虚弱先生の青春物語   作:不透明な水滴

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調印式前夜

 

 ゲヘナとトリニティを繋ぐ唯一の大橋。前日の夜、恐らくゲヘナの委員長からの手紙が届き、この場所へ来るようにと指示された。

 来てみたものの、この大橋には建物所か障害物の一つすら無い。その理由は、銃撃戦を起こさない為だとか、橋を壊されない為だとか。

 

「そろそろ時間だけど……あ、あれかな」

 

 予定時間の二分前、ゲヘナ方面から二つの光が見えた。光が近付いてくると同時、私の目にはとんでもないものが出される。

 目の前に来た車は黒塗りで横長く、目視でも二十人以上は乗れそうな程のもの。ゲヘナからの噂では、云ってしまえば暴君の様なものだと認識していたが、まさか指定場所で待っているだけでこんなものを見られるとは思っていなかった。

 車は止まると直ぐに目の前のドアが開いた。どうしたら良いのかも分からず、流れのままに車の中へと乗り込む。

 

 中も黒色で統一されており、真ん中には横長い机、その周りを黒いソファが囲んであった。その真ん中には軍服の様な服装に黒、白、黄色の入ったコートを羽織っている黒く大きな帽子を被った人が脚を組み、悪い笑顔を浮かべ私を見つめた。

 

「――――お前が『シャーレ』の先生か!」

 

「君は……ゲヘナの委員長さん?」

 

「ああ、私がこのゲヘナの委員会『万魔殿パンデモニウム・ソサエティー』の議長……そして、このマコト様に協力の申し出とは悪くない判断だ」

 

「………ん?」

 

 車はこの場で終わらせる事を前提としているのか、発進しようとはしていない。車の揺れも風の音も聞こえない静寂の中、突然そうマコトが云い始めた。私はそんな事聞いている筈も無く、止めようとするがその隙を与えない様話を進める。

 

「キキキッ……『シャーレ』と『万魔殿』この二つが力を合わせれば、ゲヘナの風紀委員会如き簡単に破壊出来る。計算と勝算は既に完了した、さあ直ぐにでも計画を……!」

 

「あの、そういう話は、相手が居ない所でした方が良いですよ?ぶっ飛ばしますよ?」

 

「マコト先輩……話を変な方向に捻じ曲げないでください。あとその発言は私達にも飛び火します。自重して下さい」

 

 ある筈も無い計画を止めようと、その場に居たアコと万魔殿の一人、イロハが口を挟んだ。

 そこに続けてイロハは話す。私が何故ここに居るのか。

 

「『シャーレ』の先生は、あくまでこれから起こる『エデン条約』の締結、そしてそこから起こる形式的な問題解決の為に私達に会いに来ているだけです」

 

「……なら、私達との計画は?」

 

「ある訳が無いでしょう。そもそも今日初めて会ったばかりですよ?」

 

「……キキッ、まあ楽しみは後に取っておくとしよう」

 

 不敵に笑うマコトの姿には、常に計画を立てている様に見えるが、また違う眼で見てみれば、その本性は変わって見える。

 そう思っていたが、建前は作らないタイプらしい。

 

 溜息を付くアコは、私に声を掛けた。

 

「でも意外でした、先生がエデン条約に参列されるだなんて」

 

「まあ、キヴォトスの二大学園が平和条約を結ぶものだから、私の方シャーレでも色々あってね」

 

「と云う事は……この後はトリニティに?」

 

「さっきトリニティに居て、今かな」

 

 意外にも朝早く、物理的に時間が無い様に見えるが意外にも調節は可能性だ。

 ミカの件から一変、私の活動量が莫大に増えた。それはエデン条約の締結が近付いてきたから、と云うのもある。それと同時に、ココ最近はトリニティに在住し、今こうしてゲヘナの皆んなと会っている。そう話すと、アコは衝撃で目を見開いた。

 

「い、いつの間に……!?風紀委員会の行政官である私が、そんな重要な情報を見逃していた……!?」

 

「今日の出来事なんだし、知らなくても当然じゃ……?」

 

「幾ら条約の準備で忙しかったとは言え、先生の行動を把握出来ていなかっただなんて……」

 

「ま、待って……?私の行動って把握されてるの?」

 

「えっ?まあ……当然では?普通に他の学園でも把握されているでしょうし、学園によっては分単位で確認されていてもおかしくないと思いますよ?」

 

 そう云われ、背筋が冷たくなった。

 これ以上掘り下げると何処かから刺されると何故か予知し、その会話を変えるべく、この場に居ないヒナの事を思い出した。

 

「そ、そういえば……ヒナは、仕事中?」

 

「はい、いつも通りお忙しい毎日です……エデン条約が終われば、委員長のお仕事も減るとは思いますが……」

 

「そんな事、私達がさせる訳無いだろう!」

 

「先輩は無駄口辞めてください」

 

 話し合いも終わりを迎え、帰ろうとした瞬間車の中にあったテレビが付いた。

 誰もリモコンは取っておらず、何事かと視線を向けると、その画面には『連邦生徒会』と書かれた青い壁に白い文字。そして数分もしない内にリン達連邦生徒会の皆んなが続々と並ぶ。

 

 そういえば、今日リン達が何かやろうとしていると連絡が届いていた。何をやるか、とは書かれていなかったが――――楽しそうな報告では無いんだろうと、感じ取った。

 

︎ ✦︎

 

「今日は集まっていただき、有難うございます」

 

 連邦生徒会が突然の記者会見を開いた。

 記者達、そしてそれを遠距離から見る人々の中では全員、エデン条約の事、そして連邦生徒会長の行方不明について何か進展があったのだろうと思っていた。

 会見が始まり、早速話題に出たものはエデン条約締結。キヴォトスの歴史が変わる瞬間、連邦生徒会長が現状居ない事を残念がりながらも、その歴史的瞬間に立ち会えた事、そしてより良い未来に向かっている事を示しているとリンは語る。

 

 記者達の中ではやる事を想定していた記者も居た。だが、エデン条約の事だけでは無い。連邦生徒会長の事、そしてキヴォトス全体に垂れ流されている武力と血。連邦生徒会の意思一つでキヴォトスを変えかねない『七神リン』と云う人物の発言に、全員が注目していた。

 

「――――以上で、会見を終わります」

 

 その言葉に、全員が唖然とした。

 直後、辺り一面が白いフラッシュに包まれる。そして記者の一人が席を立ち上がり、リンに叫んだ。

 

「ちょっと待って下さい行政官!それは、つまり連邦生徒会長の行方はまだ分かっていないと云う事ですか?」

 

「要するにそうです」

 

「連邦生徒会の能力について、世間の評価は厳しくなっています。この点については如何でしょうか?」

 

「まあ仕方ないじゃん?」

 

「も、モモカちゃん……!」

 

 大量のフラッシュが炊かれる中、次々に飛んでくる質問に答えていく。連邦生徒会について聞かれようと、リン達は表情一つ変えず淡々と答えていった。

 突然の記者会見でありながらこの有様、記者達も黙っている訳では無い。怒り混じりの少し尖った発言が連邦生徒会の耳に届く。

 

「連邦生徒会はその人数居て、何故連邦生徒会長以上の力を発揮出来ないのですか!」

 

「……当たり前でしょ」

 

「モモカちゃん……?」

 

「そもそも、連邦生徒会長がどんな人間か、全員知らないでしょ?あの人と同じ様に?それ以上の力を発揮?無理無理。キヴォトス全員が束になっても勝てるか怪しい神みたいな人に、どうやって勝てって云うの?」

 

 連邦生徒会長、その名しか聞いた事の無い。何者かすらも、姿形想像出来ない存在。だが、その言葉には確かな信頼性があった。そこに存在するだけで抑止力になる伝説。現状三人しかその存在に君臨していない『禁忌者』キヴォトスを、世界を変えかねない存在。

 

 モモカの言葉に続き、リンの口を開く。

 

「現在の連邦生徒会は、連邦生徒会長の持っていた能力を分担し、それに合った特化型の力を持つ者達を配置した事で成り立っています。それでも、あの人の一割にも満たない」

 

「連邦生徒会長……一体、何者……?」

 

「――――単独でキヴォトスを変えられる力を持ち、敗北の概念を持たない者。たった一人で盤面をひっくり返せるその力は『禁忌』とされ、やがて神格化された」

 

 ――――あくまで、『有り得た話』ですが。

 

 それ以上話そうとはせず、全員が『連邦生徒会長』と云う存在に焦点が寄せられる。その時点で、その会見は歴代会見の中で最も意味のあった会見だと云われる様になった。

 その後、質疑応答が続き『SRT特殊学園の閉鎖』や『エデン条約の締結』についての深堀、その事について様々な質問、そして回答が飛び回った。

 

︎ ✦︎

 

 質疑応答が続く画面を眺め、アコが口を開く。

 

「連邦生徒会長、一体どんな御方なんでしょうか」

 

「リン達があれだけ云うのなら、本当に凄い人だったんだろうね」

 

「……私はそう思わないがな」

 

 遠く、マコトは呟いた。

 直前まであれだけふざけていたマコトも、その瞬間だけは威厳を取り戻すかの様に笑顔一つ見せず、少し怒りの籠った声と一緒に頬ずえをついた。

 ――――そういえば昔、キヴォトスの歴史を遡って見ていた時妙に頭に残る話があった様な気がする。確かそこには連邦生徒会長も関わっていて、ゲヘナ中心で起こった――――戦争。

 

「……ただでさえ連邦生徒会は信用出来んのに、今のゲヘナ生、トリニティ生達はより信用に値しないだろう。この会見意味あったのか?」

 

「今が一番お互いを警戒する時期。幾ら連邦生徒会とは云え上っ面上は私達を安心させておかないと、自分達にも飛び火が来ると考えていたんでしょう」

 

 マコトやアコの鋭い悪口が飛び交う。恐らくアコの云う通りだろう。いずれにせよ、連邦生徒会長の情報を得られた事に違いは無い。私自身、いつか会ってみたい気持ちもある。

 

「……いつか会えるかな」

 

︎ ✦︎

 

 放送も終わり、締結前夜に行う全ての仕事を終えた。後は締結を見守るだけ。

 車を降り、トリニティ自地区へと戻っていく。その時、既に八時を超え少し薄暗い中奥から人影が見えた。私は驚く事も無しに、ただ『珍しい』と云う気持ちで彼女へ近寄った。

 

「やっほ、ヒナ」

 

「先生、どうしたの?」

 

 奥からはトリニティで何か仕事があったのか、仕事終わりのヒナと出会った。

 私とヒナは端に寄り、川が良く見える場所まで移動した。そして、柵に背を預けこれまでの事を話し合う。

 

「先生、トリニティでの件は落ち着いた?」

 

「まあまあ……かな。でも、まだやらなきゃいけない事は沢山ある。残りはエデン条約が終わった後かな」

 

「……先生も、大変ね」

 

「ヒナ程じゃないよ」

 

 アコの話を聞く限り、アビドスの時。ホシノ救出後ヒナとは余り出会えていなかったが、またいつも通りの激務なのか、休んでいる所を見た事が無いらしい。私ですら月に一、二回休みがあるのに。

 エデン条約が締結すれば、ヒナの仕事も減る。そうアコは云っていたが、本当にそんなのだろうか。寧ろ増える可能性だってある。締結前は明確な対立が有り、逆にゲヘナ以外の問題では対処がしやすくなっていた筈だ。だが、締結後はその問題にもしっかり目を当てなければいけない。

 もし仮に『ゲヘナ生とトリニティ生が喧嘩をしている』そう報告されれば、今の様な関係であれば『ゲヘナ生徒』を優遇出来る。まあヒナの事だしそんな事しないだろうが。だが今の関係を止めてしまえば、同じ様な状況でも無闇矢鱈にゲヘナ生徒を優遇出来ないのだ。もししてしまえば、それこそエデン条約が意味を成さない。

 

「締結しちゃったら、また変わった大変な日々になる。ヒナは、それでも大丈夫なの?」

 

「大丈夫……と云われればそうじゃない……けど、私の世代でどうにか出来ないと……どっちにしろゲヘナは仲間割れで消滅しちゃう」

 

 死んだ目を空に向けそう呟く。ゲヘナを良く見ているからとか委員長だからとか関係無しに『ヒナだから』こそ説得力のある発言。ヒナには休暇を与えよう。そうしよう。

 

「―――終わるね」

 

「そうだね……無事に終わると良いけど」

 

「当日には、私やアコ……一応、万魔殿あいつらも居る。トリニティには、ティーパーティーや、大聖堂でやるらしいからシスターフッド。それに――――先生が居る。よっぽどの事が無い限り、反乱とか、戦争とはか起こらない筈」

 

「……そう、だよね」

 

 私がここに居る理由、それは嫌な未来を見てしまったから。この『眼』で。

 今の所、この眼の見た光景は必ず現実になっている。その上、嫌な未来ばかりが。今回もその一つだ。いつかこの連鎖を止めなければいけない。そして、その為にこの『エデン条約調印式』を無事に終わらせなければいけない。この条約が完了すれば、キヴォトスに新しい歴史を刻む瞬間となり、この先のキヴォトスの運命も決まる。

 

 改めて、この歴史的瞬間に立ち会えた事、消える事の無い大切な記憶となった。

 

「じゃあ、そろそろ私は行くわ」

 

「うん。ヒナ、明日宜しくね」

 

「ええ、先生もね……それじゃ、調印式で」

 

 そう云い、私達は別れた。

 ヒナの姿が見えなくなるまで見守り、私も踵を返しトリニティ自地区へと向かう。これまでの記憶を思い返していると、グッと拳に力が籠る――――これで、全部終わるんだ。

 

『君は二回――――いや、三回死ぬ』

 

 突然、夢の中で云われたセイアの言葉を思い出した。明確な死は二回。確か一度目の死はミカとの件、あれは明確な死に入るのだろうか。

 ただでさえ情報不足だと云うのに、肝心な所を聞き忘れていた。いつ、どんな時、その中のどれが明確な死なのか。

 

「……あともう少しなんだよね」

 

 もうすぐエデン条約としてのストーリーが終了する。となれば、短期間で後二回、私は死ぬのだろう。もしかしたら、回避出来るかもしれないし、既にしているかもしれない。

 だが、一番可能性が高いのは、明日の調印式。

 

「何も起きない事を祈るしかないや……無事に、式が終わります様に」

 

 精一杯の願い、届いただろうか。

 

 そうして当日、事件が起こる。

 

︎ ✦︎

 

「―――明日だな」

 

 既に使われていない廃校を拠点とする『■■■■』

 全員が装備の確認を終え、夜空に浮かぶ星々を見つめる。直ぐに廃校の廃れた扉をコンコンッとノックされ、リーダーらしき人物が口を開く。

 

「……入れ」

 

「……こちらが、準備出来たモノです」

 

 相槌を入れる隙も無く、ケースを差し出し中身を見せた。そこにはビー玉サイズの青い玉であり、全員の視線がソレに向けられる。

 持ってきた人物は続けて話した。

 

「本来使う筈だった巡航ミサイルの数千倍、数万倍の力と破壊力を備えた『試作品』作成者は……」

 

「マダム、だろう」

 

「―――いいえ、違います」

 

「では、誰だ?」

 

「……かつては唯一無二の技術者でありながら、絶対者。現代では『禁忌者』とも云われています。既に卒業されこの場を離れていましたが、その力は今も健在。我々の知っていた頃より何倍も強くなり、私達に力を貸して下さいました」

 

 キヴォトス最初で最後。そして『最悪の戦争』と呼ばれる戦争を生み出した張本人。

 ゲヘナを中心に行われたその戦争は、キヴォトス全面に広がり『死者合計十二万二千七人、負傷者合計二十二万五千九百二人』当日のゲヘナ風紀委員会、トリニティのティーパーティー、ミレニアムのセミナー、その他八割の学園が手を貸し、連邦生徒会長までもが参加し、最終的に『連邦生徒会長最後の時代』とも云われる様になった。

 

 その人物は、今は連邦生徒会とゲヘナ三年生。一部の二年のみが知っている最悪の存在。

 その圧倒的な力と頭脳。技術力から『雷帝』と呼ばれる様になった。

 

「―――あの人は、本気でキヴォトスを『取り』に来ています」

 

「……その前座、か」

 

 微かに期待していたモノ。それは当日、全生徒の想像を絶する力を発揮する。

 その日、キヴォトスに『最悪』が訪れた。

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