命の選択肢
アズサを守ってほしい―――その言葉を聞いても、別に驚きもしなかったし、疑問も生まれなかった。
しばらく静寂が流れ、プールの水が風で小さな波を作り、太陽が光を与え、暖かい光はミカを背に光り続ける。
その突然な『提案』を受け入れられていない様に見えたのか、ミカは自分の言った事を思い返し、私に謝罪をする。
「……あー、ごめんね。ちょっと単刀直入すぎたかな?ナギちゃんの悪い癖が移っちゃったのかも」
「先生の為に、もう少し最初の方から説明しようかな?」
「……そうだね、お願いしようかな」
改めて知っておく事に損は無い。プールのベンチに座り、ミカは口を開いた。
「まず、この『トリニティ総合学園』について、ナギちゃんが言った通り、一番の特徴は「沢山の分派が集まって出来た学校」だってこと」
トリニティ総合学園―――――『パテル』『フィリウス』『サンクトゥス』――――三つの分派がトリニティの中心となったという話ではあるが、実際には『救護騎士団』の前身に当たる派闘や『シスターフッド』などの大小含めた様々な派闘があるとミカは言った。
そんな中、色々な派闘がゲヘナの様な形でお互いを敵視していた。それは毎日紛争ばかりをやる時代があった程に。
そして、それに意味を成さないと気づいた各トップは、その無意味な争いを辞めようとお互いと結託し、一つの学園となった―――それが後の『第一回公会議』と名付けられる。
その名付けは私もどこかで聞いた覚えがあった。
「その会議を経て生まれたのが、今の私達のいる『トリニティ総合学園』」
「今でも分派だった頃の余波が無いと言えば嘘だけど……時代の流れってとこかな?今ではもう、そんなの全然気にしてないっていう声の方が多いはず」
「でもその会議は、円満に話し合いが終わった訳じゃなくて……その時、最後まで反対していた学園があったの」
ベンチから立ち上がり、光るプールを見下ろす。
一瞬の静寂の後、ミカは真剣な顔で私の方を向いた。
「それが、『アリウス』」
元々は同じトリニティの一分派だった学園。
神聖なマークを持つ今のトリニティの紋章とは違い、歪なドクロが紋章となるアリウスは、底抜けにゲヘナの事を嫌っていたらしい。
そのアリウスは連合を作る事を猛烈に反対し、最終的には争いにまで繋がったほど。
そしてアリウスは孤立し、トリニティは連合となった。
そうなってしまったトリニティはアリウスを敵対視する様になり、アリウスを徹底的に制圧し始めた。
あまりの力を手にしたトリニティはアリウスを標的とし、その結果アリウスは潰された。
「トリニティの自治区から追放されて、今は……詳細は分からないけど、キヴォトスのどこかに隠れてるみたい」
「相当激しい戦いだったんだろうね。その後全然見つからない様な場所に隠れたみたいで、多分、連邦生徒会ですら未だにその自地区がどこにあるのかを見つけられてない」
「大半の生徒達にとっては「そんな学園あったっけ?」って感じだと思う。殆どはきっと、そんな争いがあったことすら知らない」
「そんな学園……それがアリウス分校なんだよ」
それはアズサの出身がアリウスという答えとなり、同時にその様な環境に居たという答えにもなる。
説明を終えたミカは、本題へと話を繋げる。
「それで、ナギちゃんが推進してる『エデン条約』あれはさっき話してた『第一公会議』の再現なの」
「エデン条約……大きな二つの学園が、これからは仲良くしようねって約束」
「……何だか、良いお話に聞こえるよね?でも本当の所はどうだろ。だってその核心は、ゲヘナとトリニティの武力を合わせたエデン条約機構、通称『ETO』と呼ばれる全く新しい武力集団を作ることなのに」
「……そう、エデン条約っていうのは、言ってみればある種の武力同盟」
そう言ったミカはゆっくりとした足取りで近づき、私の近くにまで来るとその『エデン条約』の本当の意味を私に伝える。
「トリニティとゲヘナの戦力を合わせた、一つの大きな武力集団の誕生が目的」
「そんな、圧倒的な力を持つ集団が誕生するの……連邦生徒会長が行方不明っていう、こんな混迷の時期に」
「その大きな力を使って、ナギちゃんは果たして何をしようとしてるのかな?」
「会長が不在の連邦生徒会を襲撃して、自分が連邦生徒会長にでもなるとか?」
「それともミレニアムっていう新しい芽を摘んでおくとか?」
複数の予想を狂ったかのように話すミカは、やがて話を一通り終え、最後にゆっくりと口を開いた。
その瞬間、その静寂の間に少し強い風が吹く。
「もちろん細かい目的は知らない………ても、これだけはハッキリ言えるよ」
「そんなに大きな力を手に入れたら、きっと自分の気に入らないものを排除する……こんな風に…!」
その瞬間、ミカは突然懐から取り出した自身のライフルを取り出し、大きな銃声が鳴り響いた。
プールの水が小さく裂け、私が響いた方向を見る頃にはプールの奥の壁に一つの弾丸分程の大きさを持つ穴が出来ていた。
その穴には少し大きめな木の葉が銃弾によって貫かれており、葉の中心に目視では見えづらい赤く光る物が見える。
「誰かに聞かれてたみたい……誰かは分からないけど」
「……見えてたの?」
「いや?風に吹かれて偶然落ちた木の葉を撃ち抜いただけだよ。あれが何なのかは私も本当に分かんない」
銃を仕舞い、少し儚げに見える顔で静かにプールを見つめていた。
そして、再びきた静寂の後、零す様に口を開く。
「……このままいくと、トリニティとアリウスみたいになるよ」
「あるいは……セイアちゃんみたいに………」
自分の発言に気づいたのか、ミカは驚いた表情をして私に謝った。
「ううん、ごめんね。今のは失言だったかな」
「……セイアは、どうかしたの?」
「……前にお話した通りだよ。セイアちゃんは、入院中なの」
「………聞いてもいい?」
困る表情を隠さないミカに聞くと、しばらく考え込みもう一度聞き返した。
「……先生は、本当に知りたい?」
「……この話をしたら、もう私は戻れない」
「もしこの先の事実を知った先生が、私の事を裏切ったら……私はきっともう終わり」
「それでも、知りたい?」
「そうだね……なら、私も同じ状況になるよ」
「それ……ってどういう……?」
疑問を浮かべるミカに向かってゆっくり歩き、私も懐から一丁の拳銃を取り出した。
「私って体が弱くて、もし誰かに襲われたりしたら何にもできないから、こうやって護身用として渡されたんだ。実弾がしっかり入ってる」
ミカの目の前まで行くと、その拳銃をミカの手に握らせ、銃口を私の胸に当てる。
言葉を発する事も出来なかったミカに、優しい顔で引き金に指を置かせる。
「この引き金をあと少しでも引けば、私はすぐにでも死ぬ……ストッパーは掛けてないよ」
そう言葉を聞いた瞬間、ミカは全身の血が冷たくなる。
ミカが少しでも指を押し込めば先生は死ぬ。それが可能になっている今の状況がミカにとってはとてつもない恐怖だった。
「せ……先生……?な、何して……」
「こうしたら、ミカも素直に話せれると思って」
「これは、私にとっての賭けだよ……そして、選択でもある」
「ミカが私の事をミカの作戦の内で邪魔だと思うなら、今ここで殺す事ができる。それに、この拳銃は特殊らしくて、私の眼の力でもどうする事もできないらしい」
「私は今から、ミカの本当の話を聞く。これだけじゃミカが不利だからね。だから、嫌だと思えば、邪魔だと思ったらこの拳銃で私を撃ち殺しなさい。それについて、私は一切否定しないし、呪ったり、恨んだりなんか絶対にしないと約束する」
「これで、条件は揃ったね」
それを聞いたミカは、そうなんかじゃないと心の中で叫んだ。
ミカはただ、愛されたかった。嫌われたくなかった。多少の犠牲を出したとしても、結果が良ければそれで良いと思っていた。
それを口に出そうとしても、それは今の話を、先生を否定する事だと考えてしまった。逃げる事もできない。だからと言ってここで先生を……だなんて、考えてすらいない。
ミカは、この引き金を引く事が出来なかった。
「先生………は、私の味方……なんだよね」
「もちろん、これはミカが選択する事だから、別にやらなくてもいい。ただ自分を試したかっただけ」
「私だって死ぬ事は怖いよ。今だって、心臓がずっと痛いぐらい叫んでる」
そう言ってミカの手を取り、胸に手を当てると、その手を通じてミカの心へと振動が走る。
それを感じ取り、ミカは不思議と先程まであった不安感や苦しみが綺麗に浄化される様な安心感が与えられた。
それを感じたミカは、安心感と共に、本当の事を話す事を決意する。
それは、ミカが全てをさらけ出し、全てを失ってもいいと感じさせる程に。
「………先生なら、裏切られても良い……それでも先生が大好き……だから、私も私なりの方法で証明したい」
「本当の事……話すね」
手を離し、二人でベンチに座る。
先程の様な静寂とは違い、少し緩和された優しく静かな空気がながれ、ミカが再び真剣な顔で口を開いた。
「……セイアちゃんは、入院中なんかじゃない」
「ヘイローを、壊されたの」
「………え?」
それは、その言葉は、私を底の無い永遠の闇に叩き落とす様な、最悪の答えだった。
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