「アビドスの生徒さんか。セリカちゃん、テーブル席に案内してあげな」
「………柴犬?」
厨房の方から爽やかな男性の声が聞こえると思い見てみると、凄く安心感のある柴犬が厨房でラーメンを作っていた。前代未聞である。
と、本来であればそう思う筈だが、もうここ数日街中では犬や猫、果てにはロボットまでが自我を持って働いたり喋ったりしている。その程度では困惑はするものの、驚きはしない。それにしても爽やかなその声を聞き、厨房の裏から注文表で顔を隠したセリカがその身を乗り出した。
「うぅ……はい、大将。それでは、テーブル席にご案内します……こちらへ、どうぞ………」
流石にここの大将だとは思わなかった。私も。
セリカが皆んなを連れていき、私は行く直前、大将と呼ばれる柴犬に話し掛けた。
「貴方、大将だったんですね……」
「ははっ、意外だっただろ?これでもラーメンを作って何十年も経つ、自分でも云うにもなんだが、ベテランなんだぜ?」
「そ、それは凄いですね……」
喋ってみると思いの外親しみ易い人物だった。人は見掛けによらずと云うが、まず人かどうかも怪しい。
話を終え、奥の拾い席に着くと、既に皆んなは席に着いてセリカから注文表を渡されていた。
私も席に着こうと視線を下に向けると、テーブル席の両方が丁度人一人分のスペースを残しており、どちらかに座らなければいけない。私が席を選ぶよりも早く、手前にいたシロコとノノミがこっちを見ている。
「はい、先生はこちらへ!私の隣、空いてます!」
「ん、私の隣も空いてる」
「……え?」
二人の視線が私に向く。
こんな私でもこの状況が如何に危険な状況かは理解出来る。どちらかに寄れば、もう片方の視線が常に鋭い針の様になり、セリカ所の話では無くなってしまうだろう。どちらからの視線も浴びず、この状況を無事に切り抜ける方法――――
「私は、どっちに座っても……あの、敵……じゃない。二人に悪いから……真ん中に座るよ」
「ふむ………」
「あら、残念ですね」
この席は店の端側、どちらにも寄らない真ん中に座ったとしても誰かの迷惑になる事も無い。この土壇場でこの選択を選べた事は自分でも褒められるべきものだと思う。
それなのに、本来避けたかった二人の視線、圧が私に掛かる。選択は間違えなかった筈では。
私の焦りが顔に出ていたのか、話を変えんばかりにノノミがセリカの制服を見た。
「セリカちゃん。バイトの服、とってもカワイイですね☆」
そう云われセリカを見ると、黒い服装に『柴関』と書かれたシンプルな服装。普段から制服をしっかりと着こなすセリカだからこそ違和感を感じなかったが、セリカの存在に似合う可愛らしいものだ。全員の視線が向くと、ノノミの言葉に追撃する様ホシノがからかった。
「いやぁ〜、セリカちゃんってそっち系か。ユニフォームでバイト決めちゃうタイプ?」
「ち、違うって!関係ない!こ、ここは行きつけのお店だったから………」
「バイト姿のセリカちゃん、写真撮っておけば一儲け出来そうだね〜。どう?一枚買わない、先生?」
ホシノがそう云い自分のスマホをセリカに見せると、そこにはいつ撮ったのかも分からないかったセリカの横顔が写っていた。
セリカがスマホを取ろうとするも、ホシノは飄々と取る手をすり抜け、それを私に見せた。
「貰っておこうかな」
「なっ……!?」
「変な副業はやめてください先輩………!」
私とほ思えない早さで貰おうとしてしまった。それは先生として良いのだろうか。否駄目だろう。
アヤネ達もホシノを止め、一度話を終えると、次にシロコがセリカに対して質問をした。
「バイトはいつから始めたの?」
「い、一週間ぐらい前から………」
一週間前、私がキヴォトスに来た頃だろうか。
今思い返せば、キヴォトスは私が来る前から存在していた。この子達は、ホシノでも三年生。私が来る前は誰が、何をしていたんだろう。そんな事をつい考えてしまう。
少しだけ虚ろになってしまい、意識をしっかりと持たせると、ノノミが両手を揃えて笑顔で云った。
「そうだったんですね☆時々姿を消していたのは、バイトだったということですか!」
「も、もういいでしょ!!ご注文はっ!?」
滞在を始めてから早十分を迎える。
遂に限界を迎えたセリカが顔を真っ赤にしお盆を強く掴む。いつも通りな強い言葉で注文を聞かれた。すると、ホシノが再びニヤリと笑い店員としての指摘を返した。
「『ご注文はお決まりですか?』でしょ〜?セリカちゃ〜ん、お客様には笑顔で親切に接客しなくちゃ〜?」
「うっ……ご、ご注文は、お決まりですか……?」
指摘を受けたセリカは獣耳をぺたんと平たくし、お盆で口を隠しながらそう云った。
滞在を初めてから十二分、一人一人が順番に注文していく。
「私は、チャーシュー麺をお願いします!」
「私は塩」
「えっと……私は味噌で……」
ノノミ、シロコ、アヤネが順番に注文を終えていく。
ホシノの番がやって来ると、ホシノは両手をテーブルに着き待ってましたと云わんばかりに専用の注文をした。
「私はねー、特性味噌ラーメン、炙りチャーシュートッピングで!あ、先生も遠慮しないでジャンジャン頼んでね〜。この店、めっちゃくちゃ美味しいんだよ〜!アビドス名物、柴関ラーメン!」
まるで親の様に誇らしくセリカに手を指した。セリカもその行為にツッコミを入れるが、何かに気付いたセリカが疑問に思いながら私達に聞いてきた。
「……ところで、みんなお金は大丈夫なの?もしかして、またノノミ先輩に奢ってもらうつもり?」
「はい、私はそれでも大丈夫ですよ☆このカードなら、限度額までまだ余裕ありますし」
また、と云う事は過去に何度か奢って貰った事があるのだろう。だがノノミは特に嫌な顔一つせず、寧ろ笑顔で取り出した黄金のカードは太陽光エネルギーをそのまま取り込んだのかと思う程に光り輝いていた。
ノノミの取り出したカードを静かに下げさせ、ホシノは飄々としながらも私の方を向いた。
「いやいや、またご馳走になるわけにはいかないよ〜。きっと先生が奢ってくれるはずだよね先生?」
「え?あ、うん。そのつもりだったよ」
「……あれ、思った反応と違ったな〜?」
「その感じ……今初めて云ったでしょ」
奢る事を前提に思われていなかったのか、ホシノは豆鉄砲を食らったかの様に固まる。そこを後ろからセリカが一言云うと、ホシノはセリカと私を交互に見ながら軽く笑った。
「初耳だったっけ?あはは、まあ今聞いたからいいっしょ!」
「先生がいいとは云ってないでしょ!」
「え?私良いって………」
「先生としては、カワイイ生徒達の空腹も満たしてやれる絶好のチャンスじゃ〜ん?」
再び降り出し。ホシノがふざけ、セリカがツッコミ永久機関が完成した。こうなればどちらかが折れるまで続くだろう。ラーメン屋に来てもう二十分は経つ。
遠目に二人の云い合いを見ていると、突然ノノミが私に近付き、ある物を渡した。それは、さっき見た黄金のカード。何故か今は光を失って黄色いカードになっている。
ノノミは皆んな二見えない様手で隠し、私にカードを差し出した。
「先生、こっそりこれで支払ってください」
「いや、大丈夫だよ」
「……大丈夫ですか?でも………」
心配そうに見つめるノノミにそれでも大丈夫だと云った。それだけハッキリと云えるのには理由がある。
それは、私がシャーレの先生になってから『シャーレの先生』としての給料と『キヴォトスの先生』としての給料。この役割は私が思っているより何十倍も貴重な役割らしく、この他にも無数と云える程の給料が一気に振り込まれる。それこそ、毎日家を買っても減らない程に。
突然こんな大金渡されて、浮かれる訳でも、誰かに自慢する訳でも無く、ただ怖い。リンからは『あくまでシャーレの資金もプラスされているだけ』と云われたがそれを抜いてもほぼ私個人の給料だ。未だ何かに使った事はほぼ無い。あってもエンジェル24で軽い買い物をするぐらい。
だからこそ、今使わない理由は無い。ここで数人のラーメンを奢った所で、一割所か一万分の一も減らない。
「今だけは、先生で居させて欲しくってね」
「せ、先生……」
少し格好つけて云ってみたが、実際は何かと理由を付けてお金を減らしたいだけである。
知らぬ間にセリカは居なくなっており、数分待つと全員分のラーメンを提供された。私は何も云えなかったから大将のお任せのラーメンだった。当たり前だが、やっぱりカップ麺等とは比にならない美味しさ。シャーレにも欲しい。
その後、しっかりと皆んなの分を支払い、私達は外へと出た
︎ ✦︎︎
「いやぁ〜!ご馳走様でした、先生!」
「ご馳走様でした」
「うん、お陰様でお腹いっぱい」
皆んなが私に感謝を送るが、寧ろ私が送りたい程だ。ありがとう、お金を使わせてくれて。
店の手前で軽く話していると、店の中からセリカがやって来た。お見送りかと思いセリカの方を向くと、逆に怒りながら怒り口調でお盆を持ち上げた。
「早くどっか行って!二度と来ないで!仕事の邪魔だから!」
「あ、あはは……セリカちゃん、また明日ね」
セリカの云う通り、仕事の邪魔は出来ない。
私達はその場から離れ、後ろを振り向くと、何やかんや云っておきながら、私達の姿が無くなるまでセリカは私達の事を見続けてくれていた。その事に気付き、私含め全員が手を振ると、セリカは遠くで慌てながら両手をわたわたとさせ、お盆を片手で上げながら叫んだ。
「本当に嫌い!みんな死んじゃえーっ!!」
「あはは、元気そうで何よりだ〜」
「それじゃ、私達も帰ろうか」
再び後ろを振り返ると、もうセリカの姿は無くなっていた。恐らく、見ていた事が恥ずかしくてそのまま店内に戻って行ってしまったのだろう。
毎日来ていたセリカが急に居なくなった時はどうなるかと思ったが、あの姿を見れば、私達は安心したままその場を離れた。
今日の出会いがなければ、きっとまた明日も来なかっただろう。だけど、明日は来る。もし来なくとも、その時はまた私達から出迎えればいい。今日セリカと会って話したかったけど、また明日会議して仲直りしよう。そう考えてた。
きっと、また明日も会えるのだから。
︎︎ ✦︎︎
「……はぁ〜〜ぁ」
明日会う筈だったのに、まさか今日来るだなんて思いもよらなかった。
出来れば、今日話して起きたかったけど、対策委員会も来ているだなんて聞いていない。いや、実際聞いていないのだから分かる筈も無いけど。
バイトを終え、いつもの服へと着替える。今日は本当は学校に行くつもりだったが、思わぬ変更でそのままバイトに来てしまった。だから結局は制服から制服に着替えただけ。
身体を伸ばし、店を出る。今日はお喋りが過ぎて、結局少しだけ大将に怒られてしまった。まあ見た目もそうだけど、いつも優しくて、怒られている感じは無かった。
先生は、私を見てどう思っただろうか。ふと、そう考える。
「まあ、良いや……また、明日――――」
そう呟くと、目の前に影が現れた。
―――もしかして、先生?そう一番に頭が思い出す。顔を上げると、そんな理想と妄想、ある訳無かった。
目の前に居たのは、三人程度のカタカタヘルメット団。何故、今此処に?次の瞬間、ヘルメット団は一斉に銃を取り出す。
「っ!来るかっ!」
慌てるも想定していた。私も即座に銃を取り出し、銃撃戦へと移ろうとする。私でも、三人程度ならやれる。
だが、私の意識は周りの建物に移った。そう、ここは市街地、それに時間帯的にも今此処で銃撃戦を行えば店にも、周りの建物にも悪影響だ。
「――こっちっ!」
私は反対側へと走り出し、ある場所を目指した。
そこは、今は使われていない廃校。そこの周りには建物は無く、人も居ない。戦うには持ってこいの場所だ。
私は足はそこまで速くない。速度なら指示役のアヤネちゃんを除けば最遅、だが建物を駆使するのであれば話は別だ。
建物と建物の間を窓の窪みや壁の欠けた部分を利用し最高速で廃校へと向かっていく。建物を利用するのであれば、私は三番目に速い。
廃校へ着くと、三十秒程遅れてヘルメット団達がやって来た。だが、もう既に限界なのか、ゼーハーと息を切らして足を震わせていた。
「はぁ……は、速すぎるだろ。お前……!」
「何云ってんの?これでも私、対策委員会なら一番足遅いけど?」
「ま……っじかよ……はぁ、私達は、なんて奴らに……」
「もうどっちが強いかなんて分かるでしょ?早くどっか行って」
私がそう云うと、奴らは逃げる所か、笑っていた。
何か仕掛けて来るかもしれない、そう警戒していると、後ろから気配――――いや、音が鳴った。
私は耳が良い。シロコ先輩程じゃないにしろ、戦場では十分過ぎる程の耳を持つ。その耳が真後ろの音を捉えていた。
後ろを振り向くと、赤いヘルメットを付けた奴が、何かバールの様な物を振り上げ、私の目の前に振り下ろされた。私は銃を握り締め、当たる直前一か八かの賭けに出る。
「固有解放――――!」
結果は、失敗。
発動するよりも速く、バールは振り下ろされ、私の視界は一気にグラつく。そして、回り、倒れ、揺れた。
「っ〜……!」
「はぁ、ったく……無駄走りかよ」
「まあ良い良くやった――――」
声が遠のいていく、瞼が重い―――
結局、何も出来なかった。私の意思とは関係の無い、重い瞼はその身に委ねられ、意識は遠く遠く、暗闇へと塗り替えられた。