虚弱先生の青春物語   作:不透明な水滴

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こうへんといったな、あれはうそだ


伊草ハルカの怒り

 

『起きろ』そう心臓の鼓動が警告する。直後、カヨコは瞼を上げた。

 何が起きた?死を直感するものを感じた、咄嗟に伏せたこの行動は正解だったのか?そもそも今、どうなっている?幾つもの疑問が浮かんくる中、カヨコは手を着き体を起き上がらせた。

 

 敵は目の前に居る、カヨコの目には逃げ出したくなる様な現実が見えた。

 

「これ……は、一体……なに、が……?」

 

 一太刀、その一瞬の斬撃は消える様に飛び頭上を通り過ぎた。後ろを振り向くと案の定、いや寧ろそれ以上に、建物、ビル、木々や街灯、あらゆるものを真っ二つに、カヨコの視界には一線に空間の空いているものばかりだった。

 直感は正しい、この一撃を今のキヴォトス人はどれ程耐えられる?見ただけでは分からないが、恐らく当たる事自体がアウト『即死』だ。

 

 運の良い事に便利屋は全員が頭を伏せ攻撃を避けられていた。それでも状態はカヨコと同様、死を直感し心の芯から恐怖を感じている。脚が微かに震えている。

 

「やばいやばい……どうするのカヨコ!?あんなのまともにやり合える訳……!?」

 

「うん、うん……!分かってる……けど、逃げられない」

 

 何か特別な技を出している様には見えなかった。つまりこの初撃は牽制、軽く撃つ程度なのだろう。

 相手は過去のものとは云えキヴォトス最強、目の前の奴は鞘に刃を納めながらまたゆっくりと近付いてきている。幾ら作戦を練ろうが、届くのかも分からない――――生きている世界が違うんだ。

 

 弱い気がカヨコの心を蝕む、それを察知したハルカとムツキが再び前へ立った。

 

「カヨコちゃん、ここハルカちゃんと抑えとくから……お願いね」

 

「ムツキ……ハルカ……」

 

「どうせだったら、アルちゃんも援護射撃お願いね♪」

 

「え、ええ!任せて!!」

 

 同時にムツキとハルカが走る。エルも戦闘態勢に入りムツキが前に出るエルの射程距離に入った瞬間ジャンプし、エルの真後ろまで飛んだ。そしてハルカがムツキの裏から現れ挟み撃ちの形にした。

 エルは笑いしゃがんで構える。瞬間エルの周りが落ち着いた水面の様に静けさが訪れ『何かが来る』勢いを殺し防御の体勢を取ろうとした瞬間、エルは二人の頭らへんまでしゃがんだ状態から飛び上がり、刀をフェイントに回し蹴りが一周、刹那の出来事に為す術無く二人は互いに真反対の方向へ吹き飛ぶ。

 

「ハルカ!ムツキ!」

 

「よそ見をしている暇無いぞ!ゲヘナ人!!」

 

 空気すら出遅れる速度でアルの背後へ回る。アルは咄嗟にスナイパーライフルを縦に繰り出される飛び蹴りを勢いを殺した上で防いだ。それでも数百メートルまで吹き飛び、膝を着く。

 休息を与えぬ様エルが走り出す瞬間、後ろからとてつもない轟音が響き、振り向くとハルカが空高くから数階分のあるビルを持ち上げ即座に振り下ろす。

 

 真っ直ぐビルがエルに向かい、直撃を狙うと理解したエルは構えを取る。すると、そのビルは突然ブロック型に砕かれ中心から真っ直ぐにハルカが飛び出した。

 

「成程、理解した」

 

「っ!ハルカ!危ない!?」

 

 ハルカに死の予感が現れる。ハルカは気付いていない、このままだと、ハルカが死ぬ。

 多少の罪悪感を抑え、アルはスナイパーライフルを構え撃った。放たれた銃弾はエルをすり抜けハルカのコメカミに直撃する、突撃するハルカの衝撃を相殺し寧ろ追い上げる。ハルカは押され身体を仰け反り、真っ直ぐに落ちた。

 

 その時既にエルは刀を抜き構え、少し残念そうな表情を浮かべた。次の瞬間、ブロック状のビルの塊に無数の線が生まれ、肉眼ですら見えない程細かく切り裂かれた。

 

「運が良かったな」

 

 エルは目をアルへ向ける。エル自身、目の前に居る便利屋に対して大した恐怖も強い敵対心も生まれてはいなかった。

 エルは常に強い者を見る。初めて便利屋を見たその瞬間から『弱い者』そう思っていた。それはその心の底にある恐怖の感情、最強にも、強者にも相応しくない要らない感情。

 

 だが、それもアルを見て変わった。今の一瞬、咄嗟の判断で行った味方撃ちは簡単な事で出来る技では無い。仲間を撃つという判断に加えその正確さ、豆程にしか見えなかった的を一撃で射るのは正に『強者』

 

「一番強いのは、お前か?」

 

「わ、私に云ってるの……?」

 

「ああ、強い奴は好きだ。限界へ達していなければ無限の可能性、分岐を持っている……名前は?」

 

「名前……!?あ、アル……よ」

 

「アル、か……覚えた」

 

 一瞬優しい表情を見せ、消える。

 アルの真後ろに現れ、音の無いまるで瞬間移動をしている様だった。振り向いた瞬間、かしらを腹に打ち込まれる。衝撃が身体全体に渡り、明確に骨にヒビが入る音が聞こえた。

 脚が震え、身体がゆっくりと倒れる。エルがアルの服を掴み、既に開いていた建物の穴の中へ放り込む。

 

 エルはその一連の姿を、後ろに見ていたハルカへ敢えて見せつけ反応を見る。エルにとってもう一人、強くなる者が居た。

 

「さっきアルの事を傷付けたってキレてたよな……これはまた、随分と怒ってらっしゃる」

 

「……お前、今ここで」

 

「殺すか?だが今の力だけでは到底無理だな。そこでお前に、私からアドバイスをやろう」

 

「……は?」

 

 溢れ出る程の殺意をエルに向けながら、突然の事に困惑するハルカを前に、エルは続けて話をする。

 

「生命体は怒ると一時的に身体が強化される。その代わり、難しい事を考えられず直進的にもなる。死闘を繰り広げる為この『怒り』と云う感情は戦いの中でも優秀な感情だ」

「でも単純な思考しか出来ないのなら、役に立つ感情でも無い。じゃあどうするか?極論云ってしまえば、怒り時の身体の特徴を捉え、頭を冷静にさせればいい」

 

「お前、名前は?」

 

「……伊草ハルカ、です」

 

「ハルカ、私が憎いか?憎悪の感情で埋め尽くされているか?それで良い、もっと怒れ、もっと憎め!身体の内側にあるその力を良く覚え、身体にインプットしろ」

 

 訳の分からない事に戸惑いつつも、攻撃をしてこないと感じ試しに指示に従ってみる。

 目を閉じ、相手の事を思い浮かべる。あるのは怒り、憎悪、嫌悪、誰よりも敬愛している人に怪我をさせた。血を流させ、一切の躊躇も無く投げ捨てた。

 

 嫌い、嫌い、嫌い、嫌い。今この時、生まれて初めて誰よりも嫌いな人が、目の前に居る。

 器に収まらない程の憎しみが、確かにこの身体にある。それを理解し、抑えようと身体に力を入れた。冷静に相手を、より速く、より酷く殺す方法、その瞬間、全身に伝わる血管が沸騰し浮き上がる。それを見ていたエルは、再び口を開いた。

 

「集中しろ、自分の動きをより正確に、より現実的な動きに変換するんだ。自分の動ける形で相手をどう襲うか、相手の動きをよく観察し、撃ち殺す連携を想像しろ」

 

「……すぅ」

 

  自分の動きを改めて見てみた。直進的に、盾としての役割を果し、倒れる。もう一度立ち上がっては、また盾となり前へ出る。昔から便利屋の皆んなに単純な実力としての評価はされて来た。それは相手の攻撃を受け続けた結果、頭の中にある今まで受けてきた攻撃を思い出し、自然とその攻撃を避けられる様になったから。

 だが、目の前に居る奴はそんな事を考える暇も無い程に速い。何故なのだろう、その速度は到底人力で出せる速度では無かった。そこで思い出させるのはやはり『怒り』

 

『ゲヘナが嫌い』

 

 きっと、彼女もまた怒りのまま、それでも冷静を装って戦っていたんだろう。

 

「……やっと、分かりました」

 

「この四人の中で、単純な実力であればお前は一番だった……よく、云っただけで分かったもんだ」

 

 怒りとは、コントロール出来れば最も強い感情だ。身体の強化に加え、より世界をスローモーションに感じられる。だから、最も強いのだ。

 湯気が出る程力を込め、憎悪でありながら、澄み切った目をしている。伊草ハルカは今、成長した。

 

︎ ✦︎

 

 小さい頃からずーっと気が弱くて、自分の意見が云えない様な、そんな子だった。

 中学、高校と立て続けに虐めが起き、頭の中で嫌だと分かっていても声に出せずにいたな。私は昔から丈夫でそう簡単に怪我とか、傷とかを負わなくて、それを利用した単純な暴力。

 昔のゲヘナは今よりも実力社会で、強い奴は弱い奴に何をしても、その強い奴よりも強い人が助けない限り、誰も文句も、口出しもしない。

 

 虐めの内容は、覚えてない。覚えてるのは、虐めてきた奴らの顔と、笑い声。

 ずーっと痛くて、苦しくて、辛かったな。

 

『貴方、大丈夫?』

 

 不意にそう聞こえたんだ。顔を上げたら、凄く可愛くて、綺麗な人が私を見下ろしてた。でも、不快感とか、嫌な気持ちは一切無くて、その手を差し出してくれたその瞬間に、私は急に、笑っちゃったんだ。

 

 こんな私を、穢い私を見ても、何の悪い感情も無い綺麗な笑顔で、私の前に立ってくれた。

 名前を聞く前に、貴方は声高らかに名乗ってくれたね。

 

『私は便利屋68の社長、陸八魔アルよ!』

 

「べ……んり、や……?」

 

『まあ、知らないのは当たり前よね……ってそんな事より!貴方、私の会社に興味は無い!?』

 

「ぇ……えぇ……?」

 

 声を出すのは数年ぶりだった。急に知らない会社の名前を出されて、社員にならないかって提案してきて。

 あの時は、ちょっとだけ戸惑った。でも私の目はその時から既に輝いていて、心の底から『この人について行こう』って決めていたから、ほんの少しだけ。

 

 何で忘れちゃったのかな、ずーっと止まってた、灰色の世界を動かして、彩らせてくれたのは貴方だったのに。死んじゃうかもって思った時に、やっと思い出すだなんて。

 

 貴方を護る盾の役が、必要じゃなくなる前に。

 

 『要らない子』に、ならないように。

 

︎ ✦︎

 

 エルが走り出し、鞘から抜く。瞬く間にハルカの脚元まで迫ると、下から刀で斬り上げた。

 風を、空気を、空間を斬り裂き斬撃が街を斬る。ハルカを飛ばした時よりも速い速度で抜かれた刃はハルカを真っ二つに斬ったと思われたが、その抜刀はハルカにとって余りに遅く、単純なものだった。

 

 身体を最小限にくねらせ、刃を数センチで見切り避ける。刃が通り過ぎた。

 

「避けた……!?」

 

 カヨコの目には確かにエルの一太刀が通り過ぎるのを見る。その瞬間、世界がスローモーションになり、ハルカは強く拳を握る。真顔だった筈の表情から怒り混じりながらも冷静な表情が、強い踏み込みと共に通り過ぎる。

 

 刹那、エルの顔面に拳がめり込む。空間そのものが確かに歪み、凹み――――瓦礫が波の様に盛り上がり、建物が逃げる様に吹き飛んだ。そして、音よりも速く、エルは崩れたビルの中へ飛んで行った。

 

「た、倒した……?」

 

「……いや、倒して……ない」

 

 飛んだ数秒後、カヨコがそう云うと、ハルカは息を切らしながらもそれを否定した。

 直後、ハルカが口を抑えその場にしゃがみ込む。

 

「げほ……げほ」

 

「ハルカ……血が……!」

 

 どろどろの濃い血が、目から、鼻から、口から零れ落ちる。極度の集中に加え、限界以上に力を込めてしまったから。

 カヨコが心臓に優しく手を当てると、表情が青くなる程素早く鳴り、今にも死んでしまいそうだった。抑えるのに必死なハルカを優しく撫でカヨコは考える。カヨコはその現象を知っていた。

 

 固有解放が一般化される前、固有解放の元となる特別な方法はより狭く、より難しいものだった。自分の闇と向き合い、思い出す。身体に取り込み圧倒的な殺意を生み出す怒りの感情、それを初めて見つけ、実行したのは『雷帝』だった。

 本来の固有解放はハルカのやったこの方法、だがこの方法は寿命も縮み、リスクが高すぎる。よってより一般的に、誰でも扱える様に工夫した結果が今の『固有解放』当時の半減以上弱まってしまったが、こうする事しか出来なかった。

 

「エルは当時、本来の固有解放を扱えた。そして今の固有解放を知らなかった……そういう事か」

「私がもっと早く気付いていたら……!」

 

「カヨコ、課長……そんな事、無いです」

「確かに、アル様を、ムツキ室長を傷付けた事は許せなくて……結果として、こうやって無理にでも強くなれた」

 

「――――カヨコ室長は、何も悪くないです」

 

 血を吐き、流しながらも華奢に笑うハルカに、カヨコは強く心が締められる気持ちだった。

 仲間が傷付き、飛ばされ、血を流しているのに、自分一人無傷で、ただ見ているだけ。

 

「……ありがとう、ハルカ」

「もう、大丈夫……後は私が、やる」

 

 ハルカを安静にさせると、エルの元へ歩き出す。その時、ハルカが静かに、ゆっくりと口を開いた。

 

「カヨコしつ……――――先輩!」

 

「………え」

 

「……先輩、カヨコ……せん」

 

 不意の言葉に思わず固まる。あせあせとするハルカは恥ずかしさを覚えながらも云おうとする、だが直前で恥ずかしさが勝ち、口を閉じてしまったその姿を見て、カヨコは少しだけ笑った。

 最後までは聞こえなかったが、何を云おうとしていたのかは、確かに伝わった。カヨコは微笑み、踵を返し再びエルの元へ歩いて行く。恥ずかしさの余り口を閉じてしまったハルカは、カヨコの背を見て小さく呟いた。

 

「……怪我だけは、しないで下さいね。先輩」




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