懐中電灯一本を頼りに、ヒフミ達が歩いて来た廊下を歩いてい
く。夜風のせいか、体が冷たく体が少し震えている。ずっと後ろから視線を感じ定期的に振り返るが、そこには誰もいない。
「……怖いなぁ」
少し早歩き気味に歩いていくと、気づけば音楽室の入口まで辿り着いていた。
そういえばヒフミが音楽室か理科室どっちに行ったか聞いていなかったが、目の前にあるのなら先に音楽室を確認しておこうと思い扉を開けると、もちろん誰も居らず静寂だけが流れている。懐中電灯でゆっくりと辺りを照らしていくが特にそれらしい物は見つからなかった。
「……あれ?」
照らしている間風がずっと吹いており、正面を照らすと窓がカーテンで覆われているが半分ほど開いていた。誰かが開けたのかは分からないが、これ以上冷たくなると風邪を引いてしまうので近づいてカーテンを開け窓を閉める。
「月……綺麗だな」
カーテン越しでも思ったが、今日の月はいつもより光が強く感じる。風を感じながら見上げた月は少し青く、形の崩れない満月だった。
「…………………」
不思議と目を離す事が出来ず、時間を忘れずっと魅入ってしまう。美しいと言える満月を見続けていると、後ろに誰か居る気配がした。
見上げた視線を下に下ろし、後ろを振り返るとそこには白い泡で生まれた様な優しい顔をした女の子が私を見つめており、その子に見覚えがあるのか、恐怖を抱く事も無く安心した気持ちに包まれる。
「……君は」
「…………」
見た事の無いロングスカートの様な服装に、長い髪をなびかせ静かに私を見続ける女の子に声を掛けるも、その子は話す事無く私を見続けていた。風が強く吹きカーテンが揺れる、一瞬の風に目を取られ外を振り返るもそこには草木が手入れされておらず、満月に鮮やかな緑が照らされていた。
気づけば、その子はもう居なくなっていた。その代わり、来た時には無かった筈のヒフミの指輪が月明かりに光っている。私は結局あの子が誰か分からなかったが、私はあの子を知っている様な気がした。きっと、気のせいだろう。
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部屋へ戻ると、全員が各自のベッドに座り私の帰りを待っていた。帰ってきて早々、ずっと顔を不安そうに下を向いていたヒフミは私を見るな否やすぐさま立ち上がり私の元へと早足で向かってきた。
「先生……お帰りなさい」
「ただいま。はい、これ」
「……!せ、先生………ありがとうございます……!!」
「次は無くさない様にね」
「二人とも、何の話をしてるんだ?」
ヒフミが思ったよりも近くに居たらしく、アズサの目には先生がヒフミに何かを渡す様な光景が見えていた。普段なら気にしないが、先生が帰ってくるまでの焦りと口数の少なさ、そして帰ってきてからの安堵の顔がただ帰りを待っている様には見えなかった。
「あ……いえ、これは……」
「ヒフミが落し物をしたらしくて、それを拾いに行ってたんだよ」
「……本当にそうか?」
「もちろん」
「………嘘をついている様には見えない。なら、本当か」
「……先生」
「……嘘はついてないよ?」
怪しい目を向けるアズサを何とか躱し、無事肝試しは終了した。そうしている内に時間も過ぎ時刻はもう少しで十二時になろうとしている。一度間を置き、ヒフミはベッドに横並ぶ私達の前のベッドに座り、寝る前最後の言葉を描ける。
「色々とありましたが……本日もお疲れ様でした!明日は遂に、第二次特別学力試験です!」
「この一週間の合宿で、私達はしっかり合格出来るだけの実力を身に付けられたはずです!」
「うん」
「はい♡」
「そうねっ!」
「…本当に頑張ったね」
「後はしっかり試験に合格し……堂々と補習授業部を卒業するだけです!今までの勉強が無駄では無かった事をきっちり証明しに行きましょう!」
「そして最後は、皆んなで笑ってお別れ出来る様に―――」
元気と笑顔で最後を綴るヒフミの言葉に、アズサは何処と無い悲しみの気持ちを抑えられず、つい言葉を零してしまう。アズサの脳裏には、『お別れ』の言葉が離れずにいた。
「……そう…か。合格したら、もうお別れか……」
「ちょっ、ちょっとアズサ!?どうしてそんな急にしんみりする訳!?」
「なるほど♡合宿も含めて、何だかんだで凄く楽しかったですもんね?」
「……ああ。いや、それでもやっぱり、出会いがあれば別れもある。全ては、虚しいものだ」
アズサは常に『虚しさ』を忘れる事は無かった。どの選択も見てきた道も、アズサにはその虚しさが消える事は無い。そう最後まで思わせる言葉『全ては、虚しい』そう消える言葉を放ったアズサに、ハナコは一言入れる。
「……そこまで言う必要は無いと思いますよ。アズサちゃんも含めて皆んな、試験が終わったらどこかに行ってしまう訳じゃないでしょう?」
「補習授業部が解散しても、皆んな同じ学園に居るんですから。会おうと思えば何時でもすぐ会えますよ」
「ほ、ほら!私はいつも正義実現委員会の教室に居るから!ひ、暇な時があれば来れば……?」
「……うん」
虚しさに溺れるアズサに、ハナコとコハルはまた会えると、何時でも来ていいと言葉の違いはあれど、優しさの気持ちで包まれる様に言葉を掛けた。それを聞いたアズサは、虚しさに溺れずとも笑顔で応える事が出来る様になった。その瞬間を見たヒフミは、意外そうな表情を見せる。
「えっと、気持ちとしては同じなのですが、取り合えず試験に合格する事が先決と言いますか、何だか急に青春ドラマのエンディングになっている様な……と、とにかく。今日はもう休んで、明日の試験に備えるとしましょう」
仕切り直し今日を終え、最後の合宿にしようと覚悟を決めた時、コハルがある質問を投げ掛けた。
「そういえば、明日の試験会場って前と同じ所?」
「あ、そういえば告知をまだ見ていませんでした……えっと、トリニティの掲示板っと……」
「…………え?」
「……どうしたの?ヒフ―――」
「え、嘘っ!?嘘ですよね!?」
突然ヒフミが叫び声を上げた。何事かと思いハナコはすぐに自分のスマホで同じトリニティの掲示板を開く。そしてこう読み上げた。
「えぇっと……「補習授業部の『第二次特別学力試験』に関する変更事項のお知らせ」……?」
「「試験範囲を、既存の範囲から約三倍に拡大」……?」
「はぁっ!?何それ!?」
コハルも驚きの声を上げハナコのスマホを覗き込む。アズサもヒフミと共にスマホを見ており、私も自分のスマホを開き掲示板を開く。
「「また、合格ラインを六十点から九十点に引き上げとする」……?」
「わ、私でもまだ九十点なんて超えた事無いのに……」
「ど、どういう事よこれ……」
「昨日、急にアップされたみたいです……試験直前になって、こんな……」
掲示板の更新日時を見ると、ヒフミの言った通り二時試験直前の午後十一時の更新だった。全員が疑問と困惑の混沌の中、私とハナコはこれを行った人物を一人思いついた。
恐らく、彼女は私達が知った事を見ているかの様に、夜の風に吹かれ紅茶を優雅に飲んでいる事だろう。ティーパーティー三大分派、フィリウス分派のリーダーであり現最高権力の持ち主『桐藤ナギサ』
「……なるほど、私達の模擬試験の結果を、ナギサさんが何かしらの手段で把握したみたいですね………滑稽なやり方ですねぇ……どうしても私達を退学にしたい、と」
スマホ越しに目を殺し、心の底から嫌悪の死んだ目を向けるハナコが珍しく言葉を荒らし言葉を吐き捨てると、アズサがその言葉に引っかかった。
「……退学?」
「おっ、た、退学!?ちょっとどういう事!?」
事は進んでいると思っていたが、良く考えればアズサもコハルもその事実を知らなかった事を忘れていた。と同時にハナコも話そうと考えていたらしい。
「そのお話もそろそろお伝えしようと思っていましたが……その前に、他にも変更された部分がありますね」
「あ、試験会場と時間も変更されてます……試験会場は「ゲヘナ自治区第十五エリア七十七番街、廃墟の一階」……」
「ゲヘナ……ん?ゲヘナ?」
「げ、ゲヘナで試験を受けるんですか!?」
「な、何でよ!?どうしてトリニティの試験をゲヘナで受ける訳!?」
コハルの叫んだ通り、今正にトリニティとゲヘナは一触即発の状態であり、そんな中トリニティ生、その上その上層部と関係を持っている者達が無断でゲヘナの自治区に入ればそれこそいつ戦争が起きてもおかしくはない。そしてこれは試験、行かないという選択肢は幾らでも取れるが、行かなければそれでお終い。未受験ということで不合格となる。
「そ、それもそうだけど、さっきの退学ってどういう事!?初耳なんだけど!」
「………」
事情の知らない二人は退学という言葉に怯えている様子だったので一から状況を説明した。
今回の特別学力試験三回全てに落ちると退学になる、そう伝えると二人は驚きを隠す事が出来なかった。
「試験に三回落ちたら、退学……!?」
「……なるほど」
「か、隠しててごめんなさい……まさか、こんな事になるなんて……」
「ど、どうすれば良いの……!?退学になったら、正義実現委員会に復帰出来ない……」
「それは……」
「……状況は理解した、とにかく出発しよう」
「え、えぇ!?」
不安が募る中、アズサがそんな事を言い出した。ヒフミは驚くもアズサは構わず話を続ける。アズサはヒフミのスマホを貸してもらい、スマホをベッドの上に置き全員が見える様にしある場所に指を指した。
「ここ、試験時間が「深夜三時」って書いてある。これから出発しないと間に合わない」
「あ、確かに……!?」
「驚くにせよ、怒るにせよ、絶望するにせよ。それは、試験を受けてからでも遅くない。障害物の多さに文句を言った所で、何かが変わる訳じゃない。大切なのは、それでも最後まで足掻く事」
数分前まで悲しみに暮れていたとは思えない程の姿を見せるアズサに、圧倒され何も言えず代わりにハナコがその言葉を肯定する。
「……そうですね。アズサちゃんの言う通り、今はとにかく動くしかありません。それにしても、ふふっ……面白そうですね。ゲヘナに試験を受けに行くだなんて、初体験です♡」
「ああもう、何もかも意味わかんない!と、とにかく行くのね!?」
いつも通り笑顔を見せるが声が笑っていないハナコに、状況は分からずともついて行くと宣言したコハル。その瞬間アズサは知らぬ間に制服へと着替え、ベッドとベッドの間にある隙間から自分の持つ愛銃を取り出した。
「すぐに出発しよう。各自装備を忘れずに」
「装備!?銃火器ですか!?」
「そうですね。ゲヘナ自治区はただでさえ無法地帯ですし、今は風紀委員会が条約締結前という事もあって対処し切れていないでしょうし………」
「あうぅ……ど、どうしてこんな事に……」
各自着替えやら準備やらを始め、私は既に準備を終えているアズサと共に部屋から出で玄関まで行く事とする。
「行こう、先生」
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玄関へ着き、靴を履き替える。深夜を回ったというのに、未だに風は少し吹いていた。私が着く頃には既にアズサは着いており、私に気づかずずっとうえを見上げていた。
「アズサ」
私がそう呼び掛けると、アズサは私の方を向いてくれた。私がアズサの元へ行くと、同じ様に上を見上げる。
そこには、雲一つ見当たらない濃い青の空に、見るだけで冷たくなってしまう様な程青く光っていた満月が、まるで映画のワンシーンの様に映し出されていた。
「……こんなにも月は綺麗だと言うのに、こうも醜い現実を見てしまうと……また、感じるものがある」
「……そう、だね」
三人が来るのを待っている間、実に五分にも満たなかったが、私とアズサの中では無限と言っていい程長く、終わらないと感じる程だった。ふとアズサを見ると、アズサも同じ様に満月に見とれており、弱い風に、少し髪がなびいている。
「……ねぇ、アズ―――――」
私は、一瞬の迷いで聞こうとしてしまった。アズサの事情、本当の事。全てを虚しいと言っている理由、それでも諦める事を絶対にしないその想い。それはどこから、何があってそうなったのか……と。
きっと今アズサに聞けば裏切り者の事も、アリウスの事も物語の鍵となる要素を全て知る事が出来る。だがそれを聞く事は出来ない、なぜならあの子は罪を知り罰を受ける子だから。
アズサが私の呼び掛けに気づく瞬間に、玄関の扉が開かれる。そこには、制服姿の三人が不安そうではあるが、やり切ると覚悟を決めた様なそんな顔をしながら歩いてくる姿があった。
「……先生」
「うん、分かってるよ」
私も月から目を離し、四人の方を見る。
「それじゃあ……行こうか」
そして私達は歩き出し、ゲヘナ自治区へと向かった。全ては補習授業部卒業の為、退学にならない為にと想いを込めて。