御伽の魔女の召使い   作:──

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夜と迎え

敵が蒼崎橙子であるとわかったその二日後。

夜が訪れ、青子と有珠は家を出た。

久遠寺邸に残されたのは、無関係の一般人である静希草十郎と、有珠の従者である久遠寺黒戸の二人だ。

五ヶ所ある支点のうち三つは既に破壊されて、残るは二ヶ所。

青子は有珠のプロイを一体借り受けて陶川の支点へ。

有珠は万全の装備で社木の支点へ。

時刻が九時を過ぎようとした頃、黒戸は喪服のようなスーツの上からロングコートを羽織って言った

 

「……有珠さまのお迎えへ、行ってまいります。今度こそ、誰も入れないように。いいですね?」

 

そう言って黒戸が静希へ差し出したのは一本の刀。

静希の返答を待たずに黒戸は屋敷を出て行った。

 

────────────

 

「……だが、ここまで来ると痛みも何もあるまい。そもそも生きている実感はあるのか?自分が人間だとまだ信じている?ああ、本当に──お互い、非凡な師を持つと苦労するね、有珠」

 

そう言って有珠の体を抱き起こそうとした橙子は、何者かの気配に顔を上げる。

口移しにしようとした特製品のナナマカドは、その塞がりかけていた腹に埋め込み、早口で効果を説明するに留めることになった。

 

「…………あぁ、おいたわしや、有珠さま。少し、ほんの少しの間お待ちください。この私、必ずや──!」

 

橙子の首元を掠めたのはナイフ一本。

掠めただけでその殺意が滲むような強大な呪詛を込めたソレに、橙子が飛び退くと同時に、橙子と有珠の間を阻むように黒い影が降り立つ。

 

「──っベオ!」

 

その懐から取り出されたそれが銃器だと認めると、橙子はすぐさまベオウルフを呼び寄せ、防御させる。

ベオウルフは、橙子の前へ出て銃弾を防ぐと、そのままその影へと突撃する。

影はベオウルフによって振り下ろされる巨大な爪を背後に背を逸らして避けるが、その勢いで彼女の顔を隠していたフードが捲れてその顔が顕になる。

この場にいるはずのない人物、黒戸の顔に意識が朦朧としていた有珠ですら目を見開いた。

 

「久遠寺の従者がどうしてここに?」

「これが私の役割であるから、としか言えませんね。有珠さま本人の命令よりも、有珠さまの命が最も大切ですので」

 

ロングコートから取り出されるパーツ、それらは組み合わさって薙刀を形作る。

黒戸はその石突を地面へと叩きつけると、彼女の首筋の辺りから魔力の光が輝く。

 

「もう一度立ちなさい、石の巨人。役割を果たせ」

 

砕かれた石の巨人、その右腕がもう一度形を成して橙子を押し潰そうと迫るが、先ほどと同じようにベオウルフが砕く。

 

「─、やはり無意味ですか。面倒ですね」

 

コロン、と地面に転がったのは閃光手榴弾。

目を瞑るより早く炸裂したそれに橙子とベオウルフが驚いている間に

 

「……ここしかありませんね。すいませんが、ここでお待ちください」

 

狭い電話ボックスに有珠を押し込めると、突き立ったのは『立ち入り禁止』の標識。それは、何かしらの原理を持ってそこを強固な結界として封鎖した。

 

「……お前、何者だ?」

「人形師なら知っているでしょう?ただの殺人人形でございます。では、改めて……、新田無限(夢幻)駆動試作、参ります」

「無限──っ、ベオ!殺せ!」

 

その一言を聴いた瞬間に、凄まじい速度で飛び込む黄金。

それをやはりすんでのところで彼女は避ける。

よく見ればその足は太もものちょうど中央で折れ曲がり、人間には到底あり得ない回避を行っているとわかる。

新田無限(夢幻)駆動、全ての文字をルーンのように扱うというデタラメな魔術を扱った新田家の家系の辿り着いた一つの回答。

それを橙子は知っている。

世に名を馳せたのは一番型から三番型、それらは全て新田家の子供達を素材として、その四肢を、骨を都合の良い物へと置き換えた意志を持つ人形。

無限という名の由来は、その腹に埋め込まれた『無限』の文字。

彼らの魔術によって力を与えられたその文字は、魔力を、力と速度を、人形たちの全てを必要に応じて無限へと増幅する。

新田の家にとっての夢幻の果てであり、無限の力を持つ人形たち。

そんな彼らは、殺し屋として魔術界にその名を轟かせた。

 

少女はその試作を名乗った。

それが本当ならば、久遠寺の家は廃棄または封印されていたその遺物を掘り出し、有珠の従者にしていたことになる。

ベオウルフですら捉えきれない速度は確かに、話に聞いたモノに近い。

 

「……っそこ!」

 

凄まじい音と共に放たれた蹴りは、ベオウルフを少しだが横に飛ばした。

魔術を用いることのない、ただ魔力を放出し加速させただけの蹴りだ。

 

「〝お姉さん、ちょっと面白いね〟」

「そうですか、私は面白くなどありません。死ぬか、ここから去るか、どちらかにしていただきたい」

 

再度の魔力の放出、それとともに彼女の姿が掻き消える。

 

「〝……っ!〟」

 

衝撃音。

背後から薙刀を振り下ろした黒戸の一撃を、ベオウルフの爪が弾いたのだ。

薙刀の刃は千々に砕け散り、黒戸の肉体が地面を転がる。

しかし、彼女はなんの痛みも感じていないような無表情で立ち上がる。

ローブから取り出したのはスイッチ、それを押し込むと同時にベオウルフの足元が爆発する。

あの一瞬でなんらかの爆薬を彼の足元に設置していたようだ。

 

しかし、ベオウルフは倒れない。

それどころか、明確な傷は一つすらない。

 

「『我が腕よ、刃と成れ』」

 

彼女の腕に刻まれた幾つもの文字のうちの一つが光り輝き、右腕が刃に変ずる。

彼女の全身に刻まれた魔術刻印、そして魔術回路の全てが循環する。

 

「──!」

 

強烈な加速、きっとあの体躯の上限を無視している。

しかし、

 

「……っ──」

「〝残念だったね、お姉さん。後少しだったよ〟」

 

彼女の右腕はベオウルフの首元で止まり、狼から人狼へと姿を変えたベオウルフの手が、彼女の首を鷲掴みにしていた。

 

「〝殺していいんだよね?トーコさん?〟」

「あぁ、無限駆動の肢体は惜しいが、残しておくとどうなるかわか──」

「──左腕、分離(パージ)爆ぜろ!」

 

橙子の言葉を遮り、分離した左腕は外から見てもわかるほどのありえない魔力を内に押し込められ、内側から爆ぜるように閃光を撒き散らした。

油断した一瞬を突かれ、首から手を離したベオウルフは閃光の中で、それでもこの女を殺してやると爪を振り下ろす。

ベオウルフの胸板を蹴り、何かが離れて行こうとする感触があった。

振り下ろした爪はそれを確かに捉えた。

閃光と煙が晴れた後、橙子たちの目の前に立っていたのは、左腕と右足を失った、満身創痍の人形だった。

 

「……手詰まりだな。どうする?」

「いえ、手詰まりなどではありませんよ」

 

直後、彼女の躯に刻まれたいくつもの文字が一斉に光り輝き、彼女の苦悶の声と共に、彼女の体から過剰な魔力が雷となって溢れ出す。

 

「後一歩でも近づいてみなさい、そうすれば私は……、この場で自爆します」

「な──」

「私も、一つの魔術家系の夢の産物、その端くれですから、自爆なんてすれば三咲町の一帯は跡形もなく吹き飛ぶでしょうね。あなたが追った魔術も、妹も、土地も、全てが消え去ります」

 

左腕と右足を失った彼女は、砕かれた薙刀の柄を杖のようにして立っている。

この場で誰よりも死に瀕したように見える彼女は、誰よりも強い意志を秘めた瞳で、橙子を睨みつける。

 

「……ベオ、次だ」

「〝でも、トーコさん〟」

「ソイツは色々と厄介だ。移動のついでに教えてやる。行くぞ」

 

最大の脅威(橙子とベオウルフ)は去った。

だが、彼女にはまだ仕事が残っている。

未だ有珠を狙おうとする野犬ども、彼女が作った結界すら食い破ろうとするそれを、殺し尽くさねばならない。

 

「…………はぁ、最後の仕事が野犬の掃除とは、私もつくづく運がない」

 

彼女の最後の仕事は、始まったばかりだ。

 

────────────

 

「久遠寺さんと、そのメイドさんに会ってきたんだ。二人とも、もう満身創痍って感じ。十分もすれば、従者さんの方は電池切れでしょうね。そうなったら、彼女が守ってる久遠寺さんの方も……骨も残らないかも」

「場所は」

「教えてあげてもいいけど、そうした瞬間に君は私の敵になるのよ。その覚悟はある?」

 

草十郎は、自らが試されているのだと実感した。

ここで有珠と黒戸を無視すれば、自分は彼女たちと無関係だと証明できる。

けれど、助けに行くのなら──

 

「それで、場所は?」

「……そ。ちょっと残念だったな、私は本当に君が気に入ってたのに。場所は社木の森林公園。受話器の下に地図があるでしょ?この前、帰りがけに栞を挟んでおいたからそれを参考にすること。繰り返すけど、従者は待って十分、それ以上は二人とも一分毎に奇跡の価値が上がるような状況よ」

 

草十郎はそれ以上は聞かず、地図を頭に入れて走り出した。

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