『敵の退却を確認!』
アヤネの発言に、全員が武器を下ろす。
部屋は穴だらけ、弾薬と爆薬の匂いが部屋中に広がった。黒いヘルメットの生徒達が十五を超え、同じ赤いヘルメットの生徒が一人、このチームを支えていた。
『並びに、カタカタヘルメット団の補給所、アジト、弾薬庫の破壊を確認』
「これで暫くは大人しくなるはず」
「よーし、作戦終了。皆んなも先生もお疲れ〜。それじゃ、学校に戻ろっか〜」
ホシノの提案した作戦は無事に終わり、帰ろうとした時、一番に帰りそうだったホシノはその踵を止め、私達に先に帰る様促していた。
何の疑いも掛けなかった皆んなは先に部屋を出る。私も部屋を出ようとしたが、扉に振り返る瞬間、ホシノの目が少し変わった気がした。部屋を出て直ぐに壁に張る。そして壁に耳を傾け、駄目な事だとは分かっているが、その中に居るホシノの音を盗み聞きしようとした。
「……ほら、起きなよ」
誰かにそう声を掛ける。恐らくヘルメット団、でも何故?
布の擦れる音が聞こえる。流石に音だけで何をしているのか分からない。足音を殺し、空いている扉から少し顔を出す。
その眼の先には、リーダーの胸倉を掴み、針先の様に鋭い眼光を向けたホシノが居た。
既にボロボロなリーダーを吊り上げ、ホシノから聞いた事の無い低い声で一方的な質問をする。
「……お前達は、誰の指示を受けた?」
「っく……し、らない」
「お前ら如きが、こんな装備を揃えられる訳が無いだろ。これ以上、私の仲間を、学校を……壊すんじゃない」
その身体からは出ない圧力。抑える事無く辺りに放たれ、周りの壁や天井にヒビが入り始める。陰で見ている私ですら首が掴まれている様な『恐怖』それに私は眼を離さざる終えなかった。
本当に何も知らないと分かったホシノはその手を離し、限界が来ていたリーダーはそのまま周りのヘルメット団と共に暗転に落ちていった。
足音が扉へと向かってくる。咄嗟に直ぐに近くの障害物に身を隠す。扉の外へと出る音が聞こえた。直前の姿を見ているせいか、酷く心臓が鼓動する。何とか息を殺そうにも、息が震えている。
足音が消える。何処かへ行った――――では無かった。私の後ろには人一人入れるか否かの空間。近付こうと何て思わない様な何でも無い空間。我ながらこの瞬間にここに来れた事は良い判断だとも感じた。それでも、ホシノは私の上に立っていた。
私がホシノを見てから反応するまでの一瞬、二秒も無かったこの瞬間にホシノは私の両腕を合わせ前に押し倒した。少しでも動かそうものなら骨が逝く。骨の仕組みを知り糸の様に細いラインを上手く掴んだ。そんな技術に抵抗する間も無く私は制圧されてしまった。
「誰?盗み聞き何て―――」
「わ、私だよ!ホシノ……っ!」
肺が圧迫し息が出来ない。残った酸素で声を絞り出し云うと、その微かな声でホシノは気付きぱっと抑えている手を離してくれた。両手が解放され、手を地面に着ける。起き上がろうと腕に力を入れても中々に入りずらい、よく身体に意識を向けてみると、異変が起きていた。
十秒も抑えられていなかった筈なのに、上半身が軋む程には痛い。ギリギリ座る体制には変えれたが、そこから立ち上がる事は困難だろう。
「せ、先生……?何で、此処に……?」
「……っ、 まずはごめんね。盗み聞きなんてしちゃって」
中々起き上がろうとしない先生の異変に気付き、ホシノは直ぐに手を差し伸べてきた。
先生も迷う事無くその手を取り、ホシノに身体を支えられながらその場から立ち上がる。壁に背を預けホシノと向き合うと、沈黙よりも先に先生が口を開いた。
「……何をしようとしてたのか、聞かせて欲しい」
「っそうだよね。どうしても、疑っちゃうよね」
「……え?う、疑うだなんてそんな……」
聞き出そとした瞬間、ホシノの表紙が私でも分かる程に曇った。それにそばの意味深な言葉は私に、対策委員会の皆んなにも云っていない秘密がある様に聞こえる。その姿を見て、私は私自身を見つめた。
私は、何処まで行っても会ったばかりの人間だ。ホシノの事も、皆んなの事も『情報』の上でしか知らない。だから、それ以上踏み込めなかった。ホシノは先を越すかの様に曇り顔を抑え、私にいつも通りの笑顔を向けると、声のトーンも少しずつ上がっていった。
「おじさんは何もやってないよ〜。ただ、最近攻めてくる回数と、無駄に装備品が揃ってたからね。それについてちょ〜っと聞きたかっただけだよ」
「……そう、なんだね」
「そうそう〜。だから、先生は何も知らなくて良いんだよ」
「――――うん」
その言葉には、重みがある。
私はこれ以上踏み込んではいけない。これ以上歩けば、脚がそれ以上動かなくなる。振り返るホシノの背を、私は追いかける事が出来なかった。
ホシノがその場から消え、一人だけの空間。ホシノの事もあるが、まずはヘルメット団の事だ。ヘルメット団のメイン、アジトは制圧した。だがこれでも下がるとは思えない。
制圧時、アジトにしては数が少なかった。それに攻めてきた数十人も合わせても、まだ人員が尽きているとは考え難い。それにヘルメット団の個人戦力は優秀とは云えない。それなのに何故こんな物資の豊富さ、そして対策委員会相手に戦えるだけの戦闘力を持っているのか。
まだ完全に理解出来ていない。今の状況も良いとは云えない状況だ。この先のヘルメット団の動き次第では何か情報が掴めそうではあるが―――
結局相手の動きを見てからじゃないと動く事が出来ない。この時間を得てもうそろそろ私の中では何かが掴めてきている気がするが、気がするだけ。
「………難しいな」
つくづく思う。私、先生向いてるのかな。
︎ ✦︎︎
一足遅れ学校へと戻り、会議室のドアを開ける。
中にはいつも通りの皆んなが座っていた。先に気付いたアヤネが立ち上がり、言葉を掛けると、ホシノもその言葉に続けた。
「お帰りなさい、先生。指揮お疲れ様でした」
「おかえり〜」
「アヤネも、オペレーター有難う」
会議室内では作戦成功も相まって良い空気感になっており、ホワイトボードに書かれている言葉通り、今後暫くは攻めて来れないと云う安心感もあった。
その安心感故か、アヤネ、シロコ、セリカが現状と対策委員会の事について少し言葉を零す。
「火急の事案だったカタカタヘルメット団の件が片付きましたね。これで一息つけそうです」
「そうだね。これでやっと、重要な問題に集中できる」
「うん!先生のおかげだね、これで心置きなく全力で借金返済に取り掛かれるわ!ありがとう、先生!この恩は一生忘れないから!」
感謝の言葉を送られるも、セリカの口から『借金返済』と云う言葉が出てきた事に疑問を浮かべる。
私の調べた情報では、この学校が借金しているだなんて情報は無かった。少し古い情報だったか、私が見落としていたかは分からないが、兎も角その借金について聞かなければいけない。
「借金返済?」
「………あ、わわっ!」
「そ、それは………」
「ま、待って!!アヤネちゃん、それ以上は!」
「………!」
借金返済と云う言葉に過剰に反応したセリカは慌てて口を自分の手で塞いだ。が、アヤネがその事について『仕方無い』と云わんばかりの表情で説明をしようとしたが、セリカは急ぎでアヤネを口を閉じ隠そうとした。それを見たホシノが慌てる皆んなを止めた。
「良いんじゃない、セリカちゃん。隠すようなことじゃあるまいし」
「か、かと云ってわざわざ話すようなことでもないでしょ!」
「別に罪を犯したとかじゃないでしょ〜?それに先生はおじさん達を助けてくれた大人でしょ?」
話す事を許したホシノに、セリカは少し強い言葉で言い返した。それを受け、尚ホシノはその体制を崩さず、優しい言葉でセリカを諭した。
それを見聞、シロコもその会話に付け足す。
「ホシノ先輩の言う通りだよ。セリカ、先生は信頼しても良いと思う」
「そ、そりゃそうだけど、先生は結局部外者だし!」
「確かに、先生がパパっと解決してくれる様な問題じゃないかもしれないけどさ。でも、この問題に耳を傾けてくれる大人は、後にも先にも先生くらいしかいないじゃ〜ん?悩みを打ち明けてみたら、何か解決法が見つかるかもよ?それとも何か他にいい方法があるのかな〜、セリカちゃん?」
「う………」
少し悪戯な顔をし、ホシノからそう問われたセリカは何も答えることが出来なかった。
だが、セリカが次に話したことにアビドスが今人達から、大人から、世界からどう見られているのか、その片鱗が見えた。
「でっ、でもさっき来たばっかりの大人でしょ!今までの大人達が、この学校がどうなるかなんて気に留めたことなんてあった!?この学校の問題は、ずっと私達だけでどうにかしてきたじゃん!なのに今更、大人が首を突っ込んでくるなんて………」
「それは……」
「私は、『大人』なんて言葉にこれ以上翻弄される事は嫌っ!もう皆んな以外、誰も信じる事なんて出来ないの!こんな大人が、私達に都合良く手を差し出すだなんて……!」
――――私は認めない!!!
その言葉は怒りのまま、会議室中に響き渡った。同時に会議室のドアは強い衝撃で開き、セリカは勢い良くドアから出ていった。
真っ先に動いたアヤネは飛び出すセリカの後を追いドアから廊下へ飛び出す。
「セリカちゃん!」
「私、様子を見てきます」
心配そうに声を上げるアヤネ。後からノノミが会議室を出ると、ノノミが後を追うと云いセリカを追いかけに走った。
アヤネが会議室に戻ると、余り表情を表に出さないシロコ、先の展開を知っていたかの様に出ていったドアを見つめるホシノ、そして止める事が出来なかった事による無力さで何も喋る事の出来ないアヤネ。その三人と、私だけとなった。
「………………」
初めて会った時とは、全くと云っていい程セリカの私への対応が変わっている。だが、セリカの言葉が正しければ仕方が無い事なのだと受け入れるしか無い。セリカの言葉一つ一つには、それだけの想いが込められていた。
私だって同じだった。何も出来なかった無力さ、手に取る事の出来ない信頼。私の想いは、伝わらないのだろうか。
気を悪くする程の静寂が流れ、次にホシノが口を開いた。
「えーと、簡単に説明すると………この学校、借金があるんだ〜。まあありふれた話だけどさ」
到底ありふれた話ではないが、大人の居ない子供達だけで借金を抱える―――それは、先生としても私個人としても見放せなる話ではない。私が、少しでも手伝えるのなら―――
そう思ってた矢先、ホシノが苦笑いしながら事細かく詳細を話した。
「でも問題はその金額で………九億円ぐらいあるんだよね〜」
「………へ?」
九億?私が聞き間違えた?
そう思わせる程、文字通り桁違いの借金。情報に載っていない理由は余りの大きさで嘘や冗談だと思われた。だから載せる事がされなかったのだ。
余りの次元の違いに言葉を詰まらせていると、アヤネが静かに細かな全額を云う。
「……正確には九億六千二百三十五万円、です」
下まで数えれば約十億。よく小学生のパンチの強さだったり国や個人の借金の話では億と云う単位が使われるが、まさか助け舟を出した学校の借金でその大きさを実感するとは。
九億円。セリカの言葉と組み合わせると、確かにこの驚く程の金額、大金持ちかそれに似た力を持つ大人でないと解決出来ない問題。そんな金額、大人は愚か子供達だけで払い切れる訳が無い。
「アビドス………いえ、私たち『対策委員会』が返済しなくてはならない金額です。これが返済できないと、学校は銀行の手に渡り、廃校手続きを取らざるを得なくなります」
「でも、実際に完済できる可能性は零パーに近くて、殆どの生徒は諦めてこの学校と街を捨てて、去ってちゃったんだよね」
「……そして、私達だけが残った」
そうシロコが云うと、アヤネは真面目な顔で私に伝えてくる。
「学校が廃校の危機に追いやられたのも、生徒が居なくなったのも、街がゴーストタウンになりつつあるのも、全てはこの借金のせいです」
「……事情を聞いても、いいかな?」
九億なんて、私達大人ですら返せる金額じゃない。そんな中、大人の居ないこのアビドスで、まだ幼い子供達だけで返そうとしているのなら、私は少しでも力になって、共に借金を返済したい。彼女達には、『青春』を与えてやりたい。
それが、私にとっての『大人』のやり方だから。
そうして、アヤネの口からなぜこうなったのかが語られた。
「数十年前、この学校の郊外にある砂漠で砂嵐が起きたんです。この地域では以前から頻繁に砂嵐が起きていたのですが、その時の砂嵐は想像を絶する規模のものでした。学区に至る所が砂に埋もれ、砂嵐が去ってからも砂が溜まり続けてしまい……」
「その自然災害を克服するために、私達は多額の資金を投入せざるを終えなかったんだ。でも、このような片田舎の学校に、巨額の融資をしてくれる銀行はなかなか見つかんなくてね〜」
「結局、悪徳金融業者に頼るしかなかった」
語られたのは、数十年前のアビドスそのものの話。
私の調べた情報通りだった。突如起こり出した砂漠化による大災害。結果として多くの行方不明者を出し、未だに見つかっていない人も居る程、一瞬にしてアビドスに莫大な損害を与えた。
残っただけでは何も出来ない。それを知っていた五人は悪徳金融会社に頼るしか無い程追い詰められ、その手を伸ばすしか無かった。
その結果として生まれたものが『九億円』
「………最初のうちは、直ぐに返済出来る算段だったと思います。しかし砂嵐はその後も、毎年最大損壊を超える巨大な規模で発生し―――学校の努力も虚しく、学区の状況は手が付けられないほど悪化の一途をたどりました。………そしてついに、アビドスの半分以上が砂に呑まれて砂漠と化し、借金はみるみる膨れ上がっていったのです………」
「…………」
「…………」
情報でしかない聞いた話は、自分が想像するより圧倒的にどうする事も出来ない、絶望的で理不尽な話だった。
突然起きた巨大な砂嵐と砂漠化現象、それによってアビドスは壊滅し最悪の手段を選ばざる負えなかった。
聞いただけで馬鹿らしくなる程の借金。本来であれば、セリカのあの対応が正しいと思えてしまう。それ程までに、この世界は酷く理不尽だ。良い意味でも、悪い意味でも、セリカを除くこの四人は『狂っている』
この学校の為なら、命すらも惜しまない様な、その目は一体何処から来ている?
「私達の力だけでは、毎月の利息を返済するので精一杯で………弾薬も補給品も、底をついてしまっています」
「セリカがあそこまで神経質になってるのは、これまで誰もこの問題にまともに向き合わなかったから。話を聞いてくれたのは、先生、貴方が初めて」
アヤネの言葉も、こんな私でも共感出来てしまう。寧ろ、よくここまで耐えてきた。そう伝えてやりたい程に。
続けてシロコがセリカの事について云うと、セリカには別の理由でああなっている事が分かった。それはこれまで出会ってきた大人の事。
この話を聞いて、向き合ってくれた人は私が初めて―――私がもう少しマトモな頭をしていれば、私は今直ぐにでもこの場を知っていただろう。
だが、それは彼女達を遠回しに『殺している』のと同義だ。だから、私は逃げない。決して諦める様な事はしない。
「………まあ、そういうつまらない話だよ。で、先生のおかげでヘルメット団って云う厄介な問題が解決したから、これからは借金返済に全力投球出来るね〜って訳。あ、もしこの委員会の顧問になってくれるとしても、借金の事は気にしてくて良いからね〜。話を聞いてくれただけでも有り難いし」
ホシノはつまらない話と云うが、それはアビドスにとっての本質に関わる問題。見逃したり聴き逃したりする様なものでは無かった。
手助けしたい気持ちもう有るが、それを『迷惑をかけたくない』と云う皆んなの気持ちに反したくないと云う気持ちも有り、どうしようも無いモヤモヤが残ってしまう。
「そうだね。先生はもう十分力になってくれた。これ以上迷惑はかけられない」
そう云われた時、私がどう答えるのかは既に決まっている。
きっと、彼女達の『迷惑』は私に無理をさせないと考えているから、これ以上甘えてはいけない、そんな気持ちが先行してしまうから。
ならば、私はこう答えることにした。
「私は、対策委員会の皆んなと知り合って、関わりあって、こういうことを云ってくれる子達を、自分の迷惑だからって理由で無視はしたくない。私は、皆んなが好きだから」
裏表の無い、しっかりとした感情。想い。
例え皆んながこの言葉に反撃したとしても、私は決して離れる様な言葉しない。何をされても、だ。
私の言葉は無事に伝わったのか、三人は目を見開き、アヤネは私に問うた。
「そ、それって………」
「うん、私でよければ手伝わせてほしい」
断られる事も承知の上、何かしらの形でサポートする準備も出来ている。様々な可能性を覚悟しそう云った瞬間、アヤネは少し戸惑いつつも、直ぐにその言葉に対する答えを与えるかの様にその首を縦に優しく振り、嬉しい声色を上げた。
「は、はい!よろしくお願いします……!先生!」
「……!アヤネ、ありが……あ、アヤネ?少し顔が赤いような……?」
「っ!き、気のせいですっ!!」
アヤネの声色は切羽詰まった声に変わり、踵を返すと私とは真反対に背を向け、下を向いた。
シロコが俯くアヤネを覗き込むと、アヤネは全員を震わせ驚き、そっぽを向くシロコの事をぽかぽかと殴っていた。
それを背に、ホシノは私に近付き楽しそうな声を上げる。
「先生も変わり者だね〜。こんな事に自分から首を突っ込もうなんて」
「……ごほん『シャーレ』が力になってくれるのなら……これで私達も、希望を持って良いんですよね?」
「そうだね。希望が見えてくるかもしれない」
『希望』それを見い出せた瞬間、その可能性は大きく広がった。嬉しそうに表情を浮かべる姿は、余り表情を表に出さないシロコですら口角が上がっている様に見える。ホシノに、ノノミに、シロコに、セリカに、アヤネに、アビドスの皆んなに力を、平等に貸す事は出来ない。でも、当時に与える事は出来る。
「私が、君達の希望になれるのなら……」
その小さく呟いた言葉は、誰一人として拾う事は無かった。いや、私がそうさせなかった。この言葉を最後に云う時は、全てがハッピーエンドで終わった後。
その為にまずは、出ていってしまったセリカを連れ戻す所から。
時間も遅い。一度シャーレに帰ってからまた明日、しっかりと話をしよう。