今、誰よりも緊張している。
過去の会話を思い出しながら教室まで向かっていると、自分でも驚く程早く教室に着いた。過去の事は後で思い出せば良い。今は生きて帰れた事を喜び、元気な姿を補習授業部の皆んなの前に出せる事を喜ぼう。そう思っていた。
しかし、よくよく考えてみれば、私が死んでいる事はハナコぐらいしか知らない。いや、当時私がどうなっていたか分からないがその時はまだ息があったのかもしれない。
そう考えれば、今このノリで皆んなの前に顔を出しても何も思われない所か変な目で見られる可能性だってある。それは私の心が持たない、私は心すらも弱いのだ。
待て、逆に私が死んでいると皆んなが知っていたら?
そうなればまた話は変わる。もし死んでいると確定した上で私がへらへらと現れるなんてした暁には、その場でもう一度殺されても文句は言えないだろう。
「……どうする……?いつも通り入れば良いのか……それとも……」
そんな考えても仕方の無い事ばかり想像し、教室の扉の前でウロウロと踵を鳴らす。
想像すればする程胃がキリキリ痛み始め、心臓の音に拍車が掛かる。変に考えている暇があったら、早く皆んなに会いに行けば良いのにと頭では分かっている筈なのに、不思議と一向に手は扉に置こうとしない。
扉の前で五分程回っていると、教室の中から物音が聞こえた。何事かと扉を見た瞬間、目の前の扉が勢い良く開けられる。
「先生の気配を感じた!居た!」
「先生!」
「せ、先生居た!?」
教室から勢い良く開けられた扉の先にはアズサが居り、私を見つけるや否や大きく声を出し、その声に流れヒフミとコハルも私の目の前へと現れ、全員が突進して来た。
そこまでの勢いは無かったお陰で何とか受け止められたが、全員が一生離れないと言わんばかりに力強く服を掴み逃がしてくれない。その瞬間、今まで考えていた悩みがどれだけ小さい悩みだったのかを思い知らされた。
「と、とりあえず……教室に……ちょ……」
「居なくなっちゃったと思いました……行かないでくださいー!」
「な、何の話……!?」
引きずりながらも教室の中に入ると、珍しく律儀に座っているハナコを見つけた。ハナコは私の事を見て柔らかい微笑みを浮かべ、小さく手を振る。
何故か涙目で私から離れない三人を何とか席に着けさせ、教卓の上に立つ。
「えっと……とりあえず、皆んなは体育館から離れた後、何があったのかを教えて貰っても良い?」
「うぅ……はい。あの後、アズサちゃんを保健室に連れて行ってそのまま三人で様子を見守っていたんです」
「私が目を覚ました時には皆んなも寝ていた。まだ日が昇ったばっかりだったけど皆んなも起きて、すぐに試験会場へと向かった」
「………あ、試験!?」
完全に記憶から消されていた。
元々の目的は試験を受ける事、でも私が目覚めてから三日の時が経っている。試験には私も一緒に立ち会わなければいけない、私が居なければ試験を受ける事すら出来ない――――
そう理解した瞬間、全身の血の気が引く。
教卓に両手を着き誰かが話す前に皆んなの前で頭を下げた。それは試験を受けられていないと知ったからであり、私の勝手な行動で四人の未来を変えてしまった事による謝罪だった。
「ごめんなさい」
「へっ!?な、何で頭を下げるんですか!?」
「え……私のせいで皆んなが試験を……」
「お、落ち着いてください!?実は、まだ受けていないんです」
「まだ……それって……?」
「私達は、確かに試験当日に受ける事は出来ませんでした。ですが、私達四人でテスト開始時間に遅れながらも向かったんです」
ヒフミの口から語られるのは、当時のテスト会場での話。
四人が会場に着いた時、そこには多くの正義実現委員会が居り、そこにはツルギ、ハスミに加え、最後姿を消したナギサが会場の入口に居たらしい。
ハナコ以外の皆んなを離れさせ事情を話すと、三人は深刻そうな表情を浮かべながらその場で戦慄していた。その後、ナギサから直接『先生が揃うまでの間、無期限の延期を行います』そう言われ、今もまだ試験は受けておらず、こうして補習授業部は残り続けている。という事だ。
その言葉を聞き、両腕の力が抜け教卓に突っ伏す。
聞いている間息を吸っていなかったせいか、ずっと心臓がバクバクと大きな太鼓を叩き、溜まっていた空気を吐き出した。
「はぁ……良かった。まだ受けてないんだ」
「はい。ナギサ様曰くいつでも来ていいらしいので、準備が出来たら行きませんか?」
「うん……時間が出来たらすぐにでも……」
「………あの、先生……?」
コハルが私を呼んだ。
顔を向けると、コハルは少し顔を赤らめながらも私をしっかりと見て何かを言いたげに指をくるくると回している。
「どうしたの、コハル?」
「そ、その……あの……お、お……かえり…って、言いたいだけ……」
「………ふふっ、ありがとう」
「っ!別に私が言いたくて言っただけだから!感謝なんて……う……うぅ……」
顔を真っ赤にし、手で目元を抑えるコハルにヒフミ達もコハルの元へ行き寄り添ってくれた。
その景色を見ているだけで不思議と口角が上がる。
「―――ただいま」
その言葉を最後に、私達のいつも通りな日常が始まった。
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最終試験は時間指定や日時指定が無いお陰で、十分な準備をする事が出来た。その為に今、皆んなで勉強会をしている最中の事。
軽く肩を叩かれ、振り向いてみると、ハナコが小さく手招きをしていた。皆に気付かれない様ハナコの方へと耳を傾け、言う。
「どうかした?ハナコ」
「いえ、その……体調の事と言うか、身体の事と言うか……」
「あっ、そうだったね。ハナコが血を分けてくれたって聞いた。お陰で生きる事が出来たよ、ありがとうハナコ」
「いえ、先生の手助けが出来れば良かったのですが……その、私の血でも……大丈夫でしたか……?」
ハナコが聞いていたのはセリナと同様『キヴォトス人の血は使えるのか』と言う部分だった。
実際輸血を受けてみた身体の変化は異常なまでの回復スピード
、そして多少の怪我をしても以前より痛みが抑えられている。この二点のみだ。まあそれだけを見ても人間から離れていると思うが。
「輸血自体は成功しているみたい、後は怖いぐらい私にプラスな事が起きてる事ぐらいかな」
「……?それは一体……」
「いや、何でも無いよ」
「そうですか……まあ何はともあれ、こうして先生と私は一緒に合体……」
「ん?何かというかもう全てが違うよ?」
「え?ですがこの地球上で誰よりも先生と合体したのは私ですよ?」
「う、うん?そうなのかな……先生分かんないや」
「ふふっ、冗談ですよ♡」
ヒフミ達に見えない位置で腕を軽く抱きしめる。
少し雰囲気の変わったハナコに戸惑っている中、ハナコは話題を変える様に口を開いた。それは居なくなったナギサの話だ。
「そういえば、先生はナギサさんの事について、何か聞いた事はありますか?」
「ナギサの事?……いや、特に聞いては無いよ」
「………では、私からのささやかなお願いと言いますか……先生が良ければ何ですが、ナギサさんに会いに行ってくれませんか?」
「ナギサに……?」
ナギサはミカに撃たれた拍子に片目に怪我を負い、その上でナギサは誰からのても借りず、その脚で自分の自室へと帰って行った。そこから次の日、ヒフミ達に言葉を伝えて以降誰からも見つかった情報や見たという情報が無いらしく、ハナコの予想では『自室から出ていない』可能性が高いと云った。
そうとなれば、ナギサの事が心配になる。
私は席を立ち、振り向く皆んなに声を掛けた。
「少し用事があるから、皆んなは勉強を続けてて。すぐ戻るから」
「そうか、気を付けて行ってくるんだぞ」
「はい、行ってらっしゃいですっ」
「い、一応怪我人だったんだから、危ないと思ったらすぐ帰ってきてよね!」
「うん、すぐ戻ってくるよ。それじゃあ、行ってくる。ハナコもありがとう」
「………はい」
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コンコンッ、扉をノックすると中から「……どちら様ですか」と張り切った声が聞こえる。
「私だよ、ナギサ」
「……先生!?あぁ、先生でしたか……」
「うん、入っても良いかな?」
「……それは」
そこから言葉が途切れる。何かを言いたげな、それでも何かに口が塞がれているかの様な途切れ方。
ハナコの言っていた片目の怪我の事だろうか。きっと、私の知っているナギサの姿では無いんだろう。それが、怖いだけなのかもしれない。
私はハナコに云われた事をそのままナギサに伝える。
「ナギサの事、ハナコから聞いたよ。怪我……したんだよね」
「……!知って……いたんですね」
数秒間の静寂が過ぎ、突然扉からカチッと音が聞こえた。その直後、ナギサが落ち着いた声色で云った。
「……今の私は、到底先生の知っている様な姿では無い。醜い姿ですが……それでも良いと云うのなら、その扉を開けてください」
「………お邪魔します」
他とは一回り綺麗な扉に手を掛け、引く。
扉を開けると、次に来たのは空気の違いだった。
真っ暗な部屋に重くずっしりとした空気が歩みを遅くさせる。光も通っておらず、窓もカーテンで一切の隙間無く締め切られ、天井の明かりも数日間は付けていない様子だ。それでも位置も開けた扉、誰も居ない事を確認した後しっかりと閉め、ナギサの元へと歩き続ける。
顔を俯け、ベッドに座っているナギサの元へは十秒も掛からない。近くにある椅子をベッドのすぐ横に置き、座る。俯く顔をじっと見つめ、ナギサが振り向く瞬間を待つ。
「久しぶり、ナギサ」
「………お久しぶりです。先生」
ナギサの警告紛いの言葉を受けても尚止まらなかった先生を前に、ナギサは言葉が詰まる。
ゆっくりと息を吸い、吐くと同時、ナギサ自信にも何かを吐き出した様だ。
ナギサがゆっくりと私に顔を向ける。その顔は、左目、もっと言えば左上から目元まで包帯で包まれたナギサの姿だった。
「…………」
「……どこから、話しましょう」
瞳の奥が揺れる。目を見開きながらも一切離さなかった先生は無意識に手を伸ばし、ゆっくりとその頭を撫でる。それを受けたナギサ恥ずかしがる様子も見せず、寧ろ驚いた様に先生を見つめた。
「な……何をして……先生……?」
「―――お疲れ様」
「……え?」
気付けばそう口が勝手に走っていた。
先生は自分が何を言ったのか覚えていないのか、ナギサの言葉に不思議そうに首を傾げている。余りの呆気なさに少しずつ恥ずかしさが生まれたナギサは、少し赤くし再び顔を傾けた。
「………なんでもありません」
「……?そう……」
「こほんっ、ここでは暗いので電気を付けましょうか」
ナギサがベッド近くの壁に付いているボタンを押すと、目が潰れない程の程よい光が部屋を照らす。
次に、ナギサは左目に巻いてある包帯を解き始めた。包帯を全て解くと、そこには想像していたのとは違う、普段のナギサだった。
それでも違和感はある。左目の周りには異常が無い様に見えたが、よく見れば細い肌色の筋の様なものがでている。それでも素で見ていて違和感は感じない。
「医療班は大袈裟ですね……こんなもの無くても、別にバレないでしょう」
「……でも、怪我はしたんでしょ?」
「はい、不覚ながら……医療班にも、今は大丈夫と云われました。今は……という事は、悪化する可能性も否めない……と」
「………治す方法とかは?」
「それも、今はエデン条約の件もあり、よっぽどの悪化がしない限り長期の検査や入院は難しいと云われました」
エデン条約、その主軸の一人であるナギサは早々の離脱を許されず、異常が現れるまでは基本待機、外に出る上でも付けていた包帯を巻く必要があり、その異質さとミカへの哀しみから部屋から動く事が出来なかったと語った。
「本当なら、先生やミカさんにも会いに行きたいのです……ですが、この様な姿を見て、ミカさんは何を思うでしょう……?」
「ミカ……きっと、良い形でも再会は難しいかもね」
「……はい、だからこそ、こうして先生と、ミカさんと会う事が恐く出られなかったんです」
「ナギサ………」
私は席を立ち上がり、元気な目を向け言う。
「お疲れ様、ナギサ。後は任せて」
「先生……良いのでしょうか」
「もちろん、生徒の重りを一緒に背負う、それも先生として……というか、私のエゴとしての役割だから」
「先生……ありがとうございます」
感謝の言葉と共に、私は扉に手を掛ける。少しだけ開け外を確認し、誰も居ない事を確認すると、そのままゆっくり扉を開け廊下へと出た。
ナギサの言葉を胸に、エデン条約締結を迎えようと意気込み扉に手を置いた瞬間、ナギサが声を掛けた。
その言葉には、私の背中を押す様な、動けない自分の想いを先生に託す様な言葉だ。
―――――先生、お願いします。
「……―――任せて」
また一人、想いを背負い再び歩き始める。
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明るい太陽に照らされた教室にたった五人、四角形に座り、一人は教卓の上へと立った。
全員が息を飲み、集中する中、一人が響かない程度声を上げる。
「……これが、最後の試験」
「………うん、どんな結果であれ、この試験で全てが決まる」
「そうですね」
「あうぅ………」
「……………」
この最後の試験、この試験でこれまでの頑張り、これからの人生が決まる。
一人一人の空気が変わっていく。その目には先を見据え、変わらない信念を抱いている。
「……最後まで、諦めない」
「諦めない………そうですね、その言葉は、今の私達にピッタリな言葉です」
「今度こそ、満点を取るからっ!取っちゃうから!」
「諦めない……私達の元ある場所へ、戻りましょう!」
「―――いこうか」
一人一人に紙が裏返しに渡された。
これから始まるのは、小さな戦いであり、君達の成長。
初めて会った時から、この瞬間まで、どこか合わな所から、不思議と合ってしまう所まで、全ての運命が、今ここに詰まっていると言えよう。
静寂の中に流れる音は、時計の音だけだった。一つの声が、人を、皆んなを、その道から抜け出す意志へと変わっていく。
カラカラの音が、人の声を弾いた。
「第三次特別学力試験――――開始!」
言い忘れていました。というか忘れていましたすいません。今回の話で確かに二章は最終話を迎えましたが、まだストーリーに必要なイベントストーリーを忘れており、そちらを追加でやるのでもう少し続きますよ〜。あと投稿大幅に遅れてすいませんリアルが忙しかったんです。それと先に謝ります多分次回の投稿も大幅に遅れますまじすいません。
自分の中でのハイペースは身体が追いつかないので自分に会うマイペースでやっていきます、よろしゅうお願いしますわね〜。