教室に戻る為に長い廊下を歩いていく。ふと左側の全面ガラス張りの大きな窓を見ると、既に日の出は上がり切り俗に言う朝が来た。
自分でも驚く程に眠気が無い。なぜだろうと考えてみても、思い当たる節しかないと思い考える事を辞める。そして気づけば教室の前へと着いていた。既に全員集まっているだろうか。そんな事を考えながら扉を開けると同時に怒鳴り声が私の耳元まで届く。
「もう嫌っ!!こんな事やってらんない!分かんない、つまんない!めんどくさい!」
「あ、えっと……その……こうして集まっているのは、そもそも退学せずに済むようにする為ですし……」
「取り合えずその、今は皆んなで知恵を寄せあって何か良い方法を……」
何事かと入ってくる会話を聞いていたら、何処と無く初めて補習授業部を始めた時の会話と似ていて懐かしい気持ちと、変わらないなと思い、つい口元が緩んでしまう。
すると私の存在に気付き、ヒフミが駆け寄る。そして来た途端私に左手を差し出した。
「先生っ!」
「何かあった?」
「………?」
「……え、何?」
「いえ、先生はこちらに来ないのかなって………」
「それって……」
そう聞かれ理解した。ふとヒフミの左手を見ると、しっかりと薬指に銀色に輝く指輪が嵌っている事に気が付き、不思議と嬉しくなった。ヒフミがこうして手を差し伸べてくれているのも、ヒフミの優しさであり善意、それを当たり前かの様にやる事の出来る彼女は本当に天然なのだと感じさせられる。
「……ありがとう、ヒフミ。行こうか」
「えっ?は、はい……」
なんで感謝されたのか分からないと表情を困らせるヒフミの手を取り、補習授業部皆んなの前へと戻っていく。
「改めて、皆んなの力で何とかしないと、一週間後には本当に仲良く全員退学なんて事になってしまいます……どうしましょう」
「「知恵を寄せ合う」……なるほど、悪くない響きですが、あまりグッと来る感じではありませんね。もう少しこう、何か……」
「ここは例えば、そうですね……「弱くて敏感な部分を寄せ合う」という形でいかがでしょう?」
「……何の話?」
連れてこられたは良いものの、状況が上手く掴めない。というかよく見るとヒフミもアズサもよく分かってない様子だ。
そんな中コハルだけがすぐにその言葉に反応する。
「いきなり何言ってんの!?下ネタはダメ!禁止!死刑!!び、敏感な部分って、何をどう寄せ合うっていうわけ!?」
「ああ、ちょっと分かりにくかったですか?では、実際にやって見せましょうか。もう少しこう、脚を開いていただいて……」
そう言って真面目な顔で近づくハナコに、コハルは少しずつ後退っていく。声で威嚇するもハナコに聞くはずも無く、やがて壁際へと追い詰められた。
「や、辞めて!近づかないで!知らないし知りたくもないしまだ早いからっ!!」
「そう怖がらなくても良いんですよ♡」
コハルが壁にピタッと付く瞬間に左手を腰に回しハナコの元に引き寄せる。異変に気付き引き剥がそうと左手を振り上げるも、ハナコは即座に右手でコハルの手を取り、後ろの壁に押し当てた。
「っく……ちょ……まっ……」
「どうしました……コハルちゃん……♡?」
コハルとハナコは完全に密着し、右手を恋人繋ぎで抑えられているコハルはハナコがあまりに近い為に顔が林檎の様に赤くなり、空いている左手で必死にハナコの背中を叩き続けた。それを諸共せずハナコはじっとコハルの目を見つめ続けている。
「や、やめっ……!辞めて……ぇっ、たっ、助けて先生……!」
「わっ、私が悪かったです先輩相手にタメ口ですいませんでした!もう許してやめてっ、それはまだ嫌ぁーーー!!」
「なるほど、そういう制圧術もあるのか。白兵戦で使えそうだ……勉強になった。ただ、無駄な動きが多い気がするな。私ならあと2テンポ前の段階で、関節を決めてる」
「……なんか、見ちゃいけないものを見てる気がする」
「……我慢はしません。助けてください」
数時間前にあんな事があったというのに自由過ぎるがあまりヒフミの目が死んでしまった。ただでさえ後チャンスが一回限だというのに、ここまで自由にしてしまうと出来る事も出来なくなってしまう。
まずは補習授業への意識を改めてさせる。エデン条約締結の時が近い。それまでに何が起こるかは分からない上、起こる原因がこの補習授業部にあるとすれば余計にここから剥がすわけにはいかない。
「やる事は山積みだけど、やれるだけの事はやるよ」
「……よろしくお願いします。このままだと、本当に……私達皆んな、退学に……」
「……そうだね。退学だけは避けないと」
まずは全員集める所から、その前にナギサと話しておきたい。夜の試験と爆発の件、幾らエデン条約の為とは言え補習授業部の子達を報告もせず危機に晒したナギサとはしっかりと話さなければ、この心に突っかかっている何かが消えない気がした。
「………と、とりあえず。私は昨日の件、ナギサと直接話してくるからヒフミ、今のこの状況を何とか出来る?」
「で、出来ますかね……とりあえず、やれるだけやってみます」
「ありがとう、すぐに戻ってくるから」
「はい、行ってらっしゃい。先生」
一度教室を出ると、ティーパーティーの居場所である巨大なベランダへと向かって歩き始めた。別館である為その場所へ着くには暫く時間が掛かる、時間が進み太陽の日差しが夏に向かって徐々に強くなっている中、風ひとつ無い長く広い廊下をゆっくりとした足取りで歩いていく。太陽はさんさんと光り、廊下には暑さが籠る。額から小粒の汗が顎に向かい流れ落ち、落ちる直前に右親指て汗を取った。そして別館を抜け天井だけが残る廊下へと辿り着く。
天井が影を作り、空いた両壁からは涼しい風が通り過ぎていく。本館へと続く道を歩き、やがて目の前には大きな扉が現れた。この先が本館であり、まだそこから歩いていく必要がある。
「……もしかして、先生……ですか?」
「……ん?君は……?」
本館の中へと入り暫く歩いていくと、横を通り過ぎた子に声を掛けられた。振り返ると、そこには正義実現委員会の制服を着たコハルと同じ身長位の子であり、何で声を掛けられたのかは分からないが、ひとまず彼女の言葉を聞く事にした。
「何かあった?」
「あ、えっと……特に、何も無いんですけど……正義実現委員会に手を貸してくれたって、ハスミ副委員長が……だ、だからその……会ったらお礼をしてくださいって………あ、ありがとうございました!」
「そう……ハスミが……こちらこそ、いつも正義実現委員会には助けられてるから、こちらこそありがとう」
そう言って優しくその子の頭を撫でてあげると、その直後すぐに自分が何をやっているのかを理解して慌てて手を離してしまう。
「ご、ごめん……触っちゃって」
「っ、い、いえ……大丈夫ですっ!!」
そう言い放つと走ってどこかに行ってしまった。何も出来ずにとりあえずありがとうと感謝の言葉を走っていく子に向かって叫ぶと、遠くからありがとうございましたと叫び声が返ってきた。
「申し訳ない事しちゃったな……また会えたら改めて謝ろう。とにかく、今はナギサの所に……」
そういえば、ナギサに会う前に今ナギサが居るかを知っておかなければいけない。もし今行ってナギサが居なければ待つ羽目になる。その為にはまず居るか居ないかを知る所からだ。
本館にはどんな時間帯でも基本的に人がいる。その為情報は得やすい。近くに居た正義実現委員会の子に声を掛ける。
「ねえ、そこの君」
「……?私、ですか?」
「そう、君。ティーパーティーのナギサが今上に居るかを知りたくて、何か知ってる?」
「う〜ん……そう、ですね……。基本的に委員長達やティーパーティーの人達に招待された人しかその場所には立ち入れないので、普段から姿はあまり見かけないんですよね」
「そうなんだ。なら分からないな……」
「……あ、でも一つだけなら」
その子は人差し指を真っ直ぐに立て、私にナギサの情報を話してくれた。
「本当かは分からないんですが、今日朝からティーパーティーに動きが無い……というか、ナギサ様の姿を見かけなかったらしいんです。普段なら、少なくとも誰かしら一人とは会っているんですけど」
「それって、ナギサが今居ない可能性がある……って事?」
「そうなのかは分からないんですけど……珍しく、今日は居ないのかもしれません。何でかは分かりませんが」
「……という事は……もしかして……!」
嫌な予感がした。そう感じた瞬間にその子とはすぐに離れ、ティーパーティーの居る場所へと向かって小走りで歩き始める。階段を早足で上がっていき、すぐにティーパーティーの居る扉前へと着いた。
息が少し上がっており、ゆっくりと呼吸を繰り返した後、静かに扉を開ける。
「はぁ……っ、やっぱり……」
扉を開けた先には誰も居らず、横長い机に掛かった白いテーブルクロスは風で揺れている。そしていつもならその白い椅子には彼女が座っていつもの様に紅茶を飲んで待っていた筈だった。だがその椅子には誰も座っておらず、机の上にあるケーキスタンドには何のスイーツも置かれていなかった。
「はぁ……はぁ……どうしよう」
ひとまずは皆んなと所へ戻ろう。ナギサの事は、今は分からない。結局何がしたかったのか、幾ら裏切り者が居るとはいえ、下手すれば怪我だけでは済まない程の規模を持つ爆発をなんでやろうと思ったのか。ナギサの事を探しに行ってもいいが、ナギサ程になると何時間掛かるか分からない。
「あ、じゃないミカは……」
そう思ってスマホを取り出し、ミカに電話を掛けるが一向に出る気配が無い。
ナギサから何かを言われて出ないという可能性もあるが、プールの時の会話からミカの姿の一切見ていない。それどころかどこかに居たという情報すら聞かなかった。何かの企みがあるにしろ、今のティーパーティーに会う事はほぼ不可能だろう。
結局戻るまでに二人を見つける事は出来ず、夜になりヒフミ達のいる別館へと戻った。
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「何だかんだで戻ってくる事になっちゃいましたね」
真夜中の部屋、電気を付け各ベッドに座り込む。全員がある程度の実力を付けこの二次試験で終わると思っていたが、そう簡単にやらせてはくれなかった。
「もうお別れだと思って出たのに、すぐこうなるなんて。やっぱり人生は分からないものだ」
「感傷に浸ってる場合じゃないでしょ!?これからどうするの!?」
「っていうか、本当にティーパーティーの偉い方達が私達の事を退学にさせようとしてるなら、どうしようも無いじゃん!知恵を寄せ合った所で、何したって無駄なんじゃないの!?」
「一応、一週間後にある第三次特別学力試験が最後のチャンスではありますが……」
「ここまでありとあらゆる手で邪魔されてしまいますと、確かに厳しいかもしれませんね」
コハルの言う通り、ティーパーティーの一番達が本気で私達の邪魔をすれば、ここから第三次特別学力試験に辿り着かせる事はさせないだろう。そんな厳しい現実にヒフミは思わずため息をついてしまった。
そんな時、コハルが声を荒らげて皆んなに問い掛けた。
「そ、そもそもどうしてこんな事になってるのよ!?何で退学にならなきゃいけない訳!?「トリニティの裏切り者」とか意味分かんない!どうして私達が疑われなきゃいけないのさ!?」
「……もし、本当に退学になったら……正義実現委員会には、もう……」
そう言い切ると、今度は弱弱しく声を漏らす。コハルにとって退学という存在は正義実現委員会に戻れないという事でもあり、何よりも苦しく、悲しい現実でもあった。
「……どうしようか」
何も描かれていない真っ白な天井を見上げる。自然と口が動き、そんな事を呟いてしまった。生憎誰にも聞かれておらず、心配される事は無かったが、この先どうするのかは本当に考えなければいけない。ヒフミ達の、未来の為に。
ちょっと短めですねはい。