聞けば、ナギサは補習授業部の皆んなや、ハスミ達に謝り回ったらしい。それも『いつもの姿』で。
話を聞く限り、怪我の事については、誰にも言及されておらず、云っていない。故にバレている事も無いだろう。ハナコは気付いているだろうか、目を凝らさなければ気付く事の出来ない小さな傷ですら見抜く彼女には、気付いていてもおかしくは無いが。
精神の安定していないナギサに心配の意識を向けていると、ハナコが静かな図書館の中、私に質問を投げ掛けた。
「……先生は、ミカさんの動機について、どう思いましたか?」
その問から聞かれた意味は、あの時のミカの言葉。
『ゲヘナが嫌いだから』
『心の底から……大っ嫌い』
「ナギサさんとミカさん。あのお二人は、小さな頃からの付き合い……云わば、幼馴染です。性格と云う面では殆ど真逆で、傍から見ても『仲良し』とは安易に断定出来ない様なお二人でした。ミカさんがあの時云った『ゲヘナは嫌いだ』それだけで、あの事件を起こしたとは到底思えないんです」
一瞬、お互いが無言となる。次に、ハナコはシスターフッドの力を使い、今牢獄に捕らえられているミカへ会いに行ったと云った。
話を聞こうとした時、ハナコは続けて口を開く。そこには先客が居たと語り、その人物がナギサだと云う事も分かったその瞬間、身体が跳ね上がる。
「ミカに会いに行ってたの!?」
「は、はい……その様でしたが……何か、あったんですか?」
「あ……い、いや、何でも無い」
ここで反応してしまってはせっかく隠していた傷の事がバレてしまうが、この事に関しては反応せざるを得ない。
余りの大袈裟な反応にバレている可能性は高いが、何とか話を戻す。ハナコが着いた頃には、既に二人は話していたらしい。ハナコはその二人の会話を盗む様に壁へ背中を付け、気配を消した。
二人の会話の中には同じティーパーティーとしてでは無く、幼馴染としての二人の様で、少し声の暖かさやトーン、声から伝わる緊張感が消え寧ろ安心出来る様な声で話していたそうだ。
︎ ✦︎
陽の光は当たらず、一定に光り続ける天井に付く電気と、ソファとソファの間に有る小さなライトだけがこの部屋を照らす。そこはトリニティでの違反を行った者が入る、云わば牢獄。
補習授業部を襲った一連の事件から、ミカはその牢獄へ捕らえられた。
エデン条約締結まで一週間を切ったある晩、ハナコは捕らえられたミカと話を付けに行こうと出向き、トリニティ本館の地下室へと足を運んだ。
現場へと着き、階段を降りる。ミカの居る場所は他の場所と違い、厳重な装甲で部屋が覆われてある。辛うじて身体の確認、そしてお互いに目を向き合える鉄格子が張られ、侵入、そして脱走はほぼ不可能であった。ミカの牢屋の一定の場所までは足音の良く響く素材で作られてあり、何時でもどんな相手でも遊び心が出てしまうハナコは足音を限り無く殺し、突然姿を現して驚かせてやろうと考えていた。
長い階段を降り終え、先へと進む。ずっと奥へと進み、その角を右へ曲がる。そこが、ミカの居る場所。
先に姿を見せようか、声だけ先に聞かせようか。そう考えていると、ある時にピタッとハナコの脚が止まった。
「ナギちゃん!いらっしゃい!」
「……ナギサさん?」
牢獄からは到底聞こえない様な明るくキラキラとした声、間違い無くその正体はミカだ。そして、その声の先にはナギサの名前があった。
無意識に脚は壁へと付き、耳を立てる。ミカの発言から二、三秒時間が過ぎ、落ち着いた声色が二人の耳に届く。
「……ミカさん。調子は如何ですか?何か、不便な事は?」
「別に〜?この部屋ってナギちゃんが作ったんでしょ?じゃないと説明着かないくらい、他の所とは違う。私の趣味を良く分かってる作りだよ」
「……なら、良いのですが」
「まさかこんな時期にこうなっちゃうなんてね〜まあ、これも人生も醍醐味って事にしておこっか」
二人の会話の中には、何処か壁を感じる様だった。
会話が続かない。それも仕方の無い事だ。何故なら、ミカはナギサを撃ったから。わざとでは無いにしろ、そんなつもりじゃ無かったにしろ、その時には本当の意味があった何かただの言い訳に過ぎない。ミカは幼馴染を撃ち、怪我を負わせた。
ここでナギサがミカを擁護する事が正しい事なのだろうか。否、それは違うだろう。ナギサはミカを良く理解している。良い意味でも悪い意味でも。
今ここで言葉の重みすら感じないペラッペラな擁護如きでミカを安心させる事すら出来ないと分かっている。だからこそ、この無言の間、十秒にも満たない静寂は、二人にとって大きな意味だとハナコは理解した。
少し長い静寂を終え、ミカが口を開く。
静かで、それでいて冷たい声が呟く様に云う。
「……本当に、ナギちゃんが来てくれるもは思わなかったな。私としては、もう会えないのかなって……思ってた」
「……まさか。私とミカさんの仲ですよ?」
「……そうだよね。それで、どうしてここに来たの?尋問なら、飽きる程された後だけど?」
コツコツと冷たい床が鳴る音。ナギサに近付いているのか遠のいているのかは分からない。ハナコから見える角度はその位置的にもナギサしか見えず、迂闊に近付けない状況だった。
ナギサとミカの会話は、まだ続く。
「ナギちゃんが直接来るって事は、何か大事な用事?」
「……アリウススクワッドは――――」
「アリウスについては、全部話したつもりだけど?尋問の時に話した事で全部。それともまだ信用出来ない?なら、試しに爪でも剥いでみる?どこかの誰かさん達のやり方でさ」
「……それは、かつての『生徒会』がやっていたやり方です。そんな野蛮な事、私達が許す訳がありません」
二人だけの空間。声が十分に響くその牢獄で話を進める。
『生徒会』トリニティでそう云われていたのは、ただ一つ。現シスターフッドの元であり、トリニティの一角を担っていた存在。二人の話を聞く限り、現在でもその存在は異常な様に見える。
再び牢獄の床を踵が叩く。
細かな音すらも届く、牢屋の奥で誰かが座った。そして、云った。
「私がこんな事を云うのも何だけどさ、もうアリウスの事なんでどうでも良くない?後ろ盾である私の存在も無くなって、アリウスはもう兵器も補給も全部途絶えつつあるはず。このまま兵力を失う一方だよ。『スクワッド』は残ってる。けど、残ってる兵力と足し合わせても正義実現委員会だけで対処出来るレベルなんだし」
「はい、それについては。少なくともこのエデン条約の段階で、今のアリウス分校は大した危険要素にはなりません」
「なら、どうして?」
ミカが疑問を抱くが、直ぐにある人物の事を思い出した。それがアズサだ。アズサは元アリウス分校所属であり、スクワッドとも関係がありそうに思える。
確信したミカはナギサの言葉と照らし合わせると、ある事に辿り着いた。
「もしかして、ナギちゃんも先生に意地悪したから、これ以上先生の元にいるアズサちゃんに色々問いただすのは気まずいとか?確かに、そんな事したら先生はアズサちゃんを守ろうとするだろうね。別にナギちゃんを邪険に扱う訳じゃないだろうけど、良い顔はされないかな」
コツッと短い足音が二つ鳴る。
ナギサは一歩下がり、恐らく牢屋の中ではミカが近付いて来たのだろう。静寂が流れ、お互いにお互いを見つめ合っていると、ミカが声を上げた。
「その感じ、先生と会ってない?」
「………」
「……私も同じ。先生さ、何度も何度も私に会おうと、ここに来るの。その度に断ってるけど……結構大変なんだよね」
牢屋の奥から足音が鳴り、ミカがソファか何かに倒れ込んだ。
ナギサから喋り掛ける事は無く、何時もよりも少しだけ長い静寂に身を包まれていると、ミカが呟く様に云った。
「私が先生に色々な情報を流して、混乱させようとしていた……あの時、先生が裏切っていれば、簡単なお話になっていた。そうでなくとも、私の云う事、ナギちゃんの云う事、どっちかを全部信じてくれれば……もっと分かりやすい展開のはずだった。もし私の云った事全部をナギちゃんに流してれば、多分今頃は堂々と、ここまで来た先生に笑顔で会えてた」
どうして、あの時――――
少しミカの声が遠のき、聞こえなかったのかもしくは、何かを云いかけたのかは分からないが、ハナコの耳元までは届かなかった。
ナギサはずっと無言のまま、話そうとはしない。その時、ミカが云った。
「ねえ、ナギちゃん。考えようによってはさ、何だかんだで全部上手くいってたんじゃない?『トリニティの裏切り者』は捕まった。アリウスも既に脅威からは外れた。これで締結させさせれば、全部がハッピーエンド。だからさ――――」
「何も良くありません……!」
ミカの一方的な発言に、ナギサが云い返す。強く拳を握り、歯を食いしばったその口からは飄々としたミカに負けず劣らずだった。
「何が『良かった』ですか……こんな状況で、ミカさんが裏切り者で……どうして、私のヘイローを破壊しようとしたんですか」
ナギサの口から出た言葉は、当然誰もが想う疑問。『ヘイローを破壊する』それがどんなものなのか、このトリニティでそんな事をしてしまえば、どんな罰が待っているのかを知っておきながらその行動を起こそうとした。お互いがその恐ろしさを知っているからこそ、今、誰よりも先に聞かなければいけなかった。
ナギサにとって、大切な幼馴染が裏切り者であると云う事実ですら受け入れられていない。その上、ヘイローを壊そうとしていたことを知ってしまえば、ナギサか今どんな心境でそこに立っているのか、想像は簡単だ。
ナギサの質問は続く。
「どうしてですか、ゲヘナが憎いからですか?セイアさんの時もそうです。なぜ、どうして……?」
「………」
「あの時、セイアさんが『死んだ』と聞いた時……凄く、怖かった……『次は私なんだ』と思いました。もし、私の身に何かあったら……後は全て、ミカさんに頼もうとも考えていて……誰が殺ったのか。ゲヘナ?連邦生徒会?それともあのミレニアムのビックシスター?レッドウィンターの独裁者かもしれない、山海経の黒い君主の可能性だって……裏切り者は誰なのか、誰があんな事をやったのか……もしかしたら……!」
「ナギちゃん」
溢れ出る言葉からは焦りを感じ、同時に『諦めたくない』と云う気持ちも伝わって来た。誰が殺ったのかだけを考え続け、キヴォトスに存在する脅威、トリニティに関わらず全ての可能性を考えて考えて考えて。最後には、諦めるしかなかった。
それでも諦めたくないと思っていた感情も、ミカの一言で崩れ落ちる。ミカがナギサの名前を呼んだ瞬間、ナギサの傷が少し動いた。
「……もう、良いの。そんなに複雑なお話じゃない。ゲヘナが大っ嫌いな私が、ゲヘナを消す為だけに、幼馴染をも躊躇わなかった。それだけの話」
「……本当に、そうなんですか?」
「冗談を云う元気は無いなぁ。全部ホント、私は人殺しだよ?今更冗談でしただなんて……通じる訳が無い」
「……どうして、私は」
「『気付けなかったのか』……でしょ」
ミカの断言に、ナギサは言葉を詰まらせる。どうして、幼馴染と云える程近くで居続けたナギサ自身が、何故ミカの気持ちに気付けなかったのかと、そう云う瞬間ミカが共鳴しているかの様に同じ言葉で遮った。
「……私達は『他人』でしょ?分かる訳無いじゃん」
「……今日は帰ります」
「うん、じゃあね。お見送りは出来ないけど」
ミカの言葉を聞いた瞬間、足速に床を鳴らす。ハナコは陰へと隠れナギサからは見えない位置へと動く。ナギサが通り過ぎた瞬間の顔は、悲しそうでありながら、怒りを感じさせる様な、そんな表情だった。
音が聞こえなくなるまで待ち、入れ替わりでハナコがミカの元へと歩く。牢屋が見えた時、ミカの姿が見えた。鉄格子を掴み、顔を下に向け独りきりの誰にも見せたくない様な表情。ハナコは敢えて触れる様な事はせず、ミカに質問をする。
「どうして、そんな嘘を?」
「嘘だなんて、心外だなぁ……ハナコちゃん」
「……バレていましたか」
気配は限り無く消していた筈だが、そこに居た事を知っていたかの様にミカは驚く素振りを見せなかった。その察知力に一瞬言葉を詰まらせるが、ハナコ自身を平常心を保つ。
ミカは続けてハナコの云った『嘘』についての言及を求めた。
「そんな事より、嘘ってどう云う事か説明して?」
「……セイアさんを殺すつもりは無かったんでしょう?」
「……どうして、そう思ったの?」
「ミカさんの動きを、これまでの情報と合わせて推測していたです『どうしてこの様な事件を起こしたのか』それを知る為に」
ゲヘナを憎み、その結果としてエデン条約の破壊を計画していた。それは間違っていないとハナコは云う。
エデン条約を破壊する為、それを可能にする為にホストへなろうとした。その工程でアリウスと手を組み、セイアを元々は『幽閉』しようとしていた。だが、アリウススクワッドの考えとは違い、最初からヘイローを破壊する為に動いていた。
『セイアが死んだ』その報告を受けたミカはその瞬間、心の何処かが壊れ始め『人殺し』を自覚し始めたミカはあらゆる方法を制限無しに行うしか無くなった。どんな犠牲を伴わない、ミカにとっての『最悪』を想定した作戦を。
そう、あくまで予想としてハナコは語った。その一連に、ミカは口を挟む。
「……ハナコちゃんらしくないな。まるで私が自暴自棄になったみたいじゃん。セイアちゃんを殺せって指示した事も、幼馴染であるナギちゃんをどんな方法でも良いから、どうにかしてやろうとしていたのも私。私は――――」
「ミカさんは、あの時確かに云いました『ヘイローを破壊しろとは云っていない』『私は人殺しじゃない』と。セイアさんがああなり、色んな事がどうでも良くなったとも云っていました」
本来であれば、トリニティの裏切り者が不確定な時点で云うべきでは無かった。それにあの状況、シャーレの先生が居る目の前で『本物の裏切り者』が名乗る必要は無い。それが戦略者としての当然の思考だ。
一番の利点を捨ててまでミカのしたかった事、それはセイアと同じ結末を辿らせない『アリウスがナギサを殺すかもしれない』その恐怖に打ち勝てなかったから。そう、ハナコが云う。その瞬間、ミカの表情が固まった。
「あの時、あそこまで執拗にナギサさんを狙う必要は無かった……。ミカさん。貴方は強い。純粋な戦闘力で見れば、トリニティの戦略兵器にすら対等に渡り合える程の実力があります。勿論、戦闘以外にも強さを持つ貴方には、あの時点で、どれ程までに危険な状況なのか分かっていたんです」
「…………」
「あの時、ミカさん相手にアズサちゃんが固有解放まで使い、結果として勝てなかった。シスターフッドにツルギさんを加えても、精々相打ちレベルだと想定していたくらいです。それだけの実力があるにも関わらず、貴方は先生の言葉でその手を止めた」
ハナコは無意識の内に手を強く握っていた。それはこの事を聞く為に。
あの時の情景を思い出すだけで沸々と怒りが湧く。それはあの瞬間、ミカが先生を撃った事。鉄格子を掴み、声を荒らげた。
「どうして、あの時先生を撃ったんですか!あの時、後一歩遅ければ、先生は死んでいたんですよ!?」
「……は……?」
「……もしかして……知らなかったんですか……?」
怒りが冷める程、ミカの表情が一変する。途端に思い出される情景と最後に見た先生の顔が映し出され、ミカも声を荒らげ鉄格子を両手で掴む。
「先生は、先生は生きてるんだよね?そうだよね?死んで、無い……よね?」
「………はい、一命は取り留めました。本当にギリギリでしたが」
「そっ……か」
ミカは後ろへ数歩下がり、ソファへと倒れ込んだ。何も云わずに両手で顔を隠し、無言が続く。
「……ミカさん」
「ごめんね、ハナコちゃん……今日だけは、帰って欲しい。お願い」
顔は見えずとも、その声からは揺れが生じ、今からでも崩れ落ちる様な気がした。その姿をハナコは見つめ、何も云えず、そのままミカの元を静かに去って行った。
︎ ✦︎
「……最後に関しては、私も取り乱してしまいました。ミカさんをああするつもりは無かったのですが……少し、反省ですね」
「……ミカ、大丈夫かな」
一番肝心な事を、一番重要な人に話す事を忘れていた。その点に関しては、私の落ち度でもある。
紆余曲折あったが、結果としてはハッピーエンド――――等と云える訳でも無い。セイア襲撃の時点から、誰も幸せになる結末なんて無かった。エデン条約破綻を阻止出来た。それだけ見れば一見ハッピーエンドに見えるが、中身を見てみれば、ミカは捕まり、ナギサも怪我を負った。セイアも重体で、サクラコやツルギも外から見てみればティーパーティーの命令を無視した独断の行動。非難されない訳が無い。
アズサに関わらず、補習授業部の皆んなには悪い思いをさせてしまった。
「……終わらせよう、エデン条約を。決して全員が幸せになれる訳じゃないけど……形だけで良いから、ハッピーエンドを作りに行こう」
「……そうですね」
エデン条約が締結を迎えた時、ティーパーティー全員を集めて、これまでの事全部を抜きにして、本音で語り合える場所を設けよう。それが幸せとは云えないが、無いよりかはマシ。とは云える。
「それじゃあ、私は明日に向けて準備でもしてくるよ」
「明日は、何処かに行かれるんですか?」
「エデン条約が締結するからって、ゲヘナの委員会……万魔殿だっけ。に呼ばれててね」
「あら……余り良い噂の無いあの……頑張って下さいね。先生」
「……うん」
ミカは相手が強ければ強い程自分も強くなる性質なので、相手がツルギだったりすれば相対的にミカも強くなります。アズサ戦で急激に強くなったりしたのはそれが原因です。本来であれば固有解放のアズサをあんな一瞬で倒せる訳が無い。なんならその時のアズサと通常のミカが戦えばギリでアズサが勝つ。まあミカも固有解放持ってるから結果としてはアズサが負けちゃうんですけど。仕方ないねウン