ナギサの提案、まるでこの補習授業部を自分の安心の為だけに利用している様に感じる対応と条件に、本来関わるはずも無かった私があの子達の為という大義名分で抵抗、拒否してしまった。
結局私は『先生』という肩書きだけを持ったただの、何も出来ない大人なんだと思い出す度に思ってしまう。その事を引き摺り、逃げる様に補習授業部に居座っている事がどれほど自分の痛めつけているか、まずは謝らなければいけない。そう思って口に出した。
「……ごめん、私がナギサに無駄な事を言ったせいで……結局、こうなっちゃって」
「いいえ。そのお話を聞いた限り、先生は私達の為に言ってくださったのでしょう?寧ろ感謝するべき事です」
「もし私がその場に居たら、あの猫ちゃんにはもっと酷い事をしていたかも知れません」
ハナコは励ましてくれると同時にもし自身ならと自分の考えを軽く伝えてくれた。ナギサの事を猫ちゃんとまで言えるハナコには、果たして彼女が―――彼女達がどの様に映っているだろうか。ハナコ自身、ティーパーティーというよりかはトリニティの上層部にあまり良い印象を持っていないようだ。
問題は最初に戻り、二次試験が潰れた以上、最後に残されたのは最後の第三次特別学力試験。ここで全員が『九十点以上』を取る事が目標となるが、二次試験から範囲も何倍に広がり、合格ラインだって元は六十点以上だったのに今では三十点も加算されている。その上、現状試験で九十点以上を取った人は居ない。そんな状況で残り一週間、この一週間で全員が九十点以上を取れる程の実力を付けなければいけないという事だ。
「この一週間で、九十点以上を取れる様になんて……」
「そうですね……それに、これ以上ナギサさんの良からぬ事をしない様に見張らねばなりません」
コハルは未だに涙が止まる気配は無く、泣きながらも聞こえる程の大きさで呟いた。
「……っ、無理……絶対に無理よ……ここまですっごい頑張ったのに、これ以上なんて……」
「頑張ったもん……でもこれ以上は、私にはもう無理……私、バカなのに……無理だよ……うぅっ……」
「コハル……」
大粒の涙は止まること無く、両手で拭き取っても溢れ続けた。そんな姿を誰よりも悲しそうな顔で見つめていたアズサは、そんな泣いているコハルの元に近づき、上から覆い被さる様に優しく抱きしめた。
コハルは抵抗する事もなく寧ろ自分から受け入れ、アズサの胸元へ体を預けている。私含め全員がコハルを心配そうに見ていると、ヒフミが今は何も出来ないと判断したのか、ある提案を出す。
「と、とりあえず、今日はもう休みませんか?」
「何か、何かしらきっと方法はあると思います……いいえ、あるはずです。頑張って見つけます。それに先生も、手伝ってくれますし」
「いえ、ヒフミちゃんも休んでください。これまでずっと無理されてましたし」
「で、ですが……」
「私も、一緒に考えますから。コハルちゃんの勉強も、ヒフミちゃんの事も手伝います。とにかく、今日は休む事にしましょう?」
「ぁ……そう、ですね……はい」
上手くヒフミを言いくるめハナコが休む事を勧める。寝ると決まり、私は皆んなの居る部屋を出ようと扉を開けると、ハナコが私の方へと近づいてきた。
「先生も、今日はお疲れ様でした。また明日、改めてよろしくお願いします」
「うん、私も最大限手伝う。皆んなで頑張ろう」
「はい。では、お休みなさい」
「お休み」
その言葉を最後に扉は閉められる。私は自分の居た部屋へと戻るとすぐにベッドに倒れ込んだ。
今まで眠気一つ無かったのに、部屋を出た瞬間糸が途切れた様な眠気と疲労感に襲われる。隣で小さな物音が聞こえる程の静寂が私を包み込む。数分もしない内に、私は静かで深い眠りへと落ちていった。
―――――最後の特別学力試験まで、あと六日。
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目が覚めると既に朝が来ていた。体調は昨日より良くはあるが、眠気がまだ残っている。寝ぼけ眼で時計を見ると補習授業が始まる数分前であり、理解するのには数秒も掛からなかった。
さっきまでの眠気が無かったかの様に目が覚める。すぐにでも向かおうとベッドから立ち上がり鏡を見ると、昨日のスーツを着たまま寝てしまった事に気付きひとまず予備のスーツに着替える。その途中で鏡には全身に肌が見えない程の包帯を巻き付けている私自身が映った。その包帯も所々ズレて下がってしまっている。だが今はそんな事を気にしている場合では無い。
だがどうしても目が離せ無い。結局少しだけではあるが包帯のズレを直し、スーツを着替え直す。一通り終わらせ時間を確認すると始まる二分前、ここからならギリギリ間に合うと確信を胸にシッテムの箱であるタブレットを手に取り部屋を出る。
補習授業のしている教室へ小走りで向かい、試験まであと一週間も無いというのに気合いを入れた初日から寝坊をした自分に釘を打ちながら扉を開けると、勿論の如く全員が集まっており、扉を開けてから一瞬の間だけは私に気付かない程集中していた。
「あ、先生。おはようございます」
私が近づいていくと集中しながらも、恐らく教えに回っていたハナコが私に気付き挨拶をくれた。
他三人はまだ気付いていない程集中しており、普段から当たり前の様に挨拶をくれたからこそ少し寂しく感じるがそれほど本気でやっている証拠でもある。
「どのくらいやってる?」
「今日は少し早かったですね。ですがまだ一時間も経っていないです」
「なるほど……っていうか、範囲も広くなったね。お陰で私も分からない所が出てきちゃった」
元々勉強は苦手で、だからと言って何で先生やっているんだと言われれば何も言い返す言葉が無い。昔から飲み込みは早いと言われていた気がするからこうして何とか先生をやれているんだな私。
「……よしっ、出来ました……!」
「では、確認しますね……はい。合ってますね」
「っやった……!」
「ほんとだ。ヒフミ凄いね」
「はい、先生もありが……えっ?先生……?」
問題を解き終え先生の代わりであるハナコに確認して貰うと、合っているとOKが出た。そうしてヒフミは小さくガッツポーズを取っている。問題を見てしっかりと式も答えも合っているのを確認し私もヒフミを褒めると、最初はヒフミもそのまま感謝の言葉を返そうとしたが、本来居なかった私の存在を確認すると一瞬固まった。
次の瞬間声の出ない驚き方をした衝撃で足を滑らし机に思いっきり頭をぶつけてしまい、机が動いた事でコハルやアズサも集中が途切れ体が一瞬ビクッと動いた。
「だ、大丈夫……?」
「っ〜!だ……大丈夫……です」
「いやそれは絶対に大丈夫じゃないでしょ!?」
「どうしたんだヒフミ……あ、先生。居たのか」
「……それだけ集中してたから良い事なんだけど、いざそう言われると心にくるね……」
そんな事もありつつも、勉強は続いた。前回より何倍も広くなった範囲を皆んなと一緒に確認していきながら問題を解いていく。ふとコハルから質問が飛んできた。
「先生、ここ……分かる?」
「ん、ちょっと待ってね……うん、分かるよ」
「……先生って、分からない問題とか無いの?」
「もちろん、先生だからね」
まあ、勉強は苦手だから自分から進んで覚えようとはしないけど、覚えようと思えばすぐに覚えられる。それに、ちょっとしたズル技もあるからそうそう詰まる様な事は無い。
教え順調に進んでいく途中、どうしても右手に違和感を感じた。バレないように右手をチラッと見ると、替えていない少し赤くなっている包帯が右手首の袖から少しだけ飛び出ていた。
「っ!まず……」
慌てて手首を隠すが、あまりに不自然だった為辺りを確認する。奇跡的に誰も見ていなかった事に安堵しつつも、不自然な事には変わりない。
「……先生、どうかした?」
「ん?いや、なんでも無い…よ」
一番近くに居たコハルからは怪しい目を向かれているが目線だけコハルから逸らした。心臓が少しづつ大きくなっていく。
「ほ、ほら!勉強に戻ろっ」
「う……うん」
そして、今日一日は範囲が広くなった事もありとにかく勉強を続けていった。ハナコが既に教科書範囲を大体すべて覚えている事もあって順調に進んでいく。そして昼となり、昼食を取る事にした。
ハナコとアズサが少し遅れて昼食を取っており、ヒフミとコハルは逆に皆んなより先に昼食を取って二人とすれ違う形となる。私も昼食を取り終え二人よりも先に教室に戻ると、ヒフミとコハルが二人で何かをしている姿が見えた。
「あ、二人共――――」
声を掛けようとしたその瞬間、何か啜り泣く声が聞こえた。思わず声が詰まってしまい、良く耳を済ませてみる。すると、ヒフミとコハルの声が聞こえてくる。
「……私に、出来るのかな……?」
「こ、コハルちゃん……まず、深呼吸を……」
「っはぁ……すぅ……ずっと頑張った……もっと頑張らなきゃいけないって……分かってるけど……ずっと怖くて、苦しくて……」
「……コハルちゃん」
「私は、戻らなきゃいけない……正義実現委員会に……ハスミ先輩の元に……!っだから……」
優しく背中を撫でていたヒフミの手を取り、本来涙を拭う自分の両手で包み込む。そして雫を流しながらも真っ直ぐな目でコハルはヒフミに伝えた。
「皆んなの為に……私に、力を貸して……ヒフミ」
「コハルちゃん……!はい、もちろん。私で良ければ喜んで!」
「っ……ありがと……でも、他の人には言わないでね!特に先生には……こんな姿……見せられないし」
「はい。二人だけの秘密……ですね」
「……そう、ね。そういう事にしてあげる!」
「……ふふっ、そうですね」
「っ!ほら、早く続きやるよ!」
さっきとは打って変わってコハルは頬を赤くしながらも泣き顔とは程遠い雰囲気と表情が重なり、ヒフミには笑顔が戻った。コハルはこの瞬間をヒフミ以外には言いたくなかったのだと思い、その後ハナコとアズサが帰ってくるまで二人の元へは行かない様にした。そして夜となる。
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夜になるとコハルはいつも通り眠気が襲い目もゆっくりと閉じていっている。そんなコハルをヒフミは部屋へと連れていく。アズサはまだ少し残るらしく、ハナコも付き合う形で残っていった。私も少し様子を見ていると、アズサが突然口を開いた。
「―――コハル、どこか元気そうだった」
「……それは、誰かに初めて自分から頼ろうとしたから。ですかね」
「……恐らく、な。ハナコはどう思った?」
「私は……コハルちゃんも、強くなったんだなと思いました。アズサちゃんは?」
「――――私は、良いなと思った」
「……良いな?」
一瞬の静寂が流れ、再びアズサは口を開く。
「私は、ずっと独りで……いや、ここ最近までは、ずっと独りでやってきた。だから、人に頼るだなんて事……考えてすらいなかったんだ」
「だけど、今日のコハルを見て思った。人を頼る事は、自分の成長にも繋がるって。ただ自分独りで物事をこなすよりも、人を頼り、頼られる事で、人は成長するのだと」
「……そうですね。私も、同じかもしれません」
「だから、私も頼ってみようと思う」
「……頼る?」
「ああ、ハナコに、頼りたい。ここの範囲の勉強も、これからの勉強だって。戦術や作戦、考察には私では気付けない裏を突く事の出来るハナコに、頼っていきたい」
「…………」
「ダメ、だろうか」
ハナコはゆっくりと目を閉じ、考える。深く、深く考え込み、やがて目を開けると、そこには表情だけでは伝わらない喜びがあった。
「私で良ければ、喜んでお貸ししますよ」
「!ありがとう。私も、頼ってくれていい。いつどこに居たって助けに行く」
「それは、頼もしいですね」
とっくに今日の勉強時間は終えているというのに、二人はまだ止まろうとはしなかった。それは止めるべき事では無いと考える必要も無く、先生としてそっとしておこうと思い、私は教室を出た。
どれだけ難しいお題を出されようと、どれだけ範囲が広がろうと、どんな困難が待ち受けても彼女達が止まる事は無い。今日一日を通し、私はそれを確信した。そして、今日は終わっていく。
―――――最後の特別学力試験まで、あと五日。
次回はイオリバースデー回なので本編ではございません。