「まず自己紹介からかな。私は――――」
「ち、ちょっと待って」
自己紹介をしようとする彼女を止め、今の状況を整理し改めて質問を投げ掛ける。
「と、とりあえず今の状況は……というか自己紹介もしたい所だけど、ここは一体……?」
身体を動かそうにしても思うように動かない、右手を動かそうとしても沼の中に居るかの様に重く、私の力では到底自由に動かせそうに無かった。
「状況を説明するにも、まずは自己紹介をしなければ始まらないだろう?私は百合園セイア。恐らく私を雰囲気ではあるが、知っていると思う」
「知っている……まあ、うん。何でだろう」
「今はその事を知らなくても良い。君の事は知っている『シャーレの先生』出来る限りの情報を得たが、未だにその力の底は見えない未知の存在」
「そんな風に見られてるとは……そんな凄いものじゃないよ」
「その力は規格外と言って良い。本来この世界に存在してはいけない……そう感じさせる程に」
この夜の世界では私の耳には一音すら届かず、まるでセイアの存在と声以外が消えてしまったかの様だった。一瞬互いの会話が途切れ、静かな時間が流れる。
セイアが布越しに手を差し出すとその手に小さな鳥が止まった。そしてセイアは再び口を開く。
「そんな力を持つ先生、君でもこの話……章、運命とでも言おうか。これから起こる現象、ストーリーで二回……いや、三回死ぬ」
「それは……どういう事?」
「正確には、一度は死に近い経験をする。だが残りの二回では確実的な死を迎える。もちろん、ただ死を待てと言う訳では無い」
「死を回避する事は出来ないが、最後には生きる道が生まれる」
「それは、何を根拠に?」
「何を根拠に……言うとすれば、私の『神秘』の力だろう」
「……神秘?」
「ああ、この力がどんなものなのか。教えなければいけないね」
セイアが言うに『神秘』は不可侵、不可視の力。私の眼の力とは違いその人が生まれた瞬間から決まって使う事が出来る特別な力。この空間はセイアの神秘から作られたものであり、故に何者も侵入する事を許さず、セイア自身が許可した者しか立ち入れないらしい。
「神秘の力には代償がある。ただ、その代償はどんなものなのか、何を代償にするかは分からない。その点、固有解放とは似て非なるものだろう」
「固有解放?」
「……固有解放を知らないのか、いつかは知る事になるだろうが、どうせなら今説明しよう」
「お願いします」
『固有解放』その力はその者が持つ武器とその者の才能と能力を最大まで引き出す力であり、最初から決まる訳では無く、自分の意思で能力を変えたり出来るそうだ。
基本的に最初に決まっている能力を付ける事が良いとされている。アズサやイオリといった戦闘を得意とする生徒は基本的に身体能力や攻撃力が上がり、アヤネやハナコといった情報系が得意な生徒は思考の回転率や先を見る眼が手に入るとされているが、未だにその力は何を原動にして存在しているのか分かっておらず、キヴォトスに存在する不可解な力の一つとされているとセイアは語った。
そう説明をし終えると、次にセイアはこの空間について、そして今の状況について教えてくれた。
「先生も気になっていると思うが、この空間は正真正銘私の神秘から生まれたものだ。だが正直に言うと、私は今この空間から動けないんだ」
「動けない?それは、神秘の効果で?」
「そうなのかもしれないが、正確には分かっていない。それに私はずっと眠っている状態だから知る事すら難しいと言える」
「それじゃあ、一度起きて分かったらまたこの空間に入ってくるとか……」
「それは出来ない。この空間に入ると、一時的に現実世界の記憶が曖昧になるんだ。分かったとて試せなければ意味が無い」
続けて、セイアはこの空間は眠っている間にしか存在せず、常に寝ている状態のセイアは同じ様に神秘を常に消耗し続けており、神秘が尽きた時どうなるのかは不明だと言った。
そんな事を聞き、私ですら伝わるその怖さは心配の声へと変わる。
「それは……セイア自身は大丈夫なの?」
「大丈夫……と言えば嘘になるだろう。恐らく、このままいけば私は死ぬからね」
「死ぬ……それって―――」
いや、と止めたセイアの目にはなんとも言えない、言えば何かを手放している目をしていた。
「比喩や先生と同じ様な言葉じゃない……本当に死ぬんだろう」
少し、ほんの少しだけセイアの声は震えていた。死が怖くない人なんて居ない。どんな人だって心のどこかでは恐怖しているのだと伝える様に。
「何か、助かる方法は……!」
「助かる方法……それは、先生次第とだろうね。この世界に入れるのはあと二回もあるのかすら分からない。この先の運命は全て先生の手に掛かっていると言っても良い」
「私……が」
私の手に、セイアが―――生徒の運命が掛かっている。そんな責任の重さに言葉を選んでいると、ふと自分の存在が薄くなっている気がした。その気は合っていたのか、自分の手を見ると少しづつ薄くなっていっている。
そんな私を見てセイアも気づいたのか私に声を掛けた。
「―――もう時間だ。今回は私が無理矢理に連れてきてしまったから時間が無いんだろう。まだまだ教えたい事は多いが、まあ……目覚めた時に知れるだろう」
「ちょ、ちょっ待って……ええっと……」
こんなにも早い別れが待っているとは知らず、伝えたい言葉は無いかと頭の中で探していると、たった一つだけあった。時間が来る前に言おうと口を開く。
「………また、会えるよね」
「会える………ああ、きっとね」
「……そっか。なら、安心だね」
消えゆく私は、最後にセイアに向けて声を掛ける。
「セイア……今は救えないかもしれない……けど、いつか必ず……セイアも救うから」
「――――それは嬉しい事を言ってくれるね」
別れる最後の瞬間は、セイアの嬉しそうな顔を見る事が出来た。また分からない事は多いが、三回―――私は死ぬ。それだけは決して忘れぬよう、夢から覚めよう。
そして、先生の姿は完全に消えていき連れ去られるかの様に風が吹いた。本来なら、吹かないはずの風が。
セイアは自分の先を知っている。だからこそ今出来る最善の手を選び、託した。先生と話していると不思議に抱いていた恐怖心は安心感へと飽和されていき、セイア自身も先へ進む勇気が生まれた。
「――――覚えていないのが、悔やまれる所だね」
死に捕らわれ、夢に縛られ、何時しか何者でも無くなってしまった彼女も、夢から覚める決意を固め、そして彼女はゆっくりと目を閉じる―――――
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「――――――せい」
「………んん」
「……先生?」
「……ここは………」
「も、もしかして……起こしてしまいましたか?」
目を開けると、三人が私の事を見下ろしていた。見下ろす事に驚きはしなかったが、なんで私の部屋に居るのかを考え、次第に頭が真っ白になっていく。
私は身体を飛びあがらせ焦った様子で皆んなに話し掛けた。
「も、もしかしてもう朝?ずっと寝てた!?」
「お、落ち着いてください。まだ夜です」
「………良かった」
大事な試験日に寝坊だなんてその場で死んで詫びないと割に合わないぐらいの大罪だ。今一瞬本気で血が冷たくなった。
寝坊じゃないと分かり、次に思った事はなぜ私の部屋にヒフミ、コハル、ハナコの三人が居るのかだ。
「それはそうとして……なんで私の部屋に居るの?」
「あぁ、それは………」
「昨日からずっと緊張していて、眠れないんですよ。私も皆さんも」
「それで、先生はどうなのかなぁと思ったのですけど……起こしてしまって、すいません」
「まあ、そこまで寝てなかったみたいだし大丈夫だよ」
寝ていてと言われ思い出したが、何かの夢を見ていた気がする。どんな夢かは曖昧で分からないが、夢というのはそういうものだし気にする必要は無い―――そう思いたいが。
夢の中で、何かを伝えられた気がする。確か皆んなの持つ様な力……みたいな。
「夢だから無いかもしれないけど……皆んなって、何か特殊能力みたいなのって持ってたりする?」
「特殊能力?特にそんなものは……」
「―――固有解放、でしょうか」
「固有解放……あ、私も知ってる。この前ハスミ先輩に教えて貰ったよ」
「固有解放……聞いた事のある言葉。それかも」
「ですが、夢でそれを……?」
ハナコが言うには、この固有解放の存在を知るのはどこの学園でも基本的には二年生からであり、教えられれば一年生でも覚えられるが試してみた所一年生の身体ではろくな事が起こらなかったらしい。
「二年生に入ってすぐに行うのが固有解放訓練なので、大体の二年生は固有解放を覚えていると思っていて大丈夫です」
「それじゃあ、ハナコも覚えてるの?」
「私も覚えていますが、使う場面が無いので未だに使った事はありませんね」
「じゃあ、見た事はあるの?」
「見た事……一応最近、と言うかアズサちゃんが私を逃がしてくれた時にお相手の風紀委員さんが使っていました」
「アズサが……って、アズサはどこに?」
私が聞くと、皆んなもどこに行ったか知らないと口を揃えて言う。どこに行ったのか探しに行っても良かったが、その前にハナコがある事を話し始めた。
「実はこの前、シスターフッドの方々に少し会ってきたんです。色々と調べたい事があって。それで、明日私達が試験を受ける予定の場所についてですが……」
「ま、まさかまた場所が変わって……!?」
ヒフミが緊張の高まる事を言うも、ハナコはそれは違うと優しく否定し、ハナコは私達の試験場所である第十九分館、その試験当日に何故かは分からないが相当の数の正義実現委員を派遣し分館全体を隔離すると言った。
理由としては「エデン条約に必要な重要書類を保護する」そんな名目でティーパーティーからの要請があり、建物全体を正義実現委員会として守る厳戒態勢に入ったと―――――
その結果本館にも厳戒命令が出され、昨日が変に静かだった原因もこれのせいらしい。
「警戒令………初めて聞きました」
「恐らく、誰一人あの建物への出入りは出来ないと思います。少なくとも、エデン条約が締結されるまでは」
「……あれ、ちょっ、ちょっと待って!そしたら私達の試験はどうなるの!?」
「―――つまり、試験をしたければ正義実現委員の子達を倒せって事か……」
「そ、そんな……あ、わ、私がハスミ先輩に説明すれば……!」
「………難しいんじゃないでしょうか」
ハナコはハスミにはこの真実は知らされておらず、もし知らされていれば正義感の塊であるハスミは立場を気にする事も無く助けに行くと言い、その行為は明確な離反と同義であり場合によっては正義実現委員会からの追放もあると予想していた。
ハスミは正義実現委員会の中心部の一人であり、愛されている事もあり伝えられていない事も大いに有り得る。
「全く……ナギサさんは本気で私達を退学にさせようとしてるんですね……」
「………ハスミで無理なら、ツルギなら―――――」
「――――――私のせいだ」
「この声は………アズサ……?」
扉の前で、そんな事を言う。私が起きてから三十分も経たないこの間、何があったのか分からないが、私の眼には冷や汗、浅く肩を切りながらの呼吸をし何かに少なからずの恐怖を抱いている様子だった。
誰かが話し掛ける一瞬、その前にアズサは口を開いた。
「―――皆んな、話したい事がある」
最初にも報告しましたが一週間旅に出てきます。嘘です。でも一週間休むのは本当です。
一応予告しておきますがエデン二章+夏イベ編が終わり次第今までの見直し兼お話のリメイク、それ含めた長めのお休みを頂きます。とりあえず二章、夏イベまでお付き合いして頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。