《浦和さんは、本当に凄いですね!こんな問題も簡単に解けてしまうだなんて……!》
入学してすぐ、評価の決まるテストで過去最高点と同等の点数を叩き出し、その瞬間から執拗な注目を浴びる様になった。
最初こそ軽くいなしていたものの、時間が経つにつれ話題が広まり、いつしか勝手な期待をされる様になった。
《浦和様、この計画に貴方の協力が必要なんです。ふふっ……》
それを聞き付けた当時の幹部を名乗るクラスメイト達は、こぞって私の元へ何かしらの計画や作戦、あらゆる問題を私に積んだ。
期待に応えねばならないと、何故かそう意識し断る事が出来なかった。あまりに過激なものだけは避け、ある程度の計画に参加していくとそれは日に日に当たり前かの様になっていき………
《浦和さん、私達と共に行きませんか?あのティーパーティーを牽制するには、私達が―――――》
自分は何者なのだろうか。
ただ普通に生きて、問題を解き、平凡に、平和に生活しているだけの私が、何故ここまで期待されている?皆んなの目には、私はどんな''完璧な存在''に映されている?
《準備をしておいて下さい、浦和ハナコさん。来年のティーパーティーの席は、貴方でほぼ確定ですから》
別に、なりたかった訳じゃない。そう望んだ訳じゃない。
誰かから期待される為、それに応える為自分を押し潰してでも『完璧を演じなければいけない』存在で生まれた訳じゃない。
何かを過ぎたその瞬間から、私は笑う事が出来なくなった。
ティーパーティーでの話を終え、外に出ると既に日は落ちかけていた。
肩に掛けている教科書やノートの詰まったバッグが鉛の様に重い、私の人生が、存在が全身を深海の底に居るかの様にずっしりと体を押し潰していく。
「……………はぁ」
ほぼ無意識に近いため息、それは呆れや失望から生まれたものでは無く、まるでトリニティの命運を握っているかの様な感覚、それは『普通』の彼女にとっては何事よりも大切で、それ故に自身との解釈の違いを感じたからこそのため息だった。
「私は……そんな人では無いのに………」
「私は……………私は、どうすれば……………」
考えに考え、考え過ぎた結果――――彼女は、誰にも期待しなくなった。
彼女の元に来るものは自分だけの結果を求め、彼女の意思、存在を尊重せず偽りの笑顔と欲望だけを口にしてきた。誰もが彼女に期待をするのであれば、彼女は誰にも期待しない事で無理矢理に自分を保つ様にした。
所詮、飾り付けられた虚無同然のものに何を期待していたのかと、今ならそう感じる。トリニティ総合学園という場所は、嘘と偽りの虚無そのもの、それ以上でも、それ以下でも無い。
本音は話さず、本当の姿も見せる必要は無い。たとえ壊れたとしても、それが私にとっての一番楽な道だったから。もう全てを捨てて、私だけの理想を作っていこう。
その記憶を最後に『優等生』を着飾っていた彼女の重りは、肩のバッグと共に地へ落ちていった。
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「その人にとっては全てが無意味で、それを理由に学校を辞めようとしていたんです。そこに居る事は、その人にとっては監獄そのものでしたから」
「………ですが、アズサちゃんは違います」
そこでハナコ話を変え、今回の件が終わるとアズサはどうなってしま疑問抱き本人に聞き声を掛けた。
「話は変わってしまいますが……アズサちゃんは、今回の事が終わったらこの学園での生活は終わってしまうんですよね?」
「そもそも、書類を偽装して入っている訳なのでアリウスの事も最終的に裏切るとするのなら、最終的には帰る場所も戻る場所も無いという事ですよね?」
「それは………うん、そうだ」
「それを知っていたはずなのに、アズサちゃんは……補習授業部でいつも一生懸命でした」
「その人は試験をわざと台無しにして、学園から逃げようとしていたのに………アズサちゃんは、短い学園生活に全力でした」
全ては虚しいもの、それはアズサの言っていた口癖であり、同時にその人が感じていたものと同じだとハナコは言った。だが、その二人の明確な違いは諦めなかった事だ。その人を一番知っているハナコは、アズサのその言葉について語った。
「全ては虚しいもの……アズサちゃんがずっと言っていた言葉……ですが、アズサちゃんはいつもこう言葉を付け加えていました」
「――――たとえ全てが虚しい事だとしても、今日最善を尽くさない理由にはならない。全てが虚しくとも、抵抗し続ける事を止めるべきではない」
「………先生、覚えていたのか」
「うん、ずっと頭に残ってたからね」
アズサと二人で話した時、アズサは今までと同じ様に全ては虚しいものと信じていた。
だが、初めて会う前に正義実現委員会と戦い続けていた時も、独りで風紀委員会を相手にしていた時も、独りプールで訓練していた時も―――――一輪の花を見て希望と抵抗を秘めて歩き続けていた時も、その言葉を思い出していた。
「それは、アズサちゃんが……諦める事を止めるべきではないと言い続けていた結果の言葉です」
「そうして………その言葉を聞いて、ようやくその人は気付いたんです」
―――――学園生活の、楽しさに。
下着姿でのプール掃除も、皆んな水着で散歩をした事も、裸で色々な事を打ち明け合ったり―――そうやって自分をさらけ出し、あらゆる事を全力でするという事がこんなにも楽しかったんだと。
その人にとっての学園生活を変えてくれたのは、この場所であり、それはまたアズサとも似た境遇だった。
「…………?いや、裸ではなかったけど………」
「さ、散歩も水着ではありませんでしたよ……!?」
「え!やっぱりあれ下着だったの!?」
「………ふふっ」
突如暴露された事実や多少の虚言があるが、あれだけ張り詰めていた空気がハナコの言葉によって少しだけ緩和された。各ツッコミが入り、そのいつもと変わらない雰囲気にハナコは思わず笑みを零してしまう。
「……アズサちゃんの言う通りでしたね。虚しい事だとしても、最後まで抵抗を止めてはいけません」
「ハナコ………」
「アズサちゃん、もっと学びたいんでしょう?もっと知りたいんでしょう?」
歩き出したハナコは、再びゆっくりとアズサに近づく。さっきの暗く静かな雰囲気から生まれた表示では無く、希望を見出し諦めを感じさせない目だった。
「皆んなで色んな事をやってみたいって、あの時話したじゃないですか。海に遊びに行くとか、ドリンクバーで粘って夜更かしとか」
「それを、諦めてしまうんですか?」
「………いやだ。私は………!」
「――――何も諦める必要はありません」
アズサの目の前に来たハナコは、押して押して押され切って声を上げるアズサの手を取り、目を真っ直ぐに見てこう宣言した。
「桐藤ナギサさん………彼女を、アリウスの襲撃から守りましょう」
「そして私達は私達で無事に試験を受け、合格するのです」
「後からどんな文句も言えない様に、掛けておいた罠はそのままに………♡」
「試験会場に辿り着き、皆んなで九十点以上を取って堂々と合格するんです」
「それが今私達にとって救いとなる、唯一の答えではありませんか?」
視線を少しずつ皆んなの方にも向けていき、高らかに宣言、そして私達にそう問い掛けた。
彼女達の救いを、どんな困難も潜り抜け最後にはハッピーエンドを迎える。それが、私が彼女達に送る最大限の青春であり、物語の終着点であるから。
だが、その驚異と存在、作戦を知っているからこそアズサは今回の作戦についてこう語った。
「……でも、そんな事は物理的に不可能なはず……」
「試験は九時から、アリウスの作戦開始時刻もまた、同じ時間に予定されている。それに、戦おうとしても相手はあのアリウスだ。この戦力で勝てるとは……思えない」
「ほ、他の人達に助けを求めるとか……?」
その説明を聞き、ヒフミから出たのは他者への増援。もちろん強力な考えの一つだが、ハナコがそこに言葉を付け足す。
「それもそうですが……私達がしっかりと試験に合格する為には、それだけでは足りません」
「――――まずは、私達から動きましょう」
「私達から……ですか?」
「はい、これまで様々な嘘や策略の中で弄ばれてきましたが……今度は私達の方から仕掛ける番です」
「何せ今ここには正義実現委員会のメンバーと、ゲリラ戦の達人と、ティーパーティーの偏愛を受ける自称平凡な人と、トリニティのほぼ全てに精通した人が居ます」
「その上、最強の存在である『シャーレ』の先生まで居るんです」
「さ、最強………そんなにかな」
「ええ、その上先生には『裏ワザ』もありますし♪」
一人一人の肩書き、そしてそれがティーパーティー、そしてトリニティにとってどれだけの驚異なものなのかをハナコはしっかりと説明する。
そして、最後にその組み合わせがどれだけ強力な存在なのかを教えてくれた。
「この組み合わせであれば、きっと」
「――――トリニティくらい、半日で転覆させられますよ♡」
「は、はいっ!?」
「えっ、どういう事!?何をする気!?」
「………………」
「何をするも何も、試験を受けて合格するだけです♡」
「作戦内容は、一旦私にお任せ下さい」
ハナコは自分の右手を胸に置き、高らかに宣言した。
お互いの事、そして互いにこくはくを交わし、嘘も偽りも無いこの場所で本当の姿を露わに覚悟を決める。今この瞬間だけ、誰よりも自己中心的に、自分達の為だけの作戦を組み立て戦いに挑む。
最後はハッピーエンドで終われる様に、笑いあって幕を閉じれる様に―――――
「さあ、今こそ力を合わせる時です。行きましょう!」
「……じゃあ、やろうか!」
そして、小さな戦いが始まろうとしていた。
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服装を整え、ハナコの報告を待っている間、ハナコから突然質問を投げ掛けられた。
「先生、少々時間よろしいですか?」
「うん、良いよ。どうかした?」
「……先生の眼の力について、説明を貰いたく」
「……なるほど、今知ってる情報だけで良い?」
「はい、大丈夫です」
一通り私の知っている現情報を教え、ハナコがメモを取り終えるとうんうんっと頷く。その目には予想外ではあるが良い予想外であり驚きと喜びが交差している事が分かる。
「なるほど……数秒の未来予知、眼の力を使い腕に付与する事で相手の力を抑え込む攻撃を放てる……それに加え時間は掛かりますが、銃弾を防ぐ透明な壁も力で生成できると」
「まあ直接触れないと意味ないし、壁も思ったより小さいからあまり期待は出来ないかな」
「私は指揮をメインで取るけど、もし必要なら私も戦うから」
「いえ、それはダメです」
「………え?」
情報を聞いて少し声が弾んでいたハナコが、私がそう言った瞬間に真面目な表情と冷たい声でそう止めた。
私が理由を聞こうにも、ハナコはダメの一点張り。負けじと何故か聞いてみると、少し経った後にハナコはこう答えた。
「……先生は自分が思っているよりも体が弱いんです。実際ココ最近は動いていませんでしたが、先生は少しでも過剰な動きをしてしまえばすぐにでも倒れてしまいます」
「う……それを言われると………何も言えないな」
「協力してくれる事は本当に嬉しいですが、こちらとしては先生が少しでも怪我をすると考えるだけで気が気じゃないので。すいません」
「そ、そう………分かった。じゃあ、頑張ってサポートするから!」
「……ふふっ、そうですね。よろしくお願いしますね、先生♡」
「うん、任せて」
そうして数分後、完璧と言った作戦を皆んなに表示させる。
各反応は、緊張するや弱気になっている者も居る。だが、誰一人として諦めようとはしていなかった。
アリウス行動の一時間前、誰もが寝静まる深夜に電気が消された部屋があった。
その日、静かな夜に戦いの火蓋が切られた。
次回、楽しかったお友達