虚弱先生の青春物語   作:不透明な水滴

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夜風に吹かれて

 

「………よし、大丈夫です」

 

「じゃあ、皆んなに信号を送る」

 

 真夜中の誰も居ない中庭で二人がそう会話を交わした。

 数十分前、無事対象の人物である桐藤ナギサを確保し外へと出てきた二人はまた別で待機しているヒフミとコハル、先生へと連絡用の信号を送り行動を開始させる。

 二人の最重要な役割は終わりを迎え、ハナコはナギサを受け取りある場所まで運ぶ。そしてアズサは敵の誘導兼ある程度の処理をするよう指示が出されており、ハナコとの同時行動を考えていた。

 

 そんな中、一瞬の憩いの場でハナコの単純な疑問がアズサの質問へと変わる。

 

「……そういえば、先程アズサちゃんが使っていた糸というのは一体……?」

 

「ん?これか?これはアリウスで特別に作られた特殊な糸だ」

「引っ張れば引っ張る程糸は硬くなり対象を逃れられなくする。逆に持つ程度なら赤子ですら簡単に千切る事が出来る」

 

「それは……確かに特殊ですね。そんな糸見た事も無いですし」

 

 アズサから受けた説明からは余りに特殊過ぎる糸、アズサ曰く制作の事情は同じアリウスメンバーすら誰一人として知らないと言った。

 糸を見せてもらうとしっかり凝視しなければ見えない程の線の薄さ、軽く引っ張ってみればどんどん引っ張るにも力が必要とされる。アズサの言った通りの性能があり改めてアリウスの技術力には驚かさせる所だ。

 

「……そういえば、最後にハナコが言ったセリフって必要だったのか?」

 

「あぁ、あれですか」

「まあ、あれはヒフミちゃんの頑張り分の勝手な仕返しと言いますか……少しくらいショックを受けてもらわないと」

 

「ヒフミちゃんには悪いですが……すぐに誤解は解けるでしょう♪」

 

 そう言ってハナコは完璧なウインクを見せ付ける。

 アズサは本当にそれでいいのかと思いつつも言葉には多少の納得と共感があった。それでもナギサにとっての『あの一言』は相当心に来るものがあるはず――――アズサにとっては関係の無い事だが。

 

 そう会話を終えた直後、スマホのバイブルが一回。数秒してもう一回小さく振動した。

 

「………よし、時間だ」

 

「あら、もうそんな時間ですか……では、アズサちゃん。敵の誘導をお願いしますね♡」

 

「了解した。恐らくこれで「本当のトリニティの裏切り者」に嘘の情報が流されるはず……」

「そのハナコの仮説の通りであれば、アリウスも襲撃を急がざるおえない」

 

 ハナコが作戦前に考えていた成功時の仮説、それが実現しつつある。行動は既に開始されており、もう後戻りは出来ない――――その仮説が立証された時どうなるのか。そんな緊張が二人の感情を蝕む。

 

「はい。仮説が正しければ……ですが」

「それに「本当の裏切り者」についても、個人的にはほぼ確信がありますし」

 

「………そういえばアズサちゃん、アリウスの兵力がどれぐらいか分かりますか?正確には一人でどれぐらいの持つのかを把握したいのですが」

 

「……そうだな。詳細は分からないが、かなりの時間は稼げるはずだ」

 

 これからの戦闘に備え準備体操をするアズサは腕と足を伸ばしながらそう答えた。

 他にもこの補習期間中毎晩人目の付かない所で学園の周辺にトラップや戦闘で有利に立てる場所の把握、そして並列し毎日必ず一時間以上を射撃訓練に使っていたと言う。

 

「誘導しつつ、ゲリラ戦で時間を稼ぐ」

 

「一体どこでそんな時間を作れたのかは分かりませんが……まあ、アズサちゃんですし」

 

 そのくらいはある。と言いたい所だが、ハナコは考えれば考える程アズサの時間作りと調節が異次元だと感じ、即座に考える事を諦めた。

 準備体操を終えたアズサは軽くジャンプしながら開始の瞬間を待つ。

 

 直後、着地した瞬間銃を手に持ちハナコの方を向く。

 

「じゃあ、一旦ここで。後でまた合流地点で会おう」

 

「!はい、また後ほど!」

 

 ハナコもアズサの声を合図にナギサを担いで反対方向へと走り出す。

 そして、暗闇の学園内を二つの影が動き始めた。

 

 

︎ ✦︎︎✦︎︎✦︎︎✦︎︎✦︎

 

 

 誰も居ない秘密の部屋の扉が吹き飛ぶ程の勢いで蹴り飛ばされ、数人ガスマスクを付けた少女がライフルを持った状態で侵入する。

 辺りを見渡しても誰も居ない事に気付くと、前に出た一人が後ろから歩いて来る人物に声で中の情報を報告する。

 

「セーフハウスを発見!ターゲット見当たりません!」

 

「………先客があったか。あの情報は本当だったか」

「周辺を探索しろ!出来るだけ静かにだ!」

 

「了解しました!」

 

 数人が辺りを探索している間、リーダーである指揮官は副リーダーらしき人物に声を掛ける。

 

「合流するはずの「スパイ」はどこだ!あいつを早く探せ!」

 

『―――ん――――指揮官!』

 

「っ!どうした。チームIV!」

 

『こちらチームIV!奇襲に遭遇!』

 

「なっ!?」

 

 指揮官の持つ無線からは爆発音と銃撃戦の音が聞こえた。現に報告をしているチームIVの構成員も走りながらなのか息を切らしながら走る環境音が聞こえる。

 

『す、スパイです!スパイが裏切りました!』

『こちらのチームはほぼ壊滅状態、私……っぐぁ!?』

 

『チームIVは全滅した、私を疑わなかった事が唯一の敗因。今から全員私が始末する』

 

「っ!?スパイ……貴様っ!!」

 

 指揮官が反応する間も無く無線は破壊され雑音だけが指揮官の無線からは流された。

 次の瞬間、扉の奥から爆発音と共に煙が秘密の部屋を覆い尽くす。指揮官が辺りを見渡すもガスマスク越しでは煙の先まで見えず、だが今回のアリウスのルールとして「素顔は見せない事」と決まっており外す事も出来ない。

 

「……どこだ……貴様、自分のやった事が何なのか分かっているのか!」

 

「――――裏切り、それ以上でもそれ以外でも無い」

 

「っ!?そこに居るのか!」

 

 一瞬見えた薄い影を見つけた瞬間、指揮官はそこに向かってライフルを乱射する。だがそれも虚しく影を切り裂くだけであり、アズサの声だけが指揮官の耳元で囁かれる。

 

「目標は私が先に貰った」

 

「なっ!?なぜそこまで……!」

 

「早く終わらせて、試験を受けなきゃいけない」

 

「……は?」

 

「正義実現委員会に報告は届いている、お前と言えどそれ正義実現委員会を相手にするのは厳しいだろう。逃げるのなら今の内だ」

 

 その言葉を最後に影は完全に消え、同時に窓が全開放されると煙が解き放たれ秘密の部屋には視界が良好とされた。

 辺りを見渡すと指揮官の率いるチームには特に実害が出ていないが、アズサの言葉が正しければチームIVは既に壊滅。目標が取られたと聞いて黙っている様なチームでは無かった。

 

「……退却しますか?」

 

「………いや、ブラフだ。情報が正しければ正義実現委員会は行動を起こさない」

「気にする事は無い、行け!」

 

「はいっ!」

 

 部屋の散策とその他の部屋の散策に分かれ探索を続けるが、アズサの言葉を頭の中で反復され、そうする度に怒りが湧いてくる。

 

「スパイ……貴様………っ!」

 

 ライフルを力強く握り、指揮官は怒りを顕にしながらそう呟いた。

 

 

︎ ✦︎︎✦︎︎✦︎︎✦︎︎✦︎

 

 

「はっ……はぁ……」

 

 多少乱暴ではあったが、無事にナギサを目的地へと運び終えたハナコは息を整えながらナギサを近くのベンチに横たわらせる。

 耳を澄ませると遠くの方から爆発音やら銃声やらが小さく轟いていた。まだ私達の居場所はバレていないはず―――そう思うと、ベンチに余ったスペースに腰を下ろす。

 今日は珍しく三日月の夜だった。少し欠けて見えていても尚衰えない光は今の彼女達を動かすには十分すぎる程の理由。戦闘になる事も視野には入れている。その覚悟を胸にハナコは口を開いた。

 

「……今日は、随分と月が輝いて見えますね」

「貴方も目を瞑っているだけじゃ、つまらないでしょう?」

 

「――――いつから、気付いていました?」

 

「それは愚問ですね……もちろん、最初からですよ♡」

 

「………貴方には結局、通じませんね」

 

 彼女は横たわったベンチから身体を起こし、少しだけハナコから距離を起き改めて座り直す。

 手首や首を軽く回し、小さく音が鳴る。普段気品でお目にかかれない様な彼女でもハナコの前では一変し、本来の自分で接する様軽く伸びをしため息をついた。

 変な体勢で運ばれたせいか軽い痛みが腹部を襲う。彼女はさりげなくハナコを睨み付けるが、ハナコは飄々としており反省する様子は一切感じられない。そんな特殊な風景がおかしく見えたのか、小さく笑みを零すハナコに思わず自分自身も少しだけ口角が上がってしまう。

 少し落ち着いた雰囲気のまま互いに三日月を見つめ、夜風に吹かれている。たった数十分程度の過去を思い出し、今と照らし合わせ、ハナコに質問した。

 

「随分と派手にやってくれましたね。これを正義実現委員会が知ればどうなるのか……分からない貴方では無いでしょう?」

 

「分かっているから、先に正義実現委員会は抑えさせてもらいました。元から貴方は詰みだったんですよ」

 

「なるほど……はぁ、疲れました」

 

 詰みだと知らされた彼女は月よりも高く視線を上げ、使われず老化し、少しのヒビが入った天井を見つめる。

 疲れたと言った通りに全身の警戒を解き、両手を緩く前に組む。何も話さない彼女に、次はハナコから質問を返す。

 

「……先程言っていた事、本当なんですか?」

 

「先程……あぁ、後悔の話ですか」

「………ハナコさんの言った通り、本当は後悔しています」

 

 彼女は疲れきった声でそう言う。

 エデン条約以降集中を切らす事は許されなかった彼女は毎晩悪夢に魘される程の苦しみを与えられ、それ故に正しい選択を見誤る事だってあった。

 お互いに敵視し合ってある中だが、今だけは素顔を晒し、ありのままで本音を打ち明けようと思ってしまう。それは集中切れの末か、それとも普段とは違う瞬間を目の当たりにしているからこそ出来る事なのか。

 彼女は天井を見上げたまま静かに口を開いた。

 

「後悔………自分のやった事について、私自身良き悪いは抜きにして、正しい選択をしたと思います。ハナコさんは白州アズサさんだけを中心に狙う事もできました」

「ですが、それではもし外した時どうなるのか……確信があって狙えるのなら、私だってそうしています」

 

「まあ、あの時私も言ってしまえば極端な結果だけを求めていましたから、必ずしも貴方……ナギサさんの選択が間違っているとは言いません」

 

 互いに顔は合わせず、声だけでこの静かな夜を繋げていく。嫌いと言うか苦手と言うか、好かない性格を相手にしているにも関わらず、今だけは素直に相手の言う事を素直に聞く事が出来た。

 友情とまた何か近い感情が二人を包み、あた新たな一歩を踏み出させてくれる。

 

「もう、疲れてしまったんです……大義の為や、トリニティの為と言い張って、誰かを犠牲にする事も、誰かを貶める事も」

 

「……逃げないのですか?」

 

「逃げる?ふふっ、出来る訳が無いでしょう?それこそ愚問では?」

 

「そうでしたね。ナギサさんにはそんな事するメリットもありません」

 

 彼女は常に最高のトリニティ総合学園を目指し、一年の時からずっとそれを目標に努力を積み重ねてきた。

 時に挫折し、闇を知り、それでも尚諦めず進み続けた先にこの『ティーパーティー』という最高の地位を手に入れ、次こそは上手くいくと信じていた。幼なじみであるミカと共にこのティーパーティーに足を踏み入れ、共に同じ立場として同じ人生を歩み、最後にはハッピーエンドを迎えられると信じて――――その結果、彼女にとって願わない形で今のトリニティを形成している。

 それが今の彼女にとってどれ程の苦痛か、分からないハナコでは無い。

 

「今だけは、貴方に同情しますよ」

 

「………そうしてくれると助かります」

 

「私達の計画はまだ続きます。もし貴方が目を覚ましていると分かれば、アズサちゃんはより強く蹴りを入れるでしょうし、嫌だったらこのまま寝ておくのを推奨しますが」

 

「それは流石に……大人しく従うとします」

 

 そう言うと、ナギサは再び身体を横たわらせベンチに倒れ込む。ハナコは立ち上がり、月光を背に寝るナギサを見つめた。

 

「……個人的に、この作戦が終了次第、貴方とはもっとお話がしたいですね……まあ、叶えばの話ですが」

 

 そう呟いたハナコの言葉に、倒れ目を瞑るナギサはハナコに云う様に言葉を零す。

 

「―――補習授業部に、先生に………託しましたよ」

 

「………」

 

 その後、彼女は再び口を開く事は無かった。ハナコは彼女の目元を見ると、随分とクマが濃く移されている。積極的に顔を見なかったせいか、今になって気付くだなんて。

 彼女の言葉に、嘘が混じってあるとは思えなかった。本音の伝えだったのか、今では分からない。反復させてみればその言葉が呪いに聞こえる様にも聞こえる。

 

「……全く、皆さん。先生を良く言葉に出しますね……先生なら何とかしてくれると安心感を与えてくれますが、やり過ぎは先生の身にもより思い枷を付けてしまいますよ」

 

「ですが……そうですねぇ。先生なら何とかしてくれる……ですか」

 

 根拠は無いが、あの人ならそうしてくれると思ってしまう。全能を持つ彼女ですら、あの人には不思議と信じさせてくれる力がある。

 そう考え付くと、恥ずかしく感じたのか突然として夜風も涼しく感じられた。同じ月を見ていると思うと、より世界が鮮明に見える気がする。

 

 彼女達を動かす魔法の力が、この世界のハッピーエンド勝利へと導いてくれる。そう、想えてしまった。




エデン三章で先生には頑張ってもらいますが………もしかして今の所先生頑張ってない……?リメイクで頑張らせます
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