御伽の魔女の召使い 作:──
……沈黙。
カチコチと時計の音が鳴り響く部屋の中で、有珠と黒戸の間には気まずい沈黙が流れていた。
もっとも、気まずいと思っているのは押し倒した有珠本人のみであり、黒戸は今までになかった種類の主人からのアプローチに目を瞬かせている。
「……私、あなたが大切って少し前に言ったわ。なのに、あなたはここを離れるの?私の前から消えるの?」
「有珠さま、私は─────」
「ねぇ、言って、何が不満?あなたのためなら改善するわ」
黒戸を押し倒した姿勢のまま、屋敷を離れないように黒戸に願う有珠と、何やら誤解があると気づいて訂正しようとする黒戸。
しかし、焦燥感からなのか、有珠には黒戸の声を遮って言葉を重ねる。
「言ったじゃない、ずっとそばにいるって……、だから私、あなたのことを信頼しているの。愛しているの……私から離れないで」
その時、黒戸は口元に薄っすらと笑みを浮かべたのを、確かに有珠は見た。
その直後、小さな衝撃と共に、有珠の視界が反転する。
有珠は少しの時間をかけて、自らが従者の少女に押し倒されたのだと理解した。
黒戸はつい先程の有珠と同じ、相手の両腕をベッドに押し付けて馬乗りになる姿勢で有珠を押し倒していた。
少しの間視線を彷徨わせた有珠がようやく黒戸と目を合わせると、黒戸は有珠を見つめて目を細め、口元にはやはり微かな笑みを浮かべていた。
「数日です」
「……?」
「数日の間、ここを離れて少し出かけるだけなんですよ、有珠さま。そんな短期間でも嫌なくらい私のことが大事ですか?有珠さま、珍しく寂しがりですね?」
自らの勘違いに恥ずかしくなり、合わせていた目を逸らした有珠に、黒戸は自分の口を有珠の耳元へと近づけて囁くように話す。
「……私は有珠さまから離れませんよ。きっと、有珠さまと同じ気持ちです。だれよりも、何よりも……お慕いしております。証拠は、必要ですか?」
有珠の両腕をベッドに押さえつけていた黒戸の手が、有珠の手を艶かしく撫でる。
黒戸の息に湿った温度が混ざり込む。
「証拠だなんて、そんなものは要らない。……要らないけれど、寂しがりな主人を一人にするのは、どうかと思うわ」
「……承知いたしました。それでは、少し失礼いたします」
有珠の両手を掴んでいた手がゆっくりと離れる。
黒戸の細い指が陶磁器を触れるように繊細に有珠の頬をなぞった。
月明かりだけが照らす部屋の中。
口付け一つ、それだけして黒戸は有珠の隣に寝そべる。
「ご不快でなければ、今夜はご一緒いたします」
そう言って、有珠を優しく抱きしめる。
有珠は、拒むことなくそれを受け入れた。
「ねぇ、黒戸…証明は要らないと言ったけれど、言葉にはしてくれないかしら?」
「──愛しています。私の全てを捧げてしまうほどに。」
少しの間を空けて黒戸が言う
「……有珠さまの番ですよ、この関係に名を付けられるのは貴女だけです」
「……………私たち、これからは恋人ね。改めてよろしく、私の黒戸」
有珠と黒戸の間に、主従以上の関係が出来上がった瞬間だった。