御伽の魔女の召使い 作:──
私には何もなかった。
絶頂期を通り過ぎ、ただ力を弱めていくだけの魔術師の家系、その最後の希望が私だった。
文字の力や言霊といった概念を突き詰めていた私たちの家系、その最後の希望である私の体には受け継がれる魔術刻印とは別に、幾つもの言葉が刻まれた。
言葉と言っても、日本語でも英語でもなく、それを見る個々人の認識できる言語になるように常に姿を変え続ける、私たちの魔術の結晶と言える言葉たちだ。
父曰く、この一族の最後の魔術師となるであろう私にはできる限り多くの魔術を施し、できる限り強い魔術師にするのだそうだ。
日に日に、私の体は私ではなくなっていった。
まるで子供が人形のパーツを取り替えるように、私の体はより強靭なものに替わり、肌の下にいくつもの言葉が刻まれた。
蠢く言葉たちの感触に悲鳴をあげる私は、深い海に沈んでゆくガラクタのようで
あぁ、酷く滑稽だな。と、心の中で小さく吐き捨てた。
寒い冬の日、光のない暗室でのことだった。
…………そんな過去の夢を見て目を覚ました。
結局、あの魔術を使ったのは私以外の一族が滅んだあの夜の一度だけだったけれど、数々の魔術は未だ私の肌の下から、私に死を許さず、私を苛み続けている。
それでも今の生活は幸福だ。
私の主人である久遠寺有珠は、まさしく私の初恋の人なのだから。
初めて、久遠寺の家の人に連れられて顔を合わせたその時、私は目を奪われたのを覚えている。
彼女は私なんかよりもずっと美しくて、人形のようだったから。
私が壊れて見向きもされない
他人に言われた通りに生きてきた私とは違う、自立した美しさが彼女にはあった。
自らで思考し、意思を宿した瞳でこちらを見つめる彼女は、きっと……遠い昔に私がなりたかった
私を呼ぶその声はまるで春の風のように、冷たさの中に柔らかな温かさを包み込んで運んでくる。
こんな壊れた私にも、温かい気持ちをくれる。
だから私は、私の全てを投げ打ってでも、この温かい場所を守るための最善を尽くそうと決めている。
そのために、私はこの場所に足を踏み入れた男を、静希草十郎を殺さなければならない。
意図はわからないが、彼は今朝私に
「午後のバイトは今日は休みなんだ。後で少し話をさせてくれ」
と言っていた。
そろそろあの男が帰ってくる頃だ。
あの男を即死させるに足る呪詛を練り、短刀の刃へ込める。
私の肌の下で蠢く言葉たちは、未だその力を失ってはいなかった。
ドアが開く音がした。
あの男が帰ってきた。
今すぐに殺さなくては────
「お、ちょうどいいところに居てくれた。黒戸さん、俺に紅茶を教えてくれないか?」
「……は?」
予想外の一言に、私の思考は完全に停止した。
黒戸の家系が研究していた魔術は、極限まで簡略化して言えば
「全ての言語のすべての文字をルーンのように使えるようにしよう」
という魔術。一度は完成したが、かなりの技量を要することから同じ血筋の人間でも継承しきれない事が何度かあり、資料としては残されているものの、術として継承された魔術は少ない。
黒戸は資料として残された魔術すら実行可能なほどの才覚を持っていたため、一族の最後の希望であるとされた。