校舎に居た時は暗く感じたが、外に出てみるとまた日は完全に落ちておらず、まだ帰っている生徒や、校内を歩いている生徒も複数に居た。
コハルに追いついた後、特に会話も無しに本館へと向かっていく最中、コハルが歩きながらも私に小さな声で突然ボソッと呟く。
「……その」
「…どうかした?」
聞き逃さずにコハルへ聞くと、コハルは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに俯く。
多少声を詰まらせながらも顔を上げ、私の方を向く。
「い、言っておくけどこればっかりは本当に間違いだから!」
「………?」
「ああ、本のこと?別に気にしてないよ」
「そうじゃなくて……えっと、いつもはちゃんと隠……じゃなくて、あんまり持ち歩いたりしないし……」
「じゃあ、それって持ち歩いてることは事実ってこと?」
「そう……ん?……っ!ち、違う!」
その通りと言わんばかりに声を大にして否定するコハルは、例の本が入れてあるリュックをしっかりと守るように両手で抱きしめながら顔を赤くする。
少しからかうように、小さく笑う。
「じゃあ……バレないように、上手く隠さないとね?」
「っ!?!?」
リュックを抱きしめる力が強くなり、小さい羽をパタパタさせながら猫の目をする。
「な、何言ってんの!?そ、それ、バレなきゃ持ってて良いって言ってるのと同じじゃん!?」
「せ、先生なんでしょ!?何考えてるの!?エッチなのはダメ!死刑!」
「それだと、私もコハルと一緒に死んじゃうね」
コハルがそういう事を言ってしまうものだからつい頭を撫でながらそう答えると、コハルの雰囲気が少しだけ変わった。
「え、や、ちがっ……!?」
「……それは、違う」
「……コハル?」
いつもなら反撃するはずなのに、少しだけ悲しそうな表情をして、抱きしめる力が弱くなっていく。
「……先生は死んじゃダメ」
「………ちょっと想像しちゃって……ごめん」
「え……あ、う、うん」
もうすぐで本館に着くというのに、お互いに黙ってしまう。
ちょっと意地悪しちゃったらカウンターを食らってしまった……。
思わず、静かに口を手で覆ってしまった。
多少静寂が訪れ、またもやコハルが静寂を破る。
「……と、とにかく、これについては本当に間違いだから……つまりノーカン!」
「…じゃあ、そういうことにしておこう」
「……!?なっ、何それ!大人の余裕ってわけ!?」
「うん、そうかなぁ……あ、あと」
もうすぐ着いてしまうし、言えることは言っておかないと。
もう一度コハルの頭に手を置き、笑顔を向ける。
「色々とあるけど、無理に何かから縛られる必要ないと思うよ」
「え……?それって……?」
「コハルは、コハルだから」
「……分かったような、分からないような……」
「…でも」
「先生が私の事を考えてくれてるってことは、少しだけ分かった……」
そう言って顔を薄く赤め私の方を向く。
「ぉ……う、うん」
「先生……?」
そんなことを言われ、コハルから顔を背けてしまった。
自分でやっておいて……自分で恥ずかしがるだなんて……。
「…じ、じゃあ、お返しに一つ私の秘密を教えてあげる!」
本館の玄関へと着いた時、そんなことをコハルが言う。
私がその秘密について問う。
「秘密……それって…?」
「それは……」
私に近づき、リュックを再び強く抱きしめ、私に告白した。
「……補習授業部が上手く回ってるかを監視するための、スパイなの…!」
「……スパイ?」
エデン条約を乱そうとしている犯人は、私の目の前に居たようだ。
まあ普通にそんなわけない。それを知った上で秘密を教えるコハルの話を聞き続ける。
「つまり、秘密のミッションを遂行中の身ってこと。だから今は私がバカみたいに見えるかもしれないけど、これも全部フェイクってわけ!」
もし仮にスパイ本人だったとしたら、私も見逃せない。
その話に乗って私からも質問をする。
「ミッション……それは、誰からの指示で……?」
「う、えっと……だ、誰って、その……」
「んと……は、ハスミ先輩!」
「そう!ハスミ先輩はトリニティの中でもすっごい強くて、正義実現委員会よ副委員長だし!」
「……?」
何かに気づき、少し考えた後にすぐ思い出す。
「あ、あと、そう!つ、ツルギ委員長だっているんだから!」
「……なるほど」
「つ、ツルギ委員長はその、えっと、委員長だし……そう、何でもできるの!ぶ、文武両道……?だから!多分!」
「何回かしか会ったことないけど……と、とにかく凄いの!」
私の事を指さし、しっかりとした声で私に伝える。
「だから、そういうこと。私は別に、本当に勉強ができなくて補習授業部に入ったわけじゃないってこと、覚えといて!」
多少の違和感を覚えつつも、笑顔でエリートということを強調しながらそう言い切る。
私がそのことを肯定すると、より笑顔が良くなりふふんと声を鳴らした。
「でも、それって言っちゃっていいものなの?」
「……あ」
「せ、先生が生徒の秘密をやたらに言いふらしたりしないでしょ!?しないよね!?……じゃ、じゃあ大丈夫!」
勢い良く振り向き走ろうとすると、既に玄関前にいた事もあり頭を勢い良くぶつけてしまった。
本館中に響き渡る大きなゴンと言う音。
「だ、大丈夫……?」
「っ〜!だ……大丈夫」
相当焦っていたのか、今まで聞いたことの無いほどの大きな音だった。
そんな事もありつつ、私達は何故かバレることも無く本館に忍び込むことが出来た。
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「……うん、これで良し」
押収品を管理している部屋に行き、こっそりと本を取り扱っている箱の中に入れると、コハルは安堵の声を漏らす。
「とりあえず一安心―――」
すると、私とコハルが部屋の中に居るはずなのに、部屋のドアが開く。
ドアの方向から足音が鳴り、その人はコハルの名を呼ぶ。
「……コハル?」
「っ!?は…ハスミ先輩……!?」
「それに、先生まで……?確か合宿で別館にいると聞いたのですが、どうかしましたか?」
「成績が良くなるまで、ここへは出入り禁止になっているはずですが……」
「そ、その、違うんです……えっと……」
後でコハルに文句を言われても何だし、コハルの為にも良い感じに誤魔化す。
「ハスミ、これには理由があるんだ」
「理由……ですか?」
「別館は前から使われてなかったでしょ?それで雰囲気作りも兼ねて、皆で掃除をすることになったんだけど、その時に偶然押収品の対象になっちゃう物を見つけてね。コハルと私が確認してるから、時間が空いたら送りに行こうと思って」
「なるほど……」
「ですが、それは正義実現委員会に連絡すれば……?」
「正義実現委員会が普段から忙しいことも知ってるから、こんな事で呼べないと思ってね」
「なるほど……お気遣い、ありがとうございます」
「大丈夫、でもコハルの出入り禁止の件は知らなかったから、そこは申し訳ないよ」
「いえいえ……そうと分かれば、仕方ありませんね」
「ですが、ある意味ちょうど良かったです。コハルに改めて伝えておきたいこともありましたし……」
「え?わ、私ですか……?」
ハスミがコハルを手招きし、近くのソファに座らせた。
座らせると、ハスミは私に体を向ける。
「先生、申し訳ないのですが少し席を外していただけないでしょうか?正義実現委員会としてお話したいこと、と言いますか……」
そう言われ、私は一言でOKする。
「うん、別に良いよ」
「……すみません、ありがとうございます」
そうして私は一度押収品室から出て、隣の部屋で待つ事にした。
隣の部屋に着くと、人も居ないし外は暗いしで、随分と静かだった。
「ここでだったら……出来るかな」
例の力を試す為に、ソファに座ると目を閉じ、意識を集中させる。
体の血管一本一本に不思議な感覚を流し込む。絶大な集中力と時間がかかるが、それなりの成果は得られる。
意識を集中させ、やり始めようとした時に部屋が静かなのか、耳が繊細な声まで届くようになっている。
その時、ある声が私の耳まで届いた。
「……コハル………てください」
「本来の……を……ないで………」
「……集中できない」
少し気になり、声のする方の壁に耳を近づけてみる。
「でも…………には……無理……」
「……なんて…………あまりにも……ことで……」
「それではダメたんです!」
「っ!?」
もっと近づけようとした時、ハスミの大きな怒鳴り声が私の耳元までダイレクトに届いた。
その後、ハスミらしき声が遠くから聞こえてくる。
「……なさい………………ずっと……ために…………」
「……先生……………を……です……………」
「……はい……………………ます」
「一体何を………っく…!?」
話が終わろうとして、私も耳を離した瞬間、頭が一瞬大きな痛みに襲われる。
2、3秒ほど痛みが続いた時、私の目にある景色が映された。
「……っち……最悪だ」
夢が現実か、嘘か真かも分からない最悪なモノを見せられて……本当に本当に最悪な気分だ。
「……頭痛い」
ソファから立ち上がり、そのままコハルの元へと向かうために、部屋のドアを開ける。
開けるとすぐに隣の部屋へと戻ると、既にコハルとハスミは私の方を見ていた。
「お、お待たせ……先生?」
「……帰らないの?」
私はずっとコハルのことを見ていると、コハルが思わずそう聞いてくる。
私はふと浮かんだ疑問をコハルに伝える。
「……コハル、大丈夫?」
「え?う、うん?別に、大丈夫だけど……?」
「……そう」
「それじゃあ、帰ろっか」
コハルに手を差し出すと、コハルは戸惑いながらもその手をゆっくりとった。
そうして、手を繋ぎながら別館へと帰る。
多少頭の痛みを残しながらも、コハルを見て癒されつつ、ギリギリの状態で何とか帰った。
あの時、どんな会話をしていたのかは結局分からなかったが、何処か不穏な空気が、少しづつ押し寄せて来ている。それだけは理解した。
そうして、時刻は深夜帯へとなっていく。
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「ふぅ、スッキリしました!」
寝間着姿の首にペロロ様が印刷されているタオルを掛けたヒフミが部屋へと入ってくる。
ヒフミ以外の子達はまだ制服を着ている様で、アズサがヒフミに聞いた。
「もうお風呂に入ったんだ、早いねヒフミ」
「うふふ、そうですよね。なにせヒフミちゃん朝にシャワーを浴びれず、今日一日あるがままの香りで―――」
「っ!?そ、その言い方は恥ずかしいです……っ!先生にもバレたくなかったんですが………」
「え?私全然分かんなかった」
「………そういう所が先生の悪いところ」
「え?なんで?」
「うぅ……寝坊さえしなければ」
そう恥ずかしそうにするヒフミに、アズサは真剣な顔でヒフミに感謝を述べた。
「でも、それは私達のために模試を準備していたからだ」
「ごめん、ヒフミ。もし明日の朝も起きるのが辛かったら言って。今度はヒフミの体を洗ってあげる」
そう近づいて言うアズサに、ヒフミは焦りながら遠慮するが、少しだけ耳が赤くなっていた。
それを聞いたコハルがアズサに言い返す。
「自分で洗えば良いでしょ!子供じゃないんだから!」
「効率の問題だ。みんなで洗うことによる利点は少なくない。もちろん水の節約にもなる」
「大浴場では無いので、みんなで一心不乱に洗いっこというイベントはちょっと難しいようですが……」
そこで何か閃いたハナコが、みんなにある提案を出す。
それはプールを掃除したことによる提案だった。
「良い事を思いつきました。今度はお風呂の代わりに、みんな裸でプールに飛び込むのはどうでしょう?」
それを聞いたコハルは猫の目で反撃する。
「そんなの絶対ダメ!禁止!」
「悪くない案だと思うけど、それをプールでやるメリットがあるのか?」
「開放感があると思いませんか?青空の下、全てをさらけ出して掛け合う様子を想像するだけで……うふふ♡」
綺麗なはずなのに何処か悪意のある微笑をするはずのハナコに、アズサは冷静に分析を始めた。
「なるほど、そういうのは確かに考えていなかった。開放感、か……」
「……ハナコ、アズサに何教えようと……」
「先生もやってみますか?♡」
「いいです」
「っバカバカバカ!!考えちゃダメ想像しちゃダメそういうのはダメっ!」
「アズサを変な風に染めるな!トリニティの変態はあんただけで十分だから!!」
「そういえばコハルちゃんも全裸で泳ぎたい派ですよね?」
「脈路全無視!?無敵なの!?そっ、そもそもそんなこと言ってないから!プールでは普通に水着!それが正義なの!あんただって昨日はちゃんと着てたじゃん!」
「あら………?」
不思議な顔をするハナコは、少しづつコハルに近づいていき、耳元まで近づく。
「よく思い出してみてください、コハルちゃん。私が昨日……着ていたものを……」
「え、あ、あの水着が何……?」
そう戸惑いながら聞くと、ハナコの後ろが暗くなり……笑顔でコハルに問う。
「あれは、本当に水着だったと思いますか……?」
「!?!?」
「み、水着じゃなかったら何なのよ……!?」
「最近の下着はデザインがかなり充実していますし、一目で水着かどうかの判断は難しいと思いませんか?それに、ペイントという線も……♡」
「……!?!?」
「え、嘘!?って、いうことは……!?」
顔を真っ赤にしながら両手がプルプルと震え始め、それを見ていたハナコは少しづつまたコハルに近づく。
「あら、どうかしたんですか?」
「あれがもし水着じゃなかったとして、何かが変わってしまうんでしょうか?ねえ、コハルちゃん?」
「え、だ、だって……」
「例えば、水着と下着の違い……それは何でしょう?防水機能?お肌の保護?デザイン?露出の範囲?」
「コハルちゃんは見た目で分からなかったですよね?あの場、あの時は、それな「水着」だと信じられていましたよね?」
「……???」
突然話が変わり、コハルは突然理解が追いつかなくなった。
ハナコも表情が少し柔らかくなり、さっきの笑顔とはまた違う笑顔で話し始める。
「実はあれが下着だったとして……その「真実」かもしれない何かは、どうすれば証明出来るのでしょう?」
「証明できない真実ほど無力なものは無い……そう思いませんか?」
「な、何言ってるのか分かんない……け、結局どういうこと!?」
「……あの水着可愛かったですよね、というお話です♡」
そう口元に人差し指を当て華奢に笑うハナコに、コハルは冗談だったことに気づき、声を荒らげた。
「え!?今の全部冗談!?」
「……なるほど、五つ目のあれか」
「………!」
ある事を言い始めるアズサに、ハナコは何処か予想外の回答で驚いた顔をする。
コハルもヒフミもあまり分かっていないようで、ヒフミはアズサにその事について聞いてきた。
「五つ目……?えっと、アズサちゃん、何のお話ですか……?」
「ただ聞いた話だけど……キヴォトスに昔から伝わる七つの古則。確か、その内の五つ目だったはず」
「『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか』………そんな感じだった気がする。残りは知らないけれど」
「つまり、誰も証明できない楽園は存在し得るのか……そういう禅問答みたいなものだったと記憶してる」
「アズサちゃん、どうしてそれを……」
「その話を知ってるのは……」
「もしかしてアズサちゃん、セイアちゃんに会ったことがあるんですか……!?」
そうハナコが言うと、アズサは黙ったまま、私もその名に聞き覚えがあった。
コハルはもちろん知らなかったようで、ヒフミはティーパーティーのことで知っているようだった。
「それって、ティーパーティーのセイア様のことですか……?」
「分からない。この話はただ、どこかで聞いた記憶があるだけで……」
「………………」
「そうでしたか……そういえばアズサちゃんは転校生、でしたね」
「Vanitas vanitatum……ということは………」
「………?ハナコちゃん……?」
「……いえ、何でもありません。もう遅い時間ですし、そろそろ寝た方が良さそうですね」
「では、今日も一日お疲れ様でした!」
強引であるが話を終わらせ、今日も一日が終わる。
歯車が動き出す……最悪な運命を辿ると、不思議とそう感じた。
その夜、私の部屋に一人、ある人物が尋ねてくる。