「突然の事で、忙しい中ありがとうございます。先生」
「大丈夫……だけど、この人は一体……?」
調印式当日の朝、ナギサは『ある人物』から対談を求められており、その人が一体何者かは分からなかったが、あのナギサが体調も仕事も関係無しにその人の私情だけで動くと云う事は、相当なエラい人なんだろう。そう思っていた。
本館の客人用部屋を貸して貰い、いざ対談――――そう思い、初めてその姿を見た。その姿はナギサよりも背は低く、白いパーカーを深く被っている少女。
この人が、今のナギサですら私情で動かせられる人。
「ご本人から二人だけにと云われており……私はこれで失礼します」
「あ、うん。ありがとうナギサ」
ナギサが退出し、二人だけとなった。
埃一つ無い綺麗な部屋の中、二人だけとなる。今の感情的には気まずいと云うよりは『一体何者なのか』が気になる。ここ暫くはトリニティ周辺で活動していて見慣れた生徒も多く居る。その中、どれだけ記憶の中を漁ってもこの少女を見た事が無かった。トリニティで不登校な子なんて聞いた事も無い、となれば『見なかった』と云うより『見れなかった』の方が正しいのだろう。
「えっと……名前はなんて云うの?」
「名前……?なんだっけ」
「……え?」
何者か分からない以上、名前さえ聞ければ生徒一覧から確認出来ると思ったのだが、返ってきたのは想定外の言葉。
『分からない』名前が分からないだなんて歌の子猫ぐらいしか居ないと思っていたが、こうも身近に居るとは。一先ず名前は置いておくとして知りたいのは何故私を呼んだのか、そして彼女自身の『役割』についてだ。
「……じ、じゃあ、どうして私を呼んだの?」
「……お願いがあって」
「お願い?」
彼女がパーカーを取ると、ショートよりも少し長い髪型に鋭いつり目と青い瞳。正に美少女と云う言葉が似合う子だった。
ソファの上で靴を脱ぎ体操座りをする。感情の無さそうな虚ろな目が私を見ると、彼女は私にその『お願い』を話始めた。
「私、トリニティの裁判官をやってるの」
「裁判官……?」
「うん、トリニティに唯一存在する裁判所の裁判官。たった一人しかなれないし、なる為には凄い努力が必要な凄いやつ」
裁判と聞けば、この前あったミカの件で裁判が行われそうだったが『諸事情により延期』と連絡があった。
たった一人しか、と云う事は今の裁判官は彼女と云う事になる。私自身トリニティに来てから一度も裁判は見た事が無い。基本的に武力で解決出来るこの街でも、武力では解決出来ず、知識と法でしか解決出来ない事があるのだろうか。
「私、トリニティの裁判官かどんなものか知らなくて……良ければ、教えてくれない?」
「……トリニティに限らず、キヴォトスでの大抵の事件や事故はその組織のトッブか武力で解決出来る。でも、それだけではどうにもならない事件、事故を裁くのが私の役割。実は私の役割ってティーパーティーにも出来ない超特別なやつで、ティーパーティーでも逆らえないんだよ」
ティーパーティーは全てに置いて最高権力だと思っていたが、裁判と云う面だけは違った。
トリニティで起きる度の行き過ぎた犯罪行為、加害者被害者のある事件、事故。それをトリニティ内及びキヴォトスの法律に従い裁く立場。それはティーパーティーでもなければ正義実現委員会や救護騎士団でも無い、彼女なのだ。
「私はトリニティそのものから恩恵を受けてる。裁判官である内は、トリニティ生限定だけど、あらゆる攻撃を受けても死には至らない。そして裁判官限定の固有解放を持つ」
「固有解放……」
「聞いた事ある?なら話は早いや。その固有解放で得る力は『あらゆるものを裁く力』私が裁判中だと判断した場合、如何なる理由があろうと私に逆らう事は出来ないし、私が罰を云えばそれを受け入れなければいけない」
今まで聞いた事のある固有解放は自身の身体強化だったが、特殊な条件であればセイアの様な空間に鑑賞する固有解放もある。彼女の力もその一種だろう。
彼女が『裁判中』だと判断すると如何なる理由も無効にし、逆らう事、そして彼女の云う全ての罰は受け入れなければいけない事。もしそれが本当であれば、キヴォトス最強をも名乗れる力だ。
「ただし、この固有解放はトリニティの古くから有ったもので、その時からこの力は『トリニティの生徒のみ』に使用が可能だった。私も同じ、トリニティ生以外はこの力は作用しない」
「そうだったんだ」
「うん。でも……肝心なのは、そこじゃない」
彼女は視線を落とし、塞がった声で呟く。
「……私、元々は普通のトリニティ生だったの。けど、ある日突然ティーパーティーに呼ばれて『貴方は裁判官として任命されました』って急に報告されて……そこから、全部が崩れた」
︎ ✦︎
私は生まれた時からずっと普通だった。
平凡に、平和に生きて。特別な事なんて何も無い。何にも巻き込まれず、普通に学校に行って、普通に生きていた。
トリニティに来た時だって、友達が行くって決めたからついて行っただけ。何か目的が有った訳でも、何かを成し遂げたかった為でも無い。ごく普通の一人の生徒として、何もせず大人になるんだろうと頭の隅っこで思ってた。
あの日、ごくごく平凡な一日から。ティーパーティーに『任命』されるまで。
「私が……?それは、一体……?」
「前任の裁判官が先日、お辞めになられました。三年生だった事もあり、想定はしていたのですが……思ったよりも早く決まってしまったんです」
「で、でも……何で私が?」
「それは……」
その時、現ホストは『知らない』と口にした。
知らない訳が無い。トリニティの裁判官はティーパーティーと同等、もしくはそれ以上の存在。ティーパーティーが絡んでいない訳が無い。それなのに、知らない?
その時は、嬉しい訳でも悲しいわけでも無く、ただずっと放心状態だった。トリニティは大きい、私なんかよりも何倍、何十倍と優秀な人が居る筈。その筈なのに、神様は私を選んだ。
後に聞いた。その役割はある日突然『報告』と云う形でティーパーティーに届く。それはその瞬間から『誰かが任命されている』と云う合図。
原理は未だに分かっていない。トリニティ創設からこの裁判と云う存在が生まれ、裁判官と云う存在を決めようとしたその瞬間から誰かが授かっていると云う。
私はそれを聞き、徐々に『特別感』が生まれ始めた。
――――私にも神様は目を向けてくれた。
――――神様は私を見捨ててはいなかった。
あの時だけは、少しだけ神様に感謝した。
あの時、あの瞬間までは。
︎ ✦︎
「任命されたその日を境に、私は友達や家族との交流を一切禁じられた」
「え……?」
「ティーパーティーからそう云われたんだ『裁判官としての責任を果たすべく、その日が来るまで辞めてはいけない』って。多分、元々やってた先輩も同じく理由で、辞められなかったんだと思う」
それは残酷なものだった。友達だけでは無く家族との交流も禁止、理由は『裁判官としての責任』等と云う意味の分からないもの。
その時に、私は初めて彼女の『異常さ』に気が付いた。
良く見ると、彼女の目元には恐ろしい程のクマが出来ていた。恐らく、誰とも会えていないのだろう。そのクマも、その白過ぎる肌も。全て誰とも会えないストレスと不安、そしてそこから外にでる必要性も無くなったからだろう。
「それに、裁判をする時にはいつか必ず『殺らなきゃいけない』時もあった」
「……もしかして、君は……」
「……この前は一人、直近だと二人……私の判断で居なくなった」
裁判官をする以上、『その時』は覚悟を決めなければいけない。誰だって、やりたくない。それを彼女は誰にも話せず、一人で背負ってきたんだ。
トリニティの事だ、きっと周りの圧に押し潰され『そうせざるを得なかった』んだろう。
「毎日毎日、夢を見るの。私が初めて『その判決』を下した時。その人がどんな顔をしていたのかも、その時に云った言葉、一言一句全て脳に焼き付いてる」
「……だから、眠れないの?」
「――――眠りたくないの」
――――彼女が虚ろな目を向ける。眠れないのでは無い。眠ってしまえば、再びその呪いを受けなければいけない。それがどうしようも無く怖いから、眠りたくないのだ。
彼女の目が何故そんなに消えかけているのか――――きっと泣きすぎて、流せる涙が無くなってしまったんだ。
立ち上がり、彼女の隣に座る。
彼女は驚く事も無く、体操座りをするその目元はただ虚ろな目を下に向け続けていた。私は手を差し出し――――彼女の頭の上へ優しく置いた。
「……何して」
「理由は、無いよ。ただ……今の君は『人の優しさ』が足りてない。そう思ったから」
「………そう」
優しく、優しく撫で続ける。
雪の様に溶けてしまいそうで、花の様に枯れてしまいそうな、儚い存在。絶望を知るには、余りに早過ぎる。
「その役割、辞める事は出来ないの?」
「辞められたら、苦労しないよ……でも、『辞める』事自体は可能」
そう云い彼女は立ち上がりと、指をパチンッと鳴らした。すると、目の前の机から一枚の紙が浮かび上がってくる。
突然出てきた紙を困惑していると、彼女は再びソファへと座り紙を私に手渡した。
「それが手続きの書類。結構簡単だよ?条件は裁判官とその相手の合意、それさえあれば後はその紙にサインするだけ」
「あ、思ったよりも簡単……」
「まあ、今までやった人なんて居ないし、そもそもこの役割を知っている人の方が多いから、自分から『やりたい』って云う人はよっぽどの事が起こらない限りないよ」
憂鬱そうに溜息をつく。
良く考えずとも、この制度はおかしい。何故何も関係の無い人が突然、理由も無く世界から切り離されてしまうのか。何故そうしなければいけないのか。
彼女の目の前で悲しい顔をしていていも、結果は変わらない。もし、誰かが、私が――――背負えたら。
そう考えれば、直ぐに動いてしまう。
「その役割、私に出来ないかな」
「……え?ほ、本気……?」
「うん、でも、条件がある」
私が裁判官の役割を代わりに担う。その提案と共に条件を出した。
それは『永久的にやるのでは無く、一時的に受け持つだけ』私がトリニティに居る間『のみ』私に役割を移す。それ以外では彼女が持たなければいけない。
中々に厳しい条件ではあるが、良くも悪くも決まってしまった事、私が全てを背負ってしまえば、何度でも私を頼ってしまう。本当であれば私だって全部を背負ってあげたい。だが、それでは駄目なんだ。一人だけではどうにもならない。そう、キヴォトスで知った事だ。
本音は云わず、条件だけを彼女に伝えた。彼女は表情を変えず、黙々と話を聞き頷いた。
「……良いよ、貴方がそれでいいなら」
「じゃあ、それでいこう」
「でも、貴方は大丈夫なの?」
「私?私は……大丈夫だよ、きっと」
話を聞く限り、胸を張って『大丈夫』とは云えない。けど、生徒の前で弱音なんて――――云える訳ないよな。
仮にも本当にも生徒を導く存在。少し危ないだけの橋、生徒が通る橋にするぐらいやって見せる。
「そう云えば、貴方は何者?」
「私?シャーレの先生……だけど?」
「シャーレ……何処かで聞いた事がある」
「……私を呼んだんだよね?」
「呼んだよ。けど、こうゆう話が出来る相手を探しているってナギサ先輩に云ったら、名前を出されたから。貴方がどんな人かまでは知らなかった」
サインを書き終え、また無茶な事をしたと考えながら軽い雑談を交わす。
私を知らずにこの会話をしていたとなると、私がもし不審者だったりしたらどうしていたんだろうと頭を過ぎる。少し警戒心が無さすぎる気がするが、寧ろ逆なのかもしれない。誰でも良い、敵でも、裏切られても、騙されても『一時的な解放』が欲しかった。だから全てを受け入れているのかもしれない。
「じゃあ、貴方の事は『先生』って呼ばなくちゃダメ?」
「えっ、いや全然……嫌だったら呼ばなくても良いよ?」
「……じゃあ、この約束が本当だったら――――」
その時、ボソッと何か呟いた。
服の袖で口を塞いで何と云っているのか聞き取れなかった。気のせいだったのかもしれない。
ふと時計を見ると、調印式まで後数時間だった。一瞬もう間に合わないかと思い心臓が絞められた。私も出席すると約束していた為嘘をつけば何と云われるか。アコに。
「じゃあ、私はもうそろそろ行くね」
「……調印式?」
「うん、出席するって約束したから」
「……そう。行ってらっしゃい」
「……!うん」
一瞬、心が絞められた様な気がした。
哀しみは消えても、喜びの感情は持て余しているようだ。
︎ ✦︎
調印式の一時間前、小聖堂内。
後十分後にサクラコ、ナギサがこの場所に来る。平和条約締結の瞬間を見る為に。
「……もうすぐで、この歴史も終わり」
少しの時間関わってきただけでこれだけの想いを募らせている。この歴史が数十、数百年と続いてきた。その歴史に終止符を打つ。時代が、キヴォトスが、変わる。
期待と不安、安心と恐怖。この気持ちも、後一時間で終わってしまう。
私はただ、平和に終わる事を願うばかりだ。
不安定な時期に一周年迎えてましたわ。まじで今気付いた。二年目もよろしゅう頼んます〜