加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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セ二号作戦

 

   ボーデ 宮城?

 

 謁見室のヘラジカマークの垂れ幕を目指して移動すると……見慣れない会議室のような部屋に出た。

 それと、大量の食物の匂い。

 

「おおっ、ミチオ殿、よく参られた。

 誠に相済(あいす)まぬが、すぐそこから退()いてくれ」

「は? はぁ」

 

 いきなり随分だなと思ったが、豪華絢爛な食べ物が目に入ったのでとりあえず水に流した。

 一応酒宴をする気はあるようだ。

 

 俺達がその場から退くと、すぐに公爵とゴスラーが壁の垂れ幕を剥がして畳み始めた。

 軍隊の国旗の畳み方に似ている……っていうか自分でやるんかい。

 そしていそいそと扉を開けると、外の騎士団員に垂れ幕を受け渡した。

 

 一瞬見えた廊下からは、外から日差しがしっかり入っているのが見えた。

 こっちはまだ明るいようだ。

 北の方だから、日照時間が長いのだな。

 

「これでよし……まずは大変申し訳なかった。

 食事の前に、事情を説明させていただこう」

 

 騎士団員がガシャンガシャンと走り去る音も止む前に、公爵はこっちを振り向いていつになく硬い表情を見せた。

 カシアとゴスラーも左右に並んで、こちらもかなり申し訳なさそうな顔をしているな。

 

 ……あとなんか部屋の隅に、カシアの侍女らしき2人が座らされていた。

 なんかこう……すごく不本意そう……。

 

「あの者達は気にするな」

 

 そう言われましても。

 

「この会議室は、会議が終わるまで誰も外に出ない慣例になっている。

 会食を伴う場合は、食事が終わるまでだ」

 

 公爵が「ミチオ殿達も、そのつもりで頼む」と、また軽く頭を下げた。

 カシアとゴスラーがますます申し訳なさそうな顔になった。

 そらそうよ、〈フィールドウォーク〉で出ていきなり軟禁だもん。

 

「あー……つまり、疑わしい者もここにまとめてしまえと」

「そういうことだ、聡いの」

 

 公爵がニヤリと口角を上げた。

 

 カシアは以前、実家から連れてきた者達から、俺が冒険者であると情報流出があったのではないかと懸念していた。

 あの侍女達は、つまりそういうことなのだろう。

 多分、カシアから酒宴に出席するから手伝うようにとでも命令されて、そのまま軟禁された……そんな感じか。

 

 つまり、計画はもう回帰不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)を越えているということだ。

 

「さぞ戸惑ったことと思うが、あの垂れ幕は余の謁見室にあったものに相違ない。

 クーラタルに冒険者を()って、日没近くなったらこちらに報せるようにしていたのだ」

 

 そうやってごく短時間だけ、垂れ幕目指して〈フィールドウォーク〉を使った者がここに来るように仕向けたというわけか。

 季節と季節の合間の休日は、騎士団は休業してるはずなのに、全くひどい上司だな。

 ちゃんと休日手当は出しているのだろうか。

 

「ミチオ殿が時間に正確で助かった。

 それに、ペルマスクの件で平時から市井の冒険者を確保しておく利点を説いてくれたのもミチオ殿であったな。

 おかげで休日なのに騎士団の者を使わずに人を動かせた、重ねて御礼(おんれい)申し上げる」

 

 俺のせいみたいに言うのやめてくれませんかねぇ!?

 ……部屋の隅からねばっこい視線を感じる。

 俺はもしもの時に動かせる人材を半民半官でプールしとくと便利だよねって話しただけで、もしもの時が来ちゃったのは俺のせいではない。

 そもそも結納品を奪ったハインツ一味が悪いし、それを防げなかったり迷宮討伐できなかったりしていたのは伯爵だし、事態をエスカレーションさせたのはルークで、諸々利用したのは公爵だ。

 俺は悪くねェ!

 

「では、単刀直入にお願いしよう。

 ミチオ殿には、然るべき時に然るべき場所へ、一度だけフィールドウォークを使ってもらいたい。

 場所については……もう察しておろう、セルマー伯の謁見室にある余のエンブレムだ」

 

 ロクサーヌが息を呑む気配を感じる。

 

「引き受けてくれるなら、相応の報酬は用意する。

 必ず後悔はさせぬつもりだ」

 

 といってもエリクシールは無理らしいしな。

 とすると金か……いや、装備品も良いな。

 あるいは新居……公爵に住所を知られるのは、ちょっと嫌かもな。

 

 まあ本気で調べれば、今の住所だってバレるだろうけども。

 手紙は(ギルド)留めだが、ハンナとカタリナは何度も徒歩で街に出ているし。

 

「断った場合にどうなるかと、移動に失敗した場合にどうなるかを教えていただくことは?」

「断る場合は、余とここで気楽に飲み食いして、決行の刻限まで客人として過ごしてくれれば良い」

 

 公爵はそう言うと、「残念だが、余は酒を口にするわけにはいかんがな」と冗談めかすように笑った。

 そんなに酷いことにはならないだろうと思ってはいたが、想像以上に緩い話だな。

 横で控えているゴスラーが「申し訳ありません、どうかご協力お願いします」と頭を下げてきた。

 まあ、当然だろうな。

 

「そしてフィールドウォークに失敗した場合は……実のところ、それはそれで良いのだ」

「というと?」

「うむ、これまで余がセルマー伯爵家を援助してきたことは、もう聞き及んでいる事と思う」

 

 公爵がセリーに一瞬視線を向けた。

 鍛冶師だろうと当たりをつけたのだろう。

 

「いわば余は、セルマー伯に最も近しい存在――距離においても、縁戚においてもだ。

 そんな余との友好と信頼の証を、断りもなく外すとはどういう了見か……と、正面から糾弾することができる」

 

 そうすれば、両家にとってより望ましい人物を次代のセルマー伯に推すことができるそうだ。

 その次代の伯爵候補についても、既に該当する人物がいるのだろう。

 

 友好と信頼の証とかどの口で言ってるんだろうとは思うが。

 ……俺じゃない、部屋の隅にいる人達の心の声を代弁してみただけだ。

 侍女達のヘイトが公爵に向いたのを感じる。

 

「あの者らも、ああして伯に忠義を立てる――いや、それを示さねばならぬ立場なのだ。

 だが、然るべき人物が次代のセルマー伯として立てば、また両家を結ぶ架け橋となってくれよう」

 

 ふーむ……そういうものかね。

 侍女達が俯き加減になっている、そういうものなのかもしれない。

 所詮他人の心の内なんてわからないしな、そう思っておこう。

 手首は手の平を返すためについている。

 

「発言をよろしいでしょうか?」

 

 これは断れんかなぁ……とか、垂れ幕外しといてくれんかなぁ……などと考えていると、ロクサーヌが一歩進み出た。

 セリーとミリアもそれに続く。

 打ち合わせしたわけでもないのに、息ぴったりだ。

 

「うむ、狂犬のシモンを打ち倒したという女傑であるな。

 このような仕儀となったが、ここは宴の席である。

 遠慮なく申されよ」

 

 公爵はなにやら嬉しそうにうんうんと頷いている。

 ……やらんぞ。

 

「ありがとうございます。

 フィールドウォークで移動した先に、セルマー伯の騎士団が待ち構えているということはないのでしょうか?」

「それは考えにくい……と、余らは判断しておる。

 今日は休日で、セルマー伯の騎士団もそれは同じだ。

 あちらがこちらの動きを探っているように――」

 

 公爵は部屋の隅に視線を向けた。

 

「――こちらも当然、あちらの動きは探っておる。

 休日に騎士団へ動員をかけるようなことがあれば、それを細大漏らさずということは難しかろう」

 

 最後に「無論、絶対の安全は保証できないが」と付け加えて、公爵は説明を終えた。

 それにロクサーヌは納得した様子で頷いて、「ありがとうございます」とお辞儀をして下が――

 

「それでは、ご主人様と一緒に移動するメンバーに、私達を入れていただくことはできるでしょうか?」

 

 ――らずに、もう一押しした。

 それにはさすがの公爵も「うーむ……」と難色を示す。

 

「其方らの助力はありがたいが、そうすると一度に運べる冒険者の数が減ることになる。

 移動に要する時間が増えれば、それだけ危険も大きくなろう。

 つまりはその分、其方ら自身が危険に晒されるという事になるのだが」

「私達は大丈夫です」

 

 公爵が困った顔で俺を見た。

 これは俺が判断しなければならないことというわけだな。

 

「わかりました。

 ではその分、私がフィールドウォークを使う回数を増やしましょう」

「……良いのか?」

 

 黙って頷く。

 ロクサーヌ達が腹を括っているなら、俺もそうしなければならないだろう。

 

「ありがたい、さすがはミチオ殿とそのパーティーメンバーだ。

 余が見込んだだけのことはある」

 

 まったく、調子のいいことを言う公爵だ。

 

「後ほど、客人が1人参る。

 次代のセルマー伯にと見込んでいる人物で、カシアの従兄弟、つまりセルマー伯の甥ということになる。

 そして当然、伯に動きがあればそれを知ることのできる立場でもある。

 彼の話を聞いてから、改めて考え直してくれても構わぬ」

 

 至れり尽くせりだ。

 基本的に気遣いはできる人なのだ。

 とっても性急で、あとは悪辣でもあるかもしれないが。

 

「さあ、出撃は今夜遅くになる。

 酒はないが、たっぷりと飲み食いして英気を養ってくれ」

 

   ※   ※   ※

 

 ものすごく今更だが、公爵に「パーティーメンバーを紹介してくれぬか」と言われたので、改めてロクサーヌ達を紹介した。

 ブラヒム語が堪能ではないミリアに対しては、猫人族の言葉を使って和ませていた。

 領民に猫人族がいるからだろうか、すごいもんだ。

 

 公爵達も改めて名前を名乗って、「其方らも、もうなるようにしかならぬのだから……」と侍女2人に気楽に席を共にするよう声を掛けた。

 正直あのまま隅っこにいられても食事が不味くなるからな、ありがたいことだ。

 最終的にカシアが何事か話し掛けて、侍女達も饗応に加わるようになった。

 あまり対応してほしくもないが、部屋から出すわけにもいかないだろうし、まあ諦めよう。

 

「ターレの迷宮を攻略してくれていると聞いた。

 それも、素晴らしい速度でな」

「はあ、皆のおかげもあって、なんとかやっています」

「だが二十四階層がドライブドラゴンだと聞いた、厄介であろう」

 

 そして共通の話題といえば……まあ、自然とこういう話になるわけだ。

 それまでほぼ毎日階層突破して、しばらく足踏みしている状態だということも耳に入っていることだろう。

 ……やっぱりハーブティーはカタリナに淹れてもらったやつの方が飲み口が良いな。

 

「まあ、目処は立ちました。

 数日中にはなんとかなるでしょう」

「それは頼もしいことだ。

 ……そうか、そちらの女性は狼人族であったな」

 

 多分公爵は、俺達が厄介な魔物(ドライブドラゴン)を避けるように探索を進めているとでも思ったのだろう。

 納得したように、何度も頷いた。

 ……このホワイトアスパラっぽいの美味しいな、シャキシャキなのにしっとりしてる。

 

「ノルトセイム……わたくしの実家、セルマー伯領の迷宮ですが、あそこも二十三階層がドライブドラゴンなのです。

 そのせいで本当に人気がなくて……」

 

 口数が少なかったカシアが、物憂げに呟いた。

 2人の侍女も顔を伏せている、かなり厄介な迷宮らしい。

 

 ……なるほど、セルマー伯がバラダム家に助力を求めたのは、単に強いからというだけではない。

 狼人族の助力が欲しかったという事だったのかもしれないな。

 

 対面にいる公爵が一瞬、顔を歪めた。

 話題選びを間違えた時の部長の顔だ。

 

「この料理など美味しいのではないか」

「ほぉ、これは?」

 

 話を逸らすように料理を勧めてくる公爵に乗ってやる。

 しかし、まるでカエルの解剖標本のようなのだが……。

 

「今日のために用意した、ツグミの丸焼きだ」

「おもてなし用の高級料理ですね、最高級の食材とされています」

 

 さすがの知識量のセリーが、すかさず解説してくれた。

 そういえば、フランス料理か何かで見たことがあるような気がする*1

 食べたことはない。

 

 公爵もゴスラーも、手で齧り付いていた。

 遠慮なくそれに続く。

 骨が多いな……まあ、歩留まり最強のブロイラーと比べてはいけない。

 

 ……魚醤のタレを使った焼き鳥というか照り焼きというか、そんな感じだな。

 すっかり冷めてるのに、柔らかい肉が口の中で(ほど)ける。

 思い切って大きな骨を噛み砕くと、同時になんとも言えない甘みと香りが口の中に広がった。

 脳か内臓だろうか。

 

 ビールが合うのに……ビールが合うのに……。

 

「……まあ……バラダム家の者に声を掛けたのは、伯にしては思い切ったな。

 ……相手が……悪かったが」

 

 やがて小骨が奥に挟まったような顔で、公爵がポツリポツリと言った。

 慰めているのだろうか。

 カシアは堪えるように顔を伏せて……しばしの沈黙の後に顔を上げた。

 

「ミリアさんは、猫人族の方ですし魚料理がお好きなのではありませんか?

 こちらは我らハルツ公領の、自慢の魚料理なのですよ」

「うむ! 山の上流の、ごく限られた所にしか棲まぬ魚なのだ。

 これを食べずに我が領から帰すわけにはいかぬ」

 

 ふーむ、揚げ焼きしたニジマスみたいな料理のようだな。

 ポワレとかいう料理かもしれない。

 魚もニジマスじゃなくてヤマメかもしれないし、イワナかもしれない。

 俺にはわからん。

 

 言われたミリアもわからなかったらしく、「見たことない、魚、です」と言った後、慎重に食べ始めた……のは最初だけで、すぐにむしゃぶりついた。

 俺も食べる。

 見た目通り、表面カリカリで、中はほろっほろだ。

 

 ワインが合うのに……ワインが合うのに……。

 

「美味しい! です!」

「ふふ、それは良かったです」

 

 それで場が解れた。

 ゴスラーはセリーと、カシアはロクサーヌとミリアとなんてことのない雑談を交わす。

 そして公爵は俺を目を合わせると、軽く会釈してティーカップを掲げた。

 俺もそれに応える。

 

 ミリアに来てもらって、本当に良かった。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 食事が終わると、会議室の扉が開け放たれた。

 そしてカシアが侍女とロクサーヌ達を誘って退室した。

 

「まあ、女性陣はな」

「そうですね」

 

 苦笑交じりの公爵の言葉に、そう応えた。

 そういうものなのだろう。

 お兄ちゃんも女子中学生(おしまい!)になってからトイレが近くなっていたからな。

 

 やがて皆が戻ってくると、再び扉は閉ざされた。

 そしてしばらくして、

 

「お連れしました」

 

 と、外から声が掛かった。

 返事を聞くと、公爵はオリハルコンの剣を抜いた。

 驚く俺に軽く頷いてから、ドアを開ける。

 

「久しいな」

「こ、これは!?」

 

 そこにいたのは、驚き戸惑っているエルフの男性だった。

 騎士のようだが、騎士団員とは違うようだ。

 恐らくこの男が、次期セルマー伯候補なのだろう。

 

「端的に言おう。

 貴公には次期伯爵になっていただきたい」

 

 なんとまあ、本人に話もしないで進めていたのか。

 候補じゃなくて候補予定だった、それも他薦だ。

 ……そりゃ防諜に自信があるはずだよ。

 

 次期セルマー伯候補予定の男は、公爵と従姉妹(カシア)の顔を2往復くらいした後、

 

「伯爵を……討たれるのですか?」

 

 やっとのことで絞り出した。

 すぐさま公爵が大きく頷いて、

 

「貴公の様子を見るに、伯は――いや、セルマー伯領の誰もがこの(はかりごと)を知るまい。

 あとは貴公さえ頷けば、成功は揺るぎないものとなろう」

「そ、それはそうでしょう。

 私でさえ、ペルマスクの鏡と聞いてここに来たのです」

 

 ……俺の罪状を増やすような言動はやめていただきたい。

 詰まるところ、この次期セルマー伯候補予定補佐代理心得の男は、ペルマスクから鏡を仕入れたと聞いてここに誘われたそうだった。

 男は休日のしかも遅い時間に呼び出されたのに驚いたが、遠方からの輸入品だし移動時間がズレこんだのだろう、とさほど不審に思わずここに来たそうだ。

 むしろ休日に対応してくれてありがたい、そんな風に思ったとすら語った。

 つまり、彼が誰に誘き出されたのかは明らかだ。

 

 あのエルフ武器商人ッパリはさぁ……簡単に公爵に使われてるんじゃないよ。

 全く情けない男だ、奥さんに叱られなさい。

 

「非公式ながら、全エルフ最高代表者会議の賛同は受けている。

 非公式なのは、セルマー伯もそのメンバーだからに過ぎない。

 ……というよりも、この件は会議からの要請だ」

 

 何やらエルフには全人代*2めいた組織があるらしい。

 伯爵が減って困るのはエルフ全体の問題だから、会議の面々も賛同したのだという。

 公爵は根回しが入念に行われていることを説いた後、「貴公が次期伯爵になれば、全ては丸く収まる」と与圧した。

 

「そこまで話が進んでいるとは……」

「内々だが、陛下にも話を通した。

 先日、第三皇子の結婚式と叙任式が開かれたことは知っておろう?」

 

 盛んに外遊しているとは聞いていたが、そんなことまでしていたのか。

 災害救助のために招集されて、ついでに〝妨害の銅剣〟を公爵に売って、第三皇子云々はその時に出てきた話だったな。

 ……それからここまで話が転がったわけか。

 

「余が実行役に選ばれたのも、会議からの恩恵と思ってくれ。

 余と貴公が組めば、被害を最小限に抑えられる」

「それは……そうかもしれませんが」

「なっていただけるな?」

「は、はい」

 

 公爵が押し切った。

 決まり手はゴリ押しだ。

 むしろ剣を片手にだからな、はっきり言って脅迫だ。

 

 ……いや、親切な公爵さんだな。

 帝国の威光とか持ち出して、無理やり俺に言うことを聞かせようとはしなかったわけだし。

 俺は長いものには巻かれる男だ。

 

「貴族の責務を忘れてはいけません」

 

 完全に覚悟が決まった顔をしたカシアが、悄然とする従兄弟に声を掛けた。

 慰めているのか、発破をかけているのか。

 なんともしんどい話だ。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 夜も更けてきた。

 

 俺達は城内の何もない大きな部屋に集められていた。

 バラダム家と決闘をした中庭の空間と、なんとなく雰囲気が似ている。

 つまり決闘したのがグラウンドなら、ここは体育館か。

 

 そんな部屋に、何十人もの騎士団員が詰め込められている。

 時折エルフ語に交じって、「明日嫁さんに埋め合わせしなくちゃ……」とか、「子供がやっと寝ついてくれて……」みたいな声も聞こえる。

 つまり、ここにいるのは休日のお父さんお母さん達だ。

 

 発災時に招集された自衛隊員とか消防隊員とかも、こんな会話をしているのだろうか。

 俺には縁のない世界だ。

 これまでは。

 

「まず、貴公にはこちらの用意した人員と共に、城に飛んでいただく。

 今回倒すのは、セルマー伯1人で良い。

 正面から入ってその旨を触れ回り、伯爵側に抵抗させないようにしてくれ。

 抵抗が弱ければ、その功績は貴公の手柄となる」

 

 公爵が次期伯爵候補に作戦を説明した。

 罪悪感を軽減させる、上手い言い回しをするものだ。

 

「精一杯のことをします」

 

 カシアの影響か、こちらも覚悟は決まっているようだ。

 

「その隙にミチオ殿や続いて余らが飛ぶ。

 一気に攻め込み、城内を押さえる」

 

 中と内から攻めるというわけだな。

 どこに攻めると言わない辺り、公爵はかなり用心深いな。

 こっちに気を使っているのか、単に秘密主義なのかはわからないが。

 

「わかりました」

 

 次期伯爵候補が騎士団員と一緒に離れていった。

 どうか頑張っていただきたい、心から。

 

「ミチオ殿」

 

 その背中を見送っていると、一団を引き連れた公爵に声を掛けられた。

 ゴスラーと……どこかで見覚えのあるエルフの冒険者もいるな。

 

「ミチオ殿には、この両名を預かってもらいたい。

 余の騎士団で最も腕が立つ騎士と、冒険者だ」

 

 騎士の方は覚えてないが、冒険者の方はゴスラーのパーティーメンバーだな。

 とすると、騎士は公爵のパーティーメンバーなのかもしれない。

 ハルツ公領の首脳陣のパーティーメンバーか、幹部というところだな。

 

 俺の仕事はシンプルだ。

 この5人をセルマー伯の謁見室に運んで、冒険者とすぐ帰ってくる。

 ロクサーヌ達と騎士は、その間謁見室に陣取って後続を待つ。

 俺はずっとピストン輸送を繰り返して、粗方運び終えたらロクサーヌ達を連れ帰る。

 そして待機だ。

 

「行きのフィールドウォークはお世話になるので、帰りは私が」

「なるほど、お願いする」

 

 冒険者とそれだけ打ち合わせて、次はあの一団を、その次はあっちの一団を……と段取りを決めていく。

 公爵の部下は、皆テキパキしているな。

 洪水で呼ばれた時の事を思い出す。

 ああいう経験によって、練度が維持されているのかもしれない。

 

 話し合いが終わると、ゴスラーが「よろしいようです」と公爵を促した。

 公爵は軽く頷くと、壁際に立って一同を睥睨した。

 部屋の中が静寂に包まれる。

 

「作戦内容については、諸君らも理解していよう。

 この作戦は、全エルフ最高代表者会議の賛同を得た、正当なものだ! 必ずや正義の天秤はこちらに傾く!

 怠慢と怯懦は平和と繁栄にとって罪であり、許されるものではない! 余らの戦いはそれを正すためにある!

 臆することはない、勇敢に戦い、気高き勝利を、未来は皆の双肩にかかっている。

 ハルツ公爵家とセルマー伯爵家に栄光あれ! 諸君らの奮闘に期待する」

 

――オーッ!

 

 部屋がどよめいて、燭台の炎をざわついた。

 邪魔にならないようにと端っこにいたのだが、壁からビリビリとした振動を感じたほどだ。

 

 公爵ともなると、こういうアジ演説もできるわけだ。

 そういえば、セルマー伯が盗賊に結納品を奪われた話とか、バラダム家を仕向けてきた話はしていない。

 家同士の因縁とかではなく、あくまでエルフ全体の大義を口実にしているわけだな。

 活動家っぽくて好きにはなれないが、だからこそ有効なのは理解できる。

 

「ミチオ殿、注意して行かれよ。

 自らの安全をまず第一に考えて行動してほしい。

 どのような事態になろうとも、責任は全て余が持つ」

「はい」

 

 冒険者に促されて、部屋の奥に進んだ。

 大きな垂れ幕がかかっている一角だ。

 背中に無数の視線を感じながら、

 

涯なく及ぶ遠景の、旅人導く白石の、フィールドウォーク」

 

   ※   ※   ※

 

 出た所は、真っ暗な部屋の中だった。

 明るい場所から急に切り替わったから、何があるのか全く見えない。

 

ロクサーヌ

ここには誰もいないようです

 

 ロクサーヌが言うなら間違いはない。

 

「では、ここの確保を頼んだぞ」

『はい』

「どうかお任せ下さい」

 

 話している間に詠唱を済ませていた冒険者の〈フィールドウォーク〉をくぐって、ボーデに戻った。

 

   ※   ※   ※

 

「それでは行って参ります」

「期待している」

「お任せ下さい」

 

 帰ってくると、次期伯爵候補が移動を開始するところだった。

 恐らく、俺が最初にセルマー伯の居城に移動した時と同じく、ロビーに飛ぶのだろう。

 

「ミチオ殿、次は余らを頼む」

「はい」

 

 公爵達は予め探索者と5人パーティーを組んでいるから、俺がそっちに入れてもらう。

 その後探索者が抜けるようにすると、俺が〈パーティー編成〉を使うのは残りの1人に対してだけで済むわけだ。

 合理的で大変素晴らしい。

 

 一緒に飛んだ冒険者も、同じ手筈でゴスラー達を運ぶことになっている。

 元々彼のパーティーメンバーだしな。

 

   ※   ※   ※

 

 謁見室はまだ真っ暗なままだった。

 だが、無数の吐息が聞こえる。

 このどれかに、ロクサーヌ達の吐息が混じっているのだろう。

 

ミチオ殿、感謝する

 

 公爵とパーティー編成を解除した時、虚空に光点が2つ揺れているのに気づいた。

 あれはミリアの目だ、猫の目(タペータム)だ。

 猫人族は夜目が利く種族らしいが、その実極めて夜間行動に不向きな種族なのではなかろうか。

 

 込み上げてくる笑いを噛み殺しながら、再度〈フィールドウォーク〉を使った。

 すぐ迎えに来るからな。

 

   ※   ※   ※

 

「ミチオ様、次はわたくし共をお願いします」

「はい」

 

 

   カシア・ノルトブラウン・アンセルム

   <♀・29歳>

   魔法使い:Lv41

    装備:ひもろぎのスタッフ

      :耐水のティアラ

      :耐火のローブ

      :耐風のアームロング

      :耐土のビットローファー

      :身代わりのミサンガ

 

 

 カシアはさすがにドレスから装備品に着替えていた。

 地味そのものな、昔話に出てくる魔女が着ているような黒いローブ姿だ。

 

 まるで喪服のようだと思った。

 

 特に会話するでもなく、すぐに移動する。

 ……しかし、いい加減詠唱するのもうんざりだな。

 

   ※   ※   ※

 

 移動すると、燭台に火が灯っていた。

 戦力が整ったのでコソコソするのはやめて、行動の時間が来たということだろう。

 

「ご主人様」

 

 ロクサーヌ達が走り寄ってきた。

 一緒にいてくれた最強の騎士さんと目礼を交わす。

 

「ミチオ殿、よく働いてくれた。

 余の私室に盃を用意しておいたので、ゆるりと吉報を待っていてもらいたい」

「はい……ご武運を」

 

 咄嗟に慣れない言葉を使うと、公爵が爽やかに笑った。

 

 ……か、勘違いしないでよね。

 無事に帰って、ちゃんと報酬を寄越してくれってだけなんだからね。

 

*1
 原作で登場した料理のモデルは、ナポレオンも好んだとされるフランス料理の『オルトランの丸焼き』だと思われます。(味付けは違いますが)

 ツグミの近縁種を無理やり太らせて、ブランデーに浸けて窒息死させてからローストするそうです。

 当時から残酷だと批判されていて、食べる時はナプキンで顔を隠して食すのが作法とされていましたが、現在は鳥獣保護と動物愛護の観点から禁止されています。

*2
全国人民代表大会の略称、中華人民共和国の最高権力機関及び立法機関として位置付けられる一院制議会。




 セ二号作戦は原作で出てきた作戦名なのですが、本作では出てきません。
 なにしろ作戦が始まった後に道夫さん達が呼ばれているので……。
 ですので迷いましたが、原作読者の方にわかりやすいようにサブタイトルにしました。

 次回、最終回です。
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