虚弱先生の青春物語   作:不透明な水滴

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ゲヘナ視点が始まっちゃったり。


キヴォトス最強(最悪の追放者)

 

「エデン条約……とんでもないことになってるわね」

 

「私達も行く〜?私的には面白そうだし、行っても良いかなって思ってるけど」

 

 ゲヘナ本部に位置する誰も居ない市街地で、アルは呟く。

 エデン条約の事については軽く知っていたが、まさかこれ程まで巨大に、戦争の様になっているとは思っていなかった。トリニティとゲヘナの中心辺りで発生した正体不明の超巨大爆発は空間や空気にまで感染し、物理的な障害は起きておらずとも空は黒く、潰されそうな程空気が重々しかった。

 ゲヘナ街を転々としている便利屋68は偶然にも報道で今の状況を知り、現地へ向かうか悩んでいた。

 

「行っても良いけど……私達が居てどうにかなる?」

 

「戦力になってもならなくても、向こうには先生が居るっぽい……もしかしたら、先生に被害が及んでいるかも」

 

「じ、じゃあやっぱり行くべきかしら……先生を助けるぐらいだったいけそう……だし」

 

 そうは云っても今会場となっている古聖堂辺りには風紀委員会、そしてトリニティからも相当な実力者達が出ている。正直な所、行った所で出る幕も無しになりそうだ。

 それでも、助けられた恩。手を振ってくれた恩。まだ返せていない。いつもは金欠で毎日お腹が空いて死にかけているが『助けたい、先生の力になりたい』とその想いだけは変わらなかった。

 

 重い空気が頬を伝う。たとえ無駄足だとしても、必要じゃなかったとしても、先生が無事と云う事だけが分かればいい。

 

「じ、じゃあ……行くしか、ないわね!」

 

「――――社長、待って」

 

 内心久々に先生と会える事に微かな喜びを感じつつ、それを隠して向かおうとするアルを、カヨコが止めた。

 知らぬ間に口角の上がったアルは声色を弾ませながらカヨコへ問い返す。

 

「どうしたの、カヨコ?」

 

「……何かマズイものが、来る」

 

 カヨコの少し焦った表情を見た瞬間、アルの表情も引き攣ったものになる。ゲヘナ本部の市街地、ゲヘナとトリニティが同時に機能していない今また別の敵にとっては好機。

 『マズイもの』カヨコがそれ程までに云うのなら、ゲヘナを狙う第三者。辺り一帯静寂でありながら、物凄い遠くでは微かに爆発音の様な音が聞こえている。トリニティ方面に顔を向けると、目の前から、市街地の境目に位置する地面から、確かに『何か』が生えて――――生まれた。

 

 人型であり、青い炎を全身から燃え上がらせる。懐かしさを覚えるその時代の制服、それを見たカヨコは顔を顰め密かに自分の拳銃に弾を込めた。

 

「何、あれ……」

 

「分からない……けど、明らかな敵意を持ってる。皆んなは武器を持って備えて」

 

 人型は形を完了させ、長い髪をなびかせた。

 そいつは目を開け、辺りを見渡す。真新しいものを見るかの様に瞳孔を大きく開き、情報だけを抜き取っている様に見えた。一通り見渡し終わると、そいつは口を開く。

 

「……そこの人達、ここは何処だ?」

 

「ここ……と、と云うか貴方は誰よ!?急に地面から出てきて……」

 

「ああ、済まない……ははっ、そうだな……私の『名』か」

 

 彼女は自慢げに笑みを浮かべ、両手を腰に当てる。そして声を大きくその名前を云った。

 

「トリニティ総合学園『元ティーパーティー』所属のエル」

 

「……!」

 

「元ティーパーティー?」

 

 アル達が記憶する限り、現状ティーパーティーに『元』は居ない。いや、居てはならない。何故なら一人の存在で経済、法律、ルールが変わる立場に曖昧な存在を介入させては色々と面倒になるからだ。

 エルと云う存在に困惑しているアルの肩をカヨコがバレない様突く。アルが振り向くと、今まで以上に焦りを感じている様な、見た事もない表情をするカヨコが目線だけで今目の前に居る人物が『関わってはいけない存在』だと知らせる。

 

 何か嫌な不安を感じたアルは作り笑顔でエルと会話を続けた。

 

「私達、トリニティの事は余り知らないの。でも、ティーパーティーがどんな存在かは知ってるわ」

 

「それなら都合が良い。私がここに居る理由……どうやら『主』がこの先に居る奴らを殺せと……云っている様でな」

 

「……殺す?」

 

 一瞬、その言葉がアルは理解が出来なかった。

 次の瞬間、ハルカとムツキが無言のままアルとカヨコの前へ出る。戦闘態勢、その時にアルは気付く『目の前の存在が私達に殺意を向けている』事に。

 ゆっくり、冷静に歩み始めるハルカ、ムツキを視線に収めながらエルは話を続けた。

 

「私の目の前に居る奴らは殺すと云う命だが……私は、心の底から、誰よりもゲヘナが嫌いでね」

 

「……急に、何の話?」

 

「いやぁ、ここまで殺意を出している私も悪いと思っているが……少なくとも、今話してる君以外は、私のこの『殺意』の意味が分かっている筈だ」

 

 エルは笑った。悪意と、殺意を持って。

 仁王立ちするエルへ次の瞬間、ハルカが下から、ムツキが上から懐に入り攻める。二人は爆発的な速度で攻め入った事で確実に入る攻撃を仕掛けるが、二人が仕掛けようとしたその刹那カヨコが叫ぶ。

 

「二人とも!避けてっ!」

 

「――――お前達、ゲヘナだろ?」

 

 一瞬で笑顔が消え、憎悪の籠った目がアル達を捉えた。それと同時、前へ出た二人が両端に肉眼では捉えられない様なスピードで飛ばされ、壁に激突する。

 風圧がアルとカヨコの頬を撫でる。今の一瞬、指一本動く瞬間が捉えられなかった。それだけの見えないスピードに、エルはもう一度笑って見せた。

 

「まず、二人」

 

「っ!社長、逃げ……!」

 

 強者は強者を狙う。アルを狙うと思ったカヨコは逃げる様云うが、直後エルの拳がカヨコに向かう。間一髪飛んだ拳を避けると、それを予想していたのかそのままの流れで蹴りがカヨコの腹部を捉えた。

 轟音が響き人が飛ぶ速度では到底思えない速度でアルの元まで吹き飛んだ。

 

 受け止めれもせず、止められもせず、飛んだカヨコを身体で受け一緒にビルの壁に激突し、ビル事崩壊し瓦礫が降り注いだ。

 砂埃が舞い、一気に晴れる。そこにはカヨコの全身を身体で包み、瓦礫の全てを受け血を流すアルが居た。

 

「し、社長……!」

 

「狙いは恐らくカヨコ、今正確な指示を出せるのもカヨコしか居ない……多分、それを相手は分かってるわ」

「と云うか、カヨコはあの人の事知っているの?」

 

「……云った通り、元ティーパーティー……余りの非道な行いと悪の心が彼女を『追放』へと追いやった」

 

 雷帝が今のキヴォトスを作る前、正確には一、二年前のキヴォトス。当時ゲヘナの異能が生まれるまでは正しく『キヴォトス最強』を轟かせていた。

 トリニティ唯一の殺人、そしてトリニティ転覆を単独で狙った大罪人。実力社会だった当時のキヴォトス、そしてトリニティでも唯一の『追放』を受けた異質者。

 

「今の風紀委員長には劣るものの、到底戦って勝てる相手じゃ無い……逃げるのが、懸命」

 

「そう、よね……」

 

 勝てる相手じゃ無い。悔しい想いを抑え込み、逃げのルートを確認する。その間、カヨコがエルを警戒し続けた。

 だが、動く気配が無い。先程感じた鋭い殺意も感じ無い。それが寧ろ警戒心と恐怖心を倍増させた。

 

 エルがカヨコ達を見つけると、無表情のまま歩み始める『来た』衝撃で痺れた腕と脚を安静にしながら立ち上がろうと、身体を動かす。アルも良い道を見つけたのか、共にエルの方を向いた。エルの口角が一瞬ふっと上がる。次の瞬間、エルは突然自分の真後ろへ回し蹴りを繰り出した。

 空を裂き風が木々を削る。突然の事に一瞬困惑するが、エルの脚が振り切ったと同時にエルの脚元からハルカがスライディングで通り過ぎ、エルの真後ろに回った瞬間、手首を地面に着け勢い良く飛び上がる。

 

 飛び上がったハルカがそのまま脚を振り下げると、エルは身体をくねらせハルカの蹴りは空を斬る。予感していた様に振り返ったエルは笑っていた。そして正面に向き合ったエルはそのまま右手の人差し指と中指を立て真っ直ぐハルカの脳に向かい突き刺した。

 

 ハルカは空中で頭を下げ間一髪避ける。そして下から憎悪の目を向け、勢い良く蹴り上げると同時エルは腕でその蹴りをガードし、火花が散る中二人の目が合った。

 

「威勢が良いな、ゲヘナのくせに」

 

「――――アル様を、傷付けましたね」

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」

 

「そう興奮するな、ゲヘナ人」

 

 ハルカは即座にショットガンを取り出し顔面目掛け放つ。散弾する銃弾を見えているかの様に顔だけ傾けさせ避ける、そしてハルカを飛ばした時の様な捉えられない衝撃がハルカの顔面を捉えた。

 だが、それは繰り出されたエルの拳、そして当たる筈だった拳を頬を掠める程度で抑え避け、真っ直ぐに伸びた腕を掴むとそのまま逆上がりでエルの上へ上がり、身体を一回転させ脚を振り下ろす。再び防御の姿勢を取り片腕でハルカの脚を受けると、即座にアルが叫ぶ。

 

「ハルカ、戻ってきて!」

 

「お呼びだぞ」

 

 そうエルが云う頃にはハルカはその場から消え、アル達の前へ辿り着いていた。

 ハルカは冷静に息を整え、その目は瞳孔が開き切り瞬きをしていない。全身を打撲し至る所から血を流し、極度の集中状態でありながら、その奥には怒りが滲んでいる。

 

 エルはその姿に敵ながら関心を抱き、待っていたかの様に後ろへ意識をやる。続けて、エルの背後からもう一人現れた。

 同じく全身の打撲、流血しながら砂埃に咳を立て、戦闘態勢を取っているのは浅黄ムツキ。普段はヘラヘラとしておきながら、今は一変、笑いもせずハルカと同じ殺意を向けている。

 

「いや〜、油断しちゃった」

 

「ムツキ……!良かった、ムツキも戻ってき――――」

 

「……ごめん、ちょっと今は難しいかも」

 

 一瞬言葉が詰まった。アルの言葉にきっぱりと断る、それは今までにも何度かあった。だが今は違う、本来であれば従わなければいけない命令、それをムツキは断った。

 ムツキは、ハルカと同じくアルを傷付けられた事に怒りを覚え、同時にムツキ自身を戦闘において取るに足らない存在だと判定された事に底知れない苛立ちを覚えていた。

 

「お前はあの紫髪のゲヘナ人より、強いのか?」

 

「強い?考えた事も無かったな〜戦った事も無いし、相性悪いしね」

「でも……まあ、強いよ」

 

「……ははっ、強い奴は好きだぜ。最強を持つ者として潰したくなる」

 

「――――その最強、既に廃れたものだって気付いた方が良いよ」

 

 次の瞬間、ムツキが走り出す。

 ムツキが接近戦の距離に入ったと同時、エルがムツキの速度が落ちる最後の余韻で避けられないギリギリのタイミングで拳を勢い良く突き出す。突き出したと同時ムツキはジャンプしエルの真上に飛ぶ。一回転し何か水の様なものを掛け真後ろへ、エルはそんな事気にせず回し蹴りで対応するが、ムツキはしゃがみ避けるとその浮いた脚を潜り抜け再びエルの真後ろに立った。

 

 何度も同じ事をするムツキに苛立つエルは怒りの混じった表情でムツキを見つめる。次に本気の片鱗を魅せノーモーションで拳が現れると、ムツキはその一瞬で身体を引き腹部に直撃したが最大限のダメージは抑え、飛んだ余波を使い街灯や木々を掴んで回り、アル達の元へ飛んで帰ってきた。

 

「これでおっけー♪」

「ちょっとは痛い目見た方が良いんじゃない?」

 

 ムツキが懐から赤いボタンを取り出し、それを躊躇無く押した。その瞬間、エルの全身が燃え始め巨大な炎柱を立てる。

 その時、その場に居た全員が何故ムツキがエルの背後に回り水の様なものを掛けていたのかを理解する。それは『アルコール』ムツキは爆弾を操る為爆発や炎の燃える範囲を良く理解していた。その為独自で開発したアルコールを用い上手く炎上を成功させたのだ。

 

「まだまだ!いくよっ!」

 

 再びボタンを押すと、エルの周りが突然大爆発し始め建物が崩壊し始めた。そして瓦礫がエルを覆い尽くし、最後初めから設置してあった様な巨大な爆弾が落下し、エルの丁度真上で大爆発を起こした。

 便利屋68の中でも受け身を上手く取れるムツキが何故復帰にハルカよりも時間が掛かったのか、それはこれをする為。

 

「ちょっと、本気出しちゃった」

 

「凄いわ……凄いわムツキ!!」

 

「流石ムツキ……社長の言葉を断った時はどうなったのかと……」

 

「あはは……ちょっとムキになっちゃってさ」

 

 勝利を確信し終わったかの様に話す。砂埃が舞う。瓦礫が今も崩れ降り注ぐ、誰もが『生きていない』そう信じていた。

 次の瞬間、瓦礫も、砂埃も、弾薬の匂いすら吹き飛ぶ暴風が巻き起こる。辺り一帯の瓦礫を綺麗さっぱり消し飛ばし、やがて風が収まるとそこには、無傷のエルが怒りとは違う――――だが怒りよりも恐ろしいまた別の『ナニカ』の感情を顕にし立っている。

 

 鳥肌が立つ。

 

「神聖な戦いの場に炎やら、爆弾やら……いけ好かないな」

「元々使う気など無かったが……お前達がそれ程までに『理不尽』で『一方的』な戦い方が良いとするのなら……それに乗ってやる」

 

 そう云い、エルは虚無に向かい手を差し出した。全員が何をしているのか一瞬の戸惑いを見せる中、差し出した手から丸型の小さな別空間の様な、紫色が蠢くナニカが現れた。

 そこに躊躇無く手を突っ込み、何かを取り出す。細長く、反っているそのものの姿は正に真剣。

 

 カヨコの目に間違いは無かった。取り出したのは刀、キヴォトス人は刃物に弱い、恐らくそれを知った上取り出した――――そう思い込んでいた。

 

 エルが鞘から真剣を抜く。それと同時に構えた瞬間、吐き気と自害すら選んでしまう様な重圧、生まれて初めての弱者の気を知ったカヨコは、おぞましいものを見る。

 全員、その圧に押され指一本動かせられなかった状況、その中で一番始めに、一番大きな声で全員に呼び掛けた。

 

「全員!今すぐ伏せてっ!!」

 

 死を連想する、鞘から抜かれる居合いの速度は今までよりも速い、間一髪全員が伏せたその瞬間、辺り一帯、言葉通り空間を断ち斬った。




後編へ続く
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