虚弱先生の青春物語   作:不透明な水滴

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大変だよね


ある人の葛藤(感情)と人生

 

 その夜、シャーレにて。

 資料を纏め上げ、端を揃えトントンと机に着く。

 今使える可能な力でアビドスにまつわる情報や、キヴォトスを証明する為に登録する皆んなの個人情報、そこから今後どう動いていけば良いのかをある程度作ってみた。

 アビドスはゲヘナやトリニティ、ミレニアムとは違い情報も少なく、情報源も薄い。歴史から消された五年前を最後に、あらゆるものがその五年前で泊まっている。そのせいで借金の事は手も足も着かない状況。

 

 どうすれば良いのか、机に突っ伏し溜息をついていると、シャーレのドアが開いた。

 誰か来たのか、そう思い視線を向けると、ドアの先からは連邦生徒会長代理、七神リンだった。身体を起こし、リンに挨拶をする。

 

「やっほ、リンちゃん」

 

「……は?」

 

 第二印象失敗である。

 青い目からは冷たい視線が送られ、背中が冷たくなる。身体が知らぬ間にガチガチに固くなり、声を震わせながらリンに声をかけた。

 

「あ、あの……何かしましたか……?」

 

「……いえ、すいません。少々取り乱しました」

 

 そう云い眼鏡を上げると、そのまま奥の資料の詰まった棚へと歩いていった。

 リンが資料を見ている時、私がもう一度さっきの言葉に何か癪に障る事があったのかと聞くと、数秒静寂が流れ、リンか口を開いた。

 

「……少し、驚いただけです」

 

「驚いた……?」

 

 それは、私が冗談混じりで云った『リンちゃん』恐らくそこまで親しい関係でも無いのにそう云われ、驚いてしまったんだろう。私としては特に意味など込めていないが、驚かせてしまった事は申し訳ない。

 

「ごめんね、急に云われても驚いちゃうよね」

 

「まあ、驚きはしましたが……別に、良いですよ。そう云ってもらっても」

 

「え……?い、良いの?」

 

 リンは、それ以上は云わなかった。

 棚に資料を戻すと、何かを得たのかシャーレから出ていこうとした。その直前、私の前を通り過ぎようとした瞬間、なにか見慣れないものを見たのかそれに指し私に聞いてきた。

 

「先生、この資料は?」

 

「ん?これはアビドスの資料だよ」

 

「……アビドス、ですか」

 

 その言葉を聞き、リンは意外そうな表情を浮かべた。その資料を取り、めくっていくとその口から「やっぱりですね」と云い、資料を閉じると机に置いた。

 やっぱりですね。この言葉はどう云う意味なのか、何か過去にあったのかもしれない。もしくは、リンなら砂漠化について何か知っているのかもしれない。

 

「やっぱりって……どう云う事?」

 

「……この資料、五年前で止まっていますね。仕方の無い事ではあります。アビドスは数年前に展開か終わり、丁度今年から五年前、あれだけの力と規模を誇ったアビドス自治区が、何の因果も無い砂漠化によって消されたのですから」

 

 リンの口から語られたのは、アビドスの歴史。

 初めて行く前日、アロナからも云われていた様に規模やアビドスとしての存在は今のゲヘナやトリニティに劣らないものだった。リンからは力もあったと云われ、十五年前、それこそアビドス一強と云われる時代だったらしい。

 

 それが、こうなるだなんて、誰が予想出来るのか。

 

「リンは、このアビドスについて知っている事とかは、無い?」

 

「私が生徒会長の代わりになったのは今年、それまでの前の歴史は深く調べていなかったので、分からないですね」

 

「……そっか」

 

 その時、リンが何かを思い出したのか、最近入手したアビドスに関する情報があると云った。

 それを聞かない理由は無い。何があったのかと椅子から身を乗り出し聞くと、リンは少し引いた表情をしながらも、そこまで本質に関わる様な事では無いと挟み、話した。

 

「最近キヴォトスでも大きな企業が、アビドス自治区、周りに何も無い様な砂漠のど真ん中に何か施設の様なものを建てたと聞きました」

 

「施設……?」

 

「はい、どういった理由かは分かりませんが、どちらにせよ……良い話題では無さそうですが」

 

 リンは嫌そうな表情を浮かべ、過去に何か有った様な口振りで呟く。大きな企業。何かは分からないが、アビドスの借金に関わる事なら幾らでも可能性はある。

 悪徳金融会社と云われていたが、実際どんな会社名なのかは聞いていなかった。明日聞いてみようと思ったが、今リンから聞き、明日答え合わせをする形で聞けば新たな進歩を得られるかもしれない。

 

「それって、何処の企業かとかって、分かる?」

 

「ええ、分かりますよ。確か……」

 

 ――――カイザー。

 

︎ ✦︎︎

 

 私が出てしまってから一日経った朝、知っている顔と出会ってしまった。

 学校に行く道中、曲がり角を曲がった瞬間、目の前にはその人が笑って私を待っていた。そして思わず声を上げてしまった。

 

「うっ……な、何っ………!?」

 

「おはよう。セリカ」

 

 貴方がそう云う。きっと本心で云っているのだろう。私は皆んなに返す様に口を開いても、昨日の事が反復して、動かなかった。

 

「……っ!」

 

「あ……」

 

 私はそのまま、貴方の傍から逃げてしまった。

 虫の良い話だ。私が一方的にその手を振ったのに、今更になっていつも通り。そんな事、貴方が許しても、私が許せない。

 

「認めて……ない……はず、なんだけどな」

 

 私の後ろから、追いかけて来る様な足音は聞こえなかった。その誰も居ない静寂が、いつもより強く、いつもより怖かった。私の心は、昨日から変わっていない筈なのに、あの時一瞬の迷いでカッとなって、思ってもいない様な行動を取ってしまった事は理解している。昨日の夜から、ずっと皆んなの顔を思い出してしまうから。

 少し遠回りで学校へと足を運ぶ。自然と俯き、照らされる影を見つめる。道を曲がって、曲がって、真っ直ぐに歩くと、誰かの影が地面に写った。

 

 顔を上げると、そこには『先生』が居た。

 

「なっ!?、なんでついてくるの!?」

 

「つ、ついてくるって云うか……私、動いてないよ……」

 

「……え?」

 

 周りを見渡すと、私がいつも通っている通学路。真反対側に逃げ出したのに、無意識に戻ってきているとは思わなかった。もう一度逃げようか、無視してそのまま通学路に戻ろうか迷っていると、先生が悲しそうな顔を浮かべ、私を見つめた。

 

「セリカ、仲良くは、無理かもしれない……でも、仲間として、チームとして……どうにか、出来ないかな?」

 

「わ、私に……?でも、私はあんたなんか……認めて、ないから!」

 

 昨日と同じ、強い言葉で思ってもない事を言ってしまう。心が否定していても、私の身体は勝手に動いてしまう。それが、凄く嫌だ。

 

「でも、私はセリカを認めてるよ」

 

「え……?」

 

 思っても当たり前、云って当たり前の様に口走る。その言葉は私に対するアンサー。私がそれ以上云えない様に。

 

「……私はバイトに行くだけだから、別に嫌いって訳じゃ……ない。……でも、これ以上ついてくるのは、辞めて……」

 

 今日は学校に行けない。頭の中でそう思って、云って、踵を返し走ってしまった。

 さっきと同じで、追いかけてくる音は聞こえない。今日はこのままさっきよりも遠回りをして、バイト先まで行こう。

 

︎ ✦︎︎

 

「……セリカちゃん、今日は来ないんですかね」

 

「まあ昨日が昨日だったし、誰しも考える時間は必要だからね〜気長に待とうよ」

 

 対策委員会会議室、昼の一時を超え、未だセリカが来る様子は無かった。

 ノノミが心配そうに呟くが、ホシノは逆に落ち着いた雰囲気でクジラ型のクッションの上に頭を乗せ、陽の光に身を任せている。もう数日は来なさそうとシロコが云う。何処に行ったのかも分からない、何とかして会える方法はないかと困っていると、朝に会ったセリカの言葉を思い出した。

 

「そう云えば、今日はバイトに行くって云ってた様な……」

 

「学校が無い日や終わった後はバイトをしていますね。セリカちゃんは」

 

「……最終手段、そのバイト先に行くしか……!」

 

 今日の朝に見た、セリカの顔と言葉が変に離れない。何かを私に伝えようとしていた。そんな様な気がする。余り生徒のバイト先に行く事は良い気持ちとは思えないが、このままだと対策委員会そのものの動きが止まってしまう可能性が高い。そう、致し方ない事なのだ。

 そう思っていても、身体はそうそう動くものでは無い。そんな時、アヤネが提案をしてくれた。

 

「なら、行ってみますか?」

 

「……良いのかな、私なんかが行っても」

 

「それはそれ、これはこれだよ先生〜。あくまで『お客さん』として行けば良いんじゃない?」

 

 ホシノが背中を押してくれる。確かに、そう考えればあくまで『お客さん』先生と生徒の関係では無いと事実上では云える。自分に云い聞かせ、行く覚悟を決め、席を立った。

 学校を出ると、皆んなに手を引かれ街の方へと向かった。セリカの居るバイト先は、ラーメン屋だそうだ。

 

︎ ✦︎︎✦︎︎✦︎︎✦︎︎✦︎

 

 私だって、やろうと思ってやった訳では無い。それに、あんなことを云っておきながら、私も初めての戦闘の時から信頼はしていたし、助けてくれると聞いた瞬間、真っ先に先生の手を握りたかった。

 でも、今まで私達の話をまともに聞いてくれた人は一人も居なかった。そんな中、突然出てきた大人が、報酬も無しに何もかもを手伝って助けてくれる大人なんて、私の心に居る何かが信じようとはしなかった。

 

「……私も、皆んなみたいに素直になれば良かったのかな」

 

 バイトの制服に着替え終わると、アビドスとしての私を一度置き、両手で頬をパチンと叩いた。

 今の私は、ここ『柴関ラーメン』のバイト店員。無理矢理にでも気持ちを切り替え、店員としてお客様に用意された料理を提供しなければいけない。それに、アビドスとしての私は要らない。

 表に出ると、偽りでは無いものの、少し無理に上げた笑顔で対応をする。気持ちは乗らないものの、既に始まってしまった営業、無下にする事も、途中で辞める事も出来ない。

 

「いらっしゃいませ!柴関ラーメンです!」

 

「何名様ですか?空いてるお席にご案内いたしますね!」

 

「少々お待ちください!三番テーブル、替え玉追加です!」

 

 私は知らない、昔のアビドスを。

 でも、この砂漠のせいで人が居なくなってしまった事は分かる。

 学校も人は居ない。ここ最近は自治区に住む人達まで減ってきている。柴関ラーメンこの場所も後どれだけ続くかも分からない。それもこれも、この砂漠のせい――――誰のせいでも無い。だからこそ、この気持ちが晴れることは一生無いんだろう。

 一瞬休憩を貰い、裏へと足を運ぶ。用意されていた水のペットボトルを手に取り、飲む。重々しい空気が抜けていく。溜息をつき、昨日の事を思い出す。

 

「……明日、先生に謝ろう」

 

 例え先生が許さなくても、それ以上に私のせいでアビドスが危険になる事の方がもっと許せない。

 それに、本人に意図は無いんだろう。だがあの時の言葉が、ずっと頭に残っている。私が欲しかった言葉私を認めてくれている。これ以上、皆んなを裏切る事は出来ない。

 

 ペットボトルを置き席を立つ。表に出ると同時、店の扉がガラガラと開いた。

 お客様が来た。少し足速にもう一度両頬を叩く。謝ると決めたのならそれで良い。今は店員としてしっかりと、元気に対応しなければ。

 表に出ると、入ってきたお客様の人数を確認する。人数は五人、三人以上ならテーブル席へと案内しなければいけない。カウンターから出ると、声を少し張りお客様の方を見た。

 

「いらっしゃいませ!柴関ラーメンで――――」

 

「………あっ」

 

「あの〜☆五人なんですけど〜!」

 

「あ、あはは……セリカちゃん、お疲れ様」

 

「お疲れ」

 

 一瞬にして、アビドスの私いつもの私へと戻された。

 数歩後ろに下がり、身体が逃げる様に反応している。この時間なら、本来であれば学校の時間。来る事は無いと無意識の内に安心していた筈なのに―――

 

「み、皆んな……?どうして、ここを……?」

 

「うへ〜ちょっと色々とね〜」

 

「やっほ、セリカ」

 

「あ……ぁ……!」

 

 今の私の顔この世にいる誰よりも赤くなっていることだろう。何故か分からないか、そう感じる。ただでさえバイト中、バイト先の制服は何故か不思議と恥ずかしさがあるのに、それを今朝会った先生に見られるだなんて、今の私に耐えられる筈が無く、私は猛ダッシュで厨房へと逃げ込んでしまった。

 

「も、もう……いや………」

 

 突然として、対策委員会の皆んな、そして先生が私のバイト先、柴関ラーメンへとやって来た。

 だが、案内はしないといけない。それはバイトとして、店長にも迷惑はかけられない。

 

「セリカちゃん、大丈夫かい?」

 

「て、店長……!だ、大丈夫です!」

 

 余りの挙動のおかしさに店長も心配そうな目を向けてきた。私は今日で一番の声を上げ、さっきの速歩は何処に行ったのか。亀の様に遅い足取りでホールへと戻って行った。

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