんね。私達はあんまり争いは好きじゃない、君達もこんな所じゃなくて、元ある場所に戻りなさい」
「アタシ達だってその生徒が必要だ。もし連れてくってんなら……覚悟はいいな?」
説得も塵の様に消え失せ、強い言葉で銃口を私に向けた。その瞬間、シロコとホシノが一瞬前に出る。こっちから攻撃はしない。そうすれば私達が『悪者』になってしまうから。
私達の目的は、ただ逃げる事。それ一心に進行する。
「いいや、私はやらない。シロコ!」
私がシロコの名を叫んだ瞬間、狙っていたかの様にシロコは片手に隠していた煙幕型手榴弾を不良達の真下に投げ、ブラックマーケットの一部を覆う程の煙が当たりを覆う。
不良達は勿論、全員が目眩しに遭う。逃げようとした時、私達の後ろ側の煙が一気に消えた。
「今だ、逃げるよ!」
ホシノが空を裂き逃げ道を作る。逃げの一言に全員が動き出し、ヒフミの手を引き不良達から無事逃げ切る事に成功した。
︎ ✦︎
「……よし、ここまで来れば大丈夫そうだね」
逃げ出して数分、ブラックマーケットを抜け近くの商店街に辿り着き、全員が安堵を得る。突然の事に息を切らすものの、十分な対応が出来ており、この子達は常に成長しているのだなと実感させられた。ただ、そんな私は一つ間違いを犯した。
「先生、大丈夫ですか?」
「はぁ……はぁ……だい……じょうぶ」
自分の事など気にしない性格故、血が流れる音が聞こえる程には無論、死にかけである。
近くのベンチに座り、深呼吸に全神経を注ぐ。その間、ホシノ達は警戒を強めた。それもその筈、逃げ切ったとはいえ、ここら一帯はブラックマーケットと隣接している危険区域。それにしても、限り無く商店街に近い場所でもあった。
「ここ、ブラックマーケットと云うよりかは市街地に近い所ね」
「ここしか逃げ場がなかった様なので、仕方ないね」
「……ヘルメット団の件、どうしよっか」
全員が無傷で出られた事には勿論喜ぶべき事だが、肝心な目的は一歩にも満たない状態。ヘルメット団の事に関しても、何一つとして進展は起きていないのだ。
だが、個人的には今回、ヒフミとの出会いで何かの記憶を掘り起こせそうだったのは結果として良いものとなった。頭の中に浮かんだ『エデン条約』帰ってからでも調べてみようか。
「はぁ……今すぐ命の危険を犯してでも行くものじゃないし、もしあれだったら私が調べておくよ」
「……ありがとうございます、先生」
ヘルメット壇上の事なんて私側から見れば幾らでも情報を見る事の出来る警備だ。私にとって死に急ぐ様な事は避けたい。一先ず今回の件はこれで終わりにしようと思ったが、ヒフミが居る以上簡単に手放してしまえばまた狙われるだろう。となれば一度また遠くへ逃げるか、トリニティまで向かうかとなる。
私から見れば微かな成功でもあったが、あの子達から見れば明らかな失敗。暗い雰囲気が押し出されていく。それを変えんとばかり、ノノミが声を上げ指を指した。
「……あら?あんな所にたい焼き屋さんが!」
「あれ、ホントだ〜。こんな所に屋台があるなんてね」
「あそこでちょっとひと休みしましょうか?たい焼き、私がご馳走します!」
「えっ!?ノノミ先輩、またカード使うの!?」
「先生の『大人のカード』もあるよ〜」
暗い雰囲気から一変、ノノミのお陰で少しずつ明るい雰囲気へとなっていった。ありがとう、ノノミ。
「ううん、私が食べたいからいいんですよ☆皆んなで食べましょう、ねっ?」
「う、な、なら……仕方ない……のかな?」
ノノミの説得を受け、セリカは何か思う所がありながらも納得する。ノノミはセリカの手を引き、二人でたい焼き屋へと向かう事になった。
「あ、ヒフミちゃんも食べますよね?」
「え、良いんですか……?」
「勿論!」
「じ、じゃあ……食べます!」
︎ ✦︎
「まいどー!」
遠くから声がする。奥からは走って戻ってくる二人の姿があった。 戻ってきたノノミは手に持った茶色い紙袋を私に手渡す。渡された紙袋の中身を覗き込んで見ると、そこには数個のたい焼きが入ってあった。
その時、戻ってきた時からずっとそわそわしていたセリカが直ぐに一個取り出し、頭からかぶりついた。
「っおいしい!」
「いやぁ、ちょうど甘いモノが欲しかった所だったんだ〜」
対策委員会の皆んなも取り出していき食べている中、ヒフミは皆んなが取り出し終わるまで待機していた。そんな時、待っている事に気が付いたシロコがもう一つ取り出し、特に喋る事も無く、たい焼きを差し出した。
「……!いただきます……!」
目を輝かせ、ヒフミも美味しそうに食べ始めている。シロコも心做しか嬉しいそうな表情で食べていたが、次に私の存在に気付くと、再びもう一個取り出し、私の元へやって来た。
「先生、大丈夫?」
「……私は大丈夫、ちょっと休んでるだけだから」
「はい、たい焼き」
「あ、ありがとう」
シロコの優しさに心打たれつつ、そのたい焼きを有り難く受け取ろうとしたが、シロコは差し出した手を話そうとせず、無表情で私をじっと見続けていた。
「……あの、シロコさん?何で離して……」
「先生、はい、あーん」
「え……?いや、だいじょ――」
「先生、あーん」
「……はい」
無表情の筈なのに、何故か圧を感じる。
機械の様に私の口元にたい焼きを押す。何を云っても聞かないだろうし、何より『大人』としての私の中で何かが崩れ掛けている。寧ろこれ以上抵抗しない方が身の為と皆んなに見られない様差し出されたたい焼きを口に運ぶ。
「先生、どう?」
「うん……おいしい」
バレていない事を願いつつ、味は勿論美味しかった。美味しかったのだが、やっぱり食べても食べなくても私の中で何かズレが生じる。考える事は辞めよう。
そんな時、シロコの後ろから気配を感じると同時、声を掛けられた。
「シロコ先輩?何してるんですか?」
「……あっ」
「ん?」
シロコが振り向くと、全員が私達の方を向いており、また心做しか恐ろしい雰囲気を感じる。
背筋が冷たくなる。何故か今にも刺されそうな表情に見える。シロコは億さず正面で立ち向かった。
「ん、先生にあげてただけだよ」
「ふ〜ん、そうなんだ。''ただ''あげてただけなんだよね?」
「うん、あげてただけ」
セリカから一問一答の質問が重く投げ掛けられる。質問をするセリカもその後ろで見ているホシノやノノミも少し目元が暗い様に見え、ヒフミはただ焦っていた。
「あの、みんなどうしたの……?」
「大丈夫、先生は関係ないから」
「――先生は私のもの」
これ以上一触即発の雰囲気になれば、折角のたい焼きが台無しになってしまう。一通り回復しきった私は立ち上がりシロコの前に立つ。
「……明らかに私が関係してるひ、私はシロコのものじゃありません」
「……むぅ」
何故かシロコは不服そうに口を膨らませる。ちょっとだけ可愛い。
外から見ればちょっとした可愛い会話であるが、私の方では久しぶりに寒気を感じた。そんな事はありつつも休憩を続けていると、タブレットを確認していたアヤネが突然報告が飛んできた。
「お取り込み中失礼しますっ!そちらに武装した集団が接近中!」
「え……?」
「気付かれた様子はありませんが……まずは身を潜めた方が良いと思います!」
そう云われ、下がろうと立ち上がった瞬間私は手を引かれ物陰へと引き寄せられる。驚く程切り替えが早い。ホシノとシロコが元々皆んなの居た音の鳴る方へ顔を出すと、その後ろからまた顔を出したヒフミは何かに気付き小さく声を上げた。
「っ!?あれは、マーケットガード!?」
「マーケットガード?」
「はい。あれは、ここの治安機関でも最上位の組織です!」
何故アビドスの近くのブラックマーケットの事をこの子が知っているのかは後で聞くとして、それを知ったシロコは皆んなの方を向き囁く。
「見に行ってみよう」
その言葉に静かに頷く私達は確認しに音を殺し、出来るだけこっそりと近付く。
聞き耳を立てつつ少し目で見てみると、二人だけの空間で金銭に関する会話をしていた。
そこに居たのは、恐らく金銭を受け取る受取人と、見た事のある、いつもアビドスの集金に来ている人物。
私はまだ見た事も無いし、金銭に関する知識は一切に持っていない為理解が出来なかったが、聞いていた皆んなの表情を見る限り、分かる事はアビドスからの集金をマトモな使い方をしていない事。
その事を聞いた上で、ブラックマーケットの闇銀行会社の前での取引、アビドスのお金は全て闇銀行に行っていると云っても過言ではないだろう。
「それじゃ、私たちのお金って……!」
陰で見ていたセリカは怒りの余りに拳を固く作る。借金を返す為に毎日頑張っていたのに、そんな頑張り損な事、簡単に受け入れる訳が無かった。勿論セリカだけでは無く、アヤネも、ノノミも、シロコやホシノだって。声に出さずとも、与えられたのは怒りの沈黙。
だが、外から見ていただけの情報だけで断定するのは違う。せめて証拠の様なものを掴めれば―――その時、ある事を思い付いたヒフミが口を開いた。
「……!さっきのサインしてた集金確認の書類……それを見れば証拠になりませんか?」
「それだ」
「おお、ナイスアイデアだね〜、ヒフミちゃん」
ヒフミの提案で一気にこの話は真相へと近付いた。確かに、その書類だけで十分な証拠になり得る。だが、そんな会話をしている間に受取人はその書類を持ち銀行の中へと入って行ってしまった。それを見てヒフミは少し残念そうに呟く。
「あはは……でも考えてみたら、書類はもう銀行の中ですし……無理ですね」
「他に方法はないよ」
「……え?」
突然シロコがそんな事を云う。ヒフミはきょとんとしていると、シロコはホシノの方を向き提案を出す。
「ホシノ先輩、あの例の方法なら」
「……あ、あの方法ね〜……あの方法か〜」
「そうですね!あの方法なら!」
「何?どういう事?……まさか、あれって……!」
全員が理解した瞬間、シロコは私の方を向き一変真剣そうな顔で提案を掛けた。
「先生、やろう」
「……あの方法……かぁ」
私だって理解している。だからこそ躊躇もしている。一種のおふざけの様に提案していた『あれ』をまさか本当にする時が来るなんて、思わなかった。本当であれば生徒にこんな事させられる訳が無い。だがあちら側に非があるとすれば、躊躇する必要は無い。
「あ、あの……あの方法って…?」
唯一理解が追いついていなかったヒフミがシロコに問う。その時、シロコはある物を懐から取り出した。
「その、唯一の方法は……」
青い『2』と書かれたニット帽子を被る。そしてシロコは端的に一言云い放った。
「銀行を襲う」
「……えっ?」
そうする事でしか、私達は救われないのだ。
(*`・ω・´)<ん、銀行を襲う(「・ω・)「 ガオー