虚弱先生の青春物語   作:不透明な水滴

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妄想するだけ物語が長引いていく。正に永久機関。


赤く黒く、灰に染まる日

 

「見てますよ〜先生!」

 

 ――――同時刻――――

 

 シッテムの箱、OS内。

 青空の教室の中、アロナは明るく元気な声で云った。聞こえていない筈なのに、普段から独り言で先生のタブレットから顔を出しては、暇潰しとして観察、独り言を呟く。聞こえておらずとも、その明るさは健在だった。

 

 アロナは箱内に居る限りシッテムの力を使い大抵の情報は入手出来る。それを利用し、本当は知らない筈のエデン条約を知り、その規模の大きさと歴史的瞬間、それを逃すまいとふざけてかカメラを取り出す始末。先生の目が届かずとも、楽しそうにしていた。間も無く始まる。その瞬間にアロナもふざける手が止まった。

 

 鼓動が高まる。映像と映像を重ねてみている筈なのにこうも高まってしまうと、先生やその場に居る人達はきっと、私以上に高まっているのだろう。そうに違いない。手を手が触れる――――その瞬間。

 

 空が、暗転に包まれた。

 

「……え?な、何……?」

 

 この教室に『夜』は来ない。絶対に。

 それなのに、明るくない。空が、真っ暗だった。その時、アロナの意識は空へ向き、自身には何も起きないと云う安心感、それを無意識に頼り過ぎていた。

 

 首が空を向いた時、鉄の音、一瞬冷たい感覚が、背中から胸に『真っ直ぐ』突き刺さる。

 

「ぇ……ご……」

 

 赤い線が垂れ、胸を染める。下を向けば、見た事の無い鉄の刃が伸びていた。状況も分からず、アロナは首だけを後ろに向ける。

 

「だれ……ですか」

 

『―――――』

 

「っぐ……!?」

 

 突き刺さった刃は見えない速度で消え、それを認識した瞬間肩から脚に掛け複数回斬り付けられる。血が溢れ、立つ事すら困難になり、倒れ込むと同時、アロナは死にかけながらも振り返り、右手に力を込める。

 どうやって入ったのか、何故感知出来なかったのか分からないが、どこまで行ってもここはアロナの『固有解放の中』この空間であれば不可能な現象も可能とする。

 

 入った時点で勝ち――――その筈なのに、振り返った瞬間首、胸、腹、腰、脚。全体を見えない斬撃が肉を抉った。血が飛び、決死の覚悟で放った『 』は黒い影を掠め教室の一部を跡形も無く消し飛ばすだけだった。

 

「…………ぁ」

 

 為す術無く、その場に仰向けで倒れ込む。最早喋る事も出来ず、指一本動かす事出来ず、光の消えた瞳は瞬きを一度もしない。

 息絶える最期に見たモノは、意識が遠のく中でもハッキリと目に見えている。ソレを見て、アロナは確かな絶望を感じた。

 

 ――――足首まで溜まっていた水が赤く染まる。

 

︎ ✦︎

 

 五分前、トリニティ本館一階。特別収容部屋。

 

「もう始まるみたいだけど、その場に居なくても良いの?裁判官サマ?」

 

「……別に、興味無いよ」

 

 トリニティの裁判官『    』は一人、特別収容されている聖園ミカの元へと出向いていた。

 現在罪人であるミカと神聖な存在とされている裁判官。対話をする事は許されずあくまで『独り言』として成立させている。

 牢獄の中でもトリニティ全体の品質さを保つ為整備されており、ミカは罪人とは思えない空間と付いたベットの上に倒れ込み、二人で吊るされたテレビから中継を見ていた。

 

「裁判官としての仕事は良いの?大変だって聞くし、誰もやってくれないんでしょ?」

 

「……誰だって、突然、理不尽な理由で自由を奪われちゃう事が確定しちゃうんだ。嫌に決まってる……それは私が一番、分かってる」

 

「そ、まあ私には関係ないけど〜」

 

 この二人にとってこの儀式は大した重要性も無い。何の為にやるのかも分からない下らないもの。互いにそれを理解しているからこそ為せる会話だった。

 ミカは暇過ぎるが余り、彼女へ嫌味を込めた『独り言』を話す。それに対し、彼女は普段とは違う『新しい』感情を独り言にした。

 

「裁判官ってさ、暇そうだよね。実際の所楽しい?」

 

「楽しい訳が……いや、今日だけは違う……かな」

 

「今日?こんなにオメデタイ日に?それは嬉しい事じゃん」

 

「……そうだね。あの言葉は――――嬉しかった」

 

 ミカの言葉に全くと響いていない彼女を見ると、ミカは自然と不満そうな表情へと変わっていった。

 ――――楽しくない。先生の事で一杯一杯だったミカにとって、一瞬の微かな娯楽ですら正の感情へと変わっていく。その筈なのに、それが全く楽しくなかった。

 

「はぁ……それで、その嬉しかった言葉ってなに?」

 

「ん?いや……言葉にするのは難しい……でも、一緒に居るだけで安心すると云うか……救いの手を、優しい手を差し伸べてくれるのは『先生』って呼んで良いのかなって」

 

「せん……せい?ち、ちょっと待ってそれって……!」

 

 『先生』の単語を聞きベットから飛び上がるミカを横目に、彼女は普段見せない小さな笑顔を浮かべながら袖で口元を隠した。その事に底知れない謎の怒りを感じたミカは彼女の元まで歩み寄り、上から見下ろす様に問うた。

 

「先生って……シャーレの?」

 

「さあ、どうだろうね?……ふふっ」

 

「ッこいつ……!」

 

「良いよ、教えてあげる。それは――――」

 

 嬉々として普段より少し高い声色で彼女が口を開いた瞬間、光を通さない筈の何でもない壁が光を放ち、認識するよりも速く、脳が理解した時には、光とは反対側の壁を元の原型が無くなる程崩し、耳が破壊される程の爆音、同時に全身に痛みと云う次元を超えた熱さ、そして腹と背中に骨が砕ける程に強い衝撃が走った。

 

「が………ぁ……」

 

 嬉々とした気持ちから一変、彼女には焦りと強い眠気に襲われる。彼女は死なない。それはトリニティの恩恵を授かっているからであり、トリニティの範囲内なら本人の意思以外で死ぬ、殺す事は不可能だから。だが、だからと云って怪我をしない訳でも、傷が治る訳でも無い。

 

 傷とその回復速度は一般人と同じ、つまり、どれだけ痛くても、苦しくても、それで死ねる訳じゃない。その苦しみが永遠に続く――――傷が癒えるまで。

 

「ぁ……――――」

 

 強い眠気は眠気では無い。本来であれば即死する様な火力を食らっても尚生き続けている為、身体が強制的に機能を停止しようとしているからだった。今の彼女にその進行を止められる事は出来ない。機能が停止すれば、永遠に癒える事の無い『廃人』とかす。それでも今の彼女には、それが一番の選択だった。

 

「―――て」

「―――――て!起きてっ!」

 

「っ!……ぇぁ……?」

 

「やっと起きた!意識ある?息出来てる!?」

 

 再び目を覚ました時、鉛の様に思い瞼を上げると目の前にはミカが頭から血を流し、全身ボロボロの状態で彼女の肩を揺らしていた。しっかりと意識があるかを確認したミカは安堵の表情を浮かべる。

 目だけを動かし辺りを見渡すと、元々自分が何処に居たのかも分からない程部屋はボロボロ。常に爆発音と誰かの叫び声が聞こえる、正に『地獄』の言葉が似合う空間。

 

「ねえ、これどうなってるの?急に部屋が爆発したと思ったら、私達だけじゃないみたい」

 

「いま……状況……は?」

 

「私もさっきまで気絶してたから分かんない。けどこれは明らかな『攻撃』だよ」

 

 ミカから怒り混じりの声と共にそう伝える。

 不明の攻撃を理由も無しに断定。ゲヘナがやった。きっとそう云いたいだろう。だが彼女の考えにそれは無い、何故ならゲヘナは理由も無しに襲う様な組織でも、不意打ちで勝ち取ろうとする不快な奴等でも無いからだ。

 一度決めた事はやり遂げ、良くも悪くも裏表の無い正直な種族。裏切りを好まない者達でもある為、友好条約一歩手前で裏切る様な真似は『絶対にしない』

 

 じゃあ、誰がやった?

 

「私はナギちゃんの所に行ってくる。アンタはどうする?休める場所ぐらいなら連れていくけど」

 

「……いや、無理に動いたら……っ」

 

 脚が痺れて動けない。そう云おうと脚元を見た時、言葉を失った。

 右脚が本来曲がる事の無い方向へ無理矢理曲げた様な、真逆な方向に向き、筋肉が硬直して固まっている。ミカもそれを見た時、一瞬言葉が詰まった。

 痺れていたんじゃない。脚の神経が途切れ感覚を失っていたからだ。それが思考を巡り巡った瞬間、無い筈のじんわりとした痛みが脚に広がった。

 

「これは……ヤバいじゃん!病院――」

 

「いや、良いっ!」

 

 そう云うと、彼女は黒い右脚を壁の破片が刺さり紫色にまで変色している両手で掴み、勢い良く本来ある方向へと引っ張った。瞬間、想像を遥かに超える痛みが走る。血が急速に回り、腕から、脚から、脇や首。至る所から血が滲み出る。声を殺す事も出来ず本館内に響き渡る程の叫び声、それでも力は落ちる事無く、寧ろ出力を上げていった。

 

「っ!あぁぁあぁぁがっ!?」

 

「な、何してんの!?」

 

「これで……いい……これで――――良いんだよぉっ!!」

 

 メキメキと音を立て脚が曲がっていく。骨の嫌な音が振動し、思わずミカも耳を塞いだ。

 数十秒、三十秒にも満たないその一瞬の痛みは急速な回復へと繋がっていく。やがて本来ある方向へと戻り切ると同時、離れているであろう骨と肉の両方を掴み、真っ直ぐに押し付けた。

 

「初めて使った……けど、成功。今の私は少しだけど、怪我の回復やくっ付くまでの速度を上げた。これなら少しあれば……」

 

「じ、じゃあ自分で行くって事?」

 

「うん、私は……私で行動する」

 

「でも……!」

 

 二人が云い合っていると、外からまた人々の叫び声が聞こえた。崩れた瓦礫から外を見つめると、その瓦礫を破壊し、こちらを見る『ナニカ』の姿が見えた。

 シスターの様な格好にガスマスクを着け、青い肌に亡霊の様なオーラを持っている。それに加え、マトモな生気を感じ取れなかった。 そいつらは見た事も無い銃を持ち何も喋らず彼女達を見つめ続ける。

 

「……何、アイツら」

 

「知らない……けど、何か嫌な予感がする」

 

「同じく」

 

 警戒心を強め、奴等の動きに注目する。動かない事を知るとその場から逃げようとするが、彼女はボロボロになりながらも所々の場所を掴み立ち上がった。全てが崩れ鉄パイプや柱が突出している中、剥き出ている鉄パイプを抜き、倒れそうになりながらも構えを取る。

 闘志を燃やし、命を捨ててまで戦おうとしている彼女に、ミカは怒りのまま手を取り、彼女の肩を支えた。

 

「戦おうだなんて、馬鹿じゃないの!?戦うのなら私が……!」

 

「ミカは、ナギサさんの所に行くんでしょ……私が時間を稼ぐから、行って」

 

「アンタ、自分の立場をね……!」

 

 先に手を出そうとミカが拳を振り上げる。その瞬間、灰のシスターが銃口をミカに向け引き金を引いた。

 意識を向けた時、既に青い銃弾は目の前まで迫っている。生身で受け切ろうとした瞬間、彼女の持っていた鉄パイプが銃弾を弾き返した。

 

「私は……!生憎死ねないから。身代わりには丁度良い、この状況が何なのか知らない限り……一方的に消耗するだけ。今一番あの人説得出来るのは、先生とミカぐらいなんだ……!行って!」

 

「っ……死んでも恨まないでよっ!」

 

 そう云うと、ミカはナギサの居る別館まで走り出した。途中、灰のシスターの横を通り抜けたがシスター達は見向きもせずミカを通す。その時、彼女はその行動に違和感を覚えそこから一つの仮説を作り出した。

 青の肌、現代では見ない様な服装。そして一言も話さずガスマスクの奥からでも感じ取れる殺意。『ヒト』ではない亡霊、それを動かしている原動力。

 

 奴等は対象を一人にし、何かしらの条件を終わらすまで他の行動を制限する。もし仮にそれが合っていればミカを逃がした事、そして彼女から一度も目を離していない事に辻褄が合う。

 

「私は死なない……世界トリニティが殺させない。もしアンタらが私を殺さないとここから離れられないのなら……最悪な相手に会っちゃったね」

「……やっと、やっとあのクソみたいな苦しみから解放されたんだ。きっと昨日までの私だったら、自分から死を選んでただろうね」

 

 孤独、苦しみ、人の絶望を目の前で向き合ってきた。それも、全部終わり。

 先生貴方、ありがとう。私を生かしてくれて。私を許してくれて。

 

「肉だろうが骨だろうが幾らでもすり潰せば良い……幾らでも殺せば良い――――もう、私には生きる理由しか無いんだよ!!」

 

︎ ✦︎

 

 五分前、トリニティ広場、ファミレス。

 

「あれ、アズサは?」

 

「アズサちゃんなら、少し用事があるそうで席を外していますよ」

 

 補習授業部、今ではその名は終わりを告げたが名と記憶も消える訳では無い。ファミレスの席を囲み、ヒフミの向かいをハナコ、その隣をコハルが座り雑談を交わしていた。

 誰もが締結を祝し、気を抜く瞬間アズサが居ない事に少し悲しみを覚えながらも、一刻とその時を待っていた。ヒフミがお気に入りのペロロ様の事について熱弁し、適当に合図地を打つ。

 こんな日常を取り戻せた事に安心感を覚える中、ハナコには何処か不安な気持ちが残り、少しだけ心拍数が上がった。

 

 光を捉えるその一瞬、一秒にも満たないその光をハナコは逃さない。その光はトリニティ、ゲヘナを包み崩壊を起こす。




ここから視点が転々とするので同時に起こる事が多くなりますよ〜
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