虚弱先生の青春物語   作:不透明な水滴

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ファウストの名において

 

 ○○月‪✕‬‪✕‬日午後。ブラックマーケット内闇銀行。

 

「お待たせいたしました、お客様」

 

 ブラックマーケットでも三本指に入るレベルの超大型銀行。多少、いや相当待つ事は覚悟していた。だが受付を終えてから待機までの時間は想定を遥かに超え、彼女の我慢は限界を容易に超えていた。優しいから土下座で済ましてやろうと考えていたが『お待たせしました』の一言でこの無駄な時間を片付けられてしまう。その瞬間、窓口の机にを大きく手を叩きつけ、冷静だがかつ怒りを顕に、アウトローな表情で訴えた。

 

「なにが「お待たせしました」よ!本当に待ったわよ!六時間も!ここで!!そもそも融資の審査になんで半日もかかるの!?別にウチより先に人も居なさそうだったのに!」

 

「ご了承願います」

 

 人が居れば話は変わっていた。外にまで人が並んでいる様であれば、六時間だろうと八時間だろうと『仕方ない』と無理矢理に云い聞かせられた。だが入った瞬間人は空。余りに人が居ないせいで場所を間違えたのかとも思った。場所は普通に合っていた。

 

「私の連れは待ちくたびれて、そこのソファーで寝ちゃってるし!」

 

 私が指を指す方向には便利屋の皆んながおり、三人ともしっかり目に見れる程熟睡していた。ムツキならまだしも、カヨコとハルカまで寝ているとなると、本当に時間が掛かったんだなと実感させられる。嫌過ぎる実感の仕方である。

 

「私どもの内々の事情でして、ご了承ください」

「――――ところで、アル様。貴方様はそのような態度を取れる状況ではないと思うのですが?」

 

 すると突然銀行員は表情を変え、目に見える怒った顔をこちらに向けてくる。今までは感情的に云っていたが、傍から見れば突然怒鳴っている悪者は私達。アウトローとした事が致命的なミス。

 

「あ、うう……」

 

「当行の助けが必要なら、辛抱強くお待ち頂く事も大事かと……あ、それとお連れのお方ですが、そちらでお休みになられては困ります。セキュリティ。あの浮浪者……いえ、お客様を起こして差し上げなさい」

 

「ちょ、今なんて………!」

 

 するとセキュリティとは云えない、と云うか明らかカタカタヘルメット団――――では無いであろう限り無く似た奴らが強めではあるが便利屋を起こしてくれていた。

 それを横目に銀行員は手続きを続ける。

 

「さて、では一緒にご確認を。お名前は……陸八魔アル様。ゲヘナ学園の二年生ですね」

「現在便利屋68の社長、ですか……この便利屋は、ペーパーカンパニーではありませんか?書類上では、財政が破綻していますが?」

 

「ちゃ、ちゃんと稼いでいるわよ!まだ依頼料を回収出来ていないだけで……」

 

 正直な所、この銀行員の云っている事は全て正しい。だが、この銀行以外に頼れる場所なんて無い。そうとなれば意地でも作らねばこの先も融資は貰えないまま。そうなれば金銭的な問題も――――

 続けて、銀行員は便利屋の痛い所を突いてくる。

 

「それと、従業員は社長を含めて四名のみですが、室長に家長、そして平社員……肩書きの無駄使いでは?会社ごっこでもしているのですか?」

 

「そ、それは……!」

 

「後ですね、必要以上に事務所の賃貸料が高いです。財政状況に合った物件を見つけて頂かないと」

 

「うぅ……」

 

 痛い所を容赦無く刺し苦戦していると、私の隣で皆んなが顔を出す。珍しく眠そうな表情をするハルカの顔ををむにむにと揉むムツキと、その上から顔を出したカヨコがアルの様子を伺った。

 

「苦戦してるね〜アルちゃん」

 

「何となく予想は出来てたけど……結果は?」

 

「……アル様。これでは、融資は難しいですね」

 

「えっ、えっー!?」

 

 その言葉から、一気にどん底へと落とされる。金融が出来ないとなれば、それを前提として考えていたプランは全て崩壊。それ所か、今までと変わらない生活を――――

 私が皆んなを支えなければいけない。将来が約束されているとは云え、こんな状況でもついてきてくれる皆んなを、失望させたくないのだ。そんな時、銀行員は一言私に云った。

 

「まずは、より堅実な職に就いてみてはいかがでしょうか。日雇いや期間工など、手っ取り早く始められるものもありますが」

 

「……は?はあぁ!?」

 

 便利屋は、大切な私達の会社だ。幾ら非公式だとしても、今は仕事に出来ていないにしても、ここまで築き上げてきた居場所をまるで無いものの様にした。そんな事、許せられる訳が無い。

 散々待たせといて、結局貸せない所か私達の事をまるで考えていない発言。いっその事、銀行を襲おうか――――いや、流石にこのブラックマーケットの中心から抜け出すのは至難の業。

 

 いや、私達なら―――便利屋の皆んななら。

 

「……アル様?聞いていますか?」

 

 やっぱり、無理。私にはそんな勇気も、覚悟も無い。

 私は、キヴォトス一番のアウトローになるって決めたのに、仲間の事を大事にするが余り、危険に怯えて逃げてしまっている。

本来の私なら、危機的状況に陥れば仲間すらも捨て犠牲にしなければいけない。真のアウトローなら、そうした。

 

「……情けないわね」

 

「……社長?」

 

 私には、私何かよりも大切で大好きな仲間が居る。今更辞めたなんて云えないけど、もしこれを捨ててしまえば真のアウトローになれないかもしれないけど。私は、仲間を捨てるだなんて選択は取れない。

 諦めようとしたその時、私の運命を、未来を変える出会いは、銀行の停電から始まった。

 

「っ!?」

 

「な、何事ですか?停電!?」

 

「い、一体誰が!?パソコンの電源も落ちてるじゃないか!」

 

 銀行の一斉停電、常に闇が覆うブラックマーケットでは昼間でも視界が真っ暗になり、視界不良になる。私は皆んなを連れてすぐ近くの待合室に設置してあるソファの後ろに隠れ、不良の中目を凝らし辺りを見渡す。すると突然の銃声音、そして爆発音と光が一方から銀行を包み込む。

 

「銃声っ!?」

 

「い、一体なにが……?」

 

 光に気を取られていると、周りに居た銀行員達は次々に倒れていき、銀行内は騒然となった。逆光で影しか見えていないが、こんなにも鮮やかな銀行強盗、相当な手練か実力者。私の理想であるアウトローの可能性だってある。

 瞬間、頭の中で様々な想像が展開された。格好良い服装、顔や姿が覆われ見れなくたって良い。何はともあれ、どんな姿であろうとこの記憶から消える事など――――

 その時、アルの視界にはカラフルな色が見えていた。

 

「全員その場に伏せなさい!持っている武器は捨てて!」

 

「言うこと聞かないと、痛い目に会いますよ☆」

 

「あ、あはは……みなさん、怪我しちゃいけないので……伏せてくださいね」

 

「あれは……銀行強盗!?」

 

 アルの目の前には、青や緑の何かで顔を覆い堂々と正面から声を上げ入ってくる云うならば『変人』本当なら逃げなければいけない状況だったが、アルの目にはそんな変人部分盲目的に見えておらず、ただ単純に大きな銀行強盗を華麗に行う『アウトロー』に見えてしまっていた。

 銀行内は赤色に点滅し始め、典型的な警報音が鳴り響く。アルの対応をしていた人が表情を変え声を上げるが、誰一人としてその声に反応する者は居ない。そして危険事態を示す赤色のランプは飛んできた銃弾によって破壊されてしまった。

 

「非常事態発生!非常事態発生!」

 

「うへ〜無駄無駄〜。外部に通報される警備システムの電源は落としちゃったからね〜」

 

「あれは……一体……?」

 

「何か凄い事になっちゃってるね〜」

 

 銀行内の机や椅子、ソファーは乱雑に倒されており、便利屋は少し離れたソファの影に隠れ現場を確認していた。

 顔を見せない様覆面を、そして声を少しだけ変えている。少人数でありながら一分も経たず制圧する実力と、それを裏で指示しているであろう指示者。確かな実力を持ち圧倒的だが、アルを除いた三人にはその正体を簡単に見破れる程、雑な変装だった。

 

「あれ……あいつら……」

 

「あ……アビドス……?」

 

「だよね、アビドスの子達じゃん。知らない顔もいるけど……ここで何やってるんだろ?それに変な覆面なんかしちゃって」

 

「ねっ、狙いは私達でしょうか!?それなら返り討ちにしちゃいましょうか!?」

 

「いや、ターゲットは私達じゃないみたい……あの子達、どういうつもり?まさか、ここを……?」

 

 事前情報でアビドスは膨大な借金をしているとは知っていた。あれ程の規模であれば最悪の手として、こうやった銀行強盗をしてもおかしくは無い。その上、数多くの学園から毎日行き来する生徒も多いこのブラックマーケットなら狙うとしてはこの上無い。

 だが、便利屋の考えの中ではそれとは逆にあの先生が居た筈なのにこの選択を取るとも考えずらい。シャーレの先生となれば、少なからず生徒を傷付けない選択を取る筈だ。

 

「も〜、アルちゃんは何してるのさ」

 

 便利屋はアルを除き至って正常、カヨコは対策委員会の動きを観察し考察、ハルカは謎に焦っており、ムツキはアルの方向を向くと、ある事に気付いた。

 ムツキの目には、アルが目を輝かせながら尊敬の眼差しをあのアビドスに向けている。そんな姿。

 

「……あれ?アルちゃん?」

 

︎ ✦︎

 

「かっ、かっこいい……!」

 

 無論、一目惚れだ。

 覆面を被った強盗団は、アルに意識を向ける間も無く、ものの五分も掛けずに持ってきた巨大なバックから溢れ出す程の金を盗んでいき、ブラックマーケットをものともしない風格と勢いに誰も追いつけず、呆気なく逃げていってしまった。勿論、アルの目にはそれが強盗団でもアウトローでも無い、敵である対策委員会だとは気付いてすらいない。

 

「全然気づいてないみたいだけど……」

 

「寧ろ目なんか輝かせちゃって〜」

 

「はぁ……」

 

 対策委員会は一瞬で目的の物を奪い、損害は出ているものの、誰一人として傷付ける事なく逃走を成功させた。恐らく、裏でシャーレの先生が手を貸しているのだろう。でなければ、全員が堂々と隠れもせず覆面一つで大型銀行を襲うとは思えない。黒髪の猫や銀髪の狼等の実行に移しそうな奴等が居たとしても、一年生の眼鏡を掛けた子や、三年生の委員長も居る。普通なら止める筈だが、寧ろ喜んでやっている様にも見えた。

 

「シャーレの先生……一体何者……?」

 

 カヨコや便利屋にとって脅威となる存在、シャーレ。その実力は未だに未発券な部分ばかりだ。だが少人数とは云え人を使った大型犯罪をする事が出来る。それを知れただけでも大きな功績。

 そして、同時に一人のアウトローを生み出す瞬間でもあった。

 

「……私も、ああなろう」

 

「ならないでよアルちゃ〜ん」︎

 

︎ ✦︎

 

 ブラックマーケットギリギリまで追いかけて来た銀行員を振り切り、人の声が一切聞こえない程の誰も居ない市街地へ辿り着いた後、セリカは暑そうに息を切らし覆面を脱いだ。

 

「はっ〜、息苦しい。あ、もう脱いで良いよね?」

 

「のんびりしてらんないよ〜、急げ急げ。追っ手がすぐ来るだろうから〜」

 

「出来るだけ早く離れないと……間も無く向こうの通路が封鎖される筈です」

 

 念には念を入れ、ある程度の所まで走り指定された場所まで辿り着くとその通路が車やら瓦礫やらで封鎖されると云う仕掛けを、アヤネが十分も掛からずに成し遂げていた。怖い。

 だが、それはキヴォトス人を基準としたルート、私如きが成し遂げられる訳が無い。肌が痛くなる程の太陽の陽射しに加え汗が止まらず、声も出せないまま細かい息を繰り返すだけだった。それを心配したシロコが無言で私をお姫様抱っこの状態で持ち上げる。

 

「先生が倒れそうだから、こう持っていくね」

 

「……背に腹はかえられぬ、それで行こうシロコちゃん」

 

「こっち、急いで」

 

 そのままより遠くへ物凄いスピードで走っていくと、皆んなが私の為にゆっくり走ってくれていなんだなと有り難い感謝の気持ちと同時に、私の無力さが痛感させられた。そのままアヤネの封鎖地点突破までノンストップで走り続け、既に銀行員は面影すら見えなかった。

 

︎ ✦︎

 

「皆さん、もう大丈夫です。ここから先は安全ですよ」

 

「やった!大成功!」

 

「お疲れ様……」

 

 数kmをこの一瞬で走り切り、途中連れて行って貰ったものの先生の体力は底を尽き、顔色を悪くしていた。

 近くのベンチのある陰へ移動し、ノノミは先生の頭を自分の脚の上へと置いた。そのまま何事も無かったかの様に話を続ける。

 

「シロコちゃん、集金記録の書類はちゃんと持ってるよね?」

 

「……う、うん。バッグの中に」

 

 シロコは少し気まずそうな顔をしながらバッグを置くと、そのバッグは想像の何倍も膨れ上がり、チャックが閉められない程お札が溢れ出していた。

 違和感を持ちホシノが急いで開けてみると、集金の書類は勿論あったが、何枚ものお札が重なって束になっている札束が、これでもかという程に詰められていた。

 

「えっ!?先輩、お金取ってきちゃったの!?」

 

「ち、違う……目当ての書類はちゃんとある。このお金は、銀行の人が勝手に勘違いして入れただけで……」

 

 確認してみると、目視で見れる上側だけでも、軽く一億は超えていそうだ。本当なら取ろうとしていなかったお金、アビドスの借金なんか容易に返せそうな額。嬉しい誤算だ。誰だって興奮するし、喜びもする。そのお金を見た時、セリカは喜んでバッグを見つめた。

 

「やったぁ!!何ぼ〜っとしてるの!運ぶわよ!」

 

「待ってください!そのお金、使うつもりですか!?」

 

「アヤネちゃん、なんで?借金を返さなきゃ!」

 

「そんなことしたら……本当に犯罪だよ、セリカちゃん!!」

 

 襲っている時点で犯罪ではあるが、アヤネの認識もまた正しい。書類を確認した限り、アビドスの借金は銀行へと回されているそうだ。ホシノの居た三年前までは正常に動いていたが、いつからか、アヤネとセリカが来た大体一年前、借金返済の為のお金は受取人からブラックマーケットの闇銀行へ右から左。バッグにある全てのお金を貰っていくならまだしも、今まで返してきた数千、数億のお金ぐらいは貰っていっても筋は立っている。

 

 だといっても、恐らくセリカは全部を貰おうとしているのだろう。

 

「は、犯罪だからって何!?このお金はそもそも、私達が汗水流して稼いだお金なんだよ!それがあの闇銀行に流れてったんだよ!それに、そのままにしておいたら、犯罪者の武器や兵器に変えられてたかもしれない!悪人のお金を盗んで何が悪いの!?」

 

「私はセリカちゃんの意見に賛成です。犯罪者の資金ですし、私達が正しい使い方をした方が良いと思います」

 

 続けてノノミも賛成派。確かに犯罪者や極悪人により良い武器が渡るとなるなら、その選択も間違ってはいない。同じ悪さでもより良い方を、例え悪でも限り無く正義に近ければ賞賛される。

 

「ほらね!これさえあれば、学校の借金をかなり減らせるんだよ!?」

 

「ん〜……それはそうなんだけど〜シロコちゃんはどう思う?」

 

「自分の意見を述べるまでも無い、ホシノ先輩が反対するだろうから」

 

「へっ!?」

 

 当たり前の様に答えるシロコには、迷いが無かった。反対派、予想外と云わんばかりにセリカは目を丸くした。ホシノは嬉しそうに微笑み、指を鳴らす。

 

「流石シロコちゃん〜そ、おじさん達に必要なのは書類だけ。お金じゃない……今回のは悪人の犯罪資金だから良いとして、次はどうする?その次は?」

 

「……そ、それは」

 

「こんな方法に慣れちゃうと……ゆくゆくは、きっと平気で同じ事をするようになるよ。この先またピンチになった時……「仕方ないよね」とか云いながら、やっちゃいけない事に手を出すと思う」

 

「おじさんは、カワイイ後輩がそうなっちゃうのはイヤだけどね〜ね、先生?」

「先生なら、百点の答え……教えてくれるでしょ?」

 

「……そうだね」

 

 ノノミの脚から身体を起こし、両腕を脚に置いた。今思えば、これはホシノの私に対する試練、私がどういった選択を取りどんな未来を示すのか。

 先生らしい事はまだ出来ていない。何も知らない場所で自分が誰かも知らず、事ある毎に怯えてばかりの弱い私だ。私の想像する理想の先生は、何と答えるのだろう。

 

「……確かに、このお金があれば借金返済なんて一瞬だろうね。セリカの云ってる事も、ノノミの云ってる事も正しいし寧ろやるべきだ」

「けど、ホシノの云った通り……一度楽な道に進めば、もう二度と険しい道には戻れないよ。一年後、二年後……ホシノやシロコが居なくなった時、再び同じ道へ戻れると思う?」

 

「……そ、れは……」

 

「私は無理だな……同じ楽を知れば、頭では分かっていても、無意識に逃げようとする。ホシノは皆んなを苦しめようとして云ってる訳じゃない、いつか来る『もしも』の為に止めてるんだよ」

 

 きっと、ホシノの想像する百点では無いだろうけど私なりの正しい選択を選べたと思っている。皆んなと私を重ね、そこからどう思ったか――――同じ状況になった時、同じ選択を取れるのかと。

 

「今大事なことは、奪ったお金を使う事じゃない、皆んなが一番満足する方法で、今この瞬間を脱すること」

「こんな傲慢な事、普段は云えないけど……先生だから、少しは許して欲しいな」

 

「……なら、分かった」

 

「ありがとう、セリカ」

 

 一人でも欠けていれば、一人でも感受性や性格が違えばこんな偽善の様な言葉、云えなかっただろう。

 何より『やらない善よりやる偽善』いつ死ぬかも分からない私には、自分のやりたい様にやる。これが一番だと感じる。

 

「勿論、ホシノの言葉も全部が正しい訳じゃないよ――――ホシノ」

 

「……なに、先生?」

 

「このアビドス対策委員会に必要な事は、犠牲の心じゃないよ。今ある暗闇を、抜け出す為の道を見つかる心を持つ事こそが、本当の人になれる」

「だから……あんまり、無理しないでね」

 

 どれだけアビドスの事を知ろうと、より長い歴史を知るホシノの方が知っている事が多い事は当たり前。だからこそ私達には感じ得ない考えがあるのだろう。今一番理解出来ない、分からないのは私の想像如きでは推し量れないホシノの奥底に有る真っ暗な何か。正直、私の言葉が届いているとは思えない。

 

「そりゃ〜おじさんは気楽にやってくよ〜。何より皆んなが幸せなら、それがおじさんにとっての一番の幸せだから」

「だから、このバッグは置いてくよ。貰うのはこの書類だけ」

 

「……それじゃ、帰ろっか」

 

 バッグを置いていってしまったが、それが正しい行いとは思えない。その逆も然り、それが間違っているとも思っていない。今重要なのは目の前にあった難題を乗り越えられた事。

 『欲望に勝った』これはアビドスにとってより強い心を持つ理由となった。同じ行動はもう繰り返さないだろう。

 

 そうして私達は無事に帰還と目的を果たした。今自分の中で課題となっているのはホシノの心。最後の言葉で彼女は微笑んでくれた。ほんの少しだけ、口角を上げた。

 それが本心なのかは分からないが、私の『眼』には嘘の笑顔だとは書かれていない。私の眼には普段見る様な笑顔では無い貴重で大切な微笑みだと――――もう一度繰り返せたら。

 

 きっと、心の底から笑える日がやって来る。

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