その後も勉強は続いたが、今まで以上に士気が上がっており、順調に皆んなの勉強に対する意識は変わっていった。
夕日が沈み始めた頃、今日やる所までは既に終わり、もう少し先にまで手を伸ばしている状況だ。今日は模試の事もあり、その後も今に至るまで休まずにやっていた為皆んな疲れていると判断し、私は皆んなに声を掛けた。
「皆んな、今日はこの辺で終わろうか」
「え?あ…は、はい」
そう声を掛けても、ヒフミ達は少し不安そうな顔でノートを閉じようとする。その行動に違和感を感じた。
思い返してみると、明日は第二次試験の日だ。そう考えると、ヒフミ達が明日の対策として普段より長くやると考えていてもおかしくはない。もしそうなら、私は申し訳ない事をした。
「……ごめん、もう少しだけやっていこうか」
「……!はい!」
謝ってまだ続けると提案し、ヒフミ達は喜んで了承する。そうして日が暮れるまで勉強は続き、あっという間に陽は地上から姿を消してしまった。
そうして夜が明け、第二次試験前日となる。
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朝が来た。そして、全員が部屋に集まり、ヒフミがベッドで横に並ぶ私達の前に立つ。
「……いよいよ明日です」
「う、うん……」
第二次特別学力試験。
たった七日間という短い時間の中での落第、そして退学を免れる為の勉強会。七日間の間だけの出会い、生活だというのにここまでお互いの信頼と友情を生み出せるというのは、驚くべき事だろう。
補習授業部の皆んなが努力を積み重ね、その努力は必ず無駄にならないとヒフミは言った。
「模試の結果も良かったですし……今の私達であれば十分に、第二次特別学力試験に合格出来るはずです!」
「ですが慢心する事なく、最後まで頑張らないといけません!あと一日、最善を尽くしましょう!」
「うん、当然だ。何なら100点を目指して頑張る」
「わ、私も!」
「あら、では私もそういう事で……ふふっ♡」
「わ、私はちょっと100点は厳しいそうですが……」
百点という大台は流石に身を引くヒフミだが、三人の覚悟に感化され、改めて覚悟を入れ直す。
「……いえ、私もやります!最終日も、張り切って勉強していきましょう!」
「頑張ろう!」
そうして、『最後』の勉強が始まった。
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そして場面は変わり、私は教室にそのまま行かず、ある人から連絡がきており、その場所へと向かっている。そしてそう考えている内にその言われた場所へと辿り着き扉を開ける。
そして、扉を開けて早々椅子に座り、優雅に紅茶を飲む彼女が私を見てこう言った。
「……お待ちしておりました。ご無沙汰しております、先生」
「あれからお変わりはありませんか?合宿の方は如何でしょう、何か困った事などありませんでしたか?」
「お陰様でね……それで、今日は何の用で?」
「ふふっ……この合宿は言うなれば元々、「生徒達をよく観察出来るように」という配慮でした」
「そういう事ですが、如何でしょうか?何か判明した事などありましたか?いえ、もっと直接的に言いましょう「トリニティの裏切り者」はどなただと思いますか?」
彼女、ナギサはそう言って私に問い掛けてきた。だが、元よりあまり興味が無いと言えば語弊があるが、私なりに犯人は見つけた上に、その先の事。嫌な事さえ知ってしまっている。だからこそ、私の答えはこうとしか言えなかった。
「……前に言った通り、私は私のやり方で。そう決めてるから」
「……そう、そうでしたね。ただ第二次特別学力試験を目の前にして、改めてそこを確認したかったのです」
「そこで、本日もこうしてお越し頂いた訳でして」
「……おそらく、ミカさんも接触してきましたよね?」
不意にそう聞いてくる。私が少しの動揺も逃さぬ様続けてナギサは質問を続けた。
「ミカさんと何をお話しになったのか……宜しければ、教えて頂いただけませんか?」
冷静な声と隙を見せない様な表情を私を向けるが、私の眼には底抜けに『何か』に対して怯えている様な、それを覆う様にまた別の『何か』を追いかけているようにも見える。だからこそ、ナギサに対して私は違和感を感じた。
「……ナギサ、それは仲間を疑っているという事?」
「………いえ、そういう訳ではありません。先生にどのような事情があるのかは知りませんが、宜しければ順番にお話ししましょう」
「まずコハルさんは、ハスミさんを統制する為の存在です」
「ハスミさんは誰よりもゲヘナの事を憎んでいます。いつ何をしでかすか分からない時限爆弾の様な存在です」
「……ん?うん」
憎んでいると言っても何か違う気がする。まあ気にしないでおこう。続けて話を聞く。
「そしてハナコさんは、本来誰よりも優秀な才能を持っていたにも関わらず、今はわざと試験で本気を出していません。何を企んでいるのか、全く理解出来ない状況です」
「アズサさんは、そもそも存在自体が色々と怪しい所ばかりです。それに、他の生徒達と何度も暴力沙汰、事件を起こしている、統制不能な存在です」
「そして、ヒフミさんは……」
「……ヒフミは?」
ヒフミの事を話そうとすると突然固まり、ずっと何かを考えている様だった。私が聞き直すと、意識を取り戻すかの様に話を再開し始めた。
「……というか、ヒフミの事は……?」
「……そう、ですね。ヒフミさんへの想いは……かなり特別です
。私はヒフミさんの事を、とても大切に想っています。私は、彼女の事を好いている……その事は、間違いありません」
「ですが……あの子の正体が実は、恐ろしい犯罪集団のリーダーである、という情報がありました」
「うん……ん?」
「こう言ったお話が、返って一番怖いのです。信じていたからこそ、何かが見えなくなっている……盲目の状態になっているのでは、と……」
「あぁ……あ、あのそれに関しては別に……」
「どれだけ注意を払って築いた塔も、小さな亀裂から簡単に崩れてしまうもの……」
「あ……ハイ」
ナギサが話しているヒフミの件に関しては、私も知っている。というか目の前で結成の瞬間を見た事もある。と言ってもあれは主にアビドスが悪いしヒフミは完全にその場のノリで決まった様なもの……まあいざという時に説明出来ればいいし、今はいいか。
「私はちゃんとヒフミさんの事を理解出来ているのか、それともやはり私が知らない真実があるのか……私には分からないです」
「あぁ……いや、別に気にする必要は無いよ」
「どうやって?証明が出来るのですか?ヒフミさんの心を、本心を、本音を、どうやって照明すると言うのですか?そうではない、誤解だ、事情がある……その言葉に、どれだけの意味が?どれだけの真実性が?」
ナギサの言っている事、そしてこの眼に映っているものがどれほどナギサがどれだけ今の状況に焦っているのかが分かる。だが、その今のナギサは正しく誰も信用出来ていない状況、それは仲間であるヒフミや、私まで。ならば、それを少しでも良い方向へ持っていく為にやる事をやるだけだ。
「……心の中など、証明出来るものではありません」
「……証明とは言わずとも、信じる事は出来る」
「…………それは、一体どういう意味で?」
「きっと、ヒフミは補習授業部でも、私でも、例えナギサ自身やミカが裏切り者だったとしても、決して失望する様な事はしない。ヒフミはいつも、誰に向かっても本音で、本心で、例え誰に誤解されようとも自分のやる事を最優先にする。そんな子だよ」
「それを証明する事は?」
「私の眼、ナギサは見た事が無いと思う。私は初めてヒフミにこの眼を見せた時、嫌な顔を一切しなかった。寧ろ私により期待をこめていたよ。……この傷は、誰にも癒えぬものだよ『他人と違う』この事実があるだけで、人は人を''人として見ない''それを私は知っている」
「ナギサは、果たして『エデン条約を破壊する者』を見つけ出そうとしているのか『トリニティの裏切り者』を探しているのか、どっち?」
その問いに対して、ナギサは即答える事が出来なかった。自分が今何を追っているのか、補習授業部に、先生に何を求めているのかを。よく考えてみればその答えは、どこにも見当たらなかった。
「……私達は、所詮「他人」です。それを超える事は難しい……作る事も、生み出す事も」
「……今の目的は、エデン条約の成功の為……その為に、退学という酷な手を使わなければいけません」
「………そうだね。所詮は『他人』だもんね。私は良いと思う。見たいものだけを見て、信じたい事だけを信じる。私は必ず救ってみせるよ。ナギサ……その抜け出す事の出来ない無限の闇から、例え途方もない時間が掛かったとしてもね」
「その為に、まずは補習授業部全員を合格させる。この傷に誓って」
それを言うと同時に、私は右手の手袋を取った。そして、その見覚えのない''痛み''を見せる事となる。
「ナギサ……人に見せるのは初めてだね」
「……その…傷…は……?」
「分からない……この場所に来た時から、既にあったんだ」
「今は、この傷に怯えてる場合じゃない。ナギサの、覚悟を聞かせて」
「……そ…うですか……はい、理解しました。私は私なりのやり方で……ですよね」
「承知しました……どうか、頑張ってください、先生」
「うん……それじゃあ」
きっと、ナギサはこの傷を見せた瞬間から、私への意識が変わると思う。きっとそうだ。だが……それで良い。私は、私のやり方で。例え、皆んなから嫌われ者になったとしても。
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第二次特別学力試験二日前。
明日に備え、寝る直前までお互いに問題を出し合い、時計の針が十二に合わさる頃には、部屋の電気は消されていた。
皆んなに期待と希望を添えながら、私も自分の部屋へと戻る。明日自分も元気に送れる様、最近眠れない体を無理矢理寝かす様に電気を消す。
数分間、意識を保ったまま暗い空間の中目を瞑り続ける。すると、ベッドの中から何やらゴソゴソと何かが近づいて来ている。私自身心霊が得意な訳でも、霊が怖く無いタイプでも無い。寧ろ怖がる方だ。眼を瞑ってやり過ごそうとしても、何かはどんどんと音を立て近づいてくる。
不意に、ピタッと何かが腕に触れた。流石に限界がきてベッドから起き上がると、黒いモヤモヤが腕に抱きついていた。
「っ……」
心臓が太鼓の様な音を立て、存在の分からないものが目の前にいる事に恐怖を駆り立てられる。ここはトリニティ全体で見ても端の、元々手入れすらされていなかった別館、正直''何か''が出てきてもおかしくはない。
腕に抱きついている何かを刺激しずにゆっくりと動き、腕を伸ばしてベッドの隣にある小さな明かりを付けると、オレンジの暖色がベッド周りを照らす。
「ひっ………」
「……ダメですよ。声を出しては♡」
電気をつけた瞬間、思わず声が出そうになる。その隙を即座に狙い、私の口は何者かによって手で抑えられた。心臓の音が耳元で鳴っている様に感じる程音がうるさく私の体内で鳴り響く。その存在がどんなものなのか、理解するのには一瞬の時間が掛かった。だが理解してしまえば、安堵を感じると共に何故そこにいるのか疑問だった。
私が''彼女''に向かい呆れの目を向けると、彼女は笑ってその手を話してくれる。と同時に私は口を開く。
「……ハナコ、何してるの?」
「意外とバレないものですね♡」
「いや……何を……というか、何をしようと……?」
「……ふふっ♡」
すると、ハナコは普段とは全く違う色のついた笑みを浮かべ、私の両手首を掴んでベッドに押し倒した。驚く暇もなく、ハナコは目的を話す。
「もちろん………夜這いてす♡」
「よ……夜這い……?な、なにそれ……」
私はその意味を知らず、何の意味があるのかをハナコに聞くと、ハナコはさっきとは打って変わって両手首を離し、ベッドに倒れ込んだ。
「……いえ、やっぱりなんでもありせん」
「え……?」
「先生は分からなくて結構です……汚してしまっては悪いので」
「………?」
何か嫌な予感がしたのでそれ以上は聞かず、気まずい雰囲気の中、二人ベッドに横たわり時間が過ぎるのを待つ。数分経ちそろそろ気まずさも限界に達し、話してみようと口を開いた瞬間にハナコが私に話しかけた。
「先生………少し、真面目な話になってしまうのですが……私達に、何か隠し事をしていたり……しませんか?」
「……そう考えたのは、どうして?」
「……最近、眠れていないでしょう」
その問いに、答えを返す事は出来なかった。実際にここ数日は眠れず、勉強が終わってから自分の部屋に戻って気を失った事もあった様な気もする。それ程に眠れていなかった。
「でも……いや、ハナコに言い訳は効かないか。うん……ちょっとね」
「……話してくださっても良いんですよ?」
「いや……話せる内容というか……あまり、覚えてなくて」
「覚えて……ない……?」
「うん……でも、思い出そうとすると……苦しくなって、周りが真っ暗になって……どうしようもなく、死にたくなるんだ」
「………………」
ハナコは黙って私の話を聞いてくれた。隠し事が何かを話す事は結局出来ない。なぜなら、私も分からないから。だとしても先生という立場でありながら生徒にこんな話をするだなんて先生としてはいけない行為だ。
すると、ハナコはベッドから体を起こし、座り込んむ。そしてハナコもある話をしようと再び口を開いた。
「……分かります。私も、同じですから」
「………同じ……か」
「先生にこんな事を話すだなんて、生徒としてはいけない行為ではありますが、今回はお互い様という事で」
「……そうだね」
「………聞かないんですか?」
不意にそんな事を聞いてきた。本来なら、先生としても、私自身としてもとにかく何があったか聞く様なタイプだが、今回は違う。
「聞かないよ。ハナコがそうしてくれた様にね」
「……なるほど」
「………悪い事をしますね、先生」
「お互い様だよ」
「…ふふっ、そうですね」
疑問と不信で強ばっていた顔に少しの笑みが出来た。そしてハナコは立ち上がり、そして私の方を向く。私も体を起こしベッドに座り込むと優しく見下ろすハナコを見上げ、目をお互いに暫く見つめ合った。
「……今はまだ、聞きませんよ。その服装についても、その手に関しても」
「手?」
「その手、薄いとはいえ、ずっと手袋を付けていますよね。それが何なのか、意味があるのかは分かりませんが、ずっと全身を見えない様にスーツを着ている事と、何か関係があるのかもしれません」
「ですが、今の先生に聞いた所で、答えてくれる訳がありません。ですので、待ちます」
そしてベッドから歩き出し、扉の前まで行くと、私の方を向いた。そして、扉に手を掛けながら、私に声を掛ける。
「いつか、その答えを聞ける日を待っていますね。先生」
「……期待に応えられるかは分からないけど、うん。約束するよ」
答えられるか分からないのに約束をするだなんて、自分でも凄いと思う程の矛盾だが、今はそれで良いと思ってしまう。いや、これで良いんだ。
「……はい、それでは。私はこれで」
「うん、次の試験。頑張ってね」
「………はい」
扉が閉まり、私はそのままベッドへ倒れ込んだ。
「……やっぱり、ハナコは勘が良い」
いつか来る日の約束をし、最後はお互いに笑って扉を閉める事が出来た。そんな出来事があった深夜、夜は明け、その日が遂にやってきた。
傷って痛いですよね。