御伽の魔女の召使い 作:──
真夜中、ふと目が覚めた。
もう一度眠ろうにも目が冴えてしまって眠気が訪れない。
そんな時は是非部屋に来てください、と言っていた従者も恐らく眠っているころなのではないか、というほど遅い時間だった。
〝夜は、寂しい人の時間ですから。夜は優しく包むのです〟
彼女はそう言っていたけれど、私にはこの夜の刺すような寒気が、優しく包んでくれているとは思えない。
とはいえ、彼女のことを考えていたら少し彼女と話したくなった。
元々、眠れなければ部屋に来いと言ったのは彼女で、時間について話しても、いつでも良いとしか返答しなかったのも彼女だ。
私は廊下の寒さすら気にならず、ただ一目彼女の姿を見たくなった。
『……あまりに寂しい夜ですから、一人のお茶会をしましょう?私一人、主人もなく、父も母もなく、一人……たった一人で』
彼女の部屋からは、そんな歌うような言の葉が漏れ聞こえていた。
「あら、主人ならいるわよ」
鍵のかかっていない彼女の部屋のドアを開けながらそう言うと、いつでも部屋に来て良いと公言して鍵を開けていた私の可愛い従者は、驚いて振り返り、足を滑らせて床に尻餅をついた。
「大丈夫?」
「はい、問題ありません。……こんな夜中に、眠れなくなってしまったのですか?有珠さま」
「……えぇ、そうよ」
彼女の言葉に、悔しいが事実であるため頷く。
すると、彼女はにっこりと笑って
「なら、ホットミルクを持ってまいります。二人で眠くなるまでお話しいたしましょう」
そう言って部屋を出て行った。
部屋の机に置かれていたのはからのティーカップとポット。
どちらもこの屋敷では見たことのない彼女の私物だ。
それを眺めている間に、彼女は帰ってきた。
「お待たせいたしました。すこし、お話をしましょう。童話や子守唄…夜の言葉は眠りを誘うものですから」
そう言って笑う彼女は、いつもより少し口達者な気がする。
元より彼女は話す相手と会話のテンションを合わせることが私より得意だ。
私が無意味なことだと口に出さなかったことを、彼女が拾い上げて口に出すこともよくある。
その行為に意味があることは少ないと感じているが、それでも彼女が私を理解してくれている事実は少し心地よい。
そこで、一つ疑問を感じた
「あなたはいつも、こんな時間まで起きているの?」
「はい、ちょっとした趣味なので」
彼女はそう言って月を見上げた。
「……一人、なんです」
月を見上げた彼女は、それまでに見たこともないほど悲しげな顔で
「だから、私と一緒なんです。同じ一族の人はもう一人もいなくて、ただ、漂うだけの私と」
「……月は陽の光を反射して輝くものよ」
「えぇ、ですから、有珠さまは私の太陽です。こんな独りぼっちの私に光をくれる素敵な人」
そう言って、彼女は微笑んだ。
「……あなたの魔術は、天体魔術だったの?─────言いたくなければ答えなくて良いわ」
聞いてから、その質問の浅はかさに気がついて言葉を付け足した。
しかし、今はそんな気分……何か一つでも彼女を知りたい気分だったのだ。
「いいえ、私の魔術は文字です。有珠さま」
「……文字?」
「えぇ、何かを禁止する、何かを強制するといった命令は、古くから文字で発布されます。現代でわかりやすくいうのなら標識ですね。あれらの文字に力はない、それでも人はそれに従う。我が一族の始祖は、それこそは信仰の一種だと、ならば世界の文明圏の文字は全て力ある文字だと信じました。そうして出来上がったのが私たち……いえ、私の魔術です」
彼女はそう言って、遠くを見るような目をした。
それは、自らに刻まれた魔術刻印に思いを馳せたのか、滅びた同族に思いを馳せたのか、それは私にもわからない。
一つ確かのは、平凡に見えるが彼女は魔術師だ。私が思うよりずっと。
「あなたが良ければ、いつかあなたの魔術を見せてちょうだい」
「えぇ、その機会があればお見せします」
それから続いたのは他愛のない話。
最近のニュースだとか、彼女がスーパーに買い出しに行った際の商品の値段の変動だとか、そんな他愛のない話だった。
先ほどの遠い目も、何もかも無かったことにして彼女は私ににこやかな笑みを向けた。
その時、私の視界がくらりと揺れた。
「……眠れそうですね。有珠さま」
彼女に腕を引かれる。
その先が彼女のベッドだった気もするが、眠気の回った頭では何も考えられず、私はそのまま眠りについた。